幕間47① 黒一福路
12月25日3下巻発売です!
「何とまあ……これほどのことが出来るとは……」
黒一は、田中ハルトに教えられた場所に来ている。
それは、裏切った探索者監察署所属の探索者達と、それに捕まった操理遊香の居場所。彼らは街の外れにおり、そこは田中ハルトにより緑が生み出された場所でもある。
田中ハルトが想像を絶する力を持っているのは知っていたが、まさか生命を生み出す力まで保有しているとは思わなかった。
まるで神のような力。
「まったく、恐ろしくて仕方ありませんね……」
ネオユートピアの一件で、田中ハルトの存在は各国の重要人物には知らされていた。
探索者監察署にもその知らせは来ており、上層部ではどのように対応するのか検討されていた。その結果、極力の接触は避けるようにという通達を受けた。
当然だ。世界を終わらせるような龍を倒した探索者だ。下手に刺激して、不興を買いたくはない。
もっと言えば、ミンスール教会の世樹マヒトがバックにいるのも大きかった。
治癒魔法使いを数多く抱えるミンスール教会は、各界に大きな影響力を持っている。それに、世樹マヒトという存在も無視出来ない。
確認されていないが、かつて数百人の人間を一夜にして殺したという噂まである。
そのような人物が率いる組織を敵に回すなど、愚の骨頂でしかなかった。
だからこそ、接触は避けるようにしていたのだが、今回の件で大きく変わる可能性が出て来た。
田中ハルトが表舞台に立ち、世樹マヒトが死んだ。
世樹麻耶も消えた以上、ミンスール教会を取り仕切るのは大道しかいない。他にも、跡目になりそうな者はいるが、まだ学生で、あらゆる力が足りていない。
「さて、これからどうなるんでしょうね……」
それでも、今より悪くはならないだろうと黒一は判断する。
今は、世界中が混乱している。
平和が保たれているのは、昔からダンジョンがあった日本くらいだ。その日本でさえ、少しばかり探索者が暴れていた。
おかげで、黒一達探索者監察署の者達は、国内の探索者の粛清に大忙しである。その影響で、国外からの要請に応えられていないのが現状だ。
少しばかり力を持った小物が、そこらで暴れ回る。
そんな奴らが、国外で戦う田中ハルトの姿を見れば、己も殺されるのではないかと動きを顰めるだろう。
それでも犯罪に走るのなら、その時は粛清するまでである。
「遊香さん、起きて下さい」
たどり着いたのは、ちょっとした湖になっている場所のほとり。
そこには、遊香と他探索者が倒れていた。
黒一の問い掛けに「んんー……?」と反応する遊香。
少しだけ目を開けて、そこに黒一の顔を見掛けると、「ああー……」とあからさまに残念そうな声を上げた。
「帰りますよ、他の方も早く起きて下さい」
スキル【呪言】の影響で、黒一の言葉には力があり、弱い者にはスキルを使わなくても、一定の影響を与えられるようになっていた。
この言葉に反応して、探索者達も意識を取り戻す。
「……ここは? 俺達は……?」
長いこと洗脳されていたせいか、意識がはっきりしていないように見える。
「何があったのか説明しましょうか?」
「……いや、いい。大体のことは覚えている」
「では、世樹マヒトが何を企んでいたのか知っていますか?」
「ああ……」
彼らは、ぽつぽつと何があったのか話し始めた。
その内容は、黒一に取ってどうでもよくて、実に下らないと言い切って捨てられるような話だった。
世界中の人々に希望を。
その為になら命を懸けるという、行き過ぎた自己満足。
悪人とはいえ、他者の命を奪っている時点で、すでに擁護のしようがない。最悪の行いと言えるだろう。
実に下らない。
世樹マヒトも耄碌したものだ。
と、そこで疑問が浮かんだ。
本当に、あの世樹マヒトがこのようなことをするのか? と。
黒一の知るマヒトは、計画的に善行を積む人物だ。他者を思う心とは偽りで、その実何も感じていない。他者を無感情に眺めており、内側には獣よりも凶悪な狂気を秘めた人物だった。
何かがおかしい。
