067.時空波紋2
時空波紋が広がる渓谷の入り口の手前でジル達が休憩していた。
「マックスー、お手ー」
「キャンキャン!」
「……ある意味凄い光景よね、これ」
時空波紋が治まれるまで約8時間かかるので、暇を持て余していたジルは子フェンリル――マックスに犬の芸を仕込んでいた。
それを見て、シロップは半ば呆れていた。
まぁ、気持ちは分かる。
脅威度Sのモンスター相手にする事じゃないしな。
「ここってモンスターは居ないんだねー」
「まぁね。この状況で生息しているモンスターが居たら普通じゃないわよ」
例えモンスターとは言えど、この時空波紋に捉われればあっという間にどこぞの時空へ飛ばされてしまう。
もし、この時空波紋に対抗できるモンスターが居ればそれはそれで脅威となる。脅威度Sどころじゃないだろうな。
『この時空波紋が治まるまで待つのはいいけど、渡っている途中でまた波紋が広がれば目も当てられないぞ。その辺りは大丈夫なんだろうな』
『渓谷の長さが10km位だっけ? 1時間やそこらで通れるほど短い距離じゃないから、はーちゃんの心配はその通りだね』
まぁ、はーちゃんの言う通り通っている途中で、また時空波紋が広がれば巻き込まれてしまうので、その心配は分かる。
当然、案内人であるシロップはその事は分かっている。
ジルがその事を聞いてみると、ちゃんとその時間を確保しての8時間待ちだった。
実際、8時間たつ前にも一時的に時空波紋が全て治まったのだが、10分もしないうちに再び波紋が広がったのだ。
「あたし達が通る時はちゃんと3時間ほど波紋は治まっているわよ。だから心配しないでも大丈夫!」
「ただ、3時間で10kmを抜けるのは少し強行軍になりますけどね」
確かにクローディアの言う通り、10kmを3時間で通れってのは少し無理があるか?
「いざとなったらジルちゃんのふーちゃんに乗せてもらうけどね! ……3人乗っても大丈夫だよね?」
『勿論! あたしの浮遊能力を舐めないでね! それに新たに授かった重力能力があればあんた達の重さも調節できるわよ』
聞こえないとは知りつつも、ふーちゃんはシロップ達に向かって声高らかに宣言する。
「ふーちゃんは大丈夫だってー。3人でも10人でもバッチリー」
「そう、それじゃあ何の心配もいらないわ」
……本当に何の心配も無ければいいんだけどなぁ。
そんな俺の胸の内を読み取ったのか、ぼーちゃんが声を掛けてきた。
『なんですか、きゅー。心配ごとですか?』
『これまでのジルのトラブルを見ればすんなりいくとは思えないんだよ』
『マスターには私達がついています。心配する事なんて何一つありませんよ』
『確かに大半の事は何とかなるけど、過信するのもどうかと思うぞ。俺達は無敵じゃないし、不可能を可能にする存在でもない。でなければマックスもあんなことには……』
『……そうですね。確かに驕りがあったのかもしれません。ですが私達は私達の出来ることをやるだけです』
『まぁ、それしか出来ないんだけどな。所詮俺達はジルに使われる石だし』
『もうただの石とは言い切れませんが』
『確かに!』
そうだよな。喋る石って何だよって話だよ!
俺達お気に入りが雑談をしているように、ジルもシロップとクローディアで他愛もない話をして時間まで休憩をしていた。
そして8時間が経過し、目の前の時空波紋が一斉に奥まで綺麗に消えていく。
途中での一時的なものとは違い、10分たっても20分たっても波紋が広がり始めることは無かった。
「さて、のんびりしている時間は無いわ。一気に通り抜けるわよ」
「この渓谷を通り抜ければ、後は出口だけです。迷宮大森林も後少しと言う事になります」
ようやっと迷宮大森林ともおさらば出来るのか。
ここで3ヵ月経過した訳だが、迷宮大森林の外ではまだ3日しか経過していないと。
確かに時間短縮には持って来いだし、逆に迷宮大森林の中で大幅に時間を取れるのは、時間に余裕がない時は有用だな。
もし今後余裕があれば、この迷宮大森林の時空間の歪みを調べたいものだ。
ともあれ、今はこの迷宮大森林を抜けるのが先決だな。
ジルとマックスはふーちゃんに乗って、シロップとクローディアも全力疾走とまではいかないが、それなりの速度で渓谷を駆け抜けていく。
このまま順調に行くかと思われたが、残り1km程と言うところで俺の【気配察知】【索敵】に反応があった。
出口正面からではなく横から、つまりこの場合は渓谷の上からと言う事になる。
ジル達が今居るのは渓谷の底だが、左右の崖は出口が近い事もあるが、それでも80m以上もの高さがあるのだ。
それにもかかわらず、その崖の上――渓谷に向かって突き進む反応が全部で11。
先行する2つに、後方から9つ。
モンスターかと思われたが、先行する2の気配に見覚えがあった。
見覚えがあったと言うよりも、会った事があった為、【気配察知】と【索敵】に名前等が表示されていたのだ。
「きゅーちゃんが渓谷に向かって来ている人がいるってー」
「ええっ!? ちょっと、もしかしてこの崖の上から飛び降りようとしているって事!?」
「ジルベールさん、飛び降りようとしている人は1人なのですか?」
シロップは驚きながらも上空を警戒し、クローディアは状況を把握しようとジルに訊ねる。
ジルは俺が察知した気配の数を伝える。
「先行する2人に、追従する9人。ジルベールさんの言う事が正しければ、2人は9人に追いかけられている、と言う事になりますね」
「どうする?」
案内人としては、余計なトラブルに首を突っ込まないでこのまま渓谷を通り抜けたいところだろう。
だが、敢えてシロップはジルにどうするか聞いてくる。
「きゅーちゃんの察知した反応が正しければ、助けたいー」
「そう、ね。反応が2人だと言うのも気になるわ」
ジルの分かり切った答えにシロップは満足げに頷き、脚を止めて崖の上を注視する。
そうこうしているうちに、先行する2人の気配は何のためらいも無く崖から飛び降り、ジル達の前に降り立った。
「ひゃぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉっっ!」
普通であれば80mからのダイブは無謀だが、おそらくマジックアイテムを使ったのだろう。
紫に薄く輝く球体に包まれながら落下速度を減速して地面に叩きつけるように降り立った。
「死ぬかと思ったわ。っと、こうしちゃおれん。シルバーはん、速よう逃げるんや……って、ジルはん!?」
「なっ!? ジル殿っ!?」
そう、崖から飛び降りて来たのはシルバー王子とマゼンダの2人だった。




