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無職は今日も今日とて迷宮に潜る【3巻下巻12/25出ます!】【1巻重版決定!】  作者: ハマ
8.ネオユートピア

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幕間46 世樹マヒト(No.4 )③

12月25日3下巻発売!!

 勘兵衛との戦いに敗北した。

 それ自体はいいのだが、なぜ生きているのか疑問に思っていた。


 迷宮で仲間達が殺された光景は、今も夢に見る。それほどショックな出来事であり、勘兵衛の禍々しい姿も目に焼き付いていた。


 あの時の勘兵衛であれば、マヒトを殺していたはずだ。


「……元に戻っている?」


 そんなことがあるのか?

 だとしたらどうやって?


 これまで何度も、迷宮で人を殺し魔人になった者を見て来た。


 その誰もが破壊衝動、力を渇望する欲求に抗えず襲い掛かって来た。

 あの頃の勘兵衛も、正にこの状態だった。


 もしもそれが、時間の経過と共に治まるのなら……。


 そこまで考えると、No.4から否定の声が上がる。

 No.4もまた、同族を殺して堕ちた存在だ。理性が保てているのは、No.4の能力が憑依というものだからだ。

 だがその理性も、破壊の衝動に侵食されていき保てなくなるという。

 これは、どれだけ時間が経っても変わることは無い。


 ならばなぜ?

