病の神は湿地とそのそばの林に居るって話
さてさて今日は村長であるウパシチリの所で、昨日の続きを聞けるはずなので、今日もウパシチリのところへ、俺と娘は行くことにする。
「んじゃ、行ってくるな」
「いって、いあーす」
「はい、行ってらっしゃい」
「らっさー」
さて、俺達がウパシチリの家にやってくると、やっぱりうちの娘と同じくらいの村の子供が集まっている。
みんな、こたつに入ってワクワク顔でウパシチリの話が始まるのを待っているみたいだ。
相変わらずみんな炬燵に入ってるのは、炬燵の魔力かなんかのせいか?
「皆さん集まったようですね。
では、昨日の続きをお話いたしましょう」
ウパシチリは縄文琴を爪弾きながら神話を語りはじめた。
「国造神が国作りの最中に悪い熊に大怪我をさせられたとき、その身を心配して妹が泣きながら駆けつけてきました。
そして彼女が吐き出した唾は白鳥に変わって、妹神と同じ声で鳴きながら遠くに飛んでいきました。
なのでこのあたりにはあまりやって来ませんが、白鳥は不吉なものとされています。
見かけても近づかないようにしてくださいね」
「わあったー」
「はくちょーこあーい」
ふむ、これは昔に白鳥がインフルエンザウイルスを運んできたことでも有ったのかもな。
渡り鳥は偶にそういったことをやらかすから怖かったりするんだよな。
「国造神の怪我は浅く命に別状はありませんでした。
やがて国造りの仕事も無事に終わりました。
彼等が国作りの仕事を終えて天に帰るとき、兄妹神は地上に色んな物を残していきました。
妹神の身につけていた下着は蛸や亀に変わったとされています。
また国造神が使っていた六十本もの黒曜石の斧もこの地上において行かれました。
しかし、人間には其れを使うことはできす、やがて時が過ぎると、斧の柄は腐り果てて、川の水に黒曜石の毒が流れ、あらゆる病気がここから生まれてしまいました。
特に風邪と肺病が猛威を振るい多くの人々が熱により倒れました。
斧から流れ出た毒の水は流れ流れて湿地に至り、そこに湿地姥という病魔が生まれ、近くの林の奥には林姥という病魔が生まれました。
彼女たちはぼさぼさ頭の一見気味悪い姿していますが、さっと髪を分けて顔を出すと輝くばかりの美しい顔になり、素晴らしい声で歌います。
彼女たちに惑わされてしまうと熱をだして声も出なくなり、ひどいときは命まで落としてしまうのです。
また、湿地の中の沼には湿地姥が罠を仕掛けていて、鹿などが湿地に近寄ろうものならたちまち泥の中に引き込まれ、湿地姥の籠の中にすっぽり入れられてしまうのです。
だから、湿地や湿地の近くの林には絶対入ってはいけませんよ」
「こわー」
「やだー」
「いかないー」
まあ、湿地には底なし沼みたいなものもあるし、蚊や虻なんかに刺されたりもする。
子供は近づかないほうがいいだろうな。
「そして河が海に注ぎこんで潮水と混じり合うと、そこから恐ろしい屍食鬼などの悪霊を生み出します。
彼等は夜に樺の皮をこすり合わせるような音を立てて、そのあたりを動き回り 人や熊に取り憑いて、発狂させたり海に引きずり込んで殺したりします。
だから夜に村から出てはいけませんし、河口に近づいてもいけません。
もし不幸にして悪霊に出会ったなら」
”世界の果てに住む大悪霊の異界化物が、
お前のことを小心者だ、打ち懲らしてやると言っていたぞ。
いくらお前でも勝てぬだろうから彼からは逃げるがいい”
「と言ってやるといいでしょう。
これを聞くと悪霊は腹を立て、異界化物に、直談判してやろうと世界の果てまで、飛んでいってしまうでしょうからね」
「わあったー」
「わあったー」
「まあ、危ない所には近づかないのが一番だな」
ウパシチリは頷く。
「ええ、そのとおりですね」
「国造神が泥の中の固い土地だと思ったところは、実は大きな大きなアメマスの背中でした。
やがて背中に重い荷物を載せられたアメマスが怒って暴れたので、地上は大地震で大変なことになりました。
ようやく事の次第に気付いた国造神は、勇猛な二柱の神にアメマスを取り押さえるよう命じました。
二柱の神はさっそくアメマスを取り押さえました。
しかし、押さえつけつずけるにもどうにもお腹がすいてたまりません。
そこで交代で一人ずつご飯を食べることにしたのです。
一人がご飯を食べ始めると、力が緩んでその隙を見てアメマスが暴れ、マスが自分の体を揺り動かす時地震が起きます。
静かに動く時は揺れは小さいです。
しかし、長く押さえつけられて起こってるときは動く時は揺れが大きいのです。
そんなわけで、神がお腹が減ってご飯を食べるとき、この世に地震が起こるのです。
そしてアメマスは休みなく大きな息をついています。
海の水が引いたり満ちたりするのは、アメマスが海の水を飲んだり吐いたりするからです。
アメマスが風邪をひこうものなら、大変です。
大きなくしゃみをすると大津波になって、海辺の集落を残らずさらってしまいます
このように、世界はアメマスの上に作られ、村は海や川の側の低い場所ではなく小高い丘の上に立てているのです」
「マスこわーい」
「地震こわーい」
「津波こわーい」
縄文人が貝塚という海産物を取ったり、川べりの水源近くの便利な低い場所ではなく、小高い丘の上に集落を作ったのは、何度も地震や津波の被害をうけていたかららしいな。
まあ、定住し始めた頃には海の側に住んでいたものもいたんだろうが。
河口のそば現れるという食屍鬼は津波や川で溺れて死んだものの霊かも知れないな。
こういった知識というのは案外馬鹿にできないもんだ。




