106.VS英雄3
ユーグは片手に剣をぶらりと下げ、無造作にジルに向かって歩いてくる。
対するジルは、石空間から一瞬だけかめちゃんを呼び出し、鞘を取り出して腰に差す。
普通であればお気に入り達は石空間に仕舞えるから、はーちゃんには鞘なんか必要ない。
が、はーちゃんが本気を出す時にはある技が必要なため、こうして用意する必要があるのだ。
一瞬だけ現れたかめちゃんに訝しんだユーグだったが、問題ないと判断したのかゆったりとした速度で体を揺らしながら向かってくる。
そして気が付けば、一瞬の間に間合いを詰めてジルに斬りかかっていた。
ジルは慌てずにはーちゃんを手に、ユーグの攻撃を捌く。
『お嬢、剣姫一刀流の基本は歩法だ。奴の動きに惑わされずに脚の動きを止めるなよ』
「(うんー、分かってるー)」
緩急のある虚実を交えたユーグの攻撃がジルを翻弄する。
それを見て、お気に入り達が慌てて声を掛ける。
『ちょ、ちょっと! 押されてるじゃないの! このままじゃジルちゃん危ないじゃないの! はーちゃんのプライドなんかほっぽいて皆で掛からないと!』
『私も同意見ですね。客観的に見て、【英雄】スキル相手に単体で挑むのは無謀です』
『ぁう……! ひぃ……! 痛そぅだょ……はーちゃんだけ、だと、危なぃょぉ……』
ふーちゃん、かめちゃん、へきちゃんが何もはーちゃんだけで挑むことないと言ってくる。
『おし! そこだ! 行け! こんな奴やっちまえ!』
『Ya―Ha―! Exceed the limits! ブチ抜けRo!』
『我は望む、主の勝利を!』
逆にめーちゃん、やーちゃん、えんちゃんははーちゃんの一騎打ちを望んでいた。
『ふー、かめ、へき、大丈夫です。我らがマスターとはーはこの程度の相手に負けることなどあり得ません』
ぼーちゃんは皆のリーダーらしく、冷静に状況を判断し、戦いの行く末を見据えている。
『ま、結論から言えばぼーちゃんの言う通りだな。見て見ろよ。確かにこちらからの攻撃は仕掛ける隙は無いが、向こうからの攻撃も決め手に欠けてるぜ? 【英雄】スキル相手によ』
俺にそう言われてふーちゃん、かめちゃん、へきちゃんが息を飲む。
そう、【英雄】スキルで上回っている相手に、ジルとはーちゃんは全て捌いて凌いでいるのだ。
細かな傷はつけられているが、致命傷は確実に避けていた。
ユーグにもこの異常さに気が付いている。
「ちっ……! 幻舞!」
ユーグはその異常さを振り払うかのように、幻刀乱舞流と思われる技を出してくる。
ゆらりと揺れた身体がぶれ、一瞬にして10人ものユーグが現れた。
おいおい、マジか?
【幻影魔法】で作り出された分身もあれば、おそらく【忍者】の【分身】で作られたものもある。
そして魔法やスキルじゃない、純粋に流派の技術で生み出された分身もある。
とんでもない技だな、これは。
だがジルは10人のユーグの一斉攻撃にも慌てる事もせず、淡々とはーちゃんを巧みに使い攻撃を捌き切る。
ユーグの攻撃に慣れたのか、次第に合間合間に攻撃を放っていく。
『右、上段。左後ろ、刺突。左後ろ更に後方、薙ぎ払い』
「正面、フェイント。左斜め、逆袈裟。右下、脚薙ぎ」
ジルとはーちゃんはトランス状態になったかのように2身1体となり、全ての攻撃を躱す。
そう言えば前世で見た某漫画には、こうあったな。
武器は使うのではなく、また使われるのではない。武器を手足のように使うのは当然で、武器と一体になるのが究極だと。
まさに、今のジルとはーちゃんは一つになっている。
これはジルがはーちゃんの声を聞ける利点でもあるな。
「くそっ! いい加減にくたばれや!!!! 奥義:万華鏡幻夢斬!!!!」
周囲を覆い尽くす無数のユーグが現れては消え、ジルに連続の斬撃を放つ。
焦れて攻撃が大雑把になり、大技を放とうとするユーグ。
そんな隙を逃すジルではない。
「『剣姫一刀流・瞬閃』」
一瞬ではーちゃんを鞘に納め、瞬動を使いユーグ本体に迫りながら居合切りを放つ。
剣姫一刀流・瞬刃は瞬動を使いながら剣ごと体当たりをするような力技だが、瞬閃は見ての通り瞬動の速度で更に居合を放つ、超高速の技術だ。
つまり、ユーグも【英雄】スキルも反応できない意識外からの攻撃だ。
そして幾ら無数にユーグが現れようと、動揺した上に歩法からユーグの動きを学び取ったジルとはーちゃんにはユーグ本体が丸見えだった。
「が、はっ……」
「うわー、納得いかないなー。これでも駄目だなんてー」
ジルとはーちゃんの攻撃は間違いなくユーグに大ダメージを与えていた。
練習用に着込んでいた革鎧を斜めに斬り裂き、肉体までに届いていた。
が、致命傷には至らなかったのだ。
【英雄】スキルが一瞬で反応し、ユーグは体を捻り辛うじて致命傷を避けたのだ。
しかもムカつく事に、この攻撃でジルの強さ・危険度が上がったのか、【英雄】スキルがユーグの能力を更に十数倍上げたのだ。
ユーグから放たれる威圧は【英雄】スキルのものか、それともしてやれたことに対する怒りか。
「おい、やってくれたなぁ……五体満足で生きて帰れると思うなよ!!!」
ユーグは【治癒魔法】で胸の傷を癒しながら殺気をジルに向ける。
『はーちゃん、もういいか?』
『ああ、十分だ。ジルの、剣姫一刀流の力は十分示せた。後は任せたぜ、きゅー』
『ああ、任せておけ。さぁ、出番だぜ、ぼーちゃん』
『任せてください。奴に引導を渡してやりましょう』
幾らユーグが凄もうが、俺達には通じない。
何故なら3つ目の【英雄】対策が間違いなくユーグに止めを刺すからだ。
それにはぼーちゃんの力が居る。
一見何ともないように見えるぼーちゃんの能力だが、俺とぼーちゃんのコンボはジルを更なる高みへ誘うものでもあった。




