073.シークス村へ
「えっと……本当にジルベールさんなんですか……?」
受付嬢は信じられないものを見る目で訪ねてきた。
そりゃあ、今まで行方不明だったS級冒険者が目の前に居るんだもんなぁ。
しかも、10歳には見えない姿で。
「うんー、そうだよー。私がこのクエストを受けるから受付よろしくねー」
「は、はいっ!」
S級がこんなD級のクエストを受ける事はあまり好ましくないのだが、動揺のあまり受付嬢は気が付いてない。
まぁ、勇者が自発的に受けようとしていたクエストだから、咎められることはないんだけど。
「パイちゃん! こんなところに居たんだ。捜したよ」
受付嬢が手続きを女の子と待っていると、冒険者ギルドに小太りの男がやってきた。
どうやら女の子――パイちゃんを捜していたらしい。
「気持ちは分かるけど、私達はただ待つことしか出来ないんだ。さ、行くよ」
「ううん、待っておじさん。依頼を受けてもらえることが出来たんだよ!」
諭すようにパイちゃんを冒険者ギルドから連れて行こうとしたおっちゃんは、パイちゃんの言葉に驚いてようやく目の前のジルに気が付いたようだ。
「……え? もしかして、貴女が私達の村の依頼を……? 本当に……?」
「うんー、シークス村のゴブリン退治は私に任せてー」
「でも、私達に出せる依頼料は……」
「依頼料は気にしないでー。パイちゃんが困っていたからこのクエストを受けたのー」
「ああ、ありがとうございますありがとうございます」
感極まったおっちゃんは涙を流しながら何度も頭を下げる。
って言うか、このおっちゃん、ジルの冒険者登録時に保証人としてお世話になったラムダのおっちゃんじゃん。
「……はて? 見覚えが……? 何処かで私とお会いしたことはないでしょうか……?」
どうやらラムダのおっちゃんはジルに気が付いたようだが、当時の面影を残す成長したジルを見て訝しんでいた。
「わ! 凄い! おじさん、S級冒険者さんと知り合いなんだ!」
「S級……、はっ! ジルベールさん!? ジルベールさんですか!?」
「ラムダさんー、お久しぶりですー」
「ああ! 行方不明になっていたと聞いて心配したんですよ! と言うか、随分と成長をなされたようで……」
ラムダのおっちゃん視点から見ると、3年で少女から大人の女へ成長したようなもんだからな。
「心配かけてごめんねー。詳しい話はシークス村へ向かいながら話すねー」
クエストの受付が終わり、早速ラムダのおっちゃんとパイちゃんを連れてシークス村へ向かう。
後にした冒険者ギルドでは怒号が外まで聞こえていた。
行方不明になっていたジルが現れた事で大騒ぎになっているんだろうな。
どうやらラムダのおっちゃんは王都には村の備蓄の買い付けに来たようで、パイちゃんは一向に受けてもらえない村のクエストの催促をする為、無理やりついてきたようだった。
尤も、パイちゃんは王都を見たいからお手伝いすると嘘をついていたみたいだが。
そうだよな。よくよく考えればどうやって子供1人で村から王都へ来て冒険者ギルドへ依頼を出せるんだよ。
誰か保護者が居ると考えるのが普通だよな。
「まったく。まさか無理やりついてきたのは冒険者ギルドに訴える為だったとは……」
馬に引かれながらシークス村へ向かう馬車の御者台の上でラムダのおっちゃんは困ったように言う。
因みにジルはパイちゃんと一緒に荷台に乗っている。一応後ろを警戒してね。
「ごめんなさい。でもこのままじゃシークス村が滅んじゃうよ」
「子供が心配する事じゃありません。パイちゃんが不安なのは分かりますが、私達が何とかしますよ」
それでもパイちゃんは不満なのか口を膨らませていた。