 更に思考しようとすると、世界樹の枝を通じてミューレから初めての連絡が入った。


 その内容は、娘のマヤを地上に送るという物だった。

 都ユグドラシルで何かあったのかと心配になるが、それは杞憂だった。

 マヤが地上に送られるのは、あの世界の環境がマヤに適さなかったから。魔力が体内に滞留して、その身を壊してしまうというのだ。


「……マヤが来る? 私は……」


 マヤと会うのが嫌なわけではない。マヒトからしたら、二十数年ぶりの再会だ。嬉しいに決まっている。

 だけど、本当に良いのかと考えてしまう。

 この手で、この血みどろの手で、あの子に触れていいのかと。


 それに懸念すべきことがある。


「……No.4、君はどう思う?」


『僕に聞かないでくれ』


 勘兵衛との戦いで、No.4との境界が曖昧になって来ている。イルミンスールの杖があっても、マヒトが受け入れてしまった以上、その効果を発揮出来なかったのだ。


 他者に対して無感情になり、誰かが傷付いても興味を持てない。曖昧になる己を自覚しているが故に、衝動に任せてマヤをこの手に掛けてしまわないか心配だった。


「……」


 重い腰を上げ、迷宮の24階、湖の中央にある祠に向かう。

 ここは、前の世界で世界樹の枝が植えられていた場所で、ユグドラシルと強い繋がりがある場所でもある。


 しばらく待っていると、祠の中から光が溢れ出し、小さな赤子が姿を現した。


 別れてから二十年以上経っているというのに、マヤの姿はあの時と変わらない。

 それだけ、時間の流れに違いがあるということだ。


 穏やかに寝息を立てるマヤを、そっと抱き上げる。

 その手にある温もりは本物で、懐かしい都ユグドラシルの匂いがして来るようだった。


 マヤが胸元には、一通の手紙が添えられていた。


 不恰好な字で、『マヤをよろしくお願いします』と。


「ミューレ……」


 確かな温もりが、その手の中にあった。





 マヤは、世樹麻耶と日本語で名付けられた。

 麻耶は大変可愛がられた。

 教祖の娘であり、その神掛かった容貌と合わさって、信徒からとても大切に育てられた。


 故に歪んでしまった。

 いや、元から歪みがあったのだ。


 マヒトがそれに気付いたのは、麻耶が二十歳を前にした時だった。

 麻耶が上手く隠していたのもあるが、マヒトが麻耶に触れるのを恐れ、距離を置いていたのも理由だろう。


 他者を見下し、破壊することに躊躇は無く、他人の感情に一切の興味が無い。

 麻耶の目は、まるでこの世に生きていないかのようだった。


 話し合おうとした。

 だが、逃げられてしまい中々捕まえることが出来なかった。

 それに、この頃のマヒトは迷宮の攻略を進めており、時間を作れなかったのもある。


 そんなある日、事件が起きた。


 麻耶が殴られて帰って来たのだ。

 治癒魔法で治したのか怪我の痕は無いが、服が血で汚れていた。

 ミンスール教会は、それはもう大騒ぎになった。

 犯人を見つけ出して、八つ裂きにしてやると男だけでなく、女性の信者も騒ぎ出したのだ。


 だが、麻耶はまるで人が変わったかのように、


「私は大丈夫です。皆、心配を掛けて申し訳ありません」


 と、微笑みを浮かべて皆を制した。


 皆が何があったのかと問われても何も教えてくれず、マヒトが直接問いただして、やっと教えてくれた。


 ある少年に襲われ、そして、母に会ったと。


 ここで、ようやく歪みの正体に気付いた。

 麻耶はこの世界で生きていない。麻耶の心は、常にユグドラシルにあったのだと。


 それからの麻耶は、更に演じるようになる。

 良い人を、人に愛される人を、他者を魅了する人を演じ続ける。





 麻耶を襲った少年が誰なのか、直ぐに判明した。

 黒一福路。

 若干十四歳にして、たった一人で迷宮20階まで到達しているという。


 件の少年に、マヒトは会いに行った。


 そして、凄まじく警戒された。


 まるで野良猫のように、怯えながらも必死に抵抗しようと構えている。

 それだけ怯えていれば、逃げ出しそうなものだが、まるでその様子は無い。


 マヒトが一歩近付く。


 同時に黒一は壁際まで下がり、荒い呼吸を繰り返して必死に思考を巡らせているようだった。


「逃げないのかい?」


「……貴方から逃げられるイメージが湧きません。というか、どうしてモンスターが地上にいるんですか?」


 その言葉は衝撃だった。

 黒一は、マヒトの中にいるNo.4を見抜いている。

 いや、はっきりと理解しているわけではないだろう。ただ、本能で感じ取っている。


「何を言っているんだい? 私は見ての通り人間だよ」


「見た目だけでしょ?」


「……」


 消すか? そうNo.4が提案して来るが、それは駄目だと首を振って拒否する。


「君はもう少し賢くなった方がいい。無用な言葉で、その命を縮めることがあるからね」


「……肝に銘じておきます」


 黒一が頷くのを確認すると、マヒトはすっと離れて姿を消した。


 彼はこれから、ミンスール教会の信者から攻撃されるだろう。だが、黒一ならば大丈夫だという確信があった。

 まだまだ幼いが、その持って生まれた才能は道世をも凌駕している。そんな黒一を傷付けられる者は、今のミンスール教会の中でもそういない。


 ならば、ここは何もせずに離れるべきだろう。


