奈落47(世界樹⑥)改
近未来的な建築物を出て、整備された道を歩いていく。
街灯はないのだが、上空に浮かぶ島や、周囲の木の一部が薄っすらと光を放っており、道を明るく照らしてくれる。
奈落の夜は満月の地上並みに明るいので、そこまで不便は感じなかったのだが、文明の灯りに慣れると途端に暗く感じてしまう。
やはり、文明とは偉大なのだと実感する。
道ひとつ取っても、綺麗に舗装されており僅かに弾力性があって歩き易い。道の脇にはベンチも設置されており、休憩も出来る。水飲み場やトイレらしき物もあり、ホームレスでもやっていけそうだ。
「フゴー」
何処からか獣の鳴き声が聞こえて来る。
それも一匹ではなく、群れのような数の鳴き声が近付いて来ていた。
こんな夜に近所迷惑なと思い、鳴き声の方を向くと、百を超えるオーク?の群れがいた。
何故オークと断言できないのかというと、その群れのオークは四足歩行をしており、その目に知性が宿っていなかった。いや、それどころか生気を感じないのだ。
動いているので生きてはいるのだろうが、根本的に何かが違っている。足りないと言っていいかも知れない。とにかく不完全で、歪なオークの姿をした生物だった。
その群れは、道を一列に並んで移動しており、何処かに向かっているようだった。
オークモドキの群れを見て驚いていると、毛むくじゃらの小さなおっさんに話しかけられた。
『何だお前さんは? さっさと列に戻れ』
何だこの野郎、俺がこのオークモドキと同じに見えるってのか?
毛むくじゃらのおっさんの姿は、ずんぐりむっくりとした体形に、体毛が多く生えており、特に髭を長く伸ばしていた。まるで、ファンタジー世界に出て来るドワーフのようだ。また、畑仕事をしているかのようなオーバーオールを着用しており、手にはそこそこ長い鞭を持っていた。
『なんじゃい、オークじゃないんか。じゃあ、豚の獣人か?』
俺は手をボキボキさせながら準備運動を始める。
初対面で喧嘩売られるのは、モンスター以外では初めてだ。
その毛むくじゃらを、お前の血で洗って見せよう。
『お、落ち着け、冗談じゃ冗談!? イケメンなハイオークだったんで、つい揶揄ってしまったんじゃ!』
余計悪いわ!ここまで殺意を抱いたのは、これで百回目くらいだぞ。
『結構多いんじゃな、大変な生活送って来たんじゃのう』
やかましい。んで、このオークの群れは何なんだ?
『何って、さっきお前さんがオークモドキと言っておったじゃろう?』
オークモドキ……なあ、こいつらって生きてるのか?
『……さあの、食料として造られただけの存在じゃからな、生きても死んでもおらんってところじゃろう』
食料として造られたと聞いて、もの凄く忌避感を覚える。
生命に対する冒涜などと講釈を垂れるつもりはないが、どうしても同意出来ない一線というものがある。
それが、地上で行っている事と大差ないとしてもだ。
俺が顔を顰めていると、ドワーフのおっさんが説明してくれた。
このオークモドキは、ハイオークの魔力と微量の細胞を利用して造られているらしく、意思や魂と呼べる物は宿っていない。
もっと言えば、生まれた時からこの姿らしく、昼と夜を一巡すると溶けて無くなるそうな。
だからこそ、食料として使われる。
それが、生み出されたオークモドキの使い道なのだそうだ。
『嫌な仕事だろうが、誰かがやる必要があるんじゃよ』
ため息を吐いたドワーフのおっさんは、分かるだろうと俺に問い掛けて来る。
確かにそうだ。俺が文句を言うのは筋違いだ。この土地にはこの土地でのやり方がある。先程までいた施設も、多くの種族が暮らしており、ともすれば殺し合いが起こってもおかしくはないのだ。
オークモドキのおかげで食料が賄われて、平和が維持されているのなら、それは必要悪というより善なのだろう。
しかし、だがなとも思う。
どうして俺をオークモドキの仲間と判断したのかと。
改めて殺意が湧き上がる。
『落ち着け、謝ったじゃろっ!? そっそうじゃ!良い所を教えてやる!』
む?……良いだろう、さっさと連れて行け。
『恐ろしい魔力を持っておるのう、この儂をビビらせるとはやりおるわい、お主何者じゃ?』
権兵衛だ。そういうおっさんは誰だ?
『権兵衛か、儂はブリュンヒルデ・テトス・トコリス・ユグドラシルザニールじゃ』
ブリュ……何だって?
『ブリュンヒルデ・テトス・トコリス・ユグドラシルザニールじゃ。ドワーフの名前は長いからのう、気軽にニールと呼んでくれ』
このおっさんは、やはりドワーフのようだった。
よろしくなニールと握手すると、良い所に連れて行ってもらう。
道中で会話をするのだが、どうして念話を使わないのかと尋ねられたので、単純に念話の使い方を知らんからだと答えておく。というか、念話なんて初めて聞いた。
それなのに、どうして言葉が理解出来るんじゃろうなとニールは悩んでいるが、そんなもん知らん。だから、パッションだろうと教えて上げる。
『権兵衛は情熱を良いように使い過ぎじゃないか?』
良いんだよ、分からないものは大体パッションでいける。
それよりも、さっき言ってた守護者って何だ?
『守護者を知らんのか? なあ、権兵衛は何処から来たんじゃ?』
何処って森からだよ。森しかないだろう、ここの外って。
『森か……。 守護者じゃったな、守護者は言ってしまえば世界樹を守る戦士達のことじゃ』
世界樹とは、遠くに見える大きな木の事で、この地を守っているそうだ。
世界樹ユグドラシルに守られた都ユグドラシル。
その世界樹を凶悪なモンスターから護る守護者。
持ちつ持たれつの関係で、この地では安定しており、多くの種族が暮らしているらしい。
豊富な食料に発達した文明。それを守る為に、皆が鍛錬して守護者になるべく頑張っているそうな。
へーと鼻を穿りながら聞き流していると、横目で睨まれる。
すまんがへーとしか言いようがない。
確かに、奈落で文明を築いているのには驚いたし、ここが住み易いのは、先程までいた施設で理解している。だが、この地にヒナタ達が居ないのなら、俺たちは直ぐにでも出て行くつもりだ。
だから、今説明を聞いても仕方ない。
聞くなら、あいつらを見付けた後で十分だ。
そんな俺の心情とは裏腹に、ニールの話はそれだけでは終わらない。
『この地にはな、三十六の種族が暮らしておる。人数もそれなりに多くてな、数十億もの民が住んでおる。皆が鍛錬に励んでおるが、森に出