幕間46 No.4④
12月25日3下巻発売です!
マヒトは死に、No.4は肉体を手に入れた。
だが、その姿はマヒトの若い頃のものであり、獣の姿ではなかった。
違いはそれだけではない、魔人化による破壊の衝動は無くなっていたのだ。それはまるで、マヒトが一緒に連れて行ってくれたように。
その上、見る物全てが鮮明に映り、何気ない出来事一つ取っても心が奪われそうになる。
この世の全てが、素晴らしい物に見えた。
そして、途轍もない喪失感を味わう。
「ごめんなさい、ごめんなさい、マヒト、ごめんなさい……」
肉体を奪ってしまってごめんなさいと、ただ謝罪の言葉を紡ぐ。
半世紀以上連れ添った相棒が、己の暴挙によって消えてしまった。マヒトが、こうなるのを理解して受け入れていたとしても、己を許すことが出来なかった。
だから、田中ハルトにもう一度懇願する。
「権兵衛さん、私を殺して下さい」
でなければ、多くの命を奪うと脅して。
こう言えば、いくら何でも手を下すだろうと思っていた。
だけど、返って来たのは拒絶だった。
ここで襲い掛かれば、殺してくれるだろうか。
目の前で誰かを傷付ければ殺してくれるだろうか。
でも、それは出来ない。
この肉体を使っている以上、マヒトの名誉を傷付けるような真似は出来なかった。
No.4は大人しく引き下がると、去って行く田中ハルトを見送った。
「……ははっ、震えてるじゃないか」
No.4の魂に刻まれた恐怖。
それは、マヒトの肉体を得ても変わることはなかった。
No.4は田中ハルトに宣言した通り、世界を見て回った。
別に、人類を審判するつもりも滅ぼすつもりも無い。
人は総じて醜くく愚かで、他者を蔑ろにする生き物だと理解している。そして、愛情深く、献身的で他者を思いやれることも知っている。
その姿を、マヒトの中から散々見て来た。
世界は迷宮の出現により、酷く混乱していた。
力の無い者は蔑ろにされ、ただ強者だけが奪い続ける。これまでにも同じような光景を見ていたが、迷宮の影響で、途端に逆転する光景を目にするようになる。
その結果、これまでよりも多くの血が流れてしまった。
銃器よりも恐ろしい魔法が飛び、超人的な人間が武器を手に争い始める。
探索者同士の争いが始まり、その規模は拡大し、無関係な多くの人々を巻き添えにしていく。
目の前を幼い兄妹が逃げて行く。
幼い兄妹だけではない、大勢の人々が逃れようとしていた。
そこに、探索者が放った魔法が着弾すると、多くの人が被弾し、その命を落とした。
その中には幼い兄妹も混ざっており、兄が妹を守るように抱き締めていた。
兄が命を投げ打ったおかげで、妹にはまだ息があった。しかし、無傷というわけではなく、時間が経てば出血多量で死に至るだろう。
これまでにも、何度も見て来た光景。
その度にマヒトは救い、信徒を増やして行った。
だがそれは、あくまでも打算的な行動。
No.4も目的が無ければ、救う価値は無いと判断していた。
だが今は、
「……助けないと⁉︎」
妹を庇う兄の姿に心を震わせ、純粋な気持ちで救おうとしていた。
治癒魔法でまだ息のある者達を救い、蘇生魔法で死んだ者達を救い出す。
急激な魔力不足により視界が明滅するが、まだやるべきことがある。
立ち上がると、暴れていた探索者達に目を向ける。
探索者達は、No.4の超常的な魔法を前に動けなくなっており、ただNo.4を見ていることしか出来なかった。
片腕が獣へと変化すると、一瞬の内に探索者達を傷付ける。
昔ならば、これでこの肉体が朽ちても次の肉体へと渡る手段になったのだが、残念ながらその能力はすでに失われている。
だが、その代わりに、傷付けた者達の思考を修正する能力に変化していた。
探索者達は動き出し、傷を負った人達を助け、邪魔な瓦礫の撤去しに掛かる。
彼らの思考は他者を傷付けない、迷惑を掛けない、命を救済することへと変更させられていた。この変更は、No.4が死ぬまで続く。
これは、とても強力な呪いだが、そのおかげでこの地域の治安は改善される。
◯
No.4は世界を旅する。
回るのは主に発展途上国、争いの多い地域を巡り人々を助けて行った。
中には、率先して襲って来る者もいたが、須く撃退して思考を変化させて治安の回復を図る。
もしも、マヒトがNo.4により狂わされていなければ、世界を回り、純粋な気持ちで救済していただろう。
そう想像しながら、No.4は旅を続けた。
短い旅路だった。
いつまでも続くと思っていた旅だが、マヒトと同様に終わりはやって来る。
ある日突然、身体中にヒビが入った。
治癒魔法で治療したが、また時間が経つと体が悲鳴を上げて砕けようとする。
この原因は、無意識に察することが出来た。
「僕も限界か……」
胸に手を当て、終わりを悟る。
今のNo.4に起こっているのは、魂の崩壊。
幾度となく憑依を繰り返す度に、No.4の魂は劣化して行った。その上、田中ハルトから魂ごと切られた影響で、その寿命は大きく削られてしまっていたのだ。
終わりは近々やって来る。
それを悲しいとは思わない。
マヒトの元に行けるのだ。恐ろしいはずがない。
ただ、No.4に思考を操られた者達は正気を取りし、また多くの人が傷付いてしまうのかと心配してしまう。
だからこそ、残りの時間で何が出来るのかを考えた。
世界中に迷宮が出来てから、狂ったように力を求める人間が現れた。暴れ、力を誇示し、他者を虐げる。殺し殺されて、それが永遠に繰り返されると分かっていても止めることが出来ない。
そんなどうしようもない奴らが大勢いる。
彼らは、なぜ刹那に生きる?
