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サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~  作者: 安井優
幕間 王宮の庭

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サムシング・フォー 幕間

 久方ぶりの休暇を得たマリックはミアに王宮内を案内していた。


 セシルとのことを思い返し、ミアをいつまでも部屋に閉じ込めていてはいけないような気がしたのだ。とはいえ街に連れ出して逃げられてもかなわない。悩んだ末、城内であれば問題ないだろうとマリックはミアを部屋から出し、宮殿内を散策させることにしたのである。


 果たして、マリックは思わぬ収穫を得た。ミアの反応を通じて、やはりミアは外に出たがっていたらしいと知れたこと。王宮内が広いおかげで、街へ出さずともミアの気が紛れること。ミアの好きなもの――特に、王宮内の書物庫の数々に目を輝かせていた――を知れたこと。何より、ミアが珍しく笑みを絶やさず、美しい紫の瞳に好奇心や興味を宿しはしゃいでいる姿が見れたことはマリックにとって最高の思い出となった。


 夕暮れ時、さすがに一日歩きまわって疲れ始めたマリックはここを最後にしようと庭園を訪れた。温室付きの広い中庭だ。開放感があり、たくさんの花々や緑に囲まれていて自然と心が安らぐ場所である。


 きっとミアも気に入ってくれるに違いないとマリックは中庭へ足を向ける。


 庭園にはちょうど西日が柔らかに差し込んでいた。どこか幻想的でありながら牧歌的な穏やかさを感じる光景にマリックの隣から息を呑むようなかすかな音が聞こえた。


 見れば、ミアの横顔には感動がありありと浮かんでいる。


「素敵……」


 ミアの声は完全に惚けていた。相当お気に召したようだ。


「中には休めるところもある。見ていくか?」


「はい、ぜひ!」


 ミアにしては珍しく食い気味な返事にマリックの胸がキュンと鳴る。普段の聡明で大人びている彼女からは想像もつかない子供っぽさがギャップとなり、親しみと愛おしさを増幅させた。


 マリックはそっとミアの手を引いて緑あふれる庭園に足を踏み入れた。


 いくらオアシスを中心に栄え緑があるサラハといえど国の周囲は砂漠地帯だ。夏は長く日差しは強い。育つ植物は限られており、国内で見られる草花の種類もそう多くはない。


 だが、この中庭は別だ。植物好きな先々代の王が作らせた庭園は水路と空気の流れを含めて厳密に管理され、陽の当たり方まで計算したうえで建物全体が設計された。特に、温室の気温は一定に管理されており、各国から集められた植物が季節に合わせていつくもの姿を見せる。直射日光を浴びる外の庭園ですら、優秀な庭師や植物学者たちのおかげもあって、サラハでは通常育てることが難しいと言われる植物がすくすくと育っている。誰しもが見惚れる絶景がここにはある。


 ミアもすっかり魅了されたようだ。マリックの隣をとても幸せそうに歩いていた。それはもう今まで見たことがないほどに満面の笑みをたたえて。


「気に入ったか?」


「はい、とても!」


 やはり素早く快活な返答にマリックの気分も高まる。この庭さえあればミアは二度と王宮を出ていきたいなどと考えないかもしれないとすら思う。


「こんなことなら、もっと早く連れてきてやればよかったな」


 独り言のつもりで呟いたがミアに聞かれていたようだ。ミアはなんというべきか迷ったように視線を泳がせた。しばらくして、控えめに口が開かれる。


「……連れてきていただけて感謝いたします、マリック王子。タイミングは関係ありません。このような機会をいただけるだけで嬉しいですから」


 それは完璧な回答だった。美しすぎて建前だと分かってしまうほど。マリックはそのことにほんの少しの寂しさを感じつつ、しかし、喜んでもらえたのならよいかと自分自身の気持ちをごまかす。ミアを閉じ込めていたのは自分だ。もっと早く外に出していればよかったなどと後悔をしても遅い。


 行き場のない悔しさをどうしようもできずに黙り込む。気まずさゆえに黙々と歩く。マリックはしばらく隣でさまざまな花を見て感嘆の息を漏らすミアを見つめているしかできなかった。


 やがてマリックたちの前に庭園一の花畑が現れる。


「わぁっ……!」


 ミアの声が自然と大きくなったのもその時だった。


 噴水を取り囲み、まるで大きな湖のように広がるのはサラハの国花、ブルースターだ。淡い青と先端の尖った五枚の花弁が特徴で、その見た目から名がついた。見た目の繊細さに対し、暑いサラハでも育つほどの逞しさを併せ持つ。爽やかな色合いが暑さを和らげるような心地がするためか昔から国のあちらこちらに植えられ、今やサラハの特産のひとつになっている。


 今、咲き誇った青星の花に夕日がさして、花々は発光しているようにすら見えた。


「すごい! すごい! 本当に素敵です!」


 ミアはこれまで以上にうっとりと目を細め、飛び回り、噴水の周りに設置された花壇の側へと駆け寄る。かと思えばくるりと一周、踊るように軽やかな足取りで周囲を見て回った。


 ブルースターはたしかに美しい。しかし、サラハに長く住んでいるものにとっては見慣れた花だ。マリックにとってもミアほどの感動を覚えることはもうできない。


「そんなに気に入ったのか?」


 驚き半分にマリックが声をかけると、ミアは嬉しさのあまり感極まっていた。花を見て泣く女をマリックは知らない。ミアの嬉し泣きはマリックの心に新たな衝撃を与え、ますます愛を募らせる。


「マリック王子、本当にありがとうございます! 私、この国をもっと好きになりました」


 ミアの屈託ない笑みが、素直な言葉が、じんとマリックの心に響く。


 青一面の花畑にミアの薄桃色の髪がなびいて輝く。まるで絵画のようだ。


「……俺も」


 もっと好きになったと掠れた声の本当の意味はまだミアに届くことはない。


――もっと、ミアを好きになった。


 そんな気恥ずかしいセリフは風にさらわれていく。


「……あ!」


 漂う甘い空気を切り裂くようにミアが再び声をあげた。彼女は赤から紺へと染まりつつある空を指さしている。


 彼女の指を追って顔を上げると、空には一番星が輝いていた。


「綺麗ですね」


 笑ったミアの顔のほうが数百倍、いや数千倍綺麗だった。


 今までであれば簡単にそう伝えられたのに。どうしてかマリックは胸がいっぱいになってうまく言葉を紡げない。


 代わりに涙があふれそうになった。悟られぬようマリックは慌てて顔をあげる。


「ああ、そうだな」


 自分から発せられた声はどこかぶっきらぼうで、マリックはそんな自分が悔しく、恥ずかしくなった。


 だが、ミアは気づいていないのかいまだ楽しそうに空を見上げている。


 その顔は空を夢見るカナリアのようにも、月を望むヒューマノイドのようにも見えて、マリックは頭を振った。


――彼女はいなくなりなどしない。


 抱えた不安を隠すようにマリックは今一度咲き誇るブルースターの花畑を見渡す。


 その鮮明な青がマリックの脳裏に焼き付いて離れなかった。

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