Side-32.ジョーカー5
「くそっ! なんで俺たちが逃げなければならないんだ!」
船の中で男が怒声を上げる。
「ああ……せっかくの新天地が……」
「30年持っただけでも有難いのかもしれんな」
男の怒声に釣られるように周囲の魔族も弱音を吐いている。
ボクたちは人族との争いに負けてガルドドフ(人族のドワーフ国)を放棄することとなった。
まぁ、もともと人族の国だった土地を、略奪して魔族の住まう土地にしただけだから、おじいさんの言う通り30年住むことが出来ただけでも十分な快挙なんだろうけど。
尤も、たかが30年と言えど、今やガルドドフに住まう魔族は魔大陸よりも多い。
痩せて枯れた魔大陸よりも豊かに実った大地の西大陸の方が住みやすかったからだ。
今は生き残った魔族を西大陸の港町ノーステンと魔大陸のサウスイレブンを船で何往復もして避難させている。
一応、護衛として四天王がそれぞれの船に乗っているが、流石に人族の連合軍もここまでは追いかけてこないだろう。
戦略的に見てもこれ以上の戦闘は人族の連合軍も消耗させるだろうし、何より海上戦は不慣れなはず。
それに、そこまでして魔族を滅ぼそうと人族も狂気には染まっていないはずだ。
まぁ、一部の人族はおかしい奴が居るけどな。
「こんなことになったのもお前らの所為だ……! お前らが人族に負けたばかりに俺たちはガルドドフを追われることになったんだ! 責任をとれよな!」
男は怒りが収まらないのか、その矛先を俺――俺たち四天王へと向ける。
まぁ、気持ちは分かる。
これまでの生活がいきなり壊されたんだからな。
だが、言っていいことと悪いことがあるんだぜ。
「責任……ね。確かに魔族は弱肉強食の世界だ。人族に負けたボクたちが悪い」
あの後、ボクとユーユーが奪還作戦に参加したが、その隙を突かれて逆に残りの2都市を奪われる結果になってしまった。
その動揺を突かれて王都と1都市の奪還は失敗に終わってしまったのだ。
あの時、勇者パーティーは参加してなかったが、奴らの影響は大きい。
実際、一度は勇者パーティーとぶつかったことにより、ボクたち四天王の戦力は最善とは言えなかったからだ。
言い訳をするわけではないが、確かに負けたボクたちが悪い。
だが……
「戦いもせずに逃げてきた輩が言うセリフじゃないよな」
「……なっ」
男はボクのセリフに言葉を失う。
「あの戦いでは魔王軍じゃない一般人も義勇兵として戦っていたんだ。戦いもせずに逃げてきたあんたは弱肉強食にも劣るんじゃないか? ああ、それともそこまでの大言をするのであれば、当然ボクたちより強いんだよな? だったら今すぐ西大陸に戻って人族からガルドドフを取り返してきてくれないか?」
「…………っ」
流石にこれ以上は男は何も言わずにただ俯いていた。
下らない。
下手なプライドがあるだけに、人族にいいようにやられた事実を受け止めきれないんだろうな。
ボクも……ついこの間まで方向性は違うが、魔族としてのプライドがあったように思える。
だが今は、幼馴染の仇を討ったせいか、何となく以前ほど熱くなれない。
その為、今の男のように悔しいという気持ちがあまり湧き出てこない。
……そう言えば、魔族にも魔族のプライドなんか関係なく争いを苦手とし、温和な性格の奴らが居たよな。
当然他の魔族からは落ちこぼれや臆病者と蔑まれ僻地に追いやれていた。
ボクが魔王軍に入って暫くして、とある事件でその魔族らしくない魔族が住まう村――ガダム村を知ることになったが、前世が人間だった分、その魔族たちを疎ましく思うこともなく普通に接したことで彼らと交流を深めることが出来た。
そうしてボクは出世し、四天王になったことでその村に手出ししないように周辺の町や軍に通達をしていた。
尤も、もともと疎まれていた魔族の為、あまり興味を持たずに放置されている状態だったけど。
ボクが四天王となって改めて釘を刺しておいたので手出しはしていないはずだ。
これから魔大陸には多くの魔族が難民として雪崩れ込む。
ガダム村はサウスイレブンから意外と近いから、もしかしたらトラブルが起こるかもしれないな。
……一応、注意を促しておいた方がいいかもしれない。
取り敢えず、今の船をサウスイレブンに送り届けた後、ボクは時空波紋を使ってガダム村へと跳ぶ。
そしてそこで目にしたのは思いがけない光景だった。




