幕間46 世樹マヒト(No.4) ②
12月25日3下巻発売!
平次が行方不明になったと聞き、何が起こったのかを調べた。
数年間会わなかった平次は、探索者をまとめ上げて労働組合のような団体を作っていた。
作った目的は、探索者の地位向上と成果による報酬を義務付けるように政府に要求する為。
現状、どれだけの成果を上げても、探索者が得られる報酬に違いはなく、同じ金額しか支払われない。探索者は、労働者ですらないヤクザ者として扱われており、社会的信用もかなり低かった。
そんな待遇を少しでも変えたいと思い、平次は行動を起こしたのだ。
この要求が通らないのであれば、自分達で組織を作り活動するぞと通達して。
この願いを通してくれたら、この後の悲劇は食い止められただろう。だが、そうはならなかった。
政府は、そのような一方的な要求は受け入れられないと拒絶する。
いや拒絶したのは、日本を陰から支配する戦勝国だった。
権利を主張し始めた探索者達を始末する為、政府は暗部である御庭番を動かした。
それを聞いて、マヒトは動こうとした。
しかし、No.4は「それどころじゃないだろう」と無用なことに首を突っ込むことを否定した。
やるべきことは、全てが中途半端な状態だ。
それなのに、関係の無いことにまで関わるべきでないことは重々承知していた。
旗印である平次が居なくなれば、間違いなくこの活動は失敗するだろう。だから、せめて他の誰かが声を上げてくれたのなら、陰ながら手を貸そうと決めた。
だが、そうはならなかった。
誰も動こうとはしなかった。
ならば、もうマヒトにしてやれることは無い。
誰も立ち上がらない組織に未来は無い。
諦めて去ろうとするマヒト。
しかしその途中、懐かしい顔を見付けてしまい足を止めてしまった。
その人物は、かつての仲間の男に似ていた。命を懸けて、仲間達を救おうと立ち向かった男によく似ていた。
「君は……もしかして本田剛蔵さんのご家族の方?」
「剛蔵は俺の父です。どうして父の名前を?」
その若者の名は本田源一郎といい、かつて仲間だった男の息子だった。
話を聞くと、家族を養う為に探索者をしているのだという。
身内に頼ろうにも、大家族な上に経営する会社も火の車で頼れないのだそうだ。だから、探索者の地位向上を願って、この活動に参加しているのだという。
「そうか、分かった。平次君が戻るまでだけど、私がこの活動を引き継ごう」
「?」
あくまで代理人。
ミンスール教を広める活動は一旦停止して、探索者の権利を得る活動に専念する。
それに、これは無駄にならない気がした。
権兵衛がこれから探索者になるのなら、活動しやすい環境を作っておいた方が良いだろう。
それに、平次は戻って来る気がした。
権兵衛から聞いたナナシと呼ばれる人物。
どんな男なのか聞いており、もしかしたらという予感があったのだ。
「では、人員の掌握から始めましょう」
人好きする和やかな笑みを浮かべて、マヒトは行動を開始した。
◯
調べて行くと、平次の周りに裏切り者がいることが判明した。
そんな裏切り者から襲撃を受けるが、マヒトは難なく制圧する。他にも御庭番なる者達からも狙われても、同じように制圧する。
No.4は、襲撃者を殺さないことに不満を漏らすが、無視してやり過ごす。
何故なら、マヒトにも一つだけ目的があったから。
「天津勘兵衛のことを知りたいんですけど、どなたに尋ねたらいいでしょうか?」
「かはっ⁉︎」
捕まえた女の御庭番に問うと、躊躇なく自害した。
だがそれは許さないと治癒魔法で治療して、命を繋ぎ止める。
「もう一度聞きます。天津勘兵衛のことを知っている方はいらっしゃいませんか?」
この言葉は、陰から見ていた者達に向けた物だった。
逃げ出す者達を追わずに、マヒトは見逃した。
代わりに、捕まえた者を味方に引き入れようと考えた。
