if. もう一つの始まり
1巻発売中です!
注意:これは本編とは関係の無い話です。
ブラック企業を辞められずにしがみ付き、現状維持で心が磨耗していた。
何度も辞めよう辞めようと思いながらも、その一歩が踏み出せなかった。
でも、望まない形で、辞めるキッカケが出来てしまう。
「なに? 母親が末期癌だから休みたいだぁ、お前仕事舐めてんの? そもそも、お前が実家に帰って何が出来るんだ? 寧ろ、親の負担が増えるだけじゃないのか? そんな理由で休みなんてやれるはずがないだろうが!」
母ちゃんが癌という知らせがあり、実家に帰りたいと会社に有給を申請したら、返って来た答えがこれだった。
「……辞めます。俺、今日限りで、会社辞めます」
ようやく踏ん切りが着いた。
会社からはふざけんなと罵倒されながら引き止められたが、俺はもう着いて行けなかった。
胸ポケットに入れていたスマホを取り出して、録音していた音声を再生する。すると、上司はそれ以上口を開く事がなくなり、俺は会社を辞める事が出来た。
実家に帰ると、両親は快く迎え入れてくれた。
ただ、実家にあった俺の部屋は無くなっており、ひとり暮らし用のアパートが見つかるまで、暫くの間リビングで寝泊まりする日々が続いた。
それから地元で新しい仕事先も決まり、実家に近いアパートに引っ越した。
金銭面を考えるなら、実家で暮らした方がいいのだが、二人の時間の邪魔をしたくなかったのと、あからさまに邪魔すんなという空気を出していたので、仕方なく出るしかなかった。
それからの毎日は、仕事をして、母ちゃんの顔を見て、病院に連れて行ったり、車を運転して遊びに連れて行ったりもした。
誕生日には、父ちゃんと選んだ花をモチーフにしたネックレスを送ってお祝いもした。
そんなある日、姉ちゃんの旦那さんであるマサフミさんから、あるチケットを貰う。
「グラディエーターですか?」
「知らないかい、実績のある探索者が戦う催物だよ。格闘技の凄い版って言ったら伝わるかな?」
「あっ、すいません。知っているんですけど、結構高いですよね? こんな物貰っても、本当に良いんですか?」
「構わないよ、家族で行って来ると良い。うちと義兄さんの所は、子供が生まれそうだからね……」
「そうですか……じゃあ、遠慮なく」
巷で人気のグラディエーター。
そのチケットを貰って父ちゃんと母ちゃん、それと俺とで観戦しに行く事になった。
当日、母ちゃんの体調が悪ければ取り止めようと話していたが、母ちゃんが「楽しみがあると、元気が湧いて来るわね!」と旅行を楽しみにしていたので、予定通りネオユートピアに向けて出発した。
この時、この旅行を辞めておけば良かった。
そう俺は、いつまでも後悔し続ける。
ーーー
率直な感想で言うと、探索者は怖いなぁと思った。
とても人間とは思えない動きの数々、人智を超えた魔法を使った戦いを目の当たりにして恐怖した。
あんな人達に襲われたら、何も出来ずに殺されてしまう。
俺みたいな一般人は、近付かないに越した事はない。
あれは、災害だ。
人の形をした災害。
そう、俺の中で印象を受けてしまった。
父ちゃんと母ちゃんとホテルで食事をしながら、昨日のグラディエーターの話をすると、二人も俺と同じように怖いと感じたようだった。
なので、グラディエーターの話はやめて、ネオユートピアの話をする。
はっきり言って、ここは凄い。
語彙が壊滅的だが、とにかく凄い。
魔力なる不思議パワーを使って全ての物を動かしているらしく、燃料もダンジョンから取られた鉱石を使用しているそうだ。
それを使い、ネオユートピアは一定の温度に保たれており、空を渡る橋まである。
お金があるのなら、一生ここに住みたいと思えるような、そんな凄い場所だった。
「今回の旅行は楽しかった。ハルト、ありがとうね」
「よせやい、まるでこれが最後みたいな言い方。母ちゃんはまだまだ元気だろう」
「ふふっ、そうね。長生きしなきゃね。ハルトの子供を見られるくらいは」
「その前に彼女を連れて来てもらわないとな! それでどうなんだハルト。良い人は出来たのか?」
「出来ねーよ! 悪かったな、ひとり者で!」
そんな、なんて事ない会話をしている時だった。
隣のホテルが爆発したのは。
隣と言っても道を挟んでおり、滞在しているホテルに影響は無い。
だから、ある程度冷静に状況を見ていられたのだが、次の瞬間には多くの悲鳴が上がった。
「なんだあの化け物は⁉︎」
