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卒業演習でゴザル その2

エレインは咄嗟にエルバードを一飲みにしようと口を開ける大蛇に向かって、魔力の込められた水晶を投げつけ、「発火せよ」と命じた。

水晶は蛇には当たらなかったが、驚いた蛇は退散する。


「うひゃぁっ!!ななな、なんだあれ」

「大げさねー。エルバード。ただの蛇じゃない」

「五月蠅い!プラム!あんな大蛇が真後ろに居たら、誰だってこうなる!」


その時、唾を飲み込む音が洞窟に大きく響いた。音の主はエイブラである。

いつになく、神妙な顔つきをしたエイブラの顔に皆の視線が集まる。


「ジュエルサーペントだ・・・」

「ジュエルサーペント?なんだっけソレ?なんか聞いたことが有る様な・・・」

「プラム・・・授業をちゃんと聞いてなかったのか?額に大きな魔石が埋められた大蛇の事だ。高度な魔法をいくつも使うらしい。ボク達の敵う相手じゃない。逃げよう!」

「大丈夫よー。たかが魔法を使う蛇一匹、先生も居るし、ねっ!」


そういってプラムがエイブラの方を振り返ると、顔面蒼白なエイブラと、後ろから音も無く近づいていたジュエルサーペントの姿が有った。

プラムの悲鳴に驚きながら、またも蛇は退散する。



その頃、坑道の外では課題を終了したレメスが評価を受けていた。


「鉄鉱石が3つと、水晶が2つ。あら、これは銀鉱石じゃない。

廃坑にしては良く採れた方だわ」

「ありがとうございます。セレスメイア先生。

それにしても、卒業演習にしては手ごたえが無さすぎじゃありませんか?

坑道の中には亜人が巣食っているなんて聞いていましたけど、殆ど出会わなかったわ」

「そうみたいね。アナタ達以外の組も、そう言っていたわ」


訝しげなセレスメイア。

事前の調査によって演習に相応しい坑道が選ばれているはずだ。

それなのに亜人の数が少ないというならば、坑道の環境が変わったのだろうか?

短い期間に、亜人が住むのに都合の悪くなる環境の変化が有ったとしたら。

それは・・・。


そこまで考えた所で、救難信号の受信を知らせるアラームが鳴り響いた。

発信したのはエイブラだ。

エイブラの担当する班にはエレインが居たはずだ。

セレスメイアは、誰よりも早く坑道に飛び込んでいた。



「また行き止まりじゃない!」


プラムが悲鳴の様な声を上げる。

エイブラを先頭にして走り回る四人。蛇は相変わらずエレイン達を狙っている。

蛇は時折、姿を見せる。

そうする事で恐怖を与え、ジワリジワリと体力と精神力を削るのが目的だ。

・・・初めに限界を迎えたのはエイブラだった。


「もう駄目だ。ジュエルサーペントの巣穴から足手まといを連れて逃げ出すなんて出来っこない。しかし、生徒を連れて戻らねば、私の教師としての立場が・・・。

いやいや、しかし、いや、しかし・・・」


相変わらず大声で独り言を呟いているエイブラ。

そして何かを決心したように、懐から鉱石を取り出す。


「そうだ!お、お、お、お前たち。先生は外に助けを求めに行く」

「なっ!何言ってるんですか?ボク達はどうなるんです?」

「そんなのは自分で考えろ!私は、こんな所で蛇のエサになるなんて御免だ!」


エイブラは自身が最も得意とする魔法を使った。

火と風のエレメントを用いて、複雑な命令式で組み上げた自慢の魔法。

・・・姿隠し。

エイブラの姿が足元から消えてゆく。

研究を重ねて遂に完成させた、この魔法を発表すれば帝国の魔法研究室の室長だって夢ではない。

いや、発表する前に、もう少しだけ様々な場所で使ってみなくては。

様々な場所で。あくまで試験の為に。

その為にも、こんな所で死ぬわけにはいかないのだ。

姿を完全に消失させたエイブラは生徒たちを見捨てて走り出す。

灯りを持ったまま。

見捨てられた生徒たちは、唖然として見ている。

灯りを放つ水晶がフワフワと走ってゆく。

だが、蛇にとっては関係なかった。

エイブラの姿が光の屈折を利用して見えなくなっていようが、灯りが有ろうが、無かろうが・・・。

とにかく、蛇は獲物の一団から飛び出した一人が発する熱に飛びついた。


「先生って意外と馬鹿なのかしらね」

「イノシシ女に言われちゃお終いだ」


エイブラは頭から蛇に飲まれ、既に半分以上が飲み込まれつつある。

蛇は食事に夢中で、他の三人には気付かないようだ

それ幸いと立ち去ろうとするプラムとエルバードだったが、立ち止まっているエレインに気付いて声を掛ける。


「なにやってるの!?エレイン!今のうちに逃げるのよ!」

「そうだ!先生の犠牲を無駄にしないためにも」

「でも、今助ければ間に合うかも・・・」

「何言ってるんだ!そいつは、ボク達を見捨てようとしたんだぞ!」

「それでも・・・」


エレインは振り返って蛇を見る。もうエイブラは足しか見えない。

蛇は食事を終えようとしている。

そうしたら、また襲い掛かってくるかもしれない。

反撃するなら今しかない。

エレインにとって、それは単に打算だったのかもしれない。


「苦痛を」


蛇に近づいて、そっと水晶を押し当て呟いた。

その瞬間、のた打ち回る蛇の口からエイブラが吐き出される。

もし、蛇に声帯が有れば悲鳴を上げ続けているだろうと思われるほどに、所狭しと暴れ回るジュエルサーペント。


自分の体にも苦痛が走る事を覚悟していたエレインだったが、いつまで待っても苦痛が訪れることは無かった。


(呪術の反動が来ない!?どうして?)


