Side-36.クーガー2
一目惚れだった。
彼女を見たときは心が震えた。
凛とした佇まい、気品あふれるオーラ。
ただのメイドなのに凄く心が引き付けられた。
彼女の名はリュキュルシア・キ・ド・シンジドラゴン。
メイドである彼女は勇者であるアルベルト君にその身を捧げる。
だが、俺は彼女の為なら命を懸けよう。
俺たちを襲ってきた追撃部隊は、全員が同じ顔をしていた。
「何だ、ありゃあ」
一緒に馬車を応急処置をするフレイドは、敵の顔を見ては驚愕している。
無論、俺もビビっていた。
「敵なのは間違いないが、全員が同じ顔ってのも不気味だな」
「顔だけじゃないな。体格も全部同じだ。なんかのスキルか? それとも何かのマジックアイテムかもな。クーガーはそういうマジックアイテムは聞いたことがあるか?」
「いや、流石にないな」
そんな俺たちの疑問に答えてくれるように、クローディアが敵の正体を暴いてくれる。
「気を付けてください。敵は【分身】のスキル持ちです。本体を倒さない限り数は決して減ることはありません」
なるほど。【分身】のスキル持ちか。
確かによく見れば、顔や体格だけでなく、装備や武器も全部が同じだな。
「ちぃっ! 厄介だな! 倒しても倒してもキリがない!」
「【ジャッジメント】! クローディア様、敵の本体を探すことは出来ないのですか!?」
アルベルト君とパトリシアさんが互いに寄り添いながら敵を屠っていく。
……流石、勇者と聖女だ。絵になるなぁ。
俺は場違いなことを考えながらも馬車の応急処置をしていく。
「残念ですが、今の状態では見つけることが出来ません。数が多すぎます」
確かに、今この場に居る敵の数はざっと200人は居るだろう。
もしかしたら今もなお増え続けているのかもしれない。
「よし、応急処置完了だ。ワシはアルベルトたちの援護に向かう。お主は馬車の中に避難していろ」
フレイドは手に斧を持って、敵へと向かっていく。
そう、この場に居る仲間の中で戦闘が出来ないのは俺とディーノだけだ。
アルベルト君とパトリシアさん、ゴダーダは戦闘部隊だから言わずもがな。
諜報員のクローディアさんは【くノ一】スキルで戦うことも出来る。
フレイドは料理人だが、もともとのスキルは【火魔法】と戦闘向けのスキルな上に、ドワーフと言う種族上、接近戦も得意だ。
リュキさんはメイドであるが、オリジャル・バトラーメイド養成学校で主人に仕える技能だけでなく、護衛も出来るようにと戦闘訓練も受けている。
そしてディーノは戦闘訓練は受けていないが、【時間湾曲】のスキルで自分だけが高速で動いて辛うじて戦闘行動をとることが出来る。
そして状況が状況だけに、ディーノも御者台を降りて【時間湾曲】のスキルで敵を翻弄して、アルベルト君たちのサポートをしていた。
そう、実質戦闘が出来ないのは俺だけなのだ。
これまでなら、俺はフレイドの言う通り馬車の中へ避難して戦闘が無事に終わるのを祈っているだけだった。
これまでなら。
俺はアイテムバックの中からこの時の為に作っていた、つい先日完成させた魔道具を取り出し、マックスの鎖を解こうと奮戦しているリュキさんのもとへと向かう。
短剣をもってマックスを縛っている鎖を切りつけるが、傷一つつかずに一行に鎖がほどける気配はない。
マックスも力任せに引き千切ろうとするも、鎖に罅が少し入るだけで完全に千切るのには時間がかかりそうだ。
「リュキさん、お・俺がマックスを縛っている鎖を解きます」
「クーガー様? 一体何を……」
突然現れた俺にリュキさんは驚くものの、避難しろとは言わない。
むしろ、こんな状況の中で何をするのか目を向けてくる。
「見ていてください、イチジョーさん……じゃない、リュキさん。俺の変身を!」
俺は取り出した魔道具――アマダニュウム鉱石を磨き上げた結晶をアダマンタイトの装飾で覆ったバックルに据えたベルトを腰に巻く。
勿論、腰を覆うベルトの部分もミスリルで出来ているので、ちょっとやそっとじゃ壊れないし外れない。
俺はベルトを巻いて、右手を掲げ左手を腰だめに構える。
「変身!」
バックルのアマダニュウム結晶が赤く輝き、そこから光が俺の体を覆う。
光は赤と黒を基調としたスリムなフルアーマーに変化し、体に装着される。
そして顔には赤色の大きな複眼と金の二本の角が額に装着されたフルフェイスに覆われた。
『凄い! クーガーカッコいい!』
リュキさんは俺の変身した姿に言葉もなく驚いて、マックスは縛られているにもかかわらず歓喜してくれる。
「マックス、待っていろ。今、解放してやるからな」
俺はリュキさんの驚きやマックスの喜びに気を良くしながら、マックスを縛っている鎖を握る。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ビキビキビキッ……バキィィンッ!
俺は力任せにマックスを縛っている鎖を引き千切る。
ふっ、当然だ。
この変身した姿は、魔力を十二分に循環させ、力を十数倍にも上げてくれる。
おまけに、この鎧部分は魔力干渉を起こしやすく、マックスを縛っていた鎖に干渉して脆くしたのだ。
『やった! ありがとう、クーガー!』
そう言ってマックスはこれまで縛られて溜まっていた鬱憤を晴らすべく、敵へと突っ込んでいく。
「……凄いです」
リュキさんも俺の成したことに驚嘆していた。
「さぁ、リュキさん俺たちも行きましょう。アルベルト君たちを援護しましょう」
俺はこの時、これまで戦えなかった自分がやっと活躍できたことで気分が高揚していたことや、リュキさんに良いところを見せようとしていたことで調子に乗っていた。
だから、結果的にああなるのは当然だったのかもしれない。




