094.威圧
『絶妙なさじ加減だな。きゅー』
『ほんと、致命傷だけどまだ生きているし』
『ハイドラの方はほぼ無傷だけど、心の傷はどうかなぁ~。あたしの見立てでは折れてる?感じがするけど、まだ虚勢を張る勇気はあるみたいだね』
まぁ、確かにはーちゃんとめーちゃんの言う通り、クリムゾンドラゴンは致命傷だが生きている。
ハイドラとの脅しに仕えるだろう。
ハイドラの方は……ふーちゃんの見立て通りかな?
流石にこれ以上逆らう気はなさそうだが、勇人部隊のプライドか完全には屈していないっぽい。
今も精一杯、ジルを睨んでいる。
なら完全にへし折ってやるか。
【威圧】発動!
「―――っ!!?」
「ギュゥゥッ!?」
ビクッ! ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ!
俺が【威圧】スキルを発動すると、ハイドラが目に見えて顔を青褪め体を震わせる。
致命傷のクリムゾンドラゴンも恐れを無し頭を垂れて縮こまっていた。
『ジル、折角だから口調を変えて脅ししようか』
「(分かったー)」
ジルが一歩前に踏み出す。
ハイドラは僅かながら後ずさり、更に体を震わせる。
「さて、止めを刺して欲しいか?」
ジルは俺の指示通りハイドラに話しかける。
にしても、いつもと違う口調のジルは迫力があるな。いつものとギャップがあるだけに。
「――っ! い、いやだ……俺はまだ死にたくない……」
「勝手な事を。ファルト村を襲おうとしておきながら、返り討ちに遭うと命乞いか?」
「お、俺は命令に従っただけだ。俺の意思で村を襲おうとしたわけじゃない」
「これまでも村や人を襲った事があるのではないか? それも命令だからとのたまうつもりか?」
「そ、それは……」
「やはり止めを刺した方がいいな」
更に一歩踏み出すジル。
それに合わせて俺は【威圧】を強める。
ジルの(正確には胸元にある神銀水晶の俺から放たれる)威圧に、最早なりふり構わなくなったハイドラが土下座をしながら許しを乞うてきた。
「ま、待ってくれ! 俺が悪かった! 何でも言う事を聞くから命だけは助けてくれ!」
「ほう、命だけは……か。ならば私の元に付け。そうすれば命だけは助けてやろう」
「……え? あんたの元に、って……俺にグレンタール枢機卿を裏切れって言うのか……?」
「そうだ。これからは私の元て働いてこれまで奪ってきた命を償うのだ。それとも何でも言う事を聞くと言うのは……嘘か?」
ジルのセリフに合わせて、もう1段【威圧】を上げる。
「――かひゅっ」
おっと、【威圧】を上げ過ぎてハイドラが過呼吸を起こし始めちゃったよ。
ハイドラが呼吸できないでいるにもかかわらず、必死になって首を振っていた。
『嘘じゃない』と言いたいんだろうが、呼吸が出来ないので会話も儘ならないな。
仕方ないから【威圧】を少し緩めた。
「――っはぁっはぁっはぁっ!」
「それで、答えは?」
「し、従う! 従うよ! だから……!」
まぁ、どれだけあのクソババァの方に魅力があったのか分からないが、どうやらハイドラは天秤に掛けてジルの方を選んだようだ。
『それは頼みのクリムゾンドラゴンが圧勝されて、弱り切った心に【威圧】はさぞ効くでしょう』
『HaHaHa! 容赦ないNa! kyuuは!』
『ぼく、だったら、最初の威圧で、折れて、ぃるょ……』
『客観的に見ても、心の折り方がハンパないですね』
えー、ぼーちゃん達から俺のやり方がえげつない批判が来たよ、これ。
「宜しい。これからは私の為に働け」
「は、はいぃぃっ……!!」
まぁ、こうしてまた手駒が増えたからいいけど。
「一応、保険として貴様に【隷属魔法】を掛けるがいいな?」
「はいっ! 助かるのなら奴隷でもなんでもなります!」
あやや、少し脅かし過ぎたか?
これと言っていいくらい素直になっちゃったな。
狂犬マードックや小鬼姫コーリンに掛けた【隷属魔法】よりも軽めの契約をするつもりだったんだが、要らないくらい従順になりそうだ。
「(きゅーちゃんー、お願いー)」
『おう。【隷属魔法】――【服従】!』
マードックたちに掛けたのは【奴隷】で絶対服従を科せられる魔法で、【服従】は命令をし言う事を聞かせる気にさせる事が出来るが強制ではない。
【隷属魔法】では比較的軽めの契約でもある。
「これで貴様は私の服従者だ。まずは……貴様の相棒のクリムゾンドラゴンを治してやらねばな」
「…………………え?」
何を言っているか分からないと言う顔をしているハイドラ。
あれ? 何か変な事を言ったかな?
「治して、頂けるので……?」
「貴様の相棒だろう? これまで苦楽を共にしてきた相棒をこのまま見殺しにするつもりか?」
「い、いえ! まさか治して頂けるとは思わなかったので……勇人部隊では使えないものは容赦なく切り捨てていたので」
あー、自由我儘の勇人部隊らしいな。
「あ奴らと一緒にするな。私は私の部下となった者は簡単には見捨てない」
ジルは心底心外そうに言いながら俺にクリムゾンドラゴンを治すように頼む。
『ほいほい、【リザレクションヒール】!』
【エクストラヒール】よりも上の瀕死の者を完全に蘇らせる回復魔法をクリムゾンドラゴンに掛ける。
完治したクリムゾンドラゴンを見て感極まったのか、涙を流すハイドラ。
「ありがとう、ございます。このハイドラ、竜騎士の誇りに掛けてジルベール様にお仕え致します」
どうやらクソババァや勇人部隊とは違った扱いに感動し、敬意を顕わにしていた。
うーん……こうも反応が変わると戸惑うな。
まぁいいか。まずは予定通りにしまか。
「さて、貴様はこれからファルト村を殲滅させたことにして“勇”の枢機卿に報告しろ」
「ファルト村を殲滅させたことにして、ですか……?」
「そうだ。そうすれば枢機卿も予定通りの行動を起こすはずだ。奴の行動も読みやすくなる」
「なるほど。差し出がましい意見をして申し訳ありませんでした」
「よい。枢機卿から帰還命令が出たなら素直に従え。こちらからは追って指示を出す」
「はっ!」
ハイドラは騎士がやるようにジルに敬礼をし、クリムゾンドラゴンに乗ってファルト村から離れ、拠点としていたセーフハウスへと向かった。
「ふー、どうにかなったねー。これでファルト村も安心だねー」
尊大な態度の口調だった口調を元に戻し、一息ついたジル。
だがそれは甘い考えだぞ。
『あー……言っておくが、これは一時的な処置にしか過ぎねぇぞ?』
「えー!? そうなのー!?」
『ああ。幾らなんでも嘘の報告をしてずっとそのまま通る訳ないだろ。精々誤魔化しきれるのは長くて1ヶ月と言ったところだな』
「1ヶ月しか持たないのー?」
『1ヶ月もあれば充分だろ。俺達はその間、作戦を練ってクソババァを枢機卿の座から引きずり降ろすんだ』
「そっかー。その為の時間稼ぎなんだねー」
『そう言う事。これからが正念場だ。気張れよ、ジル』
「うんー!」




