ダンジョン攻略16
12月25日無職迷宮3下巻発売されます!
よろしくお願いします!
目の前には、黒いスーツ姿の黒一が座っている。
顔には胡散臭い笑みを貼り付けており、細い目が俺を見つめる。
俺を見ながらも、父ちゃんと和やかに会話をしており、それが尚更俺を苛立たせる。
父ちゃん、何でこいつと親しげに話してんだよ?
え、恩人の息子?
昔、父ちゃんがグレていた時に、改心させてくれたって?
恩人はそのあと亡くなったけど、黒一とは成人するまで定期的に顔を合わせていたと。
いやいやちょっと待って、黒一との関係とかより、父ちゃんがグレていたって方が気になるわ。
そう伝えると、母ちゃんが写真を持って来る。
そこには、バイクに跨っているリーゼント頭の若かりし時の父ちゃんが写っていた。まるで、十五の夜に走り出して、そのまま失敗しちまったような姿だ。
こんな姿見たくはなかった。
子供として、情け無い……。
って、そんなことどうでもいいんだよ!
それより黒一、用事が終わったのなら直ぐに帰れ。
酷い言い方だって?
うるせー、俺はお前が嫌いなんだよ。
断固として黒一の存在を拒絶すると、困りましたねーと白々しい態度をする。そして、父ちゃん達を見て、「ご家族には伝えたくはなかったんですけど……」と不穏な言葉を発する。
「あなたを拘束します。『動くな』」
途端に体が動かなくなる。
言葉で相手の動きを縛る。これが、黒一のスキルなのだろう。
だがな、そんなもん通用するかよ。
俺を拘束している力を振り払うと、バチッと音が鳴り、同時に黒一の腕が弾けた。
この現象に驚いたのは父ちゃんと母ちゃんだけで、腕が傷付いた黒一は平然としていた。
こいつは、こうなることが分かっていたのだろう。
だとしたら、黒一の目的はなんだ?
「申し訳ありません。上からの命令でして、一度試さなければならなかったんですよ」
黒一は、傷付いた腕にポーションを振り掛けながら告げる。
「場所を変えて、二人で話しませんか?」
俺はそれに頷くしかなかった。
ベランダに出ると生温い風が頬を撫でる。
あの暑い夏の日が近付いているのを教えてくれる。
別に思い出なんて無いけどね。
ネオユートピアの事件から一年近くが経っているが、未だに世界は混乱の中にある。
日本には元からダンジョンがあるというのもあり、比較的落ち着いている。しかし、ミンスール教会には相変わらず人が列を成しており、ギルドは変わらず盛況なようだ。
最近は、探索のノウハウを知る為に、海外からの渡航者も増えていると聞く。
また、探索者の犯罪も増えており、警察や黒一が所属する探索者監察署も大忙しなのだとか。
そんな大忙しな黒一が口を開く。
何でも、俺に逮捕状が出ており、捕える任務を黒一が受けたらしい。
しかし、俺を捕まえるなんて不可能なのは理解しているので拒否。他の職員に声を掛けても、返答は同じで放置が確定していたそうだ。
だがここで、ある事件が発生する。
「世樹マヒトに似た人物が、他国で多くの武装勢力を束ねまして、それを制圧に乗り込んだ同僚が帰りませんでした。私も向かったのですが、これが手強くて命からがら逃げ帰って来たわけです」
そう言って服を捲ると、腹を突き破られた大きな傷痕が残っていた。それから一枚の写真が出されると、そこには多くの人に紛れた二号の姿が写っていた。
……どうしてこれがあいつだと分かる?
