109.新たな旅立ち
「勇者様は共に戦う仲間を募っております! それは何も最前線で魔王軍と戦うだけではありません! 兵站を担う後方支援や、情報・補給路の確保などの裏方の仕事を行なう者達も仲間として歓迎します! 皆様方も勇者様の仲間として魔王軍と戦おうではありませんか!」
パトリシアが大神殿のバルコニーから広場に集まった民衆に向け、声高らかに演説を行う。
一通りの演説を終え、スッと引き後ろに控えたアルベルトに場を譲る。
「勇者アルベルトだ。見ての通り僕はまだ子供だ。魔王軍と戦うには皆の力が居る! どうか僕に力を貸してくれ!」
アルベルトがそう叫ぶと、広場から大歓声が鳴り響く。
アルベルトを褒め称える者や、演説に感化されアルベルトに協力しようと言う者など賑わいを見せていた。
「お疲れ様ー」
バルコニーから戻ってきたアルベルトとパトリシアにジルは労いの声を掛ける。
「はぁ~、必要だとは分かってはいるが、柄じゃないな」
「アルベルト様はまだいいですよ。勇者としての覚悟を決める時間は沢山あった訳ですし。私の場合はほぼ急に決まったようなものですから、覚悟も経験も全然ですよ」
まぁ、確かに急に枢機卿に決まったからな、パトリシアは。
今回の演説だって、クソババァが主導で行う予定だったものを、急遽パトリシアに代わった訳だし。
「1週間後には王都を旅立つんだろ? 準備は進んでるのか?」
「はい、前任者が準備をしていましたから、それをチェックして問題が無ければと言う事です。ああ見えてもちゃんと枢機卿としての仕事はしていたみたいです」
「随分と話が進んでいるのねー。仲間もほぼ決まっているんでしょー?」
「ええ、教会が勇者様の存在を公表すると決定した時から、各方面に協力を要請していたみたいです」
うーむ、腐っても枢機卿だったと言う事か。
認めたくはないがな!
パトリシアの言う通り、クソババァは各機関、各国に勇者パーティーの募集を掛けていたみたいだ。
勿論、クソババァだけで勇者パーティーメンバーを決めた訳ではないのでそこは安心している。
勇者パーティーの構成は戦闘部隊が勇者含め7名。後方支援として6名の13名になるパーティーだ。
戦闘部隊は、教会から聖女のパトリシア。神殿騎士の1名。
本来であればパトリシアの参加は無かったのだが、聖女ともなれば勇者パーティーへの参加はほぼ強制的だ。
勇者と聖女。この2人が居るだけでも世間の希望も最前線で戦う兵士の士気もうなぎ上りだからな。
冒険者ギルドからS級冒険者のジル、罠発見や斥候などスカウト技能を持つ者が1名。
連合軍から最強の戦士1名と魔法のスペシャリストの魔法使いが1名となっている。
後方支援としては、商業ギルドから新進気鋭の商人が1名。
道中の食事や栄養管理などを行う為の料理人の1名。
道中の雑務を取り仕切るメイドが1名。
移動手段を確保するために、ライダーギルドから勇者パーティーを乗せる馬車とそれを御者・管理するものが1名。
情報を管理し、場合によっては情報を流し世論をコントロールする諜報員が1名。
実はこの諜報員になんとクローディアが推薦されていた。
推薦者は勿論、太陽王国の王太子であるシルバーだ。
これまでのジルをサポートしてくれていた実績を見れば納得がいくものだ。
そしてジルの後押しもあって、クローディアは勇者パーティーの1員として参加する事になった。
クローディアは既に情報収集の為に対魔王軍の最前線に向かっており、ここ聖王国には居ない。
残りの後方支援者はよく分からないが、オブザーバーとして1名参加する事になっている。
とまぁ、ほぼ勇者パーティーは決まっており、今回のように演説で勇者パーティーの募集を掛けているのは演説の中でも言っているように、本当に勇者共に行動を行う者達ではなく、影から勇者パーティーの行動を支えてくれる縁の下の力持ちたちを募集していた訳だ。
中には本当に勇者パーティーに役立つ者が現れるのであれば、それこそ魔王軍と戦うのに願ったりなので、勇者パーティーの参加は考慮されている。
場合によってはジルは勇者パーティーから抜ける事があるかもしれないので、それは有りがたい。
今のところはクローディアから齎された最新の情報では、魔王軍との戦闘区域でフェンリルが発見されたとあるから、ジルが勇者パーティーとして行動するのに問題が無いので離脱の予定はないが。
アルベルト勇者一行が聖王国セントルイズ首都セントールから出発するまでの1週間は準備に費やした。
「それじゃあアルベルト殿、行きやしょうか」
そう言ってアルベルトを護衛するかのように前に立ち先導するのは、Alice神教教会から出向の神殿騎士のブラストール・サカロスノー。
この聖王国出身の貴族なのだが、3男なので爵位を継げず、教会で神殿騎士として生計を立てていくことにしたらしい。
そして順調に実績を上げて勇者パーティーの一員として参加する事になったとか。
なったのだが……実はこのブラストール、神殿騎士からぬ自由奔放な生活態度でかなりの酒好きだ。
この1週間、アルベルトだけではなく、他の教会関係者や王国の使者などにもぞんざいな態度で接しており、暇さえあれば酒を飲んでいたりする。
だが、そんな事を吹き飛ばすくらい戦闘能力は抜きんでているんだよなぁ。
おまけにちゃんとしなければいけない時にはちゃんとしているから周囲は文句も言えずにいた。
「ああ、行こうか」
そんなブラストールをアルベルトは気さくに接してくれる者として好感を抱いていた。
所謂、ちょい悪なアニキ分として。
まぁ、これまでのアルベルトの経歴を考えれば懐かれるのも無理はないが。
「姉さん、パトリシアさん、行こう!」
「はいー」
「ええ、行きましょう」
聖王国から出立するのはアルベルト、パトリシア、ブラストール、ジルの4人。
大動脈山脈に沿って西に向かい、ハーフハート大陸最西端の商業国で商人、料理人、御者、メイドと合流し、そのまま大陸横断ルートを通り、連合軍本部で戦士、魔法使い、冒険者、オブザーバーを迎え入れる予定となっている。
こうしてジル達は王都の住民の歓声を受けながら、魔王退治の旅に出た。




