020.アリスティラ大神殿
王都セントールの中心には王城があり、ジルの目的としたアリスティラ大神殿は王都の北側に位置している。
そのアリスティラ大神殿は王城に引けを取らない程の豪華絢爛な建物だ。
いや、この世界を総べる宗教の総本山である大神殿が一国の城よりも劣っているはずがない。
引けを取らないどころか比べるのも烏滸がましいほどの差がある。
と言うか、ジルはこの中に真正面から向かって行く気か?
ジルは一般開放されている拝殿に足を踏み入れ周囲を見渡す。
祈りの場となっている拝殿には流石王都らしく、大勢の信者が正面奥にあるAlice神像に熱心に祈りをささげていた。
そしてその対応に追われているシスターが何人か居た。
ジルの目的はそのシスターのようだ。
何人かのうちの1人――成人になったばかりの若そうなシスターにジルは真っ直ぐに向かって行く。
「私は勇者アルベルトの姉のジルベールです。アルベルトに会いに来ました」
「……は?」
「もう一度言います。私は勇者アルベルトの姉のジルベールです。アルベルトに会いに来ました」
「あっ……と、いえ、あの、何をおっしゃっているのか分からないのですが……」
「貴女では話になりません。誰か上役の方を連れてきなさい」
「いえ、だから……」
「勇者の姉が来たと伝えれば分かります。早くしなさい」
「は、はいっ」
ジルの迫力に押されたシスターは直ぐに建物の奥へと向かって行った。
…………………………………………………………………………え、誰これ?
いつものほんわかした雰囲気の間延びした口調だったジルが一転、とても子供とは思えないしっかりした雰囲気とシスターに口調で問い合わせていた。
心なしかまっすぐ伸ばした背が一回り大きく見える。
『おいおいおいおいおい! ジル、なんだそれ!?』
「(ふふふー、勇者の姉が来たとなればそれ相応の対応が必要になるでしょー? 後は威厳のある態度で迫ればイチコロー)」
『いやいやいや、イチコローじゃないよ。おそらく勇者の発見はまだ上層部だけの極秘事項だろう』
「(うんー、だけどもう3日も経っているよー。教会内――特にアル君が連れてこられたこの大神殿内では勇者の噂くらいは広まっているはずー。だからあのシスターさんも直ぐに奥に引っ込んだと思うのー)」
なんつー大胆な訪問だ。
確かに普通なら不審者扱いで門前払いをくらうだろう。
おまけに参拝に来た大勢の信者が居る前で勇者の名前を出し、注目を集めようとしたわけだ。
教会側としては勇者案件はまだ公表したくないわけだし、噂として知っていると思われるシスターもここで騒ぎを起こしたくないわけだ。
だから素直に上役へジルへの対応を伺いに行ったと。
そして思ったよりも揉めているのか、それとも相手をするつもりが無かったのか、上役である者が来たのはそれから1時間も経ってからだった。
出てきた女性は60代くらいの初老の女性で、その纏っているのも重厚感がある高位の衣装だ。
「貴女がアルベルト様の姉のジルベール様ですね」
ジルは重々しく頷く。
「私はマリアベル・グレンタール。枢機卿の任に就かせてもらっております」
枢機卿!
思ったよりも大物が出てきた!
「アルベルト様の事についてはここで話すような事ではありません。付いて来てもらえますか?」
「アルベルトに会わせて下さい。話はそれからです」
おおぅ、ジルは1歩も引かないな!
「……分かりました。こちらへどうぞ」
枢機卿の後を付いて行き、大神殿の奥へと進んでいく。
通路では枢機卿の姿を見かけたシスターや神父らしき人たちが壁際によって頭を軽く下げていた。
「アルベルト様がここアリスティラ大神殿にお越しになられてまだ3日しか経ってません。随分と早いお着きですのね」
「家族に会いたいと言う思いが私を王都へ早く着かせたのです」
「……アルベルト様を家族から引き離したのが間違いだと?」
「幼いうちからの訓練も分かります。ですがそれは家族から引き離してまで行う事ですか?」
こ・怖えぇぇぇぇぇぇ……
いつものジルじゃねぇ……
なまじいつもの間延びした口調じゃない分怖いよ……
通路を歩きながら枢機卿とジルは言葉の殴り合いをしていく。
「魔王の脅威から世界を守る為です。一刻も早くアルベルト様を勇者として育てなければなりません。それには心苦しいですがここアリスティラ大神殿での訓練が必要になるのです」
「それは家族にお別れすら言えない程世界は魔王に脅かされているのですか?」
「ええ、このセントルイズでは魔王の侵略は及んでませんが、魔王領域に隣している各国の被害は甚大です」
「それは可笑しいですね。幾ら世界が魔王の危機に瀕していようとアルベルトが魔王軍に立ち向かって行けるまでに1年や2年で効かない筈。家族と別れの挨拶をするくらいの時間はあるのでは?」
「時には情を断つことも勇者には必要になります。これもその一環だと思っていただければ」
「話になりませんね。家族の気持ちすら守れない者が世界を守れるとでも?」
「見解の相違です。私達は世界を守るために動いております。一個人の感情で動く事は愚か者のすることです」
うーん……枢機卿の言いたいことも分からないではないのだが……
組織として動く時は個人の感情は関係ないからな。
まして世界を救うための事となれば尚更だ。
「それではここでお待ちください。アルベルト様をお連れ致しますので」
枢機卿が案内したのはごく普通の応接室だ。
部屋の中央にテーブルと、向かい合う様に2つのソファが並んでいる。
壁際には書棚が置かれていた。
おそらく対応する人物によって応接室の部屋が変わるのだろう。
……対応が素直すぎるな。
あの強引にアルベルトを連れ去った教会とは思えないな。
『ジル、気を付けろ。おそらく罠が仕掛けられている』
「(うんー、分かってるー)。待って下さい。私をここに置いてどうするつもりですか? 私をアルベルトの元へ連れて行きなさい」
ジルは部屋から出て行こうとした枢機卿に待ったをかける。
「私がジルベール様に何かするとでも?」
「違うとでも?」
この時になってようやく枢機卿が正体を現す。
「警戒はしていたようですが、ジルベール様はもう少し慎重に行動した方がいいですね。でないとこういう目に遭いますよ」
ドアノブに手を掛けていた枢機卿が何やら呪文のようなものを呟くと部屋の床、四方の壁、天井と魔法陣が浮かび上がった。
俺は素早く【解析】のスキルを魔法陣に向かって走らせる。
種類:転移トラップ
内容:上下四方による重複連結転移魔法陣による罠。一度発動すると内部の物は固定されて解除不能となる。
『ちぃ! 【解除】!』
バチィッ!!
俺は【解析】の結果を見て、直ぐに【解除】スキルを発動させたが弾かれてしまった。
『くそっ、【解除】が失敗した! ジル! 逃げられるか!?』
「(ダメー、身動きが取れないー)」
初めから転移トラップの影響の範囲外なのか、除外アイテムを持っているのか、枢機卿な何の問題も無くドアを開いて外に出ていた。
「アルベルト様の事はご心配なさらないで下さい。ご立派に勇者としてお育てい―――――」
枢機卿の言葉を最後まで聞く事が出来ずに部屋全体に広がった光と共に俺達は転移魔法陣により何処とも知れない場所へと飛ばされた。




