Side-15 ルーシー1
「なんなのよっ、あの人間の女は! あり得なさすぎるでしょう!」
あたしは辛うじて逃げたセーフハウスで怒りに身を任せて先程の理不尽に不満をぶちまける。
途中までは上手くいっていた。
その途中で勇者パーティーに遭遇しなければ。
いえ、勇者パーティーの中のあの人間の女に遭遇しなければ。
「確かにありゃあ、文句も言いたくなるわな。俺とお嬢を相手取りながら、周囲に援護するだけの余裕がある。俺ら魔族よりも化け物じゃねぇか」
「クケケ、そ、それ程なのか……?」
ああ、デッドはあの人間の女と直接相手していないからそれ程怖さが分からないのね。
「ええ、エンドも言ったようにこのあたしを相手しながら周囲に気を配るだけの余裕すら見せているのよ。新参者と言えど、魔王四天王のこのあたしを前にして」
あたしの【大魔導師】ははっきり言って【魔法使い】【魔術師】【魔導師】などに比べ、はるかに強力な職スキルだ。
但し、強力な分、他の魔法系職スキルに比べ使いこなすのに時間が掛かるスキルでもある。
あたしは【大魔導師】のスキルを得てから使いこなすために、身を削るほどの魔法を行使したが、それが実を結ぶことは無かった。
実際に使いこなせるようになったのはおじさまに会ってからだった。
3年前、ふらりと魔王軍にやってきたおじさまは、瞬く間に四天王の座へと治まった。
そして【大魔導師】のスキルに四苦八苦しているあたしにスキルを使いこなすための指導をしてくれた。
おじさまの指導の甲斐あって、あたしは見事【大魔導師】のスキルを使いこなし、1年前の当時の四天王の1人を退けて新たな『紅蓮』の二つ名を持つ四天王となった。
確かに【大魔導師】のスキルを使いこなしたと言ってもまだ1年しかたってない若輩者だけど、それでも【大魔導師】と言うスキルは破格なスキルなのよ。
人間なら兎も角、魔族が【大魔導師】のスキルを使って後れを取る事なんてありえない。
あの人間の女は何か普通じゃない。
「クケケ、た、確か勇者があの人間の女を「姉さん」と呼んでいた。だ、だとすれば、あの人間の女はS級冒険者の『幻』のジルベールだ」
「冒険者って人間の世界で言うところの傭兵みたいな職業だったかしら?」
「クケケ、だ、大体そんな感じだ。『幻』のジルベールは3年前、7歳でS級――世界でも数人しか居ない最高峰の位になった最年少の冒険者だ」
「ちょっと待って。当時7歳で3年前って……今は10歳って事? あれでっ!?」
あの人間の女は魔族のあたしが見ても、とても10歳には見えなかった。
どう見ても成熟した大人の人間の女だ。
「もしかして、人間ってそう言う種族なのかしら……?」
「いやいや、お嬢。おそらくあの人間の女が普通じゃないと思うぞ。あの姿も強さも他の人間とは一線を化すと思う」
「そ、そうよね。あんなのが人間のスタンダードだったりしたら魔族の先は敗北しか見えなくなるわね」
エンドの言葉であたしは何とか気持ちを落ち着けてこれからの事に頭を巡らせる。
勇者も厄介だけど、あのジルベールとか言う人間の女も要注意だ。
だとすれば、『アレ』を奪取し損ねたのは痛恨だ。
勇者の手に『アレ』が手に渡り、その傍にジルベールが居る。
それだけで人間軍の攻略が困難を極める事が予想された。
――ピリリリ、ピリリリ――
あたしのその考えを肯定するかのように、彼から通信用の魔道具に連絡が入る。
「はい、ルールーです」
『首尾はどうですか?』
「――ごめんなさい。『アレ』の奪取に失敗したわ」
『何がありました? 本来の任務ではないとは言え、Youが失敗するのは珍しい』
「『アレ』の奪取中、勇者パーティーに遭遇したの」
『――それはそれは。今代の勇者はそれほどまでに強かったのですか?』
「勇者はそれほどでもないわ。ただ『アレ』が勇者の手に渡ったからにはこの後どうなるかは分からないけど」
『ふむ、気を付ける事にしましょう。強すぎる力はいきなり使いこなす事は出来ませんので、その隙を突いて勇者を攻略する事にしましょう』
暗にあたしの【大魔導師】のスキルの事を言っているのが分かった。
つまり、『アレ』が奪われたのは、あたしが隙を突かれた事でもあり、自分も相手のその隙を突くから、強大な力は隙にもつながることを証明してくれた事であたしを咎める事はしないと。
実際、任務に失敗したのだから、あたしは【大魔導師】のスキルを使いこなせていないと言う叱責に反論は出来ない。
「言い訳はしないわ。だけど、勇者の他に気を付ける人物がいるわ」
『――ほぅ? 人間軍で勇者以外に気を付ける人物が居る、と?』
「ええ、寧ろ勇者よりもこっちの方がやっかいよ。下手をすれば『覇道』、貴方よりもね」
『中々面白い事を言いますね、Youは。この私よりも強いと?』
「会ってみれば分かるわよ」
『ふふふ、そうですか。それは楽しみになりましたね、勇者――いえ、Youの言う、その者に会うのが』
彼を挑発してその気にさせたのは、ジルベールに対する一種の意趣返しでもある。
あたしに屈辱を与えた気持ちが、少しでもジルベールにも与えられればと言う若干の希望だ。
『それではYouは引き続き本来の任務に戻って下さい』
「分かったわ」
――プツッ
通信が切れて、あたしは大きくため息を吐く。
「お嬢」
「あ、姐さん」
2人が心配そうにあたしを見る。
「大丈夫よ。ちょっと嫌味を言われたくらいだし。それに、確かにあたしに油断があったのも否めないわ。気を引き締めるのに丁度良かったかも」
このところ人間相手に連勝を重ねていたので舐めていた事には違いない。
でも、次に会った時は今日のようにはいかないわよ。
勇者の姉であり、S級冒険者『幻』のジルベール。
その名は忘れないわよ。