そして、この者から情報を聞き出せば事足りると判断した。
ただ、捕まえた女性が平次とくっ付くとは予想だにしなかったが。
◯
死を選ぶ女性を説得して、御庭番の本部の位置を聞き出すとこっそりと忍び込んだ。
そこにある資料に目を通して行くと、天津勘兵衛の情報にたどり着いた。
「……勘兵衛さん、……あなたは……」
そこにあったのは天津勘兵衛の経歴。
勘兵衛は、探索者となり頭角を現したが故に、政府に目を付けられてしまった。
戦争のトラウマを刺激され、家族の安全と引き換えに汚れ仕事を強要された。
勘兵衛は壊れて行く。
スキルの効果で長い苦しみを味わいながら、様々な仕事を行い狂って行く。
もう嫌だと拒絶しても、家族を仲間を人質に取られ、勘兵衛は抵抗するのを諦めてしまった。
そして、完全に壊れた勘兵衛はある一族を根絶やしにする。
報告書には、更に勘兵衛が壊れて行く過程が書かれていた。
感情が薄れて行き、失われる感覚に抗うように一人で嘔吐する。襲って来る衝動を抑える為に、一人頭を打ち付ける。愛する者の温もりを忘れない為、必死にその温もりを追い求める。人を人と認識出来なくなって行き、必死に己を繋ぎ止めようとする。
そして、いつしか大切になった仲間達に心配掛けない為に、必死に笑みを浮かべていた。
マヒトは、壊れて行く勘兵衛に気付けなかった己を恥じた。
No.4は、かつての己を思い出してしまい心が痛んだ。
「貴様、そこで何している?」
入って来た御庭番関係者。
マヒトはここで判断を誤ってしまう。
これまで、誰も殺さないようにとNo.4の衝動に抗っていたが、この時だけは思いのままに行動してしまった。
この日、御庭番の半数が姿を消した。
◯
平次が戻って来たのは、御庭番の活動が停滞して直ぐのことだった。
これまでよりも格段に強くなっており、もしかすると権兵衛に匹敵する力を得たのかも知れない。
そんな平次は、真っ先にマヒトに会いに来た。
「マヒトさん、あんたが権兵衛と会ったと聞いた。話を聞かせて欲しい」
「ああ、やはり君がナナシだったんだね。権兵衛さんがブチ切れていたよ」
「えっ? 何で?」
真剣な表情を、マヒトの一言で崩してしまった平次。
使っていた武器を持ち逃げされたことを散々愚痴られたのだ。このことは、しっかりと伝えておいた方が良いだろう。もちろん、恨み言も添えてだが。
「事あるごとに君の話をしていたよ。武器持ち逃げしやがった、ぶん殴ってやるってね」
「あー……そりゃ怒るか。戻って来た時に、俺の子供に返却させるから勘弁してくれないかな?」
「子供? 君の手で返さないのかい?」
「どうやら俺は、もう権兵衛に会えないらしいんだ」
「なぜ?」
その疑問に、長剣である聖龍から直接言明されたという。
今、聖龍剣は地上に一本あり、ユグドラシルがいる世界にもう一本ある。
この二つが交われば、対消滅する。
そのリスクを回避する為、権兵衛とは会えないようになっているのだそうだ。
それに、
「俺が会えば、多分抑えられなくなる。権兵衛には返し切れない恩があるんだ。もしも会えば、何を言ってしまうのか分からない。だから、これで良いんだ」
平次の寂しそうな顔を見て、マヒトは何も言えなかった。
平次が戻ってから、マヒトは組織から離れた。
ここから先は平次の使命であり、マヒトにはマヒトの使命があるから。
『恨みを晴らさなくて良いのか?』
そうNo.4が言って来るが、それは駄目だと否定する。
これ以上やるべきではない。
そもそも、マヒトは誰も殺したくはなかった。
たとえ復讐だとしても、力に訴えるべきではなかった。
未だに、血に濡れた手を幻想して震えてしまう。
血に汚れたこの手で、誰かを触れるのが怖くなっていた。
これから十年後、平次は探索者協会を創設する。