「その人物は、本当に世樹マヒトでしたか?」
いや、分かっている。
目の前にした時の恐怖は、その昔、マヒトと対峙した時と同じ物だった。
間違いなく世樹マヒトなのだが、どこか引っ掛かった。
「ああ、間違いない。……黒一、俺達は探索者監察署を辞める」
「何故です?」
「あの男の意思を絶やしたくない。荒唐無稽な願いだというのは理解している。だが、俺達がやらないと、ここの人々の希望が失われてしまう」
マヒトは確かにこの街の治安を回復させた。
しかしそれは、悪人を強制的に排除し、使える者を洗脳したからに過ぎない。洗脳が解けた今、またこの街から希望が失われる恐れがあった。
だから願ったのだが、黒一の返答は、
「それは困りましたね。探索者の無許可での海外活動は粛清対象です。それを受け入れる覚悟があるんですね?」
黒一の問い掛けに頷く探索者。
考える。この場で始末してしまうのは簡単だ。最も手っ取り早くて、未来に禍根を残さない為にも、それは成さなければならない。
そう考えて、これまでの黒一ならば、問答無用で粛清していただろう。
だが、ふとした気まぐれを起こしてしまった。
どうしてそう思ったのか定かではない。
洗脳は解けたはずなのに、らしくない選択をしてしまう。
「……いいでしょう。あなた方は、今回の任務で死亡したと上には報告しておきます」
「いいのか?」
「ええ。ただし、もしあなた方の報告が入れば、私自ら粛清に参りますので、お忘れなきよう……」
黒一が告げると、探索者達は武器に添えていた手を離して警戒を解いた。
もし、黒一が行動に移していれば、即刻数名の命が消えただろう。その中には遊香も混ざっており、争うべきではないのだ。
……やはりおかしい。
黒一は己の思考に疑問を抱く。
遊香が犠牲になるのは困るが、彼らを見逃してまで救う命ではない。
これは、先ほどのような気まぐれではない。明確に、遊香の命を優先した選択をしてしまった。
何故そう考えるのか、もっと突き詰めなければならない。だが、探索者達は立ち上がり黒一を見て訝しんでいた。
考えるのは後で、そう決めて彼らの対応をする。
「話は終わりです。もう会わないことを願いますよ」
「ああ、精々気を付けるよ」
それだけを言い残して、彼らは姿を消した。
「遊香さん行きますよ」
そう促すのだが、遊香は不思議そうに黒一を見ているだけで動こうとしない。
「どうかしましたか?」
「黒一さん、なんか優しくなってない?」
「何を言っているんです? 私はいつも優しいですよ」
「いや、なんて言うか、丸くなった?」
「私が?」
そんなはずはないと否定しようとした。
だが、先ほどの判断は余りにも甘く、これまでの行動と乖離していた。
これまで通りに行動しようと己を戒めるが、どうにも心が傾かない。
もしや、まだ洗脳されているのだろうか? そう疑問に思ってしまう。
そんな黒一に、遊香が確信的な言葉を言ってしまう。
「やっぱ歳取ると丸くなる物なんだね」
「……」
……歳か。
何故か、妙に納得してしまう黒一がいた。
歳を取ると丸くなると人は言うが、まさか自分もその領域に達しているとは思いもしなかった。
内心、ショックを受けつつ、もう一度遊香に「行きますよ」と告げる。
まだ若いつもりだったが、肉体は衰え始めているのだろう。
それに、思考も引っ張っぱられた。
と黒一は思っているが、実際の所は違う。
黒一がNo.4の襲撃を受けた時に、トンファーで攻撃を受けたが、それは完全ではなくわずかに傷を負っていたのだ。
その際に、ある思考を誘導されていた。
内容は、洗脳した探索者パーティと操理遊香は殺すな、という物だった。
No.4が死に洗脳は解けても、誘導した思考はそのままで一度だけ発動したのである。
決して、黒一が丸くなったとか、大人しくなったわけではない。ただ、No.4の思いが彼らを生かしたに過ぎなかった。
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