 その後、ミンスール教の信徒が黒一を狙うが、返り討ちにあう。それでも諦めないので、戦闘が激化して行き、最後は本田源一郎が間に入って和解させた。






 きっと間違えていた。


 ミューレからヒナタの命が危ないと知らせを聞き、迷宮を増やし権兵衛の出現を早めようと考えてしまった。


 当初はマヒトが受け持つ予定だったネオユートピアの建設。だが、世界の変化の調査、権兵衛の捜索と忙しく、とても受け持てる内容ではなかった。


 だから、麻耶に任せてしまった。


 ミューレから指示が送られ、魔力を使った土地を作り上げた。その上に都ユグドラシルに似た都市を作り、迷宮化する魔法陣を描いた。


 これはあくまでも保険。

 たとえ発動したとしても、有象無象の命が散るだけ。世界への影響は、その中で暮らす人達の命で十分に抑えられる。

 こうして作られたネオユートピアには、百万人以上の人が集まってしまった。


 百万の命、それを前にしてもマヒトは動揺することが無くなっていた。


 この頃になると、No.4と交わり過ぎており、壊れ掛けていた。表面上の感情は取り繕えても、心が動かされることは無くなってしまった。


 その様子を見ていたイルミンスールとNo.4は、悲しいと思ってしまう。


 No.4は、もうマヒトの肉体を手に入れようという気持ちは無くなっていた。魔人化した己の影響で、壊れて行くマヒトを見るのが、ただただ辛かった。

 消えてしまいたかった。


 でも、それはもう許されない。


 あとは、権兵衛が早く現れるのを願うだけ。

 それしか、やれることはなかった。


 その願いが届いたのか、権兵衛は現れた。

 見た目が少々、というか余りにも違い過ぎているが、その力は間違いなく権兵衛の物だった。


 田中ハルト。


 これが、権兵衛の本当の名前。


 彼が現れてくれたおかげで、ヒナタは救われる。そして、ネオユートピアの人々も救われる。


 そのはずだった。


「愚かな子だ……」


 もう不要となったネオユートピアの仕掛けを、麻耶は発動してしまった。

 ここはもう迷宮になる。

 途中で止めたとしても、迷宮の侵食は確実に世界を蝕む。

 ならば、少しでも人が犠牲になってくれた方が良かった。故に、多くを見殺しにした。


 だけど、それを許さない奴がいた。


「権兵衛さん……」


 心が騒つく。

 彼の姿を見ていると、あの頃の日々を思い出して希望を見てしまう。


 彼がいれば、何とかしてくれる。

 彼がいれば、全てが上手く行く。

 彼がいれば、全てが救われる。


 そんな、途轍もないほどの希望を抱かせてくれる彼の姿が、そこにはあった。


 都ユグドラシルがいる世界と繋がり、聖龍に似た龍を前にしても一歩も引かず、世界を守る為に戦い続ける。


 まるで、アニメのヒーローのような存在。

 不可能を可能にし、人々に希望をもたらす正に英雄のようだった。


 彼に魔力を渡す時も、No.4と混ざり合ったマヒトを二号と受け入れてくれた。


 それが、どうしようもなく嬉しかった。


 だからこそ、彼に殺されるなら本望だと思ってしまった。


 適当な理屈をこねて、ダンジョンの恐ろしさなどと吹いていたが、そんなもの後付けの言い訳でしかない。

 ただ、ヒナタを救いたい。

 それだけが、マヒトとミューレの目的だった。

 

 だが、救いたかったヒナタは死んでしまった。

 その原因の一端にはマヒトもいる。


 ならば、権兵衛に殺される理由は、十分にある。


「田中ハルトさん、私を殺して下さい」


 そう願った。

 だが、「ふざけんな」の一言で片付けられてしまった。


 彼らしい。

 実に彼らしい。


 彼が病室から出て行くと、マヒトは己の手を見る。

 皺くちゃな手には、これまでの歳月が刻まれていた。多くの命を奪い、それ以上の命を救って来た手でもある。


 その手に雫が落ちる。

 これはなんだと訝しんでいると、次々とこぼれ落ちて来て、それを自分が流した涙だと知る。


 長い間忘れていた感情。

 それが爆発して、ただただマヒトは涙を流し続けた。





 死期というのは、予め分かるものらしい。

 高度な治癒魔法で怪我や病いは治せても、肉体を蝕む魔人化という呪いは止められない。


 No.4の侵食は確実に広がっており、間もなく完了する。


 すまない。

 そうNo.4から声が届くが、仕方ないさと笑って受け入れる。


 イルミンスールの杖を手放し、ミューレにヒナタの転生を告げると、ただ静かに椅子に腰掛けた。


 体はまだ動く。

 むしろ、今までにないくらい軽く感じるくらいだ。


 いくらでも動ける。

 それなのに、意識だけが遠のいて行く。


 ただ静かな時間が過ぎて行き、ポツリと呟く。


「すまない」


 それは、若々しくハリのある声だった。


 こうして、世樹マヒトはこの世を去った。

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― 新着の感想 ―
ハルトは眩しすぎたんだな…普段思考回路はただの怠惰なデブだけど
> まるで、アニメのヒーローのような存在。 > 不可能を可能にし、人々に希望をもたらす正に英雄のようだった。 それでも脳裏をよぎってしまうのだ「ただのデブ(栄養過多)」の事を……
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