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無職は今日も今日とて迷宮に潜る【3巻下巻12/25出ます!】【1巻重版決定!】  作者: ハマ
8.ネオユートピア

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322/373

if. もう一つの始まり

1巻発売中です!


注意:これは本編とは関係の無い話です。

 ブラック企業を辞められずにしがみ付き、現状維持で心が磨耗していた。

 何度も辞めよう辞めようと思いながらも、その一歩が踏み出せなかった。


 でも、望まない形で、辞めるキッカケが出来てしまう。


「なに? 母親が末期癌だから休みたいだぁ、お前仕事舐めてんの? そもそも、お前が実家に帰って何が出来るんだ? 寧ろ、親の負担が増えるだけじゃないのか? そんな理由で休みなんてやれるはずがないだろうが!」


 母ちゃんが癌という知らせがあり、実家に帰りたいと会社に有給を申請したら、返って来た答えがこれだった。


「……辞めます。俺、今日限りで、会社辞めます」


 ようやく踏ん切りが着いた。

 会社からはふざけんなと罵倒されながら引き止められたが、俺はもう着いて行けなかった。


 胸ポケットに入れていたスマホを取り出して、録音していた音声を再生する。すると、上司はそれ以上口を開く事がなくなり、俺は会社を辞める事が出来た。


 実家に帰ると、両親は快く迎え入れてくれた。

 ただ、実家にあった俺の部屋は無くなっており、ひとり暮らし用のアパートが見つかるまで、暫くの間リビングで寝泊まりする日々が続いた。


 それから地元で新しい仕事先も決まり、実家に近いアパートに引っ越した。

 金銭面を考えるなら、実家で暮らした方がいいのだが、二人の時間の邪魔をしたくなかったのと、あからさまに邪魔すんなという空気を出していたので、仕方なく出るしかなかった。


 それからの毎日は、仕事をして、母ちゃんの顔を見て、病院に連れて行ったり、車を運転して遊びに連れて行ったりもした。

 誕生日には、父ちゃんと選んだ花をモチーフにしたネックレスを送ってお祝いもした。


 そんなある日、姉ちゃんの旦那さんであるマサフミさんから、あるチケットを貰う。


「グラディエーターですか?」


「知らないかい、実績のある探索者が戦う催物だよ。格闘技の凄い版って言ったら伝わるかな?」


「あっ、すいません。知っているんですけど、結構高いですよね? こんな物貰っても、本当に良いんですか?」


「構わないよ、家族で行って来ると良い。うちと義兄さんの所は、子供が生まれそうだからね……」


「そうですか……じゃあ、遠慮なく」


 巷で人気のグラディエーター。

 そのチケットを貰って父ちゃんと母ちゃん、それと俺とで観戦しに行く事になった。


 当日、母ちゃんの体調が悪ければ取り止めようと話していたが、母ちゃんが「楽しみがあると、元気が湧いて来るわね!」と旅行を楽しみにしていたので、予定通りネオユートピアに向けて出発した。



