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無職は今日も今日とて迷宮に潜る【3巻下巻12/25出ます!】【1巻重版決定!】  作者: ハマ
8.ネオユートピア

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幕間47① 黒一福路

12月25日3下巻発売です!

「何とまあ……これほどのことが出来るとは……」


 黒一は、田中ハルトに教えられた場所に来ている。

 それは、裏切った探索者監察署所属の探索者達と、それに捕まった操理遊香の居場所。彼らは街の外れにおり、そこは田中ハルトにより緑が生み出された場所でもある。


 田中ハルトが想像を絶する力を持っているのは知っていたが、まさか生命を生み出す力まで保有しているとは思わなかった。


 まるで神のような力。


「まったく、恐ろしくて仕方ありませんね……」


 ネオユートピアの一件で、田中ハルトの存在は各国の重要人物には知らされていた。

 探索者監察署にもその知らせは来ており、上層部ではどのように対応するのか検討されていた。その結果、極力の接触は避けるようにという通達を受けた。


 当然だ。世界を終わらせるような龍を倒した探索者だ。下手に刺激して、不興を買いたくはない。

 もっと言えば、ミンスール教会の世樹マヒトがバックにいるのも大きかった。


 治癒魔法使いを数多く抱えるミンスール教会は、各界に大きな影響力を持っている。それに、世樹マヒトという存在も無視出来ない。

 確認されていないが、かつて数百人の人間を一夜にして殺したという噂まである。

 そのような人物が率いる組織を敵に回すなど、愚の骨頂でしかなかった。


 だからこそ、接触は避けるようにしていたのだが、今回の件で大きく変わる可能性が出て来た。


 田中ハルトが表舞台に立ち、世樹マヒトが死んだ。


 世樹麻耶も消えた以上、ミンスール教会を取り仕切るのは大道しかいない。他にも、跡目になりそうな者はいるが、まだ学生で、あらゆる力が足りていない。


「さて、これからどうなるんでしょうね……」


 それでも、今より悪くはならないだろうと黒一は判断する。


 今は、世界中が混乱している。

 平和が保たれているのは、昔からダンジョンがあった日本くらいだ。その日本でさえ、少しばかり探索者が暴れていた。

 おかげで、黒一達探索者監察署の者達は、国内の探索者の粛清に大忙しである。その影響で、国外からの要請に応えられていないのが現状だ。


 少しばかり力を持った小物が、そこらで暴れ回る。


 そんな奴らが、国外で戦う田中ハルトの姿を見れば、己も殺されるのではないかと動きを顰めるだろう。

 それでも犯罪に走るのなら、その時は粛清するまでである。


「遊香さん、起きて下さい」


 たどり着いたのは、ちょっとした湖になっている場所のほとり。

 そこには、遊香と他探索者が倒れていた。


 黒一の問い掛けに「んんー……?」と反応する遊香。

 少しだけ目を開けて、そこに黒一の顔を見掛けると、「ああー……」とあからさまに残念そうな声を上げた。


「帰りますよ、他の方も早く起きて下さい」


 スキル【呪言】の影響で、黒一の言葉には力があり、弱い者にはスキルを使わなくても、一定の影響を与えられるようになっていた。


 この言葉に反応して、探索者達も意識を取り戻す。


「……ここは? 俺達は……?」


 長いこと洗脳されていたせいか、意識がはっきりしていないように見える。


「何があったのか説明しましょうか?」


「……いや、いい。大体のことは覚えている」


「では、世樹マヒトが何を企んでいたのか知っていますか?」


「ああ……」


 彼らは、ぽつぽつと何があったのか話し始めた。

 その内容は、黒一に取ってどうでもよくて、実に下らないと言い切って捨てられるような話だった。


 世界中の人々に希望を。

 その為になら命を懸けるという、行き過ぎた自己満足。

 悪人とはいえ、他者の命を奪っている時点で、すでに擁護のしようがない。最悪の行いと言えるだろう。


 実に下らない。

 世樹マヒトも耄碌したものだ。


 と、そこで疑問が浮かんだ。

 本当に、あの世樹マヒトがこのようなことをするのか? と。


 黒一の知るマヒトは、計画的に善行を積む人物だ。他者を思う心とは偽りで、その実何も感じていない。他者を無感情に眺めており、内側には獣よりも凶悪な狂気を秘めた人物だった。