世界の終焉が知らされてから、人々の目から光が消えた。
明日を生きるイメージが出来ても、来るであろう未来には、欠片も希望が見出せていない。
中には、自ら命を断つ者もおり、足掻いてでも生きようとしていない。
彼らは、どうして希望を失った?
No.4はじっくりと考えて、一つの結論に行き着く。
「ああそうか、彼らには救われるという希望が無いのか」
滅びの未来が知らされてから、皆希望を見出せなくなっていた。
なら、希望を見せてやればいい。
じゃあどうやって?
No.4では力が足りない上、時間も残り少ない。
最初に思い浮かんだのは田中ハルト。
彼がドラゴンと戦う映像は広く拡散されており、誰もが彼を求めていた。
しかし、その顔は知られておらず、現場にいなかった人達は、何者かが作ったCGではないかと疑っていた。
結局のところ、誰も信じていないのだ。
信じていたとしても、己を救ってくれるとは思っていない。
もう、信じるのに疲れてしまっていた。
それだけ、迷宮が現れてから疲弊していた。
だからこそ、希望の象徴を田中ハルトに頼もうと考えた。
でも、それは出来なかった。
彼には理由が無い。
日向が生きる世界を守ったとしても、この世界に住む人々を救おうとは考えていない。
それだけの力がありながら、未だに己を過小評価している。
彼が力を示せば、世界は平伏して秩序を取り戻す。
だというのに、彼は手が届く範囲しか守れないと思っている。
彼の手は、この世界中に届くというのにだ。
そんな彼の意思を変える術をNo.4は知らない。
だから諦めるしかなかった。
じゃあ次は?
そう考えた時、ある気配が現れた。
その気配はとても神聖で、苛烈で勇ましい女性の物。
「……ミューレ」
遥か遠い場所だが、確かに彼女の存在を察知した。
彼女ならば、人々を導く象徴になれる。
頷くとは思えないが、頼むだけの価値はある。
……いや、単にミューレの顔が見たいと、この体が訴えている。
だから、これを言い訳にして、No.4はミューレに会いに行く。
案の定、中身を見抜かれて鮮烈な仕打ちを受けるが、それでも彼女に会えたことが嬉しかった。
マヒトの意思がほんの少しでも残っているのが感じられて、とても嬉しかった。
おかげで、覚悟を決められた。
田中ハルトを人々の前に引き摺り出す。
きっとマヒトがいれば、絶対に反対しただろう。
それでも人々に平和を、希望を抱かせる為にNo.4は命を懸ける決断をした。
◯
人々に平和と安寧を。
この信念を元に行動を開始し、容赦なく人々の思考を改変して行った。
中にはどうしようもないクズもおり、No.4がいなくなった後を憂いて躊躇せずに葬る。
探索者監察署が動き出し、No.4の粛清に動き出すが、それさえも手駒に加えて全てをやり遂げる。
「……解放してくれない?」
手足を縛られて、椅子に固定された操理遊香。
無理矢理引き千切るだけの膂力は持っているが、行動した瞬間に首が飛ぶ恐れから、動けないでいた。
事実、No.4はそうしても構わないと判断している。
遊香の経歴は、ある程度把握している。
黒一に捕まるまで、そのスキルを使い好き勝手やっていた。それこそ、人が死ぬような事件にも関わっている。
遊香が粛清されずに生きていられるのは、有用なスキルに黒一が眼を付けたからだ。
だから、こうして生きていられる。
そして、今回もこのスキルの有用性から生かされている。
「貴女には、是非とも協力してもらいたい」
「嫌だって言ったら?」
「拒否権は無い。悪いけど、従ってもらうよ」
No.4は片腕を獣に変えて、爪先で遊香の腕を薄く切り付ける。
途端に遊香の目の色は変わり、No.4の言うことを聞く傀儡になった。
遊香の役割は、迷宮から大量のモンスターを連れて来ること。
強さは問わない。
ただ、数だけが必要だった。
全ては、彼が活躍する舞台を作り上げる為。
人々に希望を見せる為。