その過程で多くの血が流れてしまったが、平次は迷うことなくやり切った。
そして、マヒトもミンスール教会の勢力を拡大して行った。
◯
勢力は違いながらも、マヒトと平次の交流は続く。
同じ師であり友人がいるのだから、これは自然の流れだろう。
二人の会話の中で出て来るのは、決まって権兵衛の話だった。
それを横で聞いていた平次の息子の輝樹は、不思議そうな顔で見ていた。
輝樹にとって、最強は父親の平次だ。
その平次が尊敬してやまない人物で、最強と称える男。そんな人物に興味を持つのは当然だった。
「ねえ、その権兵衛って俺でも会える?」
「それは無理だ。……いや、輝樹なら会えるかもな。その時は伝言を頼むよ」
「なんて言ったらいいんだ?」
「そうだな……ナナシは感謝したって伝えておいてくれ。あと、長剣持って行ってごめんなって」
輝樹には言葉の意味は分からなかったが、ただ頷いていた。
輝樹には才能がある。
学生ながらに探索者を志しており、メキメキと実力を付けていた。
いずれは平次の跡を継ぎ、探索者協会を背負って立つだろう。そう誰もが期待していた。
だが、それよりも才能のある少女がそばにいた。
「おーい、輝樹早く行こうぜ!」
「道世そんな引っ張るなよ」
やや男勝りな少女は、輝樹の手を引っ張って行ってしまう。
名は天津道世。平次の再婚相手の娘であり、輝樹と同じように愛情を注いで育てていた。
そんな彼女は輝樹以上の才能を持っており、状況の判断能力から格闘センスもずば抜けていた。何より、平次が教えることをまるでスポンジのように吸収していき、いずれは平次を超えるのではないかと期待していた。
「将来が楽しみですね」
「ああ、あいつらが権兵衛と会って、導いてやって欲しい」
「もしかしたら、彼らの子が権兵衛さんかも知れませんよ」
「それは……嫌だな」
「また何で?」
「権兵衛は、過酷な道を歩んであの境地に至った。そんな地獄を、可愛い孫に歩んで欲しくはない。それに……」
「それに?」
「あいつが孫なんて絶対に嫌だ! 絶対に可愛げが無い⁉︎ 友達なら良くても、孫は無理だろう!」
「……あははっ! 確かにそうですね。私も権兵衛さんとは友人でいたいですよ」
憎まれ口を叩いているが、本心はそうではない。
あれだけの傑物がいてくれたらどんなに心強いだろう。それを理解していても、やっぱりあの男とは友達でいたかった。
ただ、そう思ったのだ。
穏やかな時間が過ぎて行く。
組織が安定して、権兵衛が現れた時のバックアップも形になって行く。
だから早く現れて下さい。
そうマヒトは思いつつ、No.4は絶対に現れるなと願っていた。
◯
平穏が終わるのは、いつも唐突だ。
道世が率いていた探索者パーティが襲われた。
平次が探索者を引退して、現役最強と呼ばれるようになったパーティ。先日、道世が産休から復帰したのを機に、活動を再開させたのだ。
たとえ探索を休んでいたとしても、実力が落ちたということはない。むしろ、それぞれが努力して更に力を付けていたくらいだ。
そんなパーティを襲うなんて、自殺志願者がやるような所業だった。
道世のパーティは、それだけ恐れられていた。
それなのに、戻って来たのは武神という異名で呼ばれている宗近友成だけだった。
襲って来た者の特徴を聞くと、右腕が機械仕掛けの中年の男だ。そして、その顔立ちは平次に似ていたという。
マヒトが連絡を受けたのは、平次が怒りのままに迷宮に入った後だった。
嫌な予感に襲われる。
平次に似ている男をマヒトは知っている。
それは、平次の実の父である天津勘兵衛である。
もしも二人が争えば、間違いなく片方は死ぬ。
お互い何者なのかも確認せずに戦い、親子のどちらかが死ぬ。
急いでマヒトもダンジョンに向かうが、どこに向かえば良いのか分からなかった。
恐らく平次は60階に飛び逆走するだろう。なら勘兵衛は?