 この時、この旅行を辞めておけば良かった。

 そう俺は、いつまでも後悔し続ける。



ーーー



 率直な感想で言うと、探索者は怖いなぁと思った。

 とても人間とは思えない動きの数々、人智を超えた魔法を使った戦いを目の当たりにして恐怖した。


 あんな人達に襲われたら、何も出来ずに殺されてしまう。


 俺みたいな一般人は、近付かないに越した事はない。


 あれは、災害だ。

 人の形をした災害。


 そう、俺の中で印象を受けてしまった。


 父ちゃんと母ちゃんとホテルで食事をしながら、昨日のグラディエーターの話をすると、二人も俺と同じように怖いと感じたようだった。

 なので、グラディエーターの話はやめて、ネオユートピアの話をする。


 はっきり言って、ここは凄い。

 語彙が壊滅的だが、とにかく凄い。

 魔力なる不思議パワーを使って全ての物を動かしているらしく、燃料もダンジョンから取られた鉱石を使用しているそうだ。

 それを使い、ネオユートピアは一定の温度に保たれており、空を渡る橋まである。

 お金があるのなら、一生ここに住みたいと思えるような、そんな凄い場所だった。


「今回の旅行は楽しかった。ハルト、ありがとうね」


「よせやい、まるでこれが最後みたいな言い方。母ちゃんはまだまだ元気だろう」


「ふふっ、そうね。長生きしなきゃね。ハルトの子供を見られるくらいは」


「その前に彼女を連れて来てもらわないとな! それでどうなんだハルト。良い人は出来たのか?」


「出来ねーよ! 悪かったな、ひとり者で!」


 そんな、なんて事ない会話をしている時だった。

 隣のホテルが爆発したのは。


 隣と言っても道を挟んでおり、滞在しているホテルに影響は無い。

 だから、ある程度冷静に状況を見ていられたのだが、次の瞬間には多くの悲鳴が上がった。


「なんだあの化け物は⁉︎」


 爆発したホテルから現れたのは、醜い小人と二足歩行の豚。続々と、いろんな種類の化け物は出て来ており、周囲を品定めしているように目配せしていた。


 そんな中で、一体の豚の化け物と目が合う。

 豚の化け物は、口角を上げて醜悪に笑った。

 それはまるで、獲物を見つけたかのような捕食者の笑みだった。


「ひっ⁉︎」


 口から情けない悲鳴が漏れる。

 後退りをして、少しでも離れようとする。

 すると、具合を悪そうにしている母ちゃんが目に入った。


「母ちゃん⁉︎」


「タエちゃん!」


 父ちゃんも母ちゃんの容態に気付いて、振り返る。


「病院に⁉︎ ここの病院って、門の近くだったよな⁉︎」


「ああ、確かそうだ! それより救急車を」


 そうだった、先に救急車を。

 そう思い、電話をするが繋がらない。

 何度コールしても繋がらない。


「だ、大丈夫だから、それより避難、を」


「母ちゃん!」


 母ちゃんは、それだけ言うと倒れてしまった。

 もう待ってられない、母ちゃんを連れて病院に行くしかない。

 その考えは父ちゃんも同じようで、母ちゃんを背負おうとしていた。


「父ちゃん変わるよ。荷物をよろしく」


「ハルト……」


 だけど、初老の父ちゃんでは体力が落ちており、母ちゃんを背負えても運ぶのは無理だった。


 だから俺が運ぶ。


 それにパスを使えば、病院までそう時間は掛からない。


 そう思っていた。


「そんな……」