◯
黒一の思考を念入りに操り、田中ハルトを連れて来るのには成功した。ただ、黒一の思考は元に戻されており、もう使うことは出来なくなっていた。
それでも構わない。
田中ハルトが来た時点で、もう目的は達成しているのだから。
街の人々に指示を出し、彼らが泊まるホテルに抗議に向かわせる。
この街は、No.4によって治安が急速に改善して、飢える心配が無くなった。その成果から、No.4の言うことを無条件に信じる人が多くなっていた。
更に、数名の思考を誘導して、この思考をほんの少しだけ拡散する。
この拡散には、残念ながらそれほどの強制力は無い。強い意志を持てば、魔力の無い者でも対抗出来る程度の物だ。
だが、これのおかげで、田中ハルトはNo.4を敵と見做した。
いや、そもそもNo.4をマヒトと認識していなかった。
黒一や群衆を狙い襲い掛かると、No.4は容赦なく斬り飛ばされる。
獅子の獣の姿だったから、誰か分からなかったということはない。田中ハルトはしっかりと認識して、反撃して来た。
これは、マヒトの姿をしていても同じだっただろう。
どんなに口では言っていても、本能でNo.4をモンスターとして認識していた。
わずかに残った能力の一つ、【復元】を使い復活すると、命からがら逃げ出した。
「ははっ……震えが止まらないや……」
恐怖で動けなくなり、ひっそりと身を隠すことしか出来ない。
残り少ない命になっても、どれだけ覚悟を決めたとしても、消滅させられる恐怖だけは克服出来なかった。
そんな己を自嘲しながら、No.4は最後までやり遂げる。
急いで整えた舞台は、当初どうしようもなく荒れていた。
近くにダンジョンは無く、酷く飢えた人が多かった。その上、街の富を一部の者達が独占しており、私兵を使って弱者を痛ぶっていた。
No.4がここを最後の舞台に選んだのは、これまでで最悪の土地だったからだ。
ここで希望を見せれば、多くの人々の意識を変えられると思った。
更に、治安が改善したという情報をメディアに送っており、取材に来るように促した。
その狙いは正しく、多くのメディアが現地入りした。
「もう少し、あと少しなんだ……」
砕け落ちる腕を修復しながら、最後の大仕事に取り掛かる。
遊香と探索者が捕まえた大量のモンスターを、街の外に配置させる。全て弱いモンスター達だが、それで構わない。ただ悍ましい姿を見せてやれば良い。
真っ先に異常事態に気付いたのは、やはり田中ハルトだった。
瞬時に飛んで来て、モンスターを解放する遊香達を狙っていた。
そうはさせないと、No.4は奇襲を仕掛ける。が、即座に反応され、凶悪な大剣の反撃をくらってしまう。
まったく嫌になる。
こんな人を相手に、どうやったらいいんだよ。
そう内心悪態を吐きながら、田中ハルトが取り出したイルミンスールの杖を奪い取った。
大剣を封じれば、杖を取り出すだろうと狙っていたが、まさかこんなに早くチャンスが到来するとは思わなかった。
『あなた、何やってるの⁉︎』
イルミンスールから抗議する意思が届く。
『ごめん、今は何も言わずに力を貸して欲しい』
『なに言ってんの⁉︎ 今すぐやめなさい! あなたもう限界じゃない⁉︎』
心配する感情が流れて来るのが、少しだけおかしくて笑いそうになる。
あれだけ押さえつけられていたのに、今ではそれさえも懐かしい。
『頼む、人々に希望を見せたいんだ』
『だから、何を言って……』
『お願いだイルミンスール、人に救いがあることを知ってほしいんだ』
この命を最後まで燃やし尽くしてでもやる。
その覚悟を持って、イルミンスールに訴え掛ける。
『あーもう⁉︎』
思いが届いたのか、イルミンスールは嫌々ながらも応えてくれた。
使うのは、他者の能力を急激に引き上げる魔法。
強者にはそれほどの効果は無いが、下で待機しているモンスター達には進化するほどの効果がある。
さあ、どうする?