そう思考していると、目の前のポータルが発動した。
誰かが帰って来たのだと思った。
だが、そこに現れたのは懐かしい顔。
そして、マヒトの仲間を殺した張本人でもある。
「勘兵衛……さん?」
「お? おお、マヒト久しぶりだな」
まるで親しい友人のように、手を上げて挨拶して来る。
その姿が余りにも自然だったので、マヒトは動きを止めてしまった。
だが、中にいるNo.4は違う。
一瞬だけマヒトの思考を乗っ取ると、片腕を獣の物に変化させ襲い掛かった。
獣の腕と機械仕掛けの腕が衝突しドッ‼︎ と衝撃が広がり辺りにヒビが入る。
「おいおい、何だよその姿。お前もこっち側に来たのか?」
「そんなわけないでしょう。あなたは何をやったのか分かっているんですか?」
「何だよ、今更あいつらを殺したことの恨み言か? そんなつまらないことに拘んなよ」
杖を向けて炎の魔法を放つ。
即座に距離を取られ避けられてしまうが、その目は警戒の物に変わっていた。
「彼らの死をつまらないと言うな! みんな、あなたを慕って集まって来たんですよ……」
「……」
「あなたが壊れてしまった理由を知りました。故郷を、家族を、私達を人質に取られていたんでしょう? だからあなたは拒否出来ずに……」
「うるさい! これはな、俺が選んだんだよ! 俺が望んでここまで堕ちたんだ! お前に同情される筋合いは無いんだよ!」
「勘兵衛さん……」
獣の腕が元に戻り、イルミンスールの杖を構える。
この人はここで終わらせるべきだ。
これ以上、この人の手を血で染めて欲しくなかった。
「知っていますか?」
「あ?」
「先日、勘兵衛さんが襲った探索者の中には、勘兵衛さんのお孫さんがいたんですよ」
「…………」
表情を歪めながら日本刀を構える勘兵衛。
だが、次の瞬間には無表情になり、ただの殺人機械へと成り下がってしまう。
同じだ。
勘兵衛はマヒトと同じように、あの右腕に意識を乗っ取られている。
それを察して、マヒトはNo.4に願う。
頼む、この人を楽にしてあげたい、力を貸してくれ。
この願いを、No.4は了承する。
これまでの月日をマヒトの中で過ごし、様々な物を見て来た。人の醜い所は、かつての研究者達を思い出してしまい好きになれないが、マヒトになら力を貸してやってもいいと思ってしまった。
これをすれば、マヒトの魂と大きく混ざろうとするが、それもイルミンスールが抑えてくれるはずだ。
そう思い、力を解放した。
大きく力を失ったNo.4と対大型モンスター用殲滅兵器・参型。
この二体のモンスターは、本来なら聖龍の森で出会い潰し合う運命にあった。その場合、様々な能力を持つNo.4が勝利していただろう。
だが、今この状況では宿主の自力が物をいう。
「かはっ⁉︎」
「……」
斬り刻まれ倒れたマヒトが倒れ伏す。
マヒトを見下ろす勘兵衛の目には何の感情も宿っておらず、完全に右腕に操られているようだった。
日本刀が煌めき、マヒトに止めを刺すために振り下ろされる。
確実にマヒトの命を奪う刃。
それは、途中で止まる。
誰かが止めたわけではない、勘兵衛が自らの手で止めたのだ。
カタカタと鳴る日本刀。
「おいおい……! 勝手に俺の獲物を殺そうとすんなよ……!」
苦しげな言葉が勘兵衛の口から放たれる。
左手で機械仕掛けの腕を抑えており、忌々しい物を見るように睨んでいた。
乗っ取られながらも、その意思は必死に抵抗しているようだった。
抗う勘兵衛の形相に懐かしさを覚えながら、マヒトは意識を失った。




