演習前夜でゴザル
呪術・・・。
あまりに適応者が少ないため、長い間、その実態が不明とされてきた力だ。
しかし、研究によって少しずつ分かった事もある。
とはいえ、それはピースが欠けたパズルのように不明瞭だった。
それは、適応者が少ない上、その者が研究者と協力的な関係を結ぶ事が難しいという事情もあった。
なぜなら呪術の適応者の多くは親しいものも、そうでないものも害する呪術の力を恐れて人との交流を断つのが殆どだったからだ。
その点ではエレインとラシャーナは理想的な関係だった。
そのおかげで欠けたピースが埋まってゆく。
エレインは呪術の力を拒絶するのではなく、うまくコントロールする事を選んだ。
ラシャーナは当初の様に呪術の力を使わないように説得するが、呪術以外の力を持たず、それでも、自身の力でラシャーナの役に立ちたいと強く切望するエレインの熱意に折れたのだ。
もちろん、ラシャーナの呪術に対する知識欲も無かったわけではない。
そうして新たに解ったことが有る。
それは代償についてだ。
普通の魔法は鉱石に込められた魔力の分しか働かない。
しかし、呪術の場合、発動者が望めば何でもできる。呪術の特性上、その効果はネガティブなものに限られるが、それさえ満たせば何でもできるのだ。
その為に足りない魔力は別の所から補われる。
・・・それが代償だ。
もし仮にエレインが誰かの死を望み、それを呪術に託した場合、その代償はエレインに圧し掛かり、エレインの命も失われるだろう。
しかし、その時、鉱物に十分な魔力が込められていれば、その代償は小さくて済むのだ。ただし、いくら魔力が十分だったとしても代償が全くないという事にはならないようだった。
呪術の代償がコントロールできると知ったラシャーナは緊急事態でのみ呪術の使用を許した。呪術を使わなければ、エレインやラシャーナの命が失われてしまうような状況であれば使っても良いと。
そう厳命されたエレインは、魔法学校の授業で呪術を使う事が無くなり、再び劣等生に逆戻りとなった。
そして、ようやくエレインは、そんな苦しい約3年間の学校生活を経て、卒業演習を残すのみとなった。
卒業さえ出来れば、こっちのものだ。
イリーナ魔法学校の卒業証書さえあれば、仕事に就くのは難しくないだろう。
できればラシャーナの傍で憧れの王女に役立ちたい。エレインは、そう考えていた。
卒業演習の課題は、鉱物の採掘。
廃坑となった坑道で出来るだけ多く、出来るだけ貴重な鉱物を発掘してくるのが、この課題の目標だ。
それだけなら魔導師の課題としては難易度が低いように思われるだろう。
しかし、廃坑には人間に敵対する亜人や怪物が住み着いており、打ち倒した敵の種類や数も課題の加点として考慮されていた。
「お前らの様な貴族上がりの魔導師たちに多いのだよ。大した魔力も込めずに貴重な宝石を使って魔法を行使する迷惑な輩がな。そうならないように、自分たちで鉱物の発掘が、いかに困難かを体験してもらうのも、この演習の目的なのだ」
そう言って生徒達を睨むのはエイブラという名の教師だ。
過去に何か嫌な思い出でもあるのだろう。
彼の家は貴族ではあるものの、決して裕福ではなかった。
まぁ、彼自身のトラウマは置いといても、貴重な宝石の数が、そのまま帝国の軍事力とも言える中、才能の代わりに資産を使って魔法を行使し、宝石を無駄に消費する者たちを捨て置けないのも事実だ。
「・・・そんな傲慢な奴からは資産を没収してやればいいんだ」
エイブラは、ブツブツと独り言にしては大きい声で出している。
そんな彼だから生徒からは、あまり慕われてはいなかった。
彼自身も、それを望んでは居なかったが。
「とにかく!演習は明日だ。
今日は早く帰って備えるが良い!」
家に戻ったエレインを使用人のハンスが出迎える。
最初にエレインの家の使用人になったテミロという女性はエレインに優しく接してくれる姉のような存在だったが、その者が呪術の代償となるのを恐れたエレインがラシャーナに相談した結果、一月ほどで使用人が交代するようになったのだ。
しかも、わざと口下手だったり内向的だったりする人物が選出された。
ハンスも寡黙な中年女性だった。
「おかえりなさい。エレイン様」
「ただいま帰りました。ハンスさん」
「エレイン様、明日は卒業演習ですね。私も丁度、明日で一月になります。
私も、この家を卒業ですね」
いつになく口数の多いハンスに驚きながら、エレインは感謝を述べる。
「あ、ありがとうございました。ハンスさん。
本当は、もっと続けて頂きたかったのですが、私の都合で・・・ごめんなさい
・・・ックシャン!」
「・・・明日は卒業演習だというのに大丈夫ですか?」
「少し風邪気味なだけです。大丈夫だと思います」
そうは言ったものの、エレインの体調は思わしくなかった。
次第に熱が上がり、湯浴みの最中に遂に倒れてしまった。
エレインが次に目を覚ましたのはベッドの中だった。
声が聞こえる。誰の声だろうか・・・。
二人いて、片方はナナマルだ。
「拙者が見ているから大丈夫でゴザル」
「いいえ、ナナマルさん。私に任せてください」
もう一人はハンスさんだ。夕食の準備が終わったら帰ってしまうはずの彼女がどうして?
「・・・今晩で最後なんです。
だから、きちんと最後までお世話したいんです」
「そうでゴザルか」
そう言ってナナマルは部屋を出て行ってしまった。
水を絞った布がエレインの火照った額に乗せられる。
ヒンヤリとした心地良い感触だ。
「やっぱりアンナに似ているわ。生きていれば、今頃はこのくらいの年頃ね・・・。
でも、どこが似ているのかしら・・・。目かしら・・・?
いつも一生懸命って感じが似ているのかしら。
最初はそんな事なかったけど、そう思い始めたら、そうとしか見られなくなっていたわね。もっと、傍に居たかったけど、私にとっても潮時だったのかもしれないわ」
そう言いながらハンナはエレインの頭を優しく撫でていた。
ハンナの冷たい手が心地良くて、エレインは幸せだった過去を思い出しながら眠りについた。
目が覚めると驚くほど体が楽になっていた。
それは、伏せたまま眠るハンナの看病のおかげだとエレインは気付かされる。
「・・・ハンナさん?」
「・・・! エレイン様。スミマセン、直ぐに朝食の準備をしますね」
「あっ、あの!ありがとうございました。おかげで体の調子も良くなりました」
「・・・これも仕事の内ですから」
そう言ってハンナは部屋を出ていき、いつもの調子で朝食の準備に取り掛かる。
昨夜の彼女の独白は夢だったのだろうか?
・・・どちらであろうと、彼女との別れを少し惜しいと感じていた。




