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サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~  作者: 安井優
第2章 永遠の月

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サムシング・フォー #2-4

 どのように話を切り出すべきだろうか。迷うマリックに対し、セシルが先に口を開いた。


「お飲み物は何になさいますか?」


 アンリに尋ねたように、彼女は突然現れたマリックに対しても淡々とカフェアンドバーの店員としての役割をこなす。そこには驚きも疑念もないようだった。想い人を待っているとはいえ、このような場所に一生閉じ込められていても涼しい顔をしていられるのだから、やはり彼女はヒューマノイドなのだろう。人間ならとっくに発狂しておかしくなっている。


 マリックは差し出されたメニューからリンゴジュースを選ぶ。物語の中ではリンゴを切って一から加工していたとされる。それを聞いて、きっとうまいだろうなと思ったのだ。


 セシルは物語が真実であることを裏付けるように、リンゴを取り出してナイフで細かくみじん切りにし、特殊な機械にそれを放り込んだ。作中には登場しなかった装置だ。


「それはなんだ?」


 マリックが機械を指さすと、セシルは端的に教えてくれた。彼女の話によると、圧力をかけて果肉から果汁を搾るらしい。フードプロセッサーと違って静音なうえ細かな果肉が残らず口当たりのよいジュースが作れるそうだ。


 言っている間にジュースが完成したらしく、たっぷりの氷で冷やされたリンゴジュースがマリックの前に置かれる。


 黄金の果汁を一口。濃厚な甘みと酸味が一気に口内に広がり、マリックはアンリと同じ気持ちを味わう。


 一気に飲み干してしまいたくなる衝動を抑え込み、マリックは意識をセシルに向けた。


 本題はここからだ。


 今回、マリックはダムの管理組織にセシルとの面会を希望した。面会だけだ。彼女のネックレスが欲しいなどと正直に言えば、おそらくダムに立ち入ることすら許されないだろうと予測したためである。


 案の定、セシルはこうしてダムの管理組織の管理下に置かれている。水没した都市の文明を研究している彼らにとってセシルは生きた化石も同然。過去の記憶を有しており、ヒューマノイドとして完璧な姿で残っている彼女は貴重な道具であり歴史だ。そんな彼女を駆動させている命とも言える満月を、たかが惚れた女のために貸してほしいなどと許されるわけがない。


 だから、ここから先はバレないように、もしくはセシル本人の意志でそうしたと示せるようなやり方ですべてを終わらせなければならない。


 セシルとの交渉を含め、すべてがマリックにかかっている。


 前回は金と権力を行使すればよかった。だが、今回は違う。セシル相手には金も権力も役に立たない。必要なのはセシルを納得させるための気持ちだけだ。なんと心もとないのだろう。


 自分ひとりで戦うことの心細さを、人の心を動かすことの難しさを、マリックは今まさに実感している。


「セシル」


 マリックは慎重に彼女の名を呼んだ。


 対するセシルはマリックの腹の内など素知らぬ様子で返事する。


「はい、なんでしょうか」


「お前に聞いてほしい話がある」


「どうぞ。わたくしでよければ、いくらでもお聞きいたしましょう」


 さすがはヒューマノイド。もともと人に仕えるために作られたのだろう。欲しい言葉をそっくりそのまま与えてくれる存在というのは、恐ろしいほど人を堕落させる。


「……その、実は……」


 素直に、その満月のネックレスを俺に貸してくれと言えばいい。それだけのことだ。それだけのことなのに。マリックは続きの言葉を紡げないでいた。


 満月はセシルの命。そして、このダムの管理者たちの英知でもある。必需品だ。本当にそんな彼女のネックレスを私利私欲のために拝借してもよいのだろか。


 何も奪うわけではない。借りるだけだ。マリックは自分自身にそう言い聞かせるも、やはりそれを頼む気にはなれなかった。


 だが、そうしなければミアは……。


 マリックは感情の板挟みに苛立ちを覚える。もとよりダムに入るまでも相当な労力を要している。入ってからも値踏みされるような、観察されているような視線をじろじろと遠慮なく研究員たちから向けられて些細なストレスはいくらでもあった。


――なぜ、一国の王子である俺がこんな目に。


 一度でもそう考えてしまうと、人というのは理不尽さが目につくものである。途端に投げ出したくなってマリックは頭をかきむしる。


 目の前のセシルがそんなマリックの様子など気にも止めず、


「どうかなさいましたか?」


 なんて、普通の客相手にするような質問を投げかけることすら煩わしい。


――お前のせいで悩んでいるのに。


 マリックは「クソ」と悪態をつき、セシルを睨みつけた。普通ならおののくであろう視線にも、セシルは怯えることなく対峙するだけだ。何が起きても彼女は平気なのだろうと思うとそれも気に食わない。


 やっぱり彼女は人間などではないのだ。ただのヒューマノイド。傷つくことも悩むこともない。ミアを愛するがために葛藤するマリックとは違い、想い人がいようとも一生を待つだけの機械だ。


 そんなやつを相手に。


 馬鹿らしい。


 マリックはなかば自棄になって、包み隠すことをやめた。


「お前のそのネックレスを俺によこせ」


 言ってからマリックは後悔した。


 少しくらいセシルが悲しみや迷いを見せてくれればよかったのに。


 セシルはやはり表情ひとつ変えずにネックレスへ手を伸ばすと、首元からそれを外した。


「これでよいのですか?」


 マリックが焦りを覚えるほどに飄々とした態度だった。

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