まぁ、何とかできないからこんなことになっているんだよな。
クエスト内容は、シークス村を襲うゴブリン20匹の討伐だが、詳しく話を聞くとゴブリン退治の依頼は今回で4回目だそうだ。
だが、退治しても2ヵ月もしないうちに再びゴブリンが現れた。
2回目はまぁそんな事もあるかと気にしてなかったが、3回目ともなるとちゃんと対峙しているのか冒険者ギルドにも訴え、間違いなくゴブリン討伐を確認したのだが、やはりと言うか4回目のゴブリンが現れたそうだ。
流石におかしいと思いつつも、ゴブリンは退治しない村が被害に遭う為、冒険者ギルドへ依頼を出すが、4回目ともなると村から出せる依頼料が僅かにしかならず、誰も受けてもらえない状況が続いていたらしい。
『こりゃあ裏に何かありそうだな。ジル、ゴブリン退治は問題ないから、その原因を探る方に集中しよう』
「(うんー、ラムダさんやパイちゃんを安心させて上げないとねー)」
『ねぇ……そぅいぇば、ラムダさんの、護衛だった、アルファさん、とかは……?』
へきちゃんの言葉で思い出す。
そう言えばラムダのおっちゃんは行商人で、専属と言う訳じゃないが贔屓の護衛にアルファ達が居たっけ。
ジルがその事を訊ねると……
「あはは……お恥ずかしい限りですが、もう行商人は廃業してしまったんですよ。まぁ、自業自得なんですがね。ええ、決してジルさんの所為じゃないんです」
「ほえー? どういうことー?」
聞くところによれば、ジルの冒険者ギルドの保証人となったのが原因だそうだ。
冒険者ギルドに登録して1ヶ月も経たないうちに、ラムダのおっちゃんのもくろみ通り、いやそれ以上にS級に昇格してしまった逸材。
そしてラムダのおっちゃんはそのジルの保証人。商売人ならこれを利用しない手はない。
ジルと言う名の後ろ盾を手に入れたラムダのおっちゃんは事業を拡大したのだが、それこそ彗星の如く現れたジルは瞬く間に行方不明になってしまい、後ろ盾を失ったラムダのおっちゃんは破産してしまったと言う訳だ。
まぁ、確かに自業自得だな。
見たところラムダのおっちゃんはジルを恨んでいるようにも見えない。
本当に反省しているみたいだ。
「まぁ、そんな訳で今の私は行商人じゃないんですよ。アルファさん達とも依頼を出すことも無いのでそれ以来疎遠ですね」
行商人を辞めたラムダのおっちゃんは故郷のシークス村に戻り、のんびり畑を耕し暮らしているらしい。
たまに、行商人だった事から村の備蓄を仕入れる為、こうして王都に来ることがあるそうだ。
「それこそジルベールさんの方はこの3年間、何処に行っていたのですか?」
詳しい事は言えないが、ジルはこれまでの事を大雑把に説明した。
王都へ着いてから教会の罠にはまって東大陸に転移した事。
聖王国へ戻る途中でまたもや転移の罠にはまり、今まで迷宮大森林に居た事を。
「なんと……! あの入ったら二度と出られないと言われた迷宮大森林に居たのですか」
「出てくるのは凄く大変だったけどねー。あと、教会の事はあまり言いふらさないでねー? ラムダさんに迷惑が掛かるかもしれないからー」
一応、ラムダのおっちゃんに釘を刺しておく。
あのクソババァの事だ。外聞を恐れてシークス村を滅ぼすなんてやりかねない。
「あ! シークス村が見えて来たよ!」
王都からシークス村まで馬車で約3時間くらいの距離だ。
シークス村はジルが冒険者登録をしたセクンド町との中間地点ぐらいの場所にあるらしい。
「ねぇ、何か煙が上がってない……?」
【鷹の目】で確かめてみれば確かにパイちゃんが言う通り村らしきものが見え、そこから煙が上がっているのが見えた。