 ホテルの最上階にあるパスの前には、多くの宿泊客がいた。だが、誰も目の前のパスに乗ろうとしなかった。

 いや、正確には一人乗ったのだが、それから動けなくなってしまったのだ。


「人が……死んだ?」


 最初の客が入った瞬間に、その肉体が分解されてしまったのだ。


 他の客も、何が起こったのか段々と理解していき、悲鳴が上がる。

 パニックが起こり、皆が逃げようとエレベーターに殺到する。だが、そのエレベーターも、数人が乗った瞬間に落下した。


「階段だ! 階段を使おう。父ちゃん、荷物が邪魔だったら捨てて行って!」


「あ、ああ」


 父ちゃんも混乱しているのか、状況を飲み込めないでいる。

 それは俺だって同じだが、ひとつだけ分かる事がある。


 ここで動かなかったら、死ぬ。


 それだけは理解出来た。


 階段に向かい、地上を目指す。

 恐らくそこには、さっき見た化け物が沢山いるのだろう。

 可能なら、ここで落ち着くまで待っていたいが、母ちゃんの様子を考えると、そうも言ってられない。


 だからこそ、今から行くしかない。


 今なら、多くの人が地上に出ていて、標的が分散されているはずだから。


「うっ⁉︎」


 だが、俺の考えは間違っていたようだ。

 いや、間違いというより、見通しが甘かった。


 地上に行く前、ホテル一階のエントランスで、すでに多くの人が犠牲になっていた。


 漂う濃い血の臭い。

 クチャクチャと咀嚼しているような音が鳴り、さらに恐怖を駆り立てる。


 ゴクリと唾を飲み込み、俺達は歩き出す。

 そっと、ゆっくりと、足音を立てないように慎重に。

 余りの緊張感に、キーンと耳鳴りがする。


 柱の影に隠れるように、遺体の隣に座っている化け物に気付かれませんようにと、いるかも分からない神様に祈る。


 そいつに気を取られていたからだろう。

 目の前の脅威に気付かなかったのは。


「ハルトっ前!」


 父ちゃんに呼ばれて、ハッと前を見る。

 そこには鋭いツノを生やした兎がおり、力を込めると同時に、真っ直ぐに跳躍する。


「くっ⁉︎」


 何とか身を捻って、ギリギリの所で避ける。

 俺の背後にいた父ちゃんも反応して、持っていた鞄で受け止めていた。

 突き刺さったツノが取れないのか、ジタバタと足掻く兎。

 父ちゃんはそれを遠くに放り投げて、早く行くぞ! と先を促す。


 そこで気付く。

 今ので、遺体の近くにいた奴に気付かれたのだと。


 視線を向けると、羊顔の小人が立ち上がる。

 その手にはナイフが握られており、口には人の腕が咥えられていた。


「ひっ⁉︎」


 自分の口から悲鳴が漏れる。

 小人は俺達を見て、新しい獲物を見つけたと醜悪に顔を歪めていた。


 俺は逃げるのも忘れて、後退りしてしまう。


「ハルト!」


 そんな俺を叱り付けるように、父ちゃんが俺の名前を叫んだ。

 ハッとした俺は正気に戻り、逃げようと出入口の方を見て絶望する。


 そこには羊顔の小人が五人もおり、俺達を見て、楽しそうに顔を歪めていた。


 まずい、まずいまずいまずい⁉︎⁉︎


 小人から逃れるように移動しようにも、同じような存在が他にもおり、このままだと捕まってしまう。


 そしたら……あんな風に……。


 ぐちゃぐちゃになった、人だった物を見る。


 そんなの、絶対に嫌だ!