その可能性についてエレインは一つしか心当たりが無かった。代償の対象が自分から別の者に移ったのだ。

エレインが初めての事態に驚愕していると、プラムとエルバードがエレインの隣で手にした功績に魔力を込め始めた。

エレインが何をしたかは分からないが、二人はエレインに加勢する事にしたのだ。

どうやら優勢のようだし、もう闇雲に逃げるのは嫌だった。


「凍りつけ!」

「切り裂け!」


エルバードが冷気を発する水晶を投げつけ、プラムの持つペリドットから魔法で生み出された斬撃が飛ぶ。

蛇は体の一部が凍りつき、無数の切り傷から血が噴き出す。

しかし、頼みのエレインは、相変わらず何か考え込んでいる。


「エレイン!?」


プラムの声にも反応せず、考え込むエレイン。

もし、誰かを自分のせいで苦しませてしまったとしても、ここで自分が死んでしまっては謝罪する事も出来ない。

エレインは考えた。蛇の死を願えば、それは叶えられるだろう。

しかし、その代償を誰かに押し付けることは出来ない。

取り返しのつかない代償では駄目だ。

何かないか・・・。何か・・・。


「ちっ!エレインは駄目ね!エルバード!畳み掛けるわよ!」

「わ、わかったぁ!」


プラムとエルバードは、これで終わりにしたいとばかりに

手当たり次第に鉱石を掴み、魔法による攻撃を続けた。

鉱石が尽きると、足元の石を拾い、魔力を込め、蛇に投げつけた。

次第に痙攣していた蛇がグニャリと脱力したように動かなくなった。

ついに蛇を倒したのだ。

そう思った二人は魔力の使い過ぎで立っていられなくなり、その場に座り込んでしまった。


「死んだ?死んだわよね? ・・・やったわ!やった!私たちがジュエルサーペントを倒したのよ!」

「や、やったねプラム!それにしても、何で君は貴石を沢山持っていたんだ?課題には指定された鉱石しか持ってきてはいけないはずじゃ・・・」

「硬いこと言わないのよ!そのおかげで助かったんじゃない!

アンタも私のお父様に感謝しなさいよね!」


そんな安心しきった二人を、音も無く鎌首を持ち上げた蛇が見下ろす。

痙攣が止まったのは死んだためではなかった。

呪術による苦痛の効果が切れたためだったのだ。

二人の表情が一瞬にして凍りつく。


「そ、そんな・・・」


蛇の額の魔石が光を発し、癒しの魔法が発動した。

苦労して付けた傷が、あっという間にふさがってゆくのを見て、絶望する二人。

次に蛇の額の魔石が赤く光り、業火がプラムとエルバードに向けて吹き付けられた。

エルバードは呆然と、こんな炎に飲まれるくらいなら、最初から大人しく蛇に飲まれていた方が苦痛が少なかったのに、と考えていた。

そんな二人の前にエレインが立ちはだかる。


「奪え」


蛇から発せられた炎はエレインの掌の中にある水晶に、そっくり吸い込まれてしまった。次にエレインは別の水晶をかざして


「動くな」


と命じた。

すると、蛇は痺れたように動けなくなった。


エレインが初めに使った呪術は”強奪”

学校の実技の授業でレメスに使った呪術だ。

対象の魔力や魔法による効果を奪うことが出来る。

しかし、これを使うと生贄の者の魔力も一定時間、失われてしまう。


次にエレインが使った呪術は”呪縛”

魔導兵との戦いの時にナナマルを助けるために使った呪術だ。

対象の動きを縛る事が出来る。

これも”強奪”と同様に代償により生贄の者も自由を奪われてしまう。


”強奪”も”呪縛”も、その性質上、生贄に選ばれた者の戦闘継続は困難だ。

悲しいけれど、今は代償を支払うのがエレインでないことが好都合だった。


この二つの呪術を使ったことにより、ここではないどこかで、エレインではない誰かが

魔力と自由を奪われているだろう。しかし、エレインは自分を含めた四人の命には代えられない。そう判断した。


エレインは動けずにいる蛇にゆっくりと近づき、蛇が発した業火の魔力を湛えた水晶を押し当てると「焼き尽くせ」と命じた。

水晶から発せられた業火が蛇の全身を飲み込む。

またもエレインが与えた苦痛でのたうち回るジュエルサーペント。

エレインは蛇の動きが鈍くなるのを待って、魔力を込めた石塊で蛇の頭を叩き潰した。

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