爆発したホテルから現れたのは、醜い小人と二足歩行の豚。続々と、いろんな種類の化け物は出て来ており、周囲を品定めしているように目配せしていた。
そんな中で、一体の豚の化け物と目が合う。
豚の化け物は、口角を上げて醜悪に笑った。
それはまるで、獲物を見つけたかのような捕食者の笑みだった。
「ひっ⁉︎」
口から情けない悲鳴が漏れる。
後退りをして、少しでも離れようとする。
すると、具合を悪そうにしている母ちゃんが目に入った。
「母ちゃん⁉︎」
「タエちゃん!」
父ちゃんも母ちゃんの容態に気付いて、振り返る。
「病院に⁉︎ ここの病院って、門の近くだったよな⁉︎」
「ああ、確かそうだ! それより救急車を」
そうだった、先に救急車を。
そう思い、電話をするが繋がらない。
何度コールしても繋がらない。
「だ、大丈夫だから、それより避難、を」
「母ちゃん!」
母ちゃんは、それだけ言うと倒れてしまった。
もう待ってられない、母ちゃんを連れて病院に行くしかない。
その考えは父ちゃんも同じようで、母ちゃんを背負おうとしていた。
「父ちゃん変わるよ。荷物をよろしく」
「ハルト……」
だけど、初老の父ちゃんでは体力が落ちており、母ちゃんを背負えても運ぶのは無理だった。
だから俺が運ぶ。
それにパスを使えば、病院までそう時間は掛からない。
そう思っていた。
「そんな……」
ホテルの最上階にあるパスの前には、多くの宿泊客がいた。だが、誰も目の前のパスに乗ろうとしなかった。
いや、正確には一人乗ったのだが、それから動けなくなってしまったのだ。
「人が……死んだ?」
最初の客が入った瞬間に、その肉体が分解されてしまったのだ。
他の客も、何が起こったのか段々と理解していき、悲鳴が上がる。
パニックが起こり、皆が逃げようとエレベーターに殺到する。だが、そのエレベーターも、数人が乗った瞬間に落下した。
「階段だ! 階段を使おう。父ちゃん、荷物が邪魔だったら捨てて行って!」
「あ、ああ」
父ちゃんも混乱しているのか、状況を飲み込めないでいる。
それは俺だって同じだが、ひとつだけ分かる事がある。
ここで動かなかったら、死ぬ。
それだけは理解出来た。
階段に向かい、地上を目指す。
恐らくそこには、さっき見た化け物が沢山いるのだろう。
可能なら、ここで落ち着くまで待っていたいが、母ちゃんの様子を考えると、そうも言ってられない。
だからこそ、今から行くしかない。
今なら、多くの人が地上に出ていて、標的が分散されているはずだから。
「うっ⁉︎」
だが、俺の考えは間違っていたようだ。
いや、間違いというより、見通しが甘かった。
地上に行く前、ホテル一階のエントランスで、すでに多くの人が犠牲になっていた。
漂う濃い血の臭い。
クチャクチャと咀嚼しているような音が鳴り、さらに恐怖を駆り立てる。
ゴクリと唾を飲み込み、俺達は歩き出す。
そっと、ゆっくりと、足音を立てないように慎重に。
余りの緊張感に、キーンと耳鳴りがする。
柱の影に隠れるように、遺体の隣に座っている化け物に気付かれませんようにと、いるかも分からない神様に祈る。
そいつに気を取られていたからだろう。
目の前の脅威に気付かなかったのは。
「ハルトっ前!」
父ちゃんに呼ばれて、ハッと前を見る。
そこには鋭いツノを生やした兎がおり、力を込めると同時に、真っ直ぐに跳躍する。
「くっ⁉︎」
何とか身を捻って、ギリギリの所で避ける。
俺の背後にいた父ちゃんも反応して、持っていた鞄で受け止めていた。
突き刺さったツノが取れないのか、ジタバタと足掻く兎。
父ちゃんはそれを遠くに放り投げて、早く行くぞ! と先を促す。
そこで気付く。
今ので、遺体の近くにいた奴に気付かれたのだと。
視線を向けると、羊顔の小人が立ち上がる。
その手にはナイフが握られており、口には人の腕が咥えられていた。
「ひっ⁉︎」
自分の口から悲鳴が漏れる。
小人は俺達を見て、新しい獲物を見つけたと醜悪に顔を歪めていた。
俺は逃げるのも忘れて、後退りしてしまう。
「ハルト!」
そんな俺を叱り付けるように、父ちゃんが俺の名前を叫んだ。
ハッとした俺は正気に戻り、逃げようと出入口の方を見て絶望する。
そこには羊顔の小人が五人もおり、俺達を見て、楽しそうに顔を歪めていた。
まずい、まずいまずいまずい⁉︎⁉︎
小人から逃れるように移動しようにも、同じような存在が他にもおり、このままだと捕まってしまう。
そしたら……あんな風に……。
ぐちゃぐちゃになった、人だった物を見る。
そんなの、絶対に嫌だ!
