Side-63.ジルベール17 -潜入者
一人の男が皇城の裏口の1つから出ていく。
人目を気にしてか、周囲を警戒しながら更に人気がない倉庫の影へと入っていく。
男は遠距離通信用の魔道具を取り出し、小声で囁く。
「緊急通信、コード881発生、コード881発生」
男が発した言葉の数秒後、通信用の魔道具から聞き覚えのある声が聞こえる。
魔王四天王の1人、波紋のジョージョーだ。
『状況を』
「内通者の1人、エボニ皇国の皇子が捕まりました」
『……ちっ、2日後情報を貰いに行くはずだったのに予定が狂ったな』
「どうしますか?」
『仕方ない。予定とは違うが、もう1人の内通者から情報を貰おう。こちらから向こうへ連絡を入れるから、お前はそのまま潜伏していろ』
「了解しました」
男の承諾の後、通信用の魔道具は通話を終える。
通信用の魔道具を仕舞い、男は再び陰に潜み皇城へ戻ろうとするが、己の体が動かないことに気が付いた。
「……っ!? 一体何が……っ!?」
「動かない事だ。無理に動こうとすれば魂が砕け散るぞ」
背後からの声に男は振り返ろうとするが、そもそも今は体がピクリとも動かないのだ。
振り返ろうにも振り返れない。
だが、その声には聞き覚えがあった。
「S級冒険者『天剣』のアベレージ……! 何故ここに……!」
「勿論、貴方が魔族に通じているから捕まえに来たんだよー。より正確に言えば、人間に扮した魔族を、ってとこかなー?」
「『幻』のジルベールまで! くそっ、何時から気が付いていたんだ!?」
男は自分の体から生えた剣を忌々し気に睨みながら私たちの登場に驚く。
アベルの呪われた剣・縛呪剣ソウルバインド。
縛呪剣は完全に男の体を背中ら貫通しているが、体には一切傷一つ付いていない。
この剣はあくまで魂を縛り、動きを封じる為だけの剣だから。
ただし呪われた剣故、相手を縛るごとに使用者の体の1部を捧げなければならいリスクがある。
まぁ、全てのどんな剣も使用することが出来る【ソードコレクター】のアベルなら何のリスクもなく使えるけど。
私たちがこの男――連合軍の通信兵であるイエロ・テンパルスが魔族だったと言うのは最初から知っていた。
ついでに言えば、さっきジョージョーとの会話の中にあったもう1人の内通者――裏切者も誰かは分かっている。
何故なら、私たち『収集家の集い』は『親愛なる黒姫』と呼ばれる彼女から――正確にはレターライダーになったゼノスが『親愛なる黒姫』から預かってきた手紙に連合軍の中に裏切者2人、人族に扮した魔族が1人居る事を教えてくれたのだ。
私はそこまで詳しくは知らなかったけど、オズによれば『親愛なる黒姫』はプラチナナイト帝国近辺に知られている正体不明の情報屋らしい。
ううん、情報屋どころかスタージュン皇帝も逆らえないプラチナナイト帝国の裏の支配者と言う噂もあるみたい。
そんな彼女がどうして私宛に連合軍の裏切者たちの情報をくれたのかは分からないけど、アル君が勇者として前線で頑張っているのに、その連合軍の本部に不安要素があるのは頂けない。
なので、その情報を吟味し有難く使わせてもらうことにしたのだ。
で、最初はわざと騒動を大きくして裏切者1人を大々的に捕まえて、残る裏切者と魔族が動くのを誘った訳。
そうして私たちの予想通り、侵入していた魔族が釣れた、と。
因みに、もう1人の裏切者にはララクレットとマックスが見張っている。
デデビル皇子を捕獲しているときは、このイエロ・テンパルスに扮した魔族をララクレットに見張ってもらっていたけど。
「さぁな、何時から気が付いていたんだろうな。と言うか、ここまで人族に化けるなんて魔族の魔道具も侮れないな」
そう言いながら一緒に現れたオズは魔族の懐を漁り、目的の魔道具を取り上げる。
魔道具を操作し解除すると、そこには先ほどまでのイエロ・テンパルスの姿は無く、妖魔族の男が居た。
「私も使ったことがあるけど、これって完全に人族と魔族の見分けがつかなくなるよねー」
魔王城に侵入する時にエーデリカから貰って使ったっけ。
あの時はきゅーちゃんがその変装魔道具を危惧していたけど、こういう事だったんだね。
「ま、お前の役目は終わった訳だ。大人しく捕まって魔王軍の情報を吐くんだな」
「……ふん、簡単に情報を吐くとは思わぬことだな」
「別にどっちでもいいぜ。吐こうと吐くまいと。こっちはお前を捕まえたからそれで充分なんだよ」
「…………」
オズは魔王軍の情報はどうでもいいって言っているけど、やっぱり情報はあった方がいいよね。
特に、最近の魔王軍の動きはおかしいってスタージュン皇帝――総司令官が言っていたし。
「はいはいー、侵入者を捕まえたよー。連行お願いねー」
私は2人のやり取りを余所に、用意していた通信用魔道具でシルバー王子に連絡して騎士や衛兵を横して貰うようにする。
後はララクレットたちが見張っているもう1人の裏切者だね。