 何かがおかしい。


「その人物は、本当に世樹マヒトでしたか?」


 いや、分かっている。

 目の前にした時の恐怖は、その昔、マヒトと対峙した時と同じ物だった。

 間違いなく世樹マヒトなのだが、どこか引っ掛かった。


「ああ、間違いない。……黒一、俺達は探索者監察署を辞める」


「何故です?」


「あの男の意思を絶やしたくない。荒唐無稽な願いだというのは理解している。だが、俺達がやらないと、ここの人々の希望が失われてしまう」


 マヒトは確かにこの街の治安を回復させた。

 しかしそれは、悪人を強制的に排除し、使える者を洗脳したからに過ぎない。洗脳が解けた今、またこの街から希望が失われる恐れがあった。


 だから願ったのだが、黒一の返答は、


「それは困りましたね。探索者の無許可での海外活動は粛清対象です。それを受け入れる覚悟があるんですね?」


 黒一の問い掛けに頷く探索者。

 考える。この場で始末してしまうのは簡単だ。最も手っ取り早くて、未来に禍根を残さない為にも、それは成さなければならない。


 そう考えて、これまでの黒一ならば、問答無用で粛清していただろう。


 だが、ふとした気まぐれを起こしてしまった。

 どうしてそう思ったのか定かではない。

 洗脳は解けたはずなのに、らしくない選択をしてしまう。


「……いいでしょう。あなた方は、今回の任務で死亡したと上には報告しておきます」


「いいのか?」


「ええ。ただし、もしあなた方の報告が入れば、私自ら粛清に参りますので、お忘れなきよう……」


 黒一が告げると、探索者達は武器に添えていた手を離して警戒を解いた。

 もし、黒一が行動に移していれば、即刻数名の命が消えただろう。その中には遊香も混ざっており、争うべきではないのだ。


 ……やはりおかしい。

 黒一は己の思考に疑問を抱く。

 遊香が犠牲になるのは困るが、彼らを見逃してまで救う命ではない。

 これは、先ほどのような気まぐれではない。明確に、遊香の命を優先した選択をしてしまった。


 何故そう考えるのか、もっと突き詰めなければならない。だが、探索者達は立ち上がり黒一を見て訝しんでいた。


 考えるのは後で、そう決めて彼らの対応をする。


「話は終わりです。もう会わないことを願いますよ」


「ああ、精々気を付けるよ」


 それだけを言い残して、彼らは姿を消した。


「遊香さん行きますよ」


 そう促すのだが、遊香は不思議そうに黒一を見ているだけで動こうとしない。


「どうかしましたか?」


「黒一さん、なんか優しくなってない?」


「何を言っているんです? 私はいつも優しいですよ」


「いや、なんて言うか、丸くなった?」


「私が?」


 そんなはずはないと否定しようとした。

 だが、先ほどの判断は余りにも甘く、これまでの行動と乖離していた。

 これまで通りに行動しようと己を戒めるが、どうにも心が傾かない。

 もしや、まだ洗脳されているのだろうか? そう疑問に思ってしまう。


 そんな黒一に、遊香が確信的な言葉を言ってしまう。

 

「やっぱ歳取ると丸くなる物なんだね」


「……」


 ……歳か。

 何故か、妙に納得してしまう黒一がいた。

 歳を取ると丸くなると人は言うが、まさか自分もその領域に達しているとは思いもしなかった。

 内心、ショックを受けつつ、もう一度遊香に「行きますよ」と告げる。


 まだ若いつもりだったが、肉体は衰え始めているのだろう。

 それに、思考も引っ張っぱられた。


 と黒一は思っているが、実際の所は違う。


 黒一がNo.4の襲撃を受けた時に、トンファーで攻撃を受けたが、それは完全ではなくわずかに傷を負っていたのだ。

 その際に、ある思考を誘導されていた。

 内容は、洗脳した探索者パーティと操理遊香は殺すな、という物だった。


 No.4が死に洗脳は解けても、誘導した思考はそのままで一度だけ発動したのである。

 決して、黒一が丸くなったとか、大人しくなったわけではない。ただ、No.4の思いが彼らを生かしたに過ぎなかった。


18時もう一話投稿

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― 新着の感想 ―
黒一さん、丸くなったと思い込んでいるから今回の事を前例にして行動する事で、実際に丸くなる可能性も
黒一は変な純粋さと悪は許さん尽く滅びろ。なんなら地獄の苦しみを味わえそして自身の残った善と葛藤してもがけそれが私の楽しみだみたいなやつだもんなーほんの薄皮1枚ずれたら極悪人なところをギッリギリの善側に…
黒一さん、歪み切った状態で完成されている……
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