071.時空波紋6
「まぁいい。お前らは俺には勝てねぇよ。例えS級と言えどもな」
チャラ男は余裕たっぷりの表情でジル達に迫る。
使い方によっては【村人】スキルはS級に匹敵するからなぁ。
おそらくほんとに極限まで鍛え上げたんだろう。
最初に鑑定した時に見た【村人】スキルはLv97だったから。
そりゃあ、ドヤ顔で自惚れるのも頷ける。
だが、それを覆すのもまたS級だったりするんだよ。
チャラ男が剣を構えジルを狙うと見せかけ、本命のシルバー王子に向かう。
「(きゅーちゃんー!)」
『あいよ! 【千載一遇】!』
「【千載一遇】ー!」
俺は再び効果キャンセラーの【千載一遇】を一瞬だけ放つ。
と、同時にジルがシロップとクローディアに【千載一遇】の合図を送る。
ふーちゃんとはーちゃんが思いついた作戦はなんてことは無い。
極限まで鍛え上げたスキルに頼り切っている【村人】を無効化する事だ。
これにより、シルバー王子に向かおうとしていたチャラ男の動きが一瞬、鈍る。
そりゃあ、ありったけ強化されていた力が一瞬と言えど無効化されれば歪が生じる。
だが、その戦闘時には一瞬で十分だ。
シロップとクローディアはジルの合図で分かっていたので戸惑いはほぼ無い。
ジルはぼーちゃんにやーちゃんをぼーちゃんの能力で接続して、貫通能力を持つ伸縮突きをチャラ男に向かって放つ。
「ぐぁっ!?」
一瞬の戸惑いを見せたチャラ男はクローディアに牽制されこれを躱せずに、右太腿を貫かれて動きを封じられた。
魔法は兎も角、これでは【村人】スキルを十全には使えまい。
ただ、回復魔法には気を付けないと。
折角の機動力封じも回復されては意味がない。
チャラ男だけでなく、残りの町民と魔法使いにも注意を向けておかないとな。
向こうも回復魔法が使えないとは言っていないし。
「まだやるー?」
「最後にもう一度だけ聞こう。余の命を諦めて帰ってはくれぬか?」
ジルとシルバー王子の最後通牒にチャラ男が出した答えは決まっていた。
「言ったはずだぜ。俺達に与えられた命令は絶対だ。何としてもこの場で第4王子様には死んでもらわねぇと困るんだよ」
この期に及んでも、命令を全うしようとチャラ男は諦めないでいた。
チャラ男の覚悟が合図だったのか、後ろで控えていた魔法使いが【フライト】を使い、空を飛び渓谷から脱出する。
おそらくこの後に起こる結果を報告する為、この場を離脱したんだろう。
本当は逃がさない方がいいんだが、シルバー王子が逃げるなら見逃すって言ってしまったからな。
魔法使いが離脱したのを確認して、チャラ男は懐からハンドベルのようなものを取り出した。
「このマジックアイテムは時空波紋を打ち消すものだ。正確には時空波紋を任意で引き起こし、時空波紋に時空波紋をぶつけ打ち消すマジックアイテムだ。
ここまで言えば俺がこの後何をするか分かるな?」
通常であれば、この渓谷に犇めく時空波紋を打ち消しながら進むためのマジックアイテムだろう。
だが、今は時空波紋は全て治まっている。
「ちょい待ちいや、まさか……」
「そのまさかだよ」
チャラ男はハンドベルを思いっきり鳴らした。
その音に共鳴するかのように、チャラ男を中心に時空波紋が広がる。
そしてまた周囲に幾つもの波紋が広がる。
波紋が波紋を呼び、瞬く間に渓谷内に時空波紋が再び広がっていく。
「はははっ! 確実に第4王子を屠れなかったが、これで間違いなくあんたは王位継承戦から脱落――――――」
最初に広がった時空波紋に巻き込まれ、チャラ男はこの場から消え去った。
「やばいやばいやばい! 時空波紋が広がりきる前に渓谷を抜けるわよ!」
「う、うむ」
「ああ、あのアホンダラ! なんつー事をしてくれたんや!」
「文句はこの場を切り抜けてからにしましょう」
「逃げるなら、ふーちゃんで一気に逃げるよー」
「キャンキャン!」
ジルがふーちゃんを呼び出し、皆に乗るように指示を出す。
とは言え、流石にふーちゃんに5人と1匹が乗るのは無理がある。
ふーちゃんの新しい能力の重力で皆の重さを軽減できるとは言え、ふーちゃんの乗る面積はスケボー程度の広さしかない。
何とかバランスを取りつつ乗ってもらうしかないんだが――
「キャンキャン!」
『【シールド】!』
マックスの警告で辛うじて奇襲を防ぐことが出来た。
「ちっ、いい反応してやがる」
襲ってきたのは残っていた“月夜”の【魔剣士】スキルを持つ『町民』だった。
「ちょっと、あんたもこのままじゃ巻き込まれるよ!」
「ああ、そのつもりだよ。てめぇら全員道連れだ」
流石は国に仕える暗部と言ったところか?