雄叫びを上げて、強行突破しようとした。
だが、それよりも早く、別の所から大きな声が上がった。
「きゃー!!!!」
それは女性の悲鳴。
悲鳴がした方がを見ると、そこには俺達と同じように地上から逃げようと考えた人達がいた。
小人の標的が、俺達から悲鳴を上げた集団に変わる。
「今のうちだ!」
「あっ、ああ」
父ちゃんに促されて、俺は走り出す。
最後に横目で見た集団は、大勢の小人に襲われている姿だった。
外に出ると、そこはホテルの中以上の地獄が広がっていた。
多くの化け物共が徘徊しており、外に出た人達を殺して回っている。
それは、俺達も例外ではなく、外に出ると同時に多くの視線を集めてしまった。
「ハルト、先に逃げろ!」
「何言ってんだよ! 一緒に逃げるぞ!」
「このままだと、三人とも死ぬ! ハルト行け! タエちゃんを、母さんを頼む!」
「そんな⁉︎」
「早く行け!」
「っ⁉︎」
向かって来た化け物共が、父ちゃんに殺到するのが見えた。
それから視線を逸らして、俺は走り出す。
この方法しかないのは理解している。
だけど、それでも、これは、これは……。
「なんだってんだよ! ちくしょー!!」
泣きながら叫ぶ事しか出来なかった。
さっきまで、楽しく談笑しながら食事していたのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
父ちゃんの悲鳴が耳にこびり付く。
痛みに必死に耐えながらも、我慢の限界で口から漏れ出たのだろう。
「くそ! くそ! くそ! くそーー!!!」
俺は無力だ。
何も出来なくて、叫ぶ事しか出来ない。
もっと鍛えておけばよかった。
そうすれば、あんな奴らどうにか出来たかも知れないのに……。
無駄な思考。
そう分かっていても考えずにはいられない。
幾つもの、もしもの話が頭に浮かんで来て、現実から目を背けようとする。だが、そうはさせないと、胃の中からさっき食べた物が逆流しそうになる。
それを我慢して、必死に走って病院を目指す。
周囲から幾つもの悲鳴が上がり、助けを求める人達の姿が見えた。
俺はそれらから目を逸らして、必死に走った。
その途中で、悲鳴とは違った物音を聞く。
足を止めて、警戒しながら一歩ずつ進んで行く。
壊れかけたビルの隙間から、音がしている方を覗き込むと、人と化け物が戦っていた。
戦っている人達は、ある集団を守っており、ネオユートピアから脱出しようとしているのが分かる。
「たっ、助けてくれ!」
気付いたら、助けを求めて叫んでいた。
あの戦っている人達には見覚えがあった。
昨日、グラディエーターに出場していた選手だったはずだ。
惜しくも負けてしまったけれど、メイン試合を任されるだけあり、その強さも凄まじいとしか言いようがなかった。
「頼む、助けてくれ! あっちで父ちゃんが、化け物に襲われ……て……」
グラディエーターの選手に駆け寄り、早口で事情を説明するのだが、大きな盾を持った彼の冷たい眼差しを見て、言葉が続かなかった。
「悪いが、俺達は依頼された仕事しか熟さない。助けたいのなら、他を当たれ」
「そんな……」
冷たく拒絶され、何も言えなくなってしまった。
縋りつこうにも、力の差は歴然で、軽く殴られても俺は死んでしまう。
俺まで動けなくなったら、母ちゃんはどうなる。
背中で苦しそうにしており、俺が倒れたら助けられないかも知れないのに。
去って行く集団。
その中の一人が、「後から着いて来るのはタダだから」と言ってくれて、彼らから少しだけ離れて着いて行く。
集団だからか、その足取りは遅く、早く行ってくれと焦燥感に駆られてしまう。
焦っても仕方ないのは分かっていても、この気持だけは、どうしようもなかった。
