179.プレッシャーキューブ
ディードリッドは10個の【プレッシャーキューブ】をジルに向かって放つ。
速度はそれ程早くは無く、ジルの体捌きで躱せるほどだ。
だがそこへ、速度の違う水玉が加わればどうなるか。
緩急の織り交じった無数のキューブと水玉の攻撃に、流石にジルも全てを躱すのは難しかった。
1つのキューブがジルの直撃コースで迫ってくる。
「くぅー!」
咄嗟にジルはぼーちゃんでキューブを薙ぎ払うが、元が水な所為かぼーちゃんの攻撃は素通りし、逆にキューブの中に入り込まれ纏わりつかれた。
バギィッ!!
『ぐぁっ!!?』
そしてぼーちゃんはキューブにまとわりつかれた部分が握りつぶされたようにひび割れる。
『マズイ! ぼーちゃんを石空間に戻せ!』
「(うんー!)」
ぼーちゃんを石空間に戻した事により、キューブは再びジルを襲い始める。
『マスター、すいません。暫くは復帰できそうにありません』
「(ううんー。こっちこそごめんねー。良くなるまで休んでてー)」
どうやら思った以上に損傷が激しかったみたいだ。
ぼーちゃんらお気に入りの皆は、たとえ損傷したとしても石空間に仕舞っていれば、修復が可能だ。
但し、損傷が激しければその分、修復に時間はかかるが。
この戦いではぼーちゃんの参戦は無理だな。
とは言え、そんじょそこらの攻撃で破損する程お気に入りの皆は柔じゃない。
だとすれば、このキューブの攻撃は……
俺は【解析】で【プレッシャーキューブ】を調べる。
【プレッシャーキューブ】
深海1万mを再現した水魔法。
深海1万mまでの水を呼び出し、キューブ状に魔法で固め、触れる事により1万mの水圧で押し潰す。
ちょっ……深海1万mの水圧って。
触れたら即ぺしゃんこって訳か。
だが、【プレッシャーキューブ】は魔法であることには変わりない。
「おおそうじゃ。お主のその盾の魔法の打ち消しは使わない方が身のためじゃぞ。【プレッシャーキューブ】は【水魔法】で固めただけで、水そのものは消えて無くならないぞ。下手をすれば、この地を深海1万mの水底に沈める事になるが……やってみるかのぅ?」
なっ!?
確かに【解析】では、『深海1万mまでの水を呼び出し』って説明してあるし、『キューブ状に魔法で固めて』ってある。
……マジか。
これディードリッドの言う通り、下手にえんちゃんで【プレッシャーキューブ】を無効化したら、深海1万mの海水が呼び出されるって事か!?
もしそうなったとしても、ディードリッドはLvが199もある【水魔法】で助かる事は出来るし、おそらく同族の魔族も【水魔法】で助けるだろう。
ちぃ、不利なのはこっちかよ!
『ジル、僅かにでも触れたらヤバい。えんちゃんも石空間に戻しておけ』
「(了解ー)」
『く、無念』
「(でー、どうするのー? このままじゃ確実にヤバいよー)」
『分かってる。ちょっと待て、今考える』
ディードリッドを直で倒すか……?
だが、無効化と同じく水が溢れる可能性があるな。
問題は、水そのものだな。
大量の水を処理し、かつディードリッドにダメージを与える方法は……
……よし。
『ジル、少しの間時間を稼いでくれ。へきちゃん、キューブがぶつかりそうになったら神鋼化でジルを守るんだ』
「(分かったー。時間を稼げばいいんだねー)」
『そ、そっか……神鋼化なら、1万mの水圧にも、耐えられる、んだね……』
流石に1万mの水圧と言えども、神の鋼と言われたオリハルコンを押しつぶす事は出来ないだろう。
ビバ、ファンタジー!
尤も、深海1万mの水圧を30cm四方の立方体に押し止めていること自体がファンタジーなのだが。
ともあれ、ジルには少しの間、時間を稼いでもらわないと。
ジルは時折へきちゃんを呼び出してはキューブを防いで、直ぐに石空間に戻しながら次々襲い掛かるキューブと水玉を躱し続ける。
「いつまでもつかのぅ……」
くそっ、ディードリッドの奴、高みの見物を決め込みやがって。
確かにこの魔法だと決まればほぼ100%勝てるからな。
『深海』の二つ名に相応しい魔法だよ。
だが当然こっちだってやられっぱなしじゃないぜ。
俺はジルが必死になって時間を稼いでいる間、【森羅万象】で新たな魔法を構築している。
……って、あ! マズイ、躱しきれない!
流石に無数の水玉と10個のキューブを躱しきるのは難しかったのか、へきちゃんの防御をもすり抜けて、キューブがジルに迫る。
「させる、かぁっ!!」
ジルにキューブが直撃する寸前、マードックが割り込んできてキューブを右手で受ける。
ミシメシバキゴキッ
一瞬でマードックの右手が水圧で押し潰されて、まるでキューブに食われたかのように右手が持って行かれた。
「皆! 己の身を挺してでもボスを守れ! 今、この場を凌げなければ、全て終わりだぞ!」
マードックの他にも、コーリンやルホース、新種ゴブリン5匹がジルを守る文字通りの肉壁となって立ちはだかった。
「マードックー!」
「ボス、ボスの事だから何か切り札があるんだろ? だったら俺らがその為の時間を稼いでやる。だから必ず勝ってくれよ」
そう言いながら、ジルに迫るキューブを今度は反対の左手で受けて防いでいく。
やるじゃねぇか、マードック。見直したぜ。
マードックだけじゃなく、コーリン達も次々とキューブを防いでくれる。
確かに命さえ無事なら、パトリシアの【聖女】スキルや、俺の【森羅万象】で蘇生は可能だが、だからと言って下手をすれば命に関わる攻撃に身を晒すなんて余程の覚悟が無ければできない。
少なくとも、今のマードックたちは勇人部隊の時とは違うって訳だ。
『ああ、良くやった。お前らの働きは無駄じゃ無かったぜ』
マードックたちには聞こえないだろうが、俺は敢えて声に出す。
『ジル、待たせたな! こっからは俺達のターンだ!
――【イグドラシルバインド】!!』