 雄叫びを上げて、強行突破しようとした。

 だが、それよりも早く、別の所から大きな声が上がった。


「きゃー!!!!」


 それは女性の悲鳴。

 悲鳴がした方がを見ると、そこには俺達と同じように地上から逃げようと考えた人達がいた。


 小人の標的が、俺達から悲鳴を上げた集団に変わる。


「今のうちだ!」


「あっ、ああ」


 父ちゃんに促されて、俺は走り出す。

 最後に横目で見た集団は、大勢の小人に襲われている姿だった。


 外に出ると、そこはホテルの中以上の地獄が広がっていた。

 多くの化け物共が徘徊しており、外に出た人達を殺して回っている。

 それは、俺達も例外ではなく、外に出ると同時に多くの視線を集めてしまった。


「ハルト、先に逃げろ!」


「何言ってんだよ! 一緒に逃げるぞ!」


「このままだと、三人とも死ぬ! ハルト行け! タエちゃんを、母さんを頼む!」


「そんな⁉︎」


「早く行け!」


「っ⁉︎」


 向かって来た化け物共が、父ちゃんに殺到するのが見えた。

 それから視線を逸らして、俺は走り出す。

 この方法しかないのは理解している。

 だけど、それでも、これは、これは……。


「なんだってんだよ! ちくしょー!!」


 泣きながら叫ぶ事しか出来なかった。

 さっきまで、楽しく談笑しながら食事していたのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。


 父ちゃんの悲鳴が耳にこびり付く。

 痛みに必死に耐えながらも、我慢の限界で口から漏れ出たのだろう。


「くそ! くそ! くそ! くそーー!!!」


 俺は無力だ。

 何も出来なくて、叫ぶ事しか出来ない。

 もっと鍛えておけばよかった。

 そうすれば、あんな奴らどうにか出来たかも知れないのに……。


 無駄な思考。

 そう分かっていても考えずにはいられない。

 幾つもの、もしもの話が頭に浮かんで来て、現実から目を背けようとする。だが、そうはさせないと、胃の中からさっき食べた物が逆流しそうになる。


 それを我慢して、必死に走って病院を目指す。


 周囲から幾つもの悲鳴が上がり、助けを求める人達の姿が見えた。

 俺はそれらから目を逸らして、必死に走った。


 その途中で、悲鳴とは違った物音を聞く。


 足を止めて、警戒しながら一歩ずつ進んで行く。

 壊れかけたビルの隙間から、音がしている方を覗き込むと、人と化け物が戦っていた。


 戦っている人達は、ある集団を守っており、ネオユートピアから脱出しようとしているのが分かる。


「たっ、助けてくれ!」


 気付いたら、助けを求めて叫んでいた。

 あの戦っている人達には見覚えがあった。

 昨日、グラディエーターに出場していた選手だったはずだ。

 惜しくも負けてしまったけれど、メイン試合を任されるだけあり、その強さも凄まじいとしか言いようがなかった。


「頼む、助けてくれ! あっちで父ちゃんが、化け物に襲われ……て……」


 グラディエーターの選手に駆け寄り、早口で事情を説明するのだが、大きな盾を持った彼の冷たい眼差しを見て、言葉が続かなかった。


「悪いが、俺達は依頼された仕事しか熟さない。助けたいのなら、他を当たれ」


「そんな……」


 冷たく拒絶され、何も言えなくなってしまった。

 縋りつこうにも、力の差は歴然で、軽く殴られても俺は死んでしまう。

 俺まで動けなくなったら、母ちゃんはどうなる。

 背中で苦しそうにしており、俺が倒れたら助けられないかも知れないのに。


 去って行く集団。

 その中の一人が、「後から着いて来るのはタダだから」と言ってくれて、彼らから少しだけ離れて着いて行く。


 集団だからか、その足取りは遅く、早く行ってくれと焦燥感に駆られてしまう。

 焦っても仕方ないのは分かっていても、この気持だけは、どうしようもなかった。


 それでも、歩みは進んで行き、やっと病院が見えて来た。


 気付くと、俺は走り出していた。


「母ちゃん、あと少しだ、あと少しで病院だから!」


 そう言いながら、集団を追い抜いて病院に入る。


 自動ドアが開き中に入ると、するとそこには、さっきホテルで見た光景と同じ物が広がっていた。


「そん……なっ……」


 考えてみれば、それは当然だった。

