幕間44 (ミューレ)
12月25日【無職は今日も今日とて迷宮に潜る3下巻】が発売されます。よろしくお願いします!
ミューレは壊れた家の修復に取り掛かる。
日向を誘拐する為にやったことだが、後悔は無い。ただ、破壊したのは申し訳ないとは思っているので、修復するのに気合いが入っていた。
修復するのは難しくない。
小さい建築物ならば、守護者に支給されている錬金術キットで思い通りに建築可能だ。
この世界の家は、とても小さい。
元の姿に戻すのは、とても簡単だった。
そう、邪魔さえ入らなければ。
「ミューレ」
自分を呼ぶ懐かしい声。
若く張りがあり、優しい声。
己が心より愛した男の声だ。
『マヒト……』
振り返ると、マヒトの姿をした別の存在がいた。
ミューレは悲しそうに微笑み、刃を抜く。
『呑まれたか……。いつか、こんな日が来るのではないかと思っていた』
「私は変わっていないつもりだよ」
『マヒトは、対話で分かり合えると言っていた。私はそれを信じた。たとえ憎しみに埋もれた化け物だとしても、分かり合えるのだと。だが、それは幻想だった。マヒトはもう……』
最愛の天使に切先を向けられて、マヒトもミューレと同じように微笑みを浮かべる。
そして、鋭い突きが顔面を貫き、頭部が弾け飛ぶ。
ミューレの神速の一撃により、マヒトの頭部は失われた。力を失った体は、まるで糸が切れた人形のように崩れ落ち、地面に溶けるように消えてしまった。
「私は争いに来たわけではないよ」
振り返ると、先程と同じ姿のマヒトが立っていた。
貫いた感触はあった。
命を奪った感触もあった。
だが、今もこうしてマヒトは立っている。
『では、私の前に現れた理由はなんだ? 別れの挨拶をしに来たのではないのだろう?』
刃は下ろして質問するミューレ。
得体の知れない存在ではあるが、負ける気はさらさら無い。特殊な能力を持っていても、全てにおいて己が圧倒しているという自負がある。
だからこそ、この男がわざわざ会いに来た理由が分からなかった。
「愛する妻に会いに来た……というのは通じなそうだね」
困ったね。そう呟くマヒトは苦笑を浮かべて、ミューレにある要求をする。
「ミューレ、君にこの世界を支配して欲しい」
『なに?』
言葉の意味を理解出来なかった。
いや、変わってしまったとはいえ、マヒトからこのような言葉が出てくるとは想像もしていなかったのだ。
マヒトは世界を支配しようなどとは決して言わない。
憎しみに埋もれた化け物も、そのようなこと考えもしないはずだ。
だとしたら、なぜ?
ミューレは鋭く睨み、言葉の真意を探ろうとする。
マヒトは、一層警戒されたことに肩をすくめる。
話しても伝わらないのは、分かっている。ミューレが、このお願いを聞き入れてくれないのも分かっている。
それでも、ミューレに頼もうと思ったのは何故だろう?
そう自問して、マヒトの中の化け物は、ただ会いに来たかったのだなと己を理解して苦笑する。
「世界は今、混乱の渦中にある。これは、ネオユートピアを迷宮にした私達の責任だ。権兵衛さんを導く為とはいえ、やるべきではなかった。人々は行き場を失い、世界は傷を負い過ぎた。救済しなくては、多くの命が消えてしまう。彼らを救うには、人ではない象徴たる導き手が必要なんだ。頼むミューレ、私と共に来てくれ」
『……さっきから何を言っている。それを覚悟の上での選択だっただろう。そもそも、そんなあやふやな説明で、私が頷くとでも思ったのか?』
おかしい、何かがおかしい。
マヒトという男も、内側にいた化け物も、人類全てを救済しようなどという考えは持っていなかったはずだ。
そのはずなのに、まるで多くの人々を助けようとしているかのようだ。
こいつの狙いはなんだ?
ミューレは、目の前の男がマヒトなのか化け物なのか、それとももっと別の何かなのか、彼女にはもう分からなくなってしまった。
ただ分かるのは、こいつは危険だということ。
「はははっ……そうだよね、理解してもらえるとは思っていないよ。ただ私は、僕は、もう一度やり直したいんだ。あの時、ただ憎しみのままに動いてしまった。非道を承認している世界が醜くて憎らしくて仕方なかった。でも、あれに事情があったのなら、僕はっ‼︎」
『もういい、黙れ』
喉元に刃を置き、マヒトを黙らせる。
『マヒト、それがお前の望みなのか? お前が目指していたものはなんだったんだ? 何者なのかも分からない奴の望みを叶える為に、お前は体を差し出したのか?』
「ミューレ、僕は……」
言葉は出て来なかった。
ただ、お互いの悲しげな目を見て、相入れないのだと理解してしまった。
刃が喉を貫く、しかし煙のようにマヒトの姿が消えてしまい見失ってしまう。
背後から何かが伸びて来るのを察知して、回避しようとするが間に合わない。ならばと、一撃受ける覚悟で振り返りながら剣を振るう。
剣はマヒトの目から上を切り飛ばし、伸びた爪先はミューレには届かず、途中で止まっていた。
「No.4……それは許さないよ」
マヒトが小さく呟くと、爪は縮んで行きその場に倒れてしまった。そして、瞬きする間に体は消えてしまう。
「ごめんミューレ……」
謝罪の言葉を最後に、マヒトの気配は完全に消えてしまう。
『……お互い、不器用だよな』
居なくなってしまったマヒトに呟いた思念は、誰に届くこともなく消えてしまった。
その後、ぼうっとしながら家の修復をしてしまい、住み慣れた都ユグドラシルの住居を作ってしまったのは言うまでもない。
18時に投稿。




