098.セプテム村の悲劇
「シア、入るぞ」
エイス村の村長が家の裏にある小屋のドアをノックし、中へ入っていく。
小屋の中は簡素な作りとなっており、ベッドとテーブル、後は暖を取るための暖炉があるくらいだった。
そしてそのベッドには15歳くらいの銀髪の少女が儚げに佇んでいた。
「わぁー……」
『おぉ……!』
ジルと俺は思わず声を上げた。
それくらいその少女は美しかった。
儚げな少女であるのだが、それすらもその美しさを引き立たせるためのものにしか見えない。
これは確実に将来は美人になるぞ。
「村長さん、こんばんは」
「今日は具合が良いみたいだな」
「ええ、今日は天気もいいですし、食事も美味しかったですから。これも村長さんのお蔭です」
「いや、俺は当たり前のことをしているにしか過ぎねぇよ」
「ふふふ、ご謙遜を。それで、そちらの方はどなたかでしょうか?」
「……あぁ、この人はS級冒険者のジルベールだ。シアに話を聞きたいと」
「まぁ! S級冒険者なのですか。私S級冒険者の方とは初めてお会いします」
村長に紹介されて、ジルはパトリシアの前に出る。
「S級冒険者のジルベールだよー。初めましてー」
「初めまして。パトリシアと申します」
うーん、俺達は今から彼女にとって辛い事を聞くんだよな。
この儚げな美少女を苦痛に歪ませるのか……
ちょっと良心が痛むなぁ。
「……ごめんなさいー。先に謝っておくねー。私、これからパトリシアさんに酷い事を聞くのー」
流石にジルもちょっと躊躇いながら話を切り出していく。
「……どんなことでしょうか?」
「セプテム村の事ー。セプテム村で何があったか話して欲しいのー」
「……セプテム村。あの村は、もぅ、存在しません。だって、あそこは。あそこは……ああ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ……! 何故、村の方々は殺されなければならなかったのですか! 彼らの狙いは私だったのでしょう!? 何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故っ!?」
うぉ!? さっきまでの儚げだった雰囲気がまるで嘘のように急に喚きだしたぞ。
「私も彼らに汚された。好きなだけ嬲られ弄ばれ穢され私の身も心も蹂躙された! その上で殺された。私だけじゃない。村の人たちも全員が! いゃぁ……もう犯されるのはもぅいやなのぉ……誰か殺して殺して殺して、私を殺して……! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
勇人部隊の奴らが何をやったのが分かってしまう。
胸糞が悪くなるな。
それにしても、落ち着いていたように見えたパトリシアだが、この様子を見るにかなりのトラウマになってしまっているな。
あまりの様子の代わり様に、村長は止めに入ろうとする。
「悪い、これ以上は無理だ。普段落ち着いていた分だけぶり返しが酷過ぎる」
「待ってー、大丈夫ー」
それをジルが止める。
「(きゅーちゃんー、行けるー?)」
『ああ、任せておけ。【サニティ】』
【聖魔法】にある、精神安定魔法の【サニティ】を取り乱しているパトリシアに掛ける。
すると波がさぁっと引く様に、パトリシアも落ち着きを取り戻す。
「ぁぁぁ……、あ……私……」
「なっ……」
流石に村長も急に落ち着きを取り戻していたパトリシアを見ては驚いていた。
「ごめんなさいー。パトリシアさんのトラウマを抉るようなことをしてー。でも今の私には必要なのー。枢機卿のおばーちゃんを引きずり降ろすために、セプテム村が勇人部隊に襲われたって証拠がー」
「どういう、事ですか……?」
「私もある意味教会の、“勇”の枢機卿の被害者なのー。だからギャフンと言わせたくてー。それに協力して欲しいのー」
「……っ!! ……貴女も、教会の被害者なのですね」
「もっと言えば、証言して欲しいし、新たな“勇”の枢機卿になって欲しいかなー」
「わ、私が枢機卿にですか!?」
流石にこれにはパトリシアは驚く。
「うんー、“勇”の枢機卿は【指導者】のスキルを持っている人でなければなれないんでしょー? パトリシアさんは持っているんでしょー? 【指導者】のスキルー。と言うか、【指導者】のスキルを持っているからパトリシアさんが狙われたんだけどねー」
「……やはり、そぅ、なのですね」
「どういうことだ?」
村長はセプテム村の壊滅が教会によるものだとは理解していたみたいだが、狙われた理由までは知らなかったみたいだな。
逆に、パトリシアの方は薄々気が付いていたようだ。
ジルは村長に“勇”の枢機卿の選定方法や、他の【指導者】スキル持ちの神官に枢機卿の座を奪われることを恐れたクソババァの裏工作などを説明する。
「ふざけんなよ。まさかセプテム村がそんな下らねぇ理由で壊滅させられたのか!」
「私の、私の所為で、セプテム村の皆様が……」
「それは違うぞ、シア」
「そうだよー、パトリシアさんの所為じゃないよー」
「ですが、私が居たから、セプテム村が滅ぼされたのでしょう」
「ううんー、パトリシアさんがセプテム村に居たから、じゃないよー。枢機卿のおばーちゃんが、下らない事を考えたから、だよー。第一、パトリシアさんは悔しくないのー?」
「っえ?」
突然、悔しくないのかと言われ、戸惑うパトリシア。
本人にとっては、セプテム村の惨劇は嘆く事はあっても恨むことは無かったみたいだ。
まぁ、さっきの取り乱したときに少し恨み言も出ていたから全くない訳じゃない。
本心はそうだが、自覚はしてないんだろう。
「自分勝手な理由でセプテム村が滅ぼすなんて酷いよねー。当然仕返ししたいでしょー? パトリシアさんにはその理由があるし、資格もあるよー。しかも“勇”の枢機卿になれる【指導者】という切り札もあるしねー。どうー? 私と一緒にやってみないー?」
ジルの言葉を聞きながら、パトリシアの目に次第に力が入っていくのが分かる。
最初の頃の儚げだった雰囲気が一気に吹っ飛び、そこに居るのは力強い覚悟を決めた美少女だった。
「はい、私にもジルベールさんに協力させて下さい」
……実は、こっそりとジルの言葉に【扇動】のスキルを使い、パトリシアの気持ちを煽っていたりするのは秘密だ。