 他が大変な状況になっているのに、病院だけが無事だなんて、そんな都合の良い話あるはずがなかった。


 化け物共が俺を見る。

 後退りして病院から抜け出すと、奴らも追って来た。

 背後で「ギギッ!」と楽しそうに笑う化け物共。

 外に出ると、そこには集団がまだいて、助けてもらおうと走る。しかし、そんな俺の行動を理解しているのか、彼らから冷淡に拒絶される。


「おい、モンスタートレインはマナー違反だぞ。そのままこっちに来るのなら、まずはお前から始末する」


「っ⁉︎」


 強烈な殺気だった。

 彼らからすると、牽制程度の物だったのかも知れない。

 それでも、殺気を受けた俺は、これ以上近付けなくなってしまった。


「くっ!」


 方向転換して、ネオユートピアの門から離れるように来た道を戻る。

 これならいっそ門から出たかったが、そこにはまだ化け物の姿があって、とてもじゃないけど進めなかった。


「はあ! はあ! はあ!」


 息が上がり、足が上がらなくなる。

 このままじゃ、追いつかれて何も出来ずに死んでしまう。


「それなら、いっそ!」


 建物の陰に母ちゃんを下ろして、近くに落ちている瓦礫を拾う。


「おおおーーー!!!」


 そして、雄叫びを上げながら追って来た小人に踊り掛かった。

 破れかぶれだった。

 だが、その一撃は小人のこめかみに当たり、即死した。

 そこで動きを止めずに、倒れた小人が握っていたナイフを奪い、近くで固まっていた小人の喉元にナイフを刺した。


「ギギギガ!!」


 仲間を殺されて、ようやく動き出した小人達。

 そう達だ。

 まだまだ沢山の小人達がいて、仲間を殺されて怒り、俺を睨んでいた。


「はっ、はっ、はっ……ふっ!」


 何故だか体が軽かった。

 それに、小人の動きもよく見えていた。

 死んだ小人からナイフを引き抜いて、一気に一番近くの小人に接近する。

 目玉にナイフを突き刺し、怯んだ隙にそいつの手から鉄の棒を奪い取る。

 そいつで、頭部を叩いて地面に叩き付ける。


 まだこいつに息はあるが、放置するしかない。

 すでに、次が迫って来ているのだ。


 同じように、小人達を対処する。

 止めを刺せないが、一体一体を確実に戦闘不能にして行く。


 どうなってんだ、俺?


 疑問に思いながらも、必死に倒して行く。

 小人の数も減っていき、死んだのか、ピクピク動いていた個体が動かなくなっていた。


 これなら、生き延びられる!


 そう確信して、それが幻想だと思い知らされる。


「フガー!」


 新たに現れた化け物。

 豚顔の巨体が、小人達を蹂躙して乱入して来たのだ。


 無造作に振られた腕が、多くの小人達を薙ぎ倒してしまう。


 これが助けなら、どれほど頼もしかっただろう。


 当然ながら、そんな奇跡が起きるはずもなく、俺は太い腕に殴り飛ばされてしまう。


「かはっ⁉︎」


 壁に叩き付けられて、肺にある酸素を全て吐き出してしまう。

 膝を突き、地面に手を付く。何とか立ち上がろうと、四肢に力を込めるが、激痛が走って倒れてしまう。


 それでも、ここで倒れたら死ぬと必死に自分に言い聞かせて、何とか立ち上がる。


 だけど、それも遅かった。


「あっ」


 間抜けな声が口から漏れる。

 目の前には、太い棍棒を振り上げた豚顔の化け物。


 全てがスローモーションのように見えた。


 ゆっくりと振り下ろされる棍棒。

 早く避けないとと思いながらも、体は眺めているだけで動いてくれない。


 物陰に隠した母ちゃんは大丈夫だろうか?


 こんな極限状態で、そんな事を考えてしまう。

 きっとこれが、死、という物なのだろう。

 そう考えていたら、視界がズレた。

 何かに押された感覚がある。


 顔を動かして、押された方を見ると、母ちゃんの姿があった。


 体調が悪そうな顔で精一杯笑顔を作っており、それが俺を心配させないためだと何となく分かる。


 母ちゃんの口が動く。


〝ごめんね〟


 グチャリと肉が潰れる音がする。


「……あっ」


 顔に生暖かい液体が付着する。

 それが母ちゃんの血液だと理解出来なくて、頭を掻きむしる。

 力を入れる度に激痛が走るが、それさえもどうでも良かった。


 死んだ?

 誰が?

 母ちゃんが?

 何が起こった?

 何で母ちゃんが?

 どうして母ちゃんが死んだんだ?


