043.スリ
「んー、これ美味しー」
『このおっちゃんからも同じ情報しか得られなかったなぁ』
取り敢えずジルはその辺の露店から食べ物を買いながら聖王国セントルイズへの道を聞いていた。
まぁ、出てくる答えは大陸横断行路を使えば?と、ほぼ決まっていたが。
『商業ギルドでも同じ感じっぽいな』
『その大陸横断行路は商人が使うルートって事なんでしょ?』
『商人にとっては東から西へ向かう横断路だからな。各国を回るのに丁度いいルートなんだろう』
『ふーん』
分かっているのか分かってないのか、ふーちゃんは適当な相槌を打つ。
『じゃあ、商業ギルドには行かないのか?』
『いや、行くべきでしょう。商業ギルドでも勧められれば、このルートは比較的安全が確保されているルートとなる訳です』
はーちゃんの疑問にぼーちゃんが答える。
答えが同じだからと言って、情報を疎かにするのは命取りになりかねないからな。
ぼーちゃんの言う通り、商業ギルドでも情報を仕入れないと。
「(じゃあ、商業ギルドへ行くねー)」
美味しいものを食べてホクホクのジルは、軽い足取りで商業ギルドへと向かう。
『食べ物ってそんなに美味しいのか?』
『MeらにとってはUnknownのSenseだからNa!』
ジルが美味しそうに食べていたのでめーちゃんややーちゃんが気になってたみたいだ。
『あー、こればっかりはお前らには分からない感覚か。んー、ジルから魔力を込められて磨かれている感覚に近いか?』
『貴方も我々と同じ石と言う無機物でしょうに』
『さも知っている風に話すのね』
かめちゃんとふーちゃんの女性(?)2人からお前も石だろうと突っ込みが入る。
そりゃあ、元人間だからな。
別に隠す事じゃないが、こいつらに転生と言う概念が理解できるか?
「おっと、気を付けな!」
ジルの脇を同じくらいの男の子がぶつかりながら通り抜ける。
『む?』
『あ!』
『あいつ!』
ぼーちゃん、はーちゃん、めーちゃんの3人が気付く。
ジルにぶつかったのはワザとで、ジルの懐から財布をスッたのだ。
勿論、俺も気が付いている。
何せジルに懐に小金を入れた財布を仕舞っとくように言ったのは俺だからな。
ジルにはかめちゃんと言うアイテムボックスがあるから大金を盗まれる心配はない。
いちいちかめちゃんからお金を取り出すのも面倒なのと、全くお金を持たないのも不自然なので、敢えてカモフラージュの意味で小金を入れた財布を持つように言っていたのだ。
因みに財布には【マーカー】のスキルを掛けて、何処に持って行かれても探すことが出来る。
「(追いかけるねー)」
『んー、俺としては敢えて無視しても構わないんだが……』
スッたのが子供だったからな。
おそらく大都市にはありがちのスラム出身とかの孤児なんだろう。
だが、それに納得しない者が居た。
『ちょっと! 何をふざけた事を言ってるの! スリは悪い事だろう! 見逃すなんてありえない!』
めーちゃんだ。
『あー、いや。悪い事なんだが、相手は子供だぞ』
『子供だから何なんだよ! 悪い事は悪い事だろう! あたいは曲がったことが大っ嫌いなんだよ!』
めーちゃんは分かってなさそうだ。
まぁ、他の皆も分かってなさそうだが。
自我が目覚めて間もないし、石と言う無機物だから人間の機微が分からないのは仕方がないが。
そうこうしているうちにジルはスッた男の子に追いつく。
「(じゃあー、捕まえるねー)」
『待った、後を付けて様子を見よう』
『おい! きゅー!』
めーちゃんが怒鳴るが無視する。
「(きゅーちゃんー、何か考えがあるのー?)」
『考えと言う訳じゃないが、この後の様子を見てから、かな?』
男の子は付けられているとは知らずに、周囲を確認してからジルからスッた財布を取り出す。
「へへ、子供が1人で大通りに居るなんて、スッて下さいって言っているようなもんだね。
さて、どれくらいって……なんだよ! これっぽっちかよ! って、子供の所持金じゃたかが知れているか……」
ジルの財布の中身を見て、明らかに落胆している男の子。
気落ちしたまま男の子はスラムへと向かう。
スラムのボロボロの小屋へ辿り着いた男の子はそのまま中へと入る。
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
「おかえり~」
「おう、ただいま!」
5歳くらいの女の子と3歳くらいの男の子に迎えられ、スリの男の子は元気に帰りを告げる。
「今日の成果はどうだったの?」
「ダメだった。今日はこれだけだ」
そう言って、ジルの財布を取り出す。
「そっか……このままじゃ今月のノルマ果たせそうにないね」
「まだ日にちはあるんだ。焦らないでやっていくさ」
「でも、ノルマが果たせないと……」
「そん時は俺が何とかしてやる! だから心配するな!」
「うん……」
兄と妹は気落ちしていて、弟は良く分からないのか2人のやり取りに首をかしげている。
『で、これを見て捕まえて憲兵に突き出すとか言えるか?』
『う……』
流石にこの光景を見てめーちゃんは言葉を失う。
まぁ、スラムの孤児と言えば貧乏でスリをして生きていくのが典型的だからな。
『でも、悪い事は悪い事で……』
『ああ、だがこいつらはこれで食って生きているんだ。おそらく子供だから正規な手段で稼ぐことが出来ないんだろうな』
『誰が悪いとは言えない、と言う事ですか……』
『まぁな。強いて言えばスラムを放っておいている国が悪いとも言えるが……』
ぼーちゃんの呟きに俺は敢えて国が悪いと答える。
だが、国が大きくなればスラムとかが出来るのは当然なんだよなぁ。
どうしようもないと言えばどうしようもないんだ、こればっかりは。
俺ら個人がどうこう出来るものでもないし。
「(どうしよー? きゅーちゃんー)」
『ジルの好きなようにしな。俺らはそれに従うよ』
「(……うんー、分かったー)」
ジルは無造作に3兄妹が居る小屋の中へ入った。
「……! お前!」
「大丈夫ー、捕まえに来たんじゃないのー」
そう言って、ジルはかめちゃんを取出し、大銅貨や銅貨を十数枚取り出し男の子へと渡した。
「お前、何のつもりだ!?」
「んー、気まぐれー? このお金は好きに使っていいよー」
「苦労を知らない奴らから施し何て受けないぞ!」
「でもノルマが厳しいんでしょー?」
「ぐ……」
先程のやり取りからどこかの組織に属していて、庇護を受けているみたいだが、あんまり芳しくなさそうだしな。
「キミがスッたお金もー、私が上げたお金もー、どっちもお金には変わりないでしょー? これでノルマが達せられるならお得だと思わないとー」
「……分かった。有りがたく受け取っておく。礼は言わないからな!」
「いいよー、さっきも言ったけど気まぐれだしー」
ジルはそう言いながら小屋から出ていく。
『ジル、こんなことしても一時しのぎにしかならないぞ。分かっているのか?』
「(分かってるよー。でも見ちゃったからねー。偽善と言われるかもしれないけどー、私の自己満足で出来る事をしたかっただけだしねー)」
『まぁ、分かっているならいいけど』
お気に入りの皆もこれ以上何も言わずに、俺達はスラムを後にする。
まぁ、この出来事が後々ジル達の役に立ったりするのだが、世の中何が起こるか分からないものだな。




