058.余
突然の物言いに、ジル達はポカンと呆気に取られていた。
まぁ、言うに事欠いて「即刻立ち去れ」だもんな。
「む? 聞こえなかったのか? 今すぐ立ち去るのだ」
この男、どこかの貴族のぼんぼんか?
明らかに世の中が自分の思い通りに動くと思い込んでいる態度だな。
「あのー、シルバーはん。この場所は闇影裏の共通のセーフティエリアやから、自分達が占拠する事は出来へんのよ。
それと、この者達は影ギルド所属の案内人で、シルバーはんに危害を加える事はありません」
「ふむ……本当に余に危害を加える者じゃないのだな? 間違いなく」
「ええ、私が保証いたしますわ」
あれ? 面識あるシロップ達は兎も角、ジルとマックスは初対面だぞ。
そこのシルバー坊ちゃんに危害を加えないと言う保証は無いんだけどな。
「……分かった。お主の言う事を信じよう。それにしても、この野宿と言うのはどうにもならんものか。安心して休むことも儘ならん」
「シルバー様、身の安全を確実にするためにこの迷宮大森林を抜けるのです。その為、野外で休むことも覚悟なされていたのでは?」
「分かっている。分かってはいるが、こうも長期間野外での生活が続くとな……」
不満を漏らすシルバーに、それを嗜める騎士の女性。
貴族のぼんぼんに付いた護衛の騎士ってところか?
「……あんたも苦労してるのね」
「……分かってくれる?」
ケンカ腰だったシロップはマゼンダに対し憐みの目を向けていた。
そんな訳で、図らずとも裏ギルドの4人を加え、河辺のセーフティエリアで野営をすることになった。
まぁ、これで落ち着けば問題は無かったのだが、案の定貴族のぼんぼんからはあれもダメ、これもダメ、あれがいい、これがいい、などわがままを言い放題だった。
道中こんな調子だったとすれば、マゼンダの苦労が偲ばれる。
「シルバー様、こんな子供が我儘を言わずにいるのです。シルバー様もあまり我儘を言わずマゼンダ様の言う事をお聞きになっては?」
騎士の女性――名をコバルトと紹介があった――はジルを引き合いにしてシルバーを諭す。
「……むぅ、分かった分かった。もうこれ以上は言わん。流石に子供に劣ると言われれば大人しくしよう」
この場に居る時点でジルは普通じゃないんだけどな。
でもまぁ、これでシルバーが大人しくなれば文句は無い。
尤も、ジルはさして気にしては無かったけど。
「それにしても……貴様のような子供が何故こんな森を抜けようとしている? この森は物凄く危険なんだぞ」
あれ? そんな事聞いちゃう?
普通、そう言うのって聞いちゃダメと言う暗黙の了解があるんじゃないのか?
「私急いで聖王国に戻らないと駄目なのー。だから早く戻れるこの大森林を通ることにしたのー。危険なのは大丈夫ー。私こう見えても冒険者だから強いんだよー」
「ほぅ! 子供なのに冒険者なのか! それは凄いな! ランクはE級か? まさかD級と言う事は無いだろう」
「ついこの間S級になったよー」
ジルのS級宣言に、マゼンダ、シアン、シルバー、コバルトの4人は一瞬固まる。
「はっはっは! 言うに事欠いてS級とは! 面白い事言う子供だ。久しぶりに腹の底から笑わせてもらったぞ」
まぁ、信じないよな、普通は。
『ああんっ!? お嬢を舐めてんのか!? ゴラァ!!』
『悪いけどあんたみたいなボンボンが姐さんに近づかないでくれる? ボンボンが移っちまうよ!』
『あはは、笑わせてもらったのはこっちだよ。流石は貴族の坊ちゃん。あんたみたいな坊ちゃんにジルちゃんの実力が分かってたまるかってーの!』
『マスターの力を見抜けぬ節穴の癖にマスターの事を笑うだと……? 万死に値する!』
おぉう……喧嘩っ早いはーちゃんやめーちゃんは分かるが、ふーちゃんやぼーちゃんまでシルバーの態度に怒っているよ。
シルバーは信じなかったが、コバルトはジルを訝しげに見ていた。
ハッタリなのか、主に対して尊大な態度を取った事に対する咎める視線なのか。
逆にマゼンダやシアンはジルを目踏みするように観察をしていた。
おそらく裏ギルドにも最年少のS級昇格者が出た事の情報が届いているのだろう。
『あ、そうだ。ジル、どうせなら逆にそっちも何で迷宮大森林を通っているのか聞いてみろよ』
「(あ、うんー、そうだねー) ねぇー、なんでそっちも大森林を抜けようとしているのー? とっても危険なんでしょー?」
まさか聞き返されるとは思わなかったのか、シルバーは一瞬言葉に詰まる。
「あー……、うー……、うむ、余は、どうしても聖王国に向かわなければならないのだ。余のやりたいことをする為にも」
誤魔化すように言葉を濁していたが、どうしても聖王国へ向かわなければならないと口にした時のシルバーの目は、先ほどまでとは違い真剣な眼差しをしていた。
どうやらこの坊ちゃんも迷宮大森林を抜ける為の理由があるみたいだな。
「そっかー。それじゃあー頑張って迷宮大森林を抜けないとねー。我儘を言ってたら抜けられるものも抜けられないよー」
「うぐっ! わ、分かっている! ……くそっ、まさか余がこんな子供にまで諭されるとは……!」
まさかのジルの切り返しに、シルバーは顔を真っ赤にしながらそっぽ向いてしまった。
『わはは、やるじゃねぇか、ジル。坊ちゃんもいい薬になったんじゃねぇか?』
俺だけじゃなく、お気に入りの皆もジルの切り返しに拍手喝采だった。
「(あんなこと言ったけどー、この人結構頑張り屋さんだよー。だって、なんだかんだ言いながらもここまで来ているみたいだしー)」
まぁ、確かにな。裏ギルドの方のルートはどうなっているのかは知らないが、それでもこの地点に来るまで1ヶ月以上は掛かっているだろう。
それを踏まえれば、この坊ちゃんも頑張っている方だろうな。
我儘を言いながらだろうけど。
「それで、シロップ。明日の事なんやけど」
「分かっているわよ。幾らなれ合いたくない強欲商人だろうが、協定は協定だからね。こうして合流した以上、明日は協力して難所を突破しないとね」
雑談が落ち着いた頃に、影ギルドと裏ギルドの案内人は明日についての打ち合わせをする。
そう、このセーフティエリアを過ぎれば、迷宮大森林の2か所目の難所があるのだ。