忠誠心がありすぎだよ!
こんな戦闘状況じゃふーちゃんに乗って逃げることも儘ならない。
何とか出口に移動しながら『町民』を退けようとジルとクローディアが接近戦を強いるが、『町民』は無理に突っ込んでくることは無く、防御に集中しながらジル達の進路を妨害する。
ちょっとヤバいな。
時空波紋がかなりの勢いで広がり始めている。
妨害が無ければ渓谷の出口まで行くのは問題は無いんだが。
そう言えばマゼンダの――裏ギルドの時空波紋を抑えるマジックアイテムが無かったっけ?
俺がそう思っていると、シロップも同じ答えに辿り着いたのかマゼンダに叫び声を上げる。
「マゼンダ! あんたのマジックアイテムで時空波紋を消せないの!?」
「無理や! あれには使うタイミングっちゅうもんがあるんや! 時空波紋が起き始めは広がる勢いがあるから今は使用できへん!」
「ああ、もう! 使えないわね!」
くそ、裏ギルドのマジックアイテムも駄目か。
最終手段としてかめちゃんの空間凍結で時空波紋が治まるまで凌ぐか?
……いや、時空波紋だ。空間凍結にまで影響がないとは限らない。
さて、どうする?
せめて『町民』の妨害が無ければ全力疾走だけでもなんとかなるんだが。
「キャンキャン!」
そんな俺の意図を読んだかのように、マックスが隙を突いて『町民』の裾を咥えて傍に広がり始めた時空波紋に引きずり込もうとする。
『バカッ、何やってるんだ! 戻れ、マックス!』
「ちょっとー! 戻りなさいー! マックスー!!」
俺の声が聞こえないのは分かっているが、叫ばずにはいられなかった。
そしてジルの声を無視し、マックスは『町民』を咥えたまま時空波紋に飛び込んだ。
「このくそ犬が!」
『町民』がマックスの意図を察し、直ぐに裾を引き裂き蹴りを浴びせマックスのみが時空波紋に飲み込まれた。
「マックスー!!」
だが、マックスは十分な仕事をしてくれた。
姿勢が崩れた『町民』の脇から、【隠密】で忍寄っていたクローディアの一撃が決まる。
そしてそのままマックスと同じ時空波紋に飲み込まれる。
「【ウインドブレス】×【ウインドブレス】!」
置き土産と言うべきか、『町民』のオリジナル魔法だと思われる【ウインドブレス】が乱れ飛ぶび暴風が巻き起こる。
「く、しまっ―――」
暴風に足を取られたシルバー王子の体が浮き上がり、直ぐ傍に広がりつつある時空波紋に落ちようとしていた。
「ふーちゃんーー!!」
それ程深く考えなかっただろう。
ジルは時空波紋に落ちそうになったシルバー王子に、ふーちゃんに乗ったスピードで体当たりをして軌道をずらす。
そしてジルは―――
「ジルちゃん――――」
「ジルベールさ――――」
「ジルはん―――」
「ジルど――――」
―――シルバー王子の身代わりに時空波紋に飲み込まれた。