 …………ああ、俺のせいか。


「ああああぁぁぁーーー!!!!」


 ナイフを握って、豚顔の化け物に飛び掛かる。


「フゴッ⁉︎」


 俺の予想外の行動に、動きが鈍った化け物。

 その頭に組み付いて、ナイフで切り刻んで行く。

 何度も何度も刃を突き立てるが、この化け物に怯んだ様子は無い。それどころか、俺の腕に噛み付かれて、肉を引き千切られてしまう。


 激痛が走る。

 だけど、もうそんなのは関係ない。

 ひたすらに刃を刺して、切って、刻んで、やっと脳に届いたのか、豚顔の化け物は力を失って倒れてしまった。


「はあ、はあ、はあ……母ちゃん……」


 腕から血を流しながら、母ちゃんを見る。

 俺は力を失って、その場に膝を突く。


 もう動けない。

 体力もなくて、血も流し過ぎた。

 視線を周囲に向けると、豚顔の化け物が大量に取り囲んでいた。


 俺は力無く倒れると、何かを踏み潰したような感触があった。


 でもそれだけで、俺は気を失ってしまった。




ーーー




 意識を取り戻したのは、あの日から一ヶ月後だった。


 どうやら俺は、死に切れなかったらしい。


「少しは元気になったようだねぇ、説明はいるかい?」


 そう話し掛けて来たのは、天津道世という人物だった。

 どうやら俺は、彼女に助けられたらしく、結構危ない状態だったようだ。


「お願いします。何が起きていたんですか?」


 道世さんの説明によると、ネオユートピアはダンジョンになったらしく、その影響でモンスターが地上に出現してしまったらしい。


 この災害とも呼べる現象で、死者数、行方不明者数を合わせると、百万人を越えるという。


「まあ、助からないだろうね……」


 そう道世さんは言う。


 探索者を連れて来て、行方不明者の救出を行っているらしいが、誰一人として発見出来ていないそうだ。


「じゃあ、父ちゃんも……」


「悪いけど、絶望的だろうね。それと、これ……」


 そう言って差し出されたのは、花の形をしたネックレス。

 手を出すと、その上に置かれる。


 このネックレスには見覚えがある。

 父ちゃんと一緒に選んだ、母ちゃんへの誕生日プレゼントだ。


「あっ……くっ!」


 あの時の光景を思い出す。

 血の臭いも、あの生暖かい感触も、吐き気を催すような絶望感も、全てが頭の中でフラッシュバックする。


 どうして、ダンジョンが出来たんだ?

 どうして、モンスターに襲われたんだ?

 どうして、父ちゃんも母ちゃんも死ななきゃいけなかったんだ。

 まだまだ、長生き出来たはずなのに。

 それなのにどうして!


「道世さん、どうしてダンジョンがあのタイミングで出現したんですか?」


「……さぁね、私ゃ探索者だけど、ダンジョンの事情までは知らないからねぇ」


 何故だかそれが、嘘っぽく聞こえた。


「どうして、あの場所だったんですか? せめて、あと一日遅くなってくれたら……っ!」


 そんな事を言う俺を、道世さんは醒めた目で見ているのに気付いた。でも、誰かの視線なんて、関係なかった。


 この事態が、何者かの手によって引き起こされたのなら、俺は……。


「あんた、馬鹿な考えは起こすんじゃないよ」


「馬鹿でも構いませんよ。こっちは、家族が殺されたんだ」


 俺は、この事態を引き起こした奴を許さない。


「見つけ出して、殺してやる」


 憎しみを原動力に、俺は探索者として歩み始めた。



---


if 田中ハルト(25)

レベル 3

スキル 限界突破


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これで、今回の投稿は終わりです。

次は7月までに投稿出来たらと思っております。

それでは、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
このルートでも奈落に落ちて過去に行き同じ事をするのであれば、同じようにネオユートピアに黒龍が現れ世界滅亡ルートになるのでは。 探索者になるタイミングがずれた事で過去に行かないのであれば平次やマヒト、マ…
まずは怒涛の更新お疲れ様でした いまいちばん更新が待ち遠しい小説です これからも楽しみにしています
書籍版、探して最後の一冊買えました!思わず一気読みしてしまいました。書籍版の追加も楽しみですが、続きが気になる〜
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