それでも、歩みは進んで行き、やっと病院が見えて来た。
気付くと、俺は走り出していた。
「母ちゃん、あと少しだ、あと少しで病院だから!」
そう言いながら、集団を追い抜いて病院に入る。
自動ドアが開き中に入ると、するとそこには、さっきホテルで見た光景と同じ物が広がっていた。
「そん……なっ……」
考えてみれば、それは当然だった。
他が大変な状況になっているのに、病院だけが無事だなんて、そんな都合の良い話あるはずがなかった。
化け物共が俺を見る。
後退りして病院から抜け出すと、奴らも追って来た。
背後で「ギギッ!」と楽しそうに笑う化け物共。
外に出ると、そこには集団がまだいて、助けてもらおうと走る。しかし、そんな俺の行動を理解しているのか、彼らから冷淡に拒絶される。
「おい、モンスタートレインはマナー違反だぞ。そのままこっちに来るのなら、まずはお前から始末する」
「っ⁉︎」
強烈な殺気だった。
彼らからすると、牽制程度の物だったのかも知れない。
それでも、殺気を受けた俺は、これ以上近付けなくなってしまった。
「くっ!」
方向転換して、ネオユートピアの門から離れるように来た道を戻る。
これならいっそ門から出たかったが、そこにはまだ化け物の姿があって、とてもじゃないけど進めなかった。
「はあ! はあ! はあ!」
息が上がり、足が上がらなくなる。
このままじゃ、追いつかれて何も出来ずに死んでしまう。
「それなら、いっそ!」
建物の陰に母ちゃんを下ろして、近くに落ちている瓦礫を拾う。
「おおおーーー!!!」
そして、雄叫びを上げながら追って来た小人に踊り掛かった。
破れかぶれだった。
だが、その一撃は小人のこめかみに当たり、即死した。
そこで動きを止めずに、倒れた小人が握っていたナイフを奪い、近くで固まっていた小人の喉元にナイフを刺した。
「ギギギガ!!」
仲間を殺されて、ようやく動き出した小人達。
そう達だ。
まだまだ沢山の小人達がいて、仲間を殺されて怒り、俺を睨んでいた。
「はっ、はっ、はっ……ふっ!」
何故だか体が軽かった。
それに、小人の動きもよく見えていた。
死んだ小人からナイフを引き抜いて、一気に一番近くの小人に接近する。
目玉にナイフを突き刺し、怯んだ隙にそいつの手から鉄の棒を奪い取る。
そいつで、頭部を叩いて地面に叩き付ける。
まだこいつに息はあるが、放置するしかない。
すでに、次が迫って来ているのだ。
同じように、小人達を対処する。
止めを刺せないが、一体一体を確実に戦闘不能にして行く。
どうなってんだ、俺?
疑問に思いながらも、必死に倒して行く。
小人の数も減っていき、死んだのか、ピクピク動いていた個体が動かなくなっていた。
これなら、生き延びられる!
そう確信して、それが幻想だと思い知らされる。
「フガー!」
新たに現れた化け物。
豚顔の巨体が、小人達を蹂躙して乱入して来たのだ。
無造作に振られた腕が、多くの小人達を薙ぎ倒してしまう。
これが助けなら、どれほど頼もしかっただろう。
当然ながら、そんな奇跡が起きるはずもなく、俺は太い腕に殴り飛ばされてしまう。
「かはっ⁉︎」
壁に叩き付けられて、肺にある酸素を全て吐き出してしまう。
膝を突き、地面に手を付く。何とか立ち上がろうと、四肢に力を込めるが、激痛が走って倒れてしまう。
それでも、ここで倒れたら死ぬと必死に自分に言い聞かせて、何とか立ち上がる。
だけど、それも遅かった。
「あっ」
間抜けな声が口から漏れる。
目の前には、太い棍棒を振り上げた豚顔の化け物。
全てがスローモーションのように見えた。
ゆっくりと振り下ろされる棍棒。
早く避けないとと思いながらも、体は眺めているだけで動いてくれない。
物陰に隠した母ちゃんは大丈夫だろうか?
