076.狂犬
ジルを付けていた男は、どうやら己の欲望の為にジルを狙っていたみたいだった。
シークス村のゴブリン騒動とは無関係のようだが……
おかしいなぁ?
確かに付けていた男はこのゴブリン騒動とは別件だったが、【第六感】が無関係ではないと言っているんだが。
「ねぇー? 貴方、シークス村のゴブリンと何か関係があったりするー?」
「あん? ゴブリンだ? 何で俺がゴブリンと関係があるんだよ」
【センスライ】でも嘘は言っていない。
「(きゅーちゃんー、この人何も関係ないみたいだねー)」
『まぁ、確かに嘘は言っていないみたいだが……取り敢えず、ゴブリンとは別にしてももう少し詳しい事を聞きたいから程々にしとけよ』
「(うんー、分かったー)」
あのクソババァの管轄下の勇人部隊の1人だからな。
出来れば情報を引き出したいところだ。
「何をごちゃごちゃやっている。この俺様が相手してやるんだ。泣いて喜べよ」
相手してやるの意味が違うだろ。
まぁ、【鑑定】をしてみれば強気になるのも分かる。
名前:マードック
種族:ヒューマン
状態:興奮
二つ名:狂犬
スキル:ポイズンマスターLv3
備考:Alice神教教会勇人部隊第3班副長
【ポイズンマスター】は特殊系の称号系スキルだ。
特殊系でLv3になっている奴は初めて見たな。
それに勇人部隊の第3班副長と結構地位のある奴だ。油断は出来ない。
「さぁて、まずは跪いてもらおうか」
マードックは腰に差した剣を抜き、ジルに向かって突き進む。
ジルも石空間からぼーちゃんを取出し迎え撃つ。
『皆、ここは私だけに任せてもらえないだろうか。先のゴブリンとの戦闘を見れば、おそらく皆で当たるほどの相手じゃないだろう』
まぁ確かにさっきのゴブリン戦は過剰戦力だったぽいからな。
と言うか、既にお気に入りの皆を使うジルの戦力はほぼ敵なしと言っていいほどの強さだ。
皆の力をフルに使った戦闘だと誰もジルに敵わないんじゃないのか?
『まぁ、いいんじゃないか?』
俺が皆を代表して答える。
『うむ、私に任せたまえ』
「(ぼーちゃんー、行くよー!)」
今まで勇人部隊の名を笠に、臆した相手に好き勝手やって来たんだろう。
すっかり油断して大振りの斬撃を放つマードック。
ジルはぼーちゃんで斬撃を受け、すぐさま返す刀でマードックの脇腹を打つ。
「ぐぅっ!?」
「隙だらけー」
ここら辺は流石に勇人部隊と言ったところか。
この一撃で直ぐにジルが自分に匹敵する強さを持つ者だと分かり距離を取った。
「ちっ、ただの見かけだけの冒険者って訳じゃなさそうだな」
「見かけも何もれっきとした冒険者だけどー?」
「ふん、ほざいてろ。結局は俺の前にその身を晒すことになるんだからな!」
気合を入れ直したマードックが連撃を放ちながら円を描く様にジルの周りを移動する。
ジルはその連撃すらも余裕を持ってぼーちゃんで捌き、マードックの表情が次第に怒りを滲ませていく。
だがふとその怒りに歪んだ表情がいやらしい笑いに変わった。
何か仕掛けたな。
すると余裕で受けていたジルの動きが次第に鈍くなり、何回かマードックの斬撃で掠り傷を負う。
『ジル、どうした?』
「(なんか体が痺れてきたみたいー)」
マードックが再び距離を取り、嫌らしい笑みを浮かべたまま話しかけてきた。
「気が付いたか? まぁ今更気が付いても遅いんだがな。周辺に麻痺毒の粉を撒かせてもらった。皮膚からじわじわ浸透するものだ。勿論吸い込めばそれだけ麻痺効果が高まるがな」
そう言いながら小さな小瓶を取出しジルに向かって放り投げる。
『ジル、割らないで躱せ』
ジルならぼーちゃんで叩き割る事が出来るが、【ポイズンマスター】相手に明らかに毒である小瓶を割るのは悪手だ。
無論、マードックもそれが分かっているので小瓶と同時に小石を投げて中身をぶちまける。
ジルは咄嗟に口を塞いで小瓶の割れた位置から離れる。
「囮だよ」
ジルが距離を取った先にマードックが回り込んでおり、斬撃を放つ。
痺れて体が鈍くなっていてもこの程度の攻撃はジルには問題は無い。
「ぐぅっー」
と思っていたんだが、斬撃をぼーちゃんで受けたと思っていた隙を突かれ、隠し持っていた短刀でジルの脇腹を傷つけられていた。
麻痺が無ければ躱せただろう攻撃が、急所は避けたもののまともに受けてしまった。
ヤバいな、大したことが無いと思われていた麻痺の状態が僅かな差で影響が出ている。
「躱したつもりだろうが、チェックメイトだぜ。この短剣には腐食毒を塗ってある。遅行性のものだが、次第に手足が腐っていく様が拝めるぜ」
マードックは我慢が出来なくなったのか、涎を垂らしながらいやらしい表情で無造作にジルに近づいてくる。
「まぁ、尤もその前に媚毒が回って来てるだろうけどな。体が熱くなってきてないか? 子宮が疼くだろ。どんな淑女でも淫乱に変えるバイエルフィンの媚毒だ」
「(きゅーちゃんー、体が熱いよー)」
『ああ、待ってな。直ぐに解毒してやる』
「ああ、ついでに言っておく。解毒の魔法は効かないからな。普通の解毒薬も効かないぜ。クククッ、アーーーハッハッハッ!! さぁ! 泣いて詫びろ! 体の火照りに身を任せろ! 俺が思う存分貪りつくしてやるぜぇっ!!」
確かにさっきから【百花繚乱】で【キュアポイズン】を掛けているんだが、一向にジルの体の毒は消えない。
それでもジルは必死に体を動かし、まるで狂犬のように襲い掛かってくるマードックの攻撃を凌いでいく。
「往生際が悪いな! どんなに必死に足掻こうが、俺の【ポイズンマスター】の前には――おごぉっ!!?」
獲物をいたぶるように媚毒付きの剣で斬撃を放っていたマードックだったが、急に動きの良くなったジルの攻撃で横跳びに吹っ飛ばされた。
「げほっ! ごぼっ! な、何で、何で動けるんだ!?」
「それは解毒したからに決まっているでしょー」
「はぁっ!? そんな馬鹿なっ!!」
ジルが諦めずに必死になって迎撃していたのは、俺が必ず解毒するって信じていたからなんだよな。
そしてマードック。【ポイズンマスター】の力を過信しすぎだ。
特殊系のLv3はお前だけじゃないんだぜ。




