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サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~  作者: 安井優
第1章 金鳥の涙

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蒼鋼のカナリア #4

 朝、シュヤは異変に気づいた。


 喉の渇きからくる痛みを覚えて目を開けると、隣で眠っていたマリがなにやら苦しそうに下腹部を抱えて体を丸めていた。


「マリ? 大丈夫?」


 慌ててマリの背をさすると、マリはくぐもった声で歯切れ悪く答えた。


「……月のものが……きたかもしれなくて」


 体が重くてだるい。下腹部に石でも入ったかのようにずんと鈍痛がある。途切れとぎれにマリは症状を打ち明けた。まだ出血が始まったような感覚はなく、少したてばよくなるだろうとマリは続ける。


「何かしてあげられることはある? 欲しいものとか、して欲しいこととか」


「ううん、大丈夫よ。それより、早く、採掘を始めなくちゃ……」


「そんな! 採掘は俺がやるから。マリは寝てたほうがいい」


 必死に体を起こそうとするマリをシュヤは制止する。だが、マリは首を縦には振らなかった。シュヤの制止を振り切って上半身を無理やりに起こす。


「マリ!」


 シュヤが非難の声をあげるも、マリは聞かなかった。


「みんなの役に立ちたいの」


「無理しちゃダメだ。ここに来るまでもマリは充分頑張ってたんだし、採掘は俺だけでもきっとやれるよ」


「私が言うみんなの中にはシュヤも入ってるのよ?」


 空のように青く澄んだ瞳がシュヤを映す。意志の強さが宿った瞳が。


「蒼鋼は最低でも子供くらいの大きさだって。そんなのひとりで採掘してたら、きっと日が暮れちゃうわ。ここに長くとどまれば、シュヤだって体調を崩すかもしれない。そうなったら……」


 マリはそこで言葉を切った。言われずとも先は簡単に予想がついた。シュヤも共倒れする。そうなれば、再び採掘者を選ばねばならない。国益が底をつくのと、次のカナリアが蒼鋼を手にするのと一体どちらが早いだろう。


 国のため、民のためならば自らの身は惜しくないと考えるマリには、この状況で自分を優先させるなどという発想はないだろう。シュヤは理解し、だが納得はできずに歯噛みする。


 マリの自己犠牲は美しい。賛辞に値する。まさに英雄だ。でも……。


 シュヤの悔しそうな面持ちにマリは苦笑した。


「大丈夫よ。熱があるわけでもないし、体が冷えすぎたんだわ。温かいものを食べて、厚着でもすればマシになると思うの」


「……本当に大丈夫なの?」


「うん、大丈夫。私、みんなのためなら、シュヤのためならなんだって頑張れるわ」


 そんな風に言われては、もはやシュヤがマリを止める手立てなどなかった。マリを愛していたし、マリの考えすべてを尊重したかった。


「わかった」


 シュヤは、料理は自分が作ることや必ず体調に変化があったら無理をしないことなどを条件に取り付け引き下がる。マリもシュヤの要求を呑んで、食事ができるまで再び布団にもぐりこんだ。


 約束通り、シュヤは朝食に温かいスープやパンを用意した。マリはそれを食べ、いつもよりさらに服を重ねた。さらには毛布で体を包み、


「これならシュヤも安心でしょう?」


 とおどけたように笑う。シュヤにとってはマリが笑顔でいることこそが安心につながるのだが、マリはそんなことなど気づいていない様子であった。


 体を温めたおかげか、体の重さに慣れたのか。マリはしばらくすると少し体調がよくなった気がするとシュヤに告げた。シュヤはそれを合図に片付けを始め、マリの荷物を左肩に、採掘の道具を右肩にかけて立ち上がる。


 早く採掘をして洞窟を出よう。それだけが今、シュヤの考えるべきことだった。


 いよいよ採掘に向けて広間と別れる時が来た。


「……それじゃあ、本当に無理しないこと。いいね?」


「わかったってば。シュヤは心配性ね。平気よ。さ、行きましょう」


 マリに促され、シュヤは広間から続く一本道を先導する。昨日はマリが意気揚々と前を歩いていたが、さすがに今日それを許すわけにはいかなかった。シュヤは重たいカバンを両脇に、たいまつを掲げて先導する。


 一本道はさらに下へと続いているようだった。緩やかな下り坂は次第に天井が低くなり、道幅も狭まった。たいまつは危険だと判断し、シュヤはロウソクに火を映して手持ちランプに持ちかえる。闇はより一層深まり、見える範囲も小さくなった。相変わらずガスのような匂いはないが、増長する圧迫感のせいか空気が薄いように思える。


 景色の変わらぬ闇の中をあてもなく歩く行為は想像以上に精神を摩耗した。


 シュヤは時折後ろを振り返り、マリの様子を確認する。マリはそのたびに優しく目を細めた。毛布を引きずる、ずるり、ずるりと言う音だけが一本道に響いている。マリが後ろにいるという事実だけがシュヤを前に進ませ、強くさせる。マリを守る。そのために自分が足を止めるわけにはいかない。一刻も早く採掘を終わらせ、洞窟を去らなくては。今更引き返すことなどできない。マリは月のものだと言ったが、それが洞窟のせいではないとは言い切れない。


 想像よりも長く続いた一本道にもやがて終わりは訪れる。


 どれほど進んだか、シュヤの目に突如青い光が映った。


「マリ!」


 声をあげると、後ろからマリの「どうしたの?」という声が聞こえる。いつの間にかシュヤの歩調が速まっていたらしく、マリは少し遅れていた。シュヤは合流を待って、道の終点を指す。


「見て」


 ランプを掲げれば、マリもその光に気づいたらしい。


「あそこに……、蒼鋼が?」


 マリが静かに息を呑んだのがわかった。シュヤもマリも、その光を渇望していたのだ。


 国を救う光。


――自由の、光だ。


「行ってみよう」


 興奮を抑えきれず、シュヤの声が上擦る。「うん」と答えたマリの返事も緊張のせいか掠れていた。


 無我夢中で歩く。青い光はどんどんと強くなっていく。近づけば近づくほど光は道の輪郭を際立たせ、やがてランプも必要ないほど周囲が明るくなった。


 道の終わりはまたも開けた場所だった。その先が袋小路になっていることも、蒼鋼がそこにあることも明瞭にわかった。シュヤとマリは道を抜け、最奥の地、採掘場に降り立つ。


 蒼鋼が全体像を見せる。


 ふたりは言葉を失った。


 そこにあったのは、子供ひとりぶんのサイズをした蒼く美しい鉱石であり。


 正しくは、石になった少女の姿であった。

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