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サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~  作者: 安井優
第1章 金鳥の涙

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蒼鋼のカナリア #1

 大陸を南下したところに砂と岩に囲まれた小さな国がある。


 照りつける太陽の熱で暖められた土地は水分を蓄えることができず、緑などほとんど見ることができない。


 通常ならば人が住めるような環境ではないそこに国が生まれたのは、ある鉱石が採掘されたからだ。


 鉱石の名は『蒼鋼(そうこう)』という。


 美しくきらめく蒼の石は研げば細くしなやかな剣やナイフとなり、磨けば空を思わせる宝石となった。夜には星の輝きを蓄えて人々を照らし、昼間には凪いだ海のように生きるものを癒す。


 不思議な力と魅力でもって多くの人を魅了した鉱石は瞬く間に大陸に広まった。


 一方で、蒼鋼には国をひとつ作ってしまうほどの採掘事情があった。


 蒼鋼はとある洞窟の中でしか採掘されない。大陸中どこを探しても他の地域では決して見つからなかったそうだ。さらには蒼鋼が採れる唯一の洞窟内にはガスが充満していた。このガスは人に悪影響を及ぼした。採掘できねば人々の生活に支障がでるが、採掘を続けると死者がでる。残酷な天秤を保つためには、そこに国家を築いて人を集め、流動的な採掘部隊と計画でもって管理するしかなかった。


 こうして作りあげられた国は一時、栄華を極めた。


 しかし、加工技術が進み、蒼鋼に頼らずとも他の鉱石で事足りるようになると、国は当然衰退を始めた。もともと人が暮らすには不便な土地だ。次第に人は減った。残った数百人の人間を国が徹底的に統治し、囲いこんで外へ流出させないことでなんとか国としての体面を保っているにすぎない。


 そして今、国は蒼鋼の採取にあたっても特別なルールを設けている。


 蒼鋼を採掘するのは十年に一度だけ。採掘に行けるのは十歳から十五歳までの少年少女、それぞれひとりずつ。選ばれしものには特権として自由が与えられる。すなわち、国外逃亡を許すというものである。


 蒼鋼はちょうど子供くらいのサイズのものもあれば、小柄な女性程度のものもある。採れる数は多くないが石ひとつが大きいので、一度採掘すれば向こう十年分の国益があげられる。そんな計算だ。


 当然、閉ざされた国の外に出たいという若者は少なくない。だが、そもそも十年に一度しか採掘が行われないため、生まれた年によっては選考基準を満たせないこともある。年齢以外にも条件はあるようだが、審査内容はおろか誰が選出しているのかも明かされてはいない。そうした秘匿性や希少性が採掘という行為そのものの格式を高めていることも、選ばれしものの名誉に直結している。


 みなのために危険な洞窟へ出向き、採掘をして国に利益をもたらす。褒美に自由を与えられ、国を巣立つ。


 そんな少年少女を国のものたちは自由の象徴である鳥の名を用いてこう呼ぶ。


『蒼鋼のカナリア』と。




 その日、国は十年ぶりに賑わっていた。カナリアを選ぶ日が訪れたのである。


 もはや村と変わらぬ規模となった国の中心部には蒼鋼を模した青い柱が乱立し、柱と柱の間にはランタンや旗がつるされていた。降り注ぐ直射日光など気にせず人々は村の広場で飲んで踊っての大騒ぎを繰り広げている。


 一方、それらを横目に盛り上がっている集団がもうひとつ。カナリアに選ばれるのは誰か、少年少女の行く末が酒の入った大人たちの賭けの対象となっているのだ。みなが注目するカナリアの選出は夕方から。それまでの退屈しのぎだ。


 筆頭候補はマリと呼ばれる少女だ。彼女は誰もが認める聖女であった。


 国内唯一の教会で神父として勤める男のひとり娘。由緒正しい出自もさることながら、見た目や才能にも恵まれ、慈愛に満ちた性格の持ち主だ。まさしく神に愛されていると言っても過言ではない。


 マリ自身も神を愛し、学校に通う傍ら教会でシスターとして働いている。彼女は生まれ持った気質で人々を助け、生きとし生けるものを愛し、死を悼んだ。他者のためならば自己犠牲もためらわない彼女に救われたものは多い。十五にして、マリは国の中で最も慕われている人物のひとりに違いなかった。


 カナリアの少女枠はマリで決まり。そんな空気が一年以上も前から国内には漂っている。


 そんなわけで、今回の賭けを盛り上げたのは少年たちであった。これといった有力な候補がいないので大人は本人たちを差し置いてあれやこれやと持論を戦わせた。


 国の長の息子だという声があれば、彼は性格が悪いと言うものが出てくる。では、蒼鋼の細工師の息子はどうだとなれば、あいつは頑固者だからと返答がある。では……と何人もの少年がやり玉にあげられ、デリカシーのない悪意に晒された。


 一年ほど前から少年たちはこうした大人たちの金品の動きを観察し、勝手にプレッシャーを感じたりもしていたわけだが、それも今日で終わると思えばいくらか気が晴れていた。態度にこそ出さないが、少年たちはカナリアに選ばれる期待よりも大人たちの注目から逃げ出せることに安堵を覚えていたくらいだった。


 夕日が地平線に降り立つころ、カナリアの発表を告げる鐘が鳴る。国中に乾いた音が響き渡ると、喧騒はたちどころに消えた。


 国民全員が広場から城のバルコニーを見上げる。みなの集中はその一点に注がれ、誰ひとりとして声をあげることはない。


 やがて鐘の残響が止むと、うやうやしくバルコニーが開いた。


 国王自ら無駄に豪勢な巻物を手に広げ、民たちに視線を送る。王の目はやがて赤く染まった地の果てから夕陽を背に受け大きな口をあけている遠くの洞窟へと移された。黒々とした洞窟の奥は王の目にも全貌を映さない。


 国王は祈るように目を伏せると、しわがれてもなお威厳ある声で朗々と告げた。


「民よ、我が国にカナリアの降り立つ日が来た。国を潤すさえずりがここにくだされたのだ。今から名を呼ぶものは王命を全うせよ」


 名が呼ばれるその時をみなが固唾をのんで待っていた。


 果たして、王の口から出た名は……。


「マリ、シュヤの二名をカナリアとす!」


 祝福よりも戸惑いからくるさざめきが起きた。広場に異様な空気が満ちる。


 奇妙なざわめきをかき消したのはシュヤ本人による驚嘆とマリの喜色に満ちた声だ。続けて賭けに負けたほとんどの大人たちによる悔しがったり落胆したりする声が広がる。勝ったごく少数の大人が雄たけびをあげたことで祭りの盛り上がりは一気に最高潮へと達し、カナリアの選出は無事に幕を閉じた。


 さて、見事カナリアに選ばれた少年、シュヤは多くの大人たちから金品を巻きあげた。シュヤはそれほど平凡な少年だった。


 選考基準が明かされていないため彼が選ばれた理由は神のみぞ知るところであるが、唯一彼の特徴をあげるとすればマリと幼馴染であるということだろう。国民の数が減り、もはや小さな村と化している国では子供の数も多くはない。そんな中、マリと同じ年に生まれた子供たちは両手で数えられる程度だ。シュヤはそのひとり。マリとは家が近いこともあって、特に昔から仲が良かった。


 しかし、マリの放つ光が大きすぎたため、シュヤはいつだって日陰者で目立たなかった。


 日陰者と言っても、決して彼が虐げられていたわけではない。野に咲く花のように背景に馴染み、空に浮かぶ雲のように気にされることすらない。シュヤはいつだってそこにいるだけの存在で、その場にいなければ忘れられた。だからこそ彼は真の意味で目立たなかった。


 それが、一夜にして物語の主役だ。


 シュヤ自身が誰よりも事実を受け止めきれていなかった。


 シュヤは自らの頬をつねり、


「痛っ……」


 と思わず声をあげる。


 隣にいたマリが心配そうに、けれどシュヤの行動に理解を示すような態度で尋ねる。


「大丈夫?」


「はは、ごめん。夢かと思って」


 シュヤのありきたりな返事にも、マリは穏やかにうなずいた。


「うん、よくわかる。私も夢みたい」


「マリも? 俺、マリは絶対に選ばれるって思ってたけど」


「それは……、私も選ばれたら嬉しいなって思ってはいたよ。でも、絶対なんてこの世にはないでしょう? それに、私より素晴らしい人たちはたくさんいるもの」


「それはそうかもしれないけどさ。そんなこと言ったら、俺のほうが」


 いまだ現状を疑うシュヤに、マリは真剣な顔で首を左右に振った。


「そんなことない。私はシュヤが選ばれると思ってた。一緒に行くならシュヤがいいなってずっと神さまにお願いしてたのよ」


 マリの言葉はいつだってまっすぐ心に響く。それはきっと本心からの言葉だからだとシュヤも長い付き合いの中でわかっている。だからこそ、シュヤはそれ以上自身を卑下することも謙遜することもできずにうなずくしかなかった。


「……ありがとう」


 いつからか芽生えていた淡い恋心を意識せずにはいられず、シュヤは黙り込む。


 マリは彼の思いなどつゆほども知らずにシュヤの両手をぎゅっと握った。


「明日から頑張ろうね」


「うん」


「それじゃあ」とマリは会話を切り上げて彼女の名を呼ぶ大勢の人たちのもとへ駆けていく。


 色とりどりのランタンに照らされて流れ星のように輝くマリの髪を追い、シュヤは決意した。


――無事に蒼鋼を採掘できたら、マリに好きだと伝えよう。

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