二号が行方不明になった時の姿は、老人だったはずだ。
それなのに、どうして若い姿のこいつが二号だと分かったんだ。
「直接話をしたからです。それに、あの獣のような気配。これまで隠していた本性を、ついに現したのでしょうね」
くくっと笑みを浮かべているが、拳が握りしめられており、恐怖を隠しているようにも見えた。
二号は、この短期間で各国の武装集団をまとめ上げており、勢力を拡大しているらしい。
保有する武力は、大国に匹敵するまでになっていて、とても放置していい状況ではないという。
「皮肉にも彼のおかげで、これまで起こっていた紛争は収まっています。だがこれは、大きな混乱の前兆のようにも感じられるのですよ」
もしかしたら、大きな戦争が始まるかも知れない。そう、現実味のない言葉を告げた。
うーん、二号がそんな面倒なことをするのか?
最後に会った時は、人を殺すかも知れないと言ってたけど、ミューレの話を聞く限り心変わりしているようだった。人を救うとか言ってたらしいから、てっきり得意の治癒魔法で救っているものだと思っていた。
もしかして、この短期間に考えを変えたとか?
でも、どうしてわざわざ軍事力を得るんだ?
あいつなら、一人で世界中の人間を始末することくらい出来るだろうに。
なにが狙いだろう?
俺は黒一に向かって問う。
それで、俺に何の用で来たんだ?
「あなたに、世樹マヒトを止めてもらいたい」
ごく普通の声量だった。
乞い願うような感じではなく、ダメならそれでもいいやって感じの声音。
黒一にしてみれば、これも仕事上のもので、二号の手で世界中が混乱に陥ってもどうでもいいのだろう。
命を軽んじているこいつらしい声音だ。
ただ、俺がどう印象を受けたのか顔に出ていたようで、黒一に否定される。
「ああ、勘違いしないで下さいね。私は別に、戦争が起きてもいいとは思っていない。多くの方に亡くなられると、私の楽しみも減ってしまいますから、可能なら戦争は止めたいんですよ」
こいつの楽しみって言葉には引っ掛かるが、戦争を回避したいというのは本音なようだ。
じゃあ、交渉って手段は選ばなかったのか?
「ええ、相手が探索者というのは判明していましたので、最初から粛清するのは決定事項でした」
……目的も聞かずに殺すつもりだったのか?
「はい、それが我らの仕事なので」
淡々と答えるこいつを見て、やっぱり嫌いだなと思った。
こいつの頼みで動くのは癪だが、二号が何かしようとしているなら、確かめに行く必要はあるだろう。
それに、こいつが生きてここにいるってことは、そういうことなんだろうな……。
えーと……ああ、マヒトってどこにいるんだ?
「……引き受けるのですか?」
そうだよ。さっさと教えろ、ぶん殴るぞ。
「……資料を準備させます。明日、探索者協会までご足労願いたいのですが、可能でしょうか?」
準備してなかったんかい。
「ええ、まさか受けていただけるとは思っておらず」
その返答を聞いて、これは嘘だなと思った。
こいつは、そんなミスはしない。きっと、何か目的があって、俺をギルドまで連れて行きたいのだろう。
まあ、別にいいんだけどね。
そう思いながら腹パンをして、黒一に治癒魔法を使う。
腹パンを受けて、ゴフッ⁉︎ と嗚咽する黒一。
その後の治癒魔法で、黒一に入っていた何かが出て来て、俺を見ると消えていった。
今のを見て、黒一は無言で虚空を見つめている。
何を見ているのか俺には分からないが、そこにあるのは、明確な怒りの感情だった。
そんな黒一に、空気を読まずに尋ねてみる。
なあ、俺を捕まえるって言ってたが、どんな罪状なんだ?
「ああそれですか、あれですよ。海外の旅行者を市中引き回しにした件です」
……それ、俺じゃないし。
どうやら、冤罪で俺は逮捕されようとしていたらしい。
まったく迷惑な話だ。
そもそも、やったのフウマだし、市中引き回しされてた奴らも犯罪者だし、俺だったらあいつら生きてないし、今からでもやりに行ってもいいんだよ?
殺意を抱いていると、俺の相手をするのが面倒になったのか、
「では、明日」
と言って黒一は去って行った。
なんだか、少しだけ寂しくなった。