こんな極限状態で、そんな事を考えてしまう。
きっとこれが、死、という物なのだろう。
そう考えていたら、視界がズレた。
何かに押された感覚がある。
顔を動かして、押された方を見ると、母ちゃんの姿があった。
体調が悪そうな顔で精一杯笑顔を作っており、それが俺を心配させないためだと何となく分かる。
母ちゃんの口が動く。
〝ごめんね〟
グチャリと肉が潰れる音がする。
「……あっ」
顔に生暖かい液体が付着する。
それが母ちゃんの血液だと理解出来なくて、頭を掻きむしる。
力を入れる度に激痛が走るが、それさえもどうでも良かった。
死んだ?
誰が?
母ちゃんが?
何が起こった?
何で母ちゃんが?
どうして母ちゃんが死んだんだ?
…………ああ、俺のせいか。
「ああああぁぁぁーーー!!!!」
ナイフを握って、豚顔の化け物に飛び掛かる。
「フゴッ⁉︎」
俺の予想外の行動に、動きが鈍った化け物。
その頭に組み付いて、ナイフで切り刻んで行く。
何度も何度も刃を突き立てるが、この化け物に怯んだ様子は無い。それどころか、俺の腕に噛み付かれて、肉を引き千切られてしまう。
激痛が走る。
だけど、もうそんなのは関係ない。
ひたすらに刃を刺して、切って、刻んで、やっと脳に届いたのか、豚顔の化け物は力を失って倒れてしまった。
「はあ、はあ、はあ……母ちゃん……」
腕から血を流しながら、母ちゃんを見る。
俺は力を失って、その場に膝を突く。
もう動けない。
体力もなくて、血も流し過ぎた。
視線を周囲に向けると、豚顔の化け物が大量に取り囲んでいた。
俺は力無く倒れると、何かを踏み潰したような感触があった。
でもそれだけで、俺は気を失ってしまった。
ーーー
意識を取り戻したのは、あの日から一ヶ月後だった。
どうやら俺は、死に切れなかったらしい。
「少しは元気になったようだねぇ、説明はいるかい?」
そう話し掛けて来たのは、天津道世という人物だった。
どうやら俺は、彼女に助けられたらしく、結構危ない状態だったようだ。
「お願いします。何が起きていたんですか?」
道世さんの説明によると、ネオユートピアはダンジョンになったらしく、その影響でモンスターが地上に出現してしまったらしい。
この災害とも呼べる現象で、死者数、行方不明者数を合わせると、百万人を越えるという。
「まあ、助からないだろうね……」
そう道世さんは言う。
探索者を連れて来て、行方不明者の救出を行っているらしいが、誰一人として発見出来ていないそうだ。
「じゃあ、父ちゃんも……」
「悪いけど、絶望的だろうね。それと、これ……」
そう言って差し出されたのは、花の形をしたネックレス。
手を出すと、その上に置かれる。
このネックレスには見覚えがある。
父ちゃんと一緒に選んだ、母ちゃんへの誕生日プレゼントだ。
「あっ……くっ!」
あの時の光景を思い出す。
血の臭いも、あの生暖かい感触も、吐き気を催すような絶望感も、全てが頭の中でフラッシュバックする。
どうして、ダンジョンが出来たんだ?
どうして、モンスターに襲われたんだ?
どうして、父ちゃんも母ちゃんも死ななきゃいけなかったんだ。
まだまだ、長生き出来たはずなのに。
それなのにどうして!
「道世さん、どうしてダンジョンがあのタイミングで出現したんですか?」
「……さぁね、私ゃ探索者だけど、ダンジョンの事情までは知らないからねぇ」
何故だかそれが、嘘っぽく聞こえた。
「どうして、あの場所だったんですか? せめて、あと一日遅くなってくれたら……っ!」
そんな事を言う俺を、道世さんは醒めた目で見ているのに気付いた。でも、誰かの視線なんて、関係なかった。
この事態が、何者かの手によって引き起こされたのなら、俺は……。
「あんた、馬鹿な考えは起こすんじゃないよ」
「馬鹿でも構いませんよ。こっちは、家族が殺されたんだ」
俺は、この事態を引き起こした奴を許さない。
「見つけ出して、殺してやる」
憎しみを原動力に、俺は探索者として歩み始めた。
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if 田中ハルト(25)
レベル 3
スキル 限界突破
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これで、今回の投稿は終わりです。
次は7月までに投稿出来たらと思っております。
それでは、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。




