Side-5 シルバー
きゅーちゃん:5話ほどジルが登場しないSideストーリーとなるぜ。
余の名はシルバー・ジルバニア・アル・サンフェルズ。
東の玄関口と言われる拠点都市フィフスを首都とする太陽王国サンフェルズの第4王子だ。
すなわちサンフェルズ王国の王位継承権第4位を持っている事でもある。
尤も、余は王位など全く興味がない。
余が興味を示すのは芸術のみだ。
人々に感動を与える絵画。
今にも動き出しそうな躍動感あふれる彫像。
様々な感情を湧きたてる音楽。
Etc.etc.
余に与えられたスキルも【ファンタスティックアーティスト】と言った芸術に関するものだ。
ただ【ファンタスティックアーティスト】はほぼ一瞬で作品を完成させてしまうので、とても味気ない。
スキルで作品を作ることはほぼ無いだろう。
そう! 作品は1つ1つ魂を込めて創りあげていくものだ!
だから余は王位継承などに構ってなどられない。
余は父上にも兄上たちにも王位継承権を放棄すると宣言している。
それなのに、2番目と3番目の兄上は余が王位を狙っていると疑心暗鬼になり、王位継承権を持つ余を排除しようとしているのだ。
これまでは余の護衛の近衛騎士のコバルトや、スキル【ファンタスティックアーティスト】のお蔭で暗殺や襲撃を防ぐことが出来たが、これからもそうだとは限らない。
いい加減、嫌になってきた余はこの国を出ていくことにした。
「聖王国セントルイズに亡命しようと思う。彼の国なら余の芸術を理解してくれるだろう」
「……それがシルバー殿下のお望みなら、私はそれに従います」
「それでコバルトには聖王国へ向かう手続きをしてもらいたいのだが」
「迷宮大森林を使うのですね?」
「うむ。多少危険はあるが、兄上たちを欺くには丁度いいルートだ」
迷宮大森林は時間と空間が歪み、一度入ると出てくることは出来ないと言われている大森林だ。
このルートを使えば一気に聖王国に向かう事が出来る。
これまで商人ギルドに絵を売っていたコネを使い、裏の商人ギルド――通称裏ギルドに迷宮大森林の案内を頼む。
最初の頃は、見慣れぬ大森林に目を奪われてインスピレーションを搔きたてられていたのだが、次第に大森林と言う環境にストレスが溜まって来ていた。
「シルバーはん、これでも十分配慮しているんやで。普通の旅路に比べたら雲泥の差や」
このマゼンダと言うドワーフの娘は、裏ギルドから派遣された迷宮大森林の案内人だ。
余を第4王子と知って尚、不遜な態度をしている。
なんでも余が王位継承を放棄し、国を捨てるとなればただの一般人だろうとこの扱いだ。
コバルトはマゼンダの態度に不満を示していたが、余はさほど気にしてはいない。
寧ろ、マゼンダの言い分は最もだと、コバルトにも一般人のような扱いをするように言い含める。
コバルトは渋々了承するが、余を呼び捨てにする事だけは頑なに拒んでいた。
「あー、でもシルバーさんはまだいい方だな。どっかの貴族様にもなると、行程を気にしないで食料をバカスカ消費したり、モンスターが溢れる森の中でベッドを用意しろなどふざけた事を抜かしたりもするからなぁ」
その貴族は常識を知らないのか?
確かに余は不満を漏らしたが、幾ら余でも旅の常識は知っている。
もう1人の裏ギルドの案内人のシアンの言う貴族の行いに余はあきれ果ててしまった。
まぁ、シアンの口ぶりからすると、余はそれほど迷惑をかけてないみたいだな。
そうして2人の案内人の元、幾つもの難所を越えて来たのだが、ある難所に差し掛かった時、余は迷宮大森林を選んだことを後悔する事になる。
その難所の手前で、影の盗賊ギルド――通称影ギルドの案内で迷宮大森林を通り抜けようとしていた者達と遭遇した。
影ギルドの案内人はシロップとクローディア。
どうやらシロップとマゼンダはお互いを認め合う犬猿の仲と言う奴らしい。
出会うなりいきなり2人で罵り合っていた。
そしてその案内されていた者が、ジル殿とマックス殿だった。
裏影闇の協定により、難所に潜むアサシンバニーを協力して討伐する事になった。
案内人に戦闘力を求められるのは当然だが、まさか案内される者があれほど強いとは。
ジル殿はS級冒険者と嘯いていたが、もしかしたら本当にS級冒険者なのかもしれないと言うほど強かった。
脅威度Aのアサシンバニーを危なげなく圧倒していた。
だが窮鼠猫を噛むと言う諺があるように、圧倒されていたアサシンバニーが牙を剥いた。
そしてその牙を突き付けられようとした余を庇い、マックス殿は命を落としてしまった。
この時ばかりは余の浅はかな行動で他人を巻き込んでしまった後悔に諌なまれる。
アサシンバニーは激昂したジル殿が倒すが、それでマックス殿が生き返るわけではない。
余は命を賭してまで守ってくれたマックス殿に報いる為、ジル殿を手助けしようとしたが、裏影闇の協定によりそれは叶わなかった。
だから、迷宮大森林を抜けた後、余は何があってもジル殿を力になると約束をした。
そうして、余たちは再び迷宮大森林を進む。
そして余は迷宮大森林を選んだことに対する2度目の後悔をすることになる。
迷宮大森林のルートなら2人の兄上の目を暗ませることが出来るだろうと高を括っていた。
だが、2人の兄上たちはあろうことか、王国の暗部である“月夜”を放ってわざわざ迷宮大森林まで来て余を亡き者にしようとしていたのだ。
不意の奇襲を受け、コバルトは余を庇い、シアンは余とマゼンダを逃がすために殿に立つ。
「殿下……殿下の為したい、ように、して、下さ、い……」
「シルバーさん! 行け! ここは俺が命をかけて時間を稼ぐ! 俺はあんたの描く絵は好きだぜ! だから絶対生き残れよ!」
コバルトはそう言い残し、シアンは仕事とはいえ、余の為に命を落とすことになった。
余は【ファンタスティックアーティスト】で獅子の彫像を作りマゼンダと2人跨り逃げるが、あと一歩と言うところで追いつかれてしまった。
迷宮大森林の出口付近のある、時空波紋が広がる渓谷に逃げ込む。
渓谷内は幸いにも時空波紋が治まる時間帯だったらしく、今は風が凪いでいた。
だが、余はそれよりもそこで出会った者に驚いていた。
何とそこには時を同じくして出口に向かおうとしていたジル殿達と再会したのだ。
しかし、余たちは今、“月夜”に追われている。
この者達を巻き込むわけにいかなかったのだが、ジル殿達は何のためらいも無く余を守るために戦ってくれた。
ジル殿達の強さは知ってはいたが、流石に“月夜”をも上回るとは……
そして“月夜”の者達を後一歩と言うところまで追いつめたが、また悲劇が起こった。
最後の悪足掻きに、自爆攻撃として治まっていた時空波紋を再び起こしたのだ。
自爆攻撃で余はその時空波紋の渦に飲み込まれそうになり、それをジル殿が余を庇い代わりに渦にのみ込まれてしまう。
アサシンバニーの時にはマックス殿が余を庇い、コバルト、シアンが“月夜”から余を逃すために、そしてとうとうジル殿までもが余の為に犠牲になってしまった。
「シルバーはん! しっかりするんや! 今はこの渓谷を抜ける事を最優先や! 後悔は出口に出てからにしな!」
マゼンダの叱責で、呆けていた余の頭が巡る。
そうだ、今は生き残ることを考えなければ。
でなければ、これまで犠牲になったジル殿達が浮かばれない。
そうして余たちは渓谷を抜け、迷宮大森林の出口へと辿り着いた。
「シルバーはん……これでうちらの契約は完了や」
「そう、か。ご苦労だった」
マゼンダが何とも言えない表情で、依頼の完了を告げる。
これで終わりか? 本当に?
このまま終わっていいのか? いいわけがない!
「マゼンダ、時空波紋に呑まれたからと言って、死んだわけではない。そうだな?」
「確かに死んだわけやないけど、何処に飛ばされたか、何時に飛ばされたか、分からへんで」
「ならば余は何処だろうと、何時だろうと必ずジル殿を見つけ出す。その為には力が要る。マゼンダ、迷宮大森林を抜けて太陽王国へ戻る。力を貸してくれ」
「はぁっ!? 戻るって……シルバーはん、あんた王位継承権を放棄したんじゃ」
「どうやら王位継承権を捨てようとしても捨てられないらしい。2人の兄上たちがそれを証明してくれている。ならば余はその権力を手に入れよう。そして権力を以ってジル殿を助け出す」
最初は呆れていたマゼンダだったが、余の覚悟を見てニヤリと笑い協力を申し出る。
「シルバーはん……いや、シルバー王子殿下。裏ギルド所属マゼンダ、力の限り協力させてもらいます」
「うむ、頼りにしているぞ。そして影ギルドの2人、貴様らはどうする? 余に力を貸してくれぬか? 貴様らもこのまま依頼人無しのまま依頼失敗とはしたくないだろう」
余は最終的に依頼人を失ってしまった影ギルドの2人、シロップとクローディアに声を掛ける。
「……いいわよ。依頼失敗はどうでもいいけど、流石にこのままじゃ後味悪すぎるからね」
「ジルベールさんを見つけ出せることが可能ならそれに越したことはありませんからね。寧ろわたくし達の方が力を貸してもらう方になります」
ジル殿はこの2人に大分気に入られていたからな。
密かにだが、裏ギルド、影ギルドの協力が得られたのは大きい。
待っていろ、ジル殿。
余が必ず助けてやる。余の全てを以ってしても!