そう挑発的に田中ハルトを見て、No.4は転移した。
◯
目の前で繰り広げられる光景は、正に圧巻の一言に尽きる。
モンスターに囲まれ、絶望していた人々は言葉もなく祈るようにその光景に見入り、メディアは必死にその映像を撮り続ける。
龍を彷彿とさせる鎧の戦士が、大剣を手に目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。
通った後にはモンスターの屍が出来上がり、大地を汚す。
サイレントコンドルの進化型である三首鷹が、上空から街を狙って滑空する。
それを確認した田中ハルトは、風の刃でその三つの首を切り落とす。
三首鷹はまだまだおり、全てを殺すのに時間がかかると踏んでいた。しかし、そうはならなかった。
一瞬で上空に移動した田中ハルトは、大量の砂を取り出す。そして、それを操ると全ての三首鷹を捕え、圧殺した。
上空の脅威が無くなると街の反対側に回り、同じようにモンスターを排除する。
その圧倒的な光景に、誰もが口に出来ずに見入ることしか出来なかった。
いや、動く者はいた。
「マヒトさん、あんた何やってんだよ!」
振り返ると、そこには天津大道がいた。
その手には、ヒナタや平次が使っていた長剣が握られており、大道の能力を飛躍的に向上させていた。
大道を見た後に、再び田中ハルトに視線を戻す。
「君には彼がどう見えますか?」
「出鱈目に強い奴だよ。んで、どうしてこんな事してんだって聞いてんだ⁉︎」
大道はマヒトの弟子だ。
どういう人物なのか、No.4も理解している。
平次に似て真っ直ぐな性格。あらゆる物事に対処出来る柔軟性も持ち合わせている。そんな大道だから、田中ハルトの異常性を理解していながらも、対等に付き合おうとしていた。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
だから、No.4は最後まで演じ切る。
「大道君、君は勘違いをしている」
「なんだと?」
「私はマヒトではない」
「は?」
「世樹マヒトは、私が殺した。そして、この肉体をいただいた」
姿を獅子の獣に変えて、大道に襲い掛かる。
街中を獅子の獣と、長剣を手にした戦士が縦横無尽に暴れ回る。
獣の鋭い爪が大道を襲い、長剣で受け止めると力任せに吹き飛ばされる。
幾つもの建物を通過して勢いを殺した大道は、迫る獅子の獣に向かって炎の魔法を放った。
炎を爪で切り払うと、爆発を巻き起こし母屋が焼けてしまう。
まるで住民に配慮しない戦い方だが、運が良いことに、住人は街の外で繰り広げられる英雄の活躍を見るため出払っていた。
戦いは更に加速して行く。
斬り付け、切り裂かれて、治癒魔法で回復し、多くの建物を破壊しながら拡大して行く。
街の外で起こっている戦いもそうだが、この戦いも人外の物と言って差し支えなかった。
「どういう事だ! マヒトさんが死んだって⁉︎ 嘘を吐くな!」
大道の怒りは、そのまま長剣に乗りNo.4の腕を斬り飛ばす。しかし、そんなもの関係ないと獣の蹴りが大道の腹部に突き刺さった。
「かはっ⁉︎」
「君はその程度で怯むのか?」
腹を抉られて動きが鈍る大道を、No.4は挑発する。
大道が動き出す前に腕を修復しようとするが、残念ながらもう治ることはなかった。
そうか、もう限界か……。
最後は、彼の手で……。
そう考えて油断した。
「おおおーーー‼︎‼︎‼︎」
No.4は、大道は治癒魔法を使うと思っていた。
しかし大道は、腹から血を流しながら更に力強く踏み込み、長剣をNo.4に腹に突き刺した。
その勢いは凄まじく、大勢の人がいる場所まで出てしまう。
No.4の姿を見た人々から悲鳴が上がり、メディアはこちらにカメラを向ける。
倒れた状態で大道を蹴り飛ばし立ち上がると、人々は逃げ出そうとする。中には子供もおり、このままでは混乱した人々に踏み潰される恐れもあった。
「ははっ……」
どうして心配するのだろうかと考えてしまい、己を自嘲する。
「やらせねー‼︎」
声を上げた大道を見て、大勢の人々は逃げるのを止めてた。それに応えるように、No.4も片腕で相手をする。
観客と化した人々に衝突する衝撃が届くが、誰も動こうとはしない。
どうしてだろうかと横目で見ると、人々の目に光が宿っているのを見た。
ああ……良かった。
これでやるべきことは終わった。
だから最後は、田中ハルトに……。
そう考えて動こうとするのだが、邪魔が入ってしまう。
「『動くな』」
「っ⁉︎」
一瞬とはいえ、動きが止められてしまう。
目の前には、怒りを漲らせた大道の顔と、命を奪うだろう刃が見えた。
聖龍が宿った長剣はNo.4を撫で斬りにして、その命を奪う。
体がずれ落ちて最後に見た物は、薄く笑う黒一の顔だった。
やられたな……。
そう思いながら、No.4はこの世から完全に消滅した。
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