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サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~  作者: 安井優
第2章 永遠の月

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サムシング・フォー #2-7

 セシルを連れ帰った時のミアの反応は、マリックの想像以上だった。


 マリックは彼女のアメジストの瞳がキラリと光った瞬間をこの先一生忘れないだろう。


 涙ぐみ、嬉しそうにセシルの手を握ったミアは「ずっとあなたに会いたかったの」と彼女を歓迎し、セシルを連れ帰ったマリックに対しては一層深い笑みを浮かべてこれまでで最上級の感謝を述べた。


「本当に、マリック王子に頼んでよかったです」


 ミアは、まさにマリックの予想した通り、セシル自身を研究所から解放してほしかったのだと言った。続けて、マリックに「試すようなことをしてごめんなさい」と心から謝罪した。


 ミアの泣きそうな顔を見ているとマリックも彼女を咎める気になどなれず、むしろ自分は信用されていなかったのだなと過去の己を恥じるほどであった。


 次いで、自分がセシルを連れ帰らなかったらどうするつもりだったのだろうと考え――、その時こそミアは王宮を去っていたかもしれないと想像して恐ろしくなった。確かめるのが怖くて、マリックはミアに問いかけることを辞める。


 それに、気になることは他にもあった。


 なぜミアはここまでセシルに執着したのか。


 この理由はすぐにわかった。


「これをお渡ししたかったのです」


 ミアが取り出したのは一枚の写真。とても古いもので色あせてしまっている。


 セシルは写真を手にし、にわかに信じられないと口を開けたまま数秒ほどフリーズしていた。思考回路が停止してしまったかのように。


 マリックは写真を覗き込む。


 写っていたのは今と変わらぬセシルとひとりの男性だった。


「これは?」


 いまだ写真を見たまま固まってしまっているセシルの代わりにマリックが尋ねる。ミアは写真を懐かしむように見つめながら答えた。


「以前、北の国で商売をしていた時にある方からお預かりしたものなのです」


「預かった?」


「意外に思われるかもしれませんが、旅商人はさまざまな国を渡り歩くでしょう? ですから、私のような旅商人を郵便屋の代わりにする人たちもいるのですよ。言伝を品物と物々交換することもあります。歴史や過去の情報は価値がありますからね」


 ミアは言いながら、セシルの手を優しく握る。


「この写真は先祖代々受け継がれてきたものなんだそうで。セシルさんのお話を伺ったのものそのころです。その方は無理を承知で私にこの写真を託してくださいました。セシルさんに渡して欲しいと。ダムは管理されていて一般人には立ち入れません。ですが、私ならもしかしたら、と」


 しかし、ミアでも無理なものは無理だった。高名な旅商人の彼女であっても、伝手を辿ったところで各諸国の限られた人間しか立ち入ることのできない場所にはさすがに手が届かなかった。


「商売としてお金をいただいてしまったからにはなんとしてでも叶えたかった。そんなところになんの因果か、私はマリック王子と出会えたのです」


 もちろん、婚約を要求され、拉致監禁されるとは彼女も思っていなかっただろう。だが、そこは商人。これは彼女にとっても商機だったのだ。マリックとの婚約に条件をつけることでミアは商売を完遂させた。その商人魂こそ彼女が名をあげた理由のひとつだろう。


 婚約によって自身の自由を奪われてしまうのだから、見る人間によってはセシルへ写真を届けるためだけに随分な自己犠牲を払っている商売下手にも見えるかもしれない。


 ミアはそれでもかまわないと思っているようだった。


 満面の笑みを浮かべ、ミアは言う。


「これも運命だと、今では素直にそう思います」


 マリックにはこれ以上ないほど嬉しい言葉だ。


 あれほど警戒していた彼女もようやくマリックのことを認めてくれたのかもしれない。


 ミアはそっとセシルの両手を包み込み、写真を丁寧に握らせた。


「セシルさんにお会いできてよかったです。本当に」


 すっかり硬直していたセシルもそこで瞬きを二度、三度と繰り返し、自らの意志で写真を大切に、大切に胸元へ抱きしめる。


「思い出しました。わたくしの、大切な人」


 ヒューマノイドは涙こそ流さないものの、その目に慈愛を宿して微笑む。


 マリックもミアも、そんな彼女の姿にやはり笑みを浮かべた。


 こうして、ヒューマノイドの長きに渡る歴史にひとつの終止符が打たれた。


 セシルは写真を見たことでリセットされたはずのさまざまな記憶を思い出したらしい。


 セシルを作りだした研究員の男は、セシルを生み出した後、研究員を辞めて彼女とともに長年の夢であったカフェアンドバー『PAPER MOON』を経営する。しかし、ほどなく内戦が始まると男にも召集がかかった。戦地へ赴く前日の夜、男はセシルの記憶回路をリセットしようとする。自分のことを忘れ、自由に生きろと願って。しかし、セシル自身がそれを保護した。自律式感情学習機能付人工知能搭載型女性モデルロボットはその名の通り、自身で学習していた。男が知らぬうちにセシルはセシル自身の感情を明確に抱いていたのだ。男との記憶を大切に保護したかったセシルは男の分からぬところへそれらを隠した。だが、隠した状態で記憶回路にリセットがかかったため、セシルは記憶を隠したことを忘れてしまった。その後、男は内戦で亡くなった。


 それから数年後。セシルはアンリと出会い、アンリがこっそりと研究所から持ち帰った写真が今に繋がってセシルはついに男との邂逅を果たした……というのがこの物語の全貌だ。


 新たに改変されたこの物語もまた、これから先、長い間語り継がれていくのだろう。


――その時、セシルはどこにいるのだろうか。


 マリックは窓の外に浮かんだ月を見上げた。


 ミアが写真を手渡した後、セシルは自由を謳歌するように旅へ出てしまった。


 王宮で少し休んでいけばいいと言ったが、セシルは相変わらずの涼やかな表情で


「わたくしが疲れることはありません」


 とサラリと述べて、あっけなく去って行ってしまった。


 もとよりセシルの自由を願っていたミアは彼女を引き止めることもせず、当然、マリックとて彼女を手元に置いておく理由はないので見送る他なかった。


「まったく、愛想のない女だ」


 愛したのがミアでよかった。セシルだったら婚約すら取り合ってくれなかっただろう。


 マリックはふっと笑って立ち上がる。


 悔しいかな、愛想のない女にも旅路の幸せを願ってしまうのが今のマリックだ。


 窓を開け、眼下の街を見つめる。酒場から人々の楽しげな喧騒が聞こえ、家々から漏れた光が柔らかに夜道を照らしている。


 砂交じりの夜風がマリックの群青の髪をさらっていく。


 今夜は満月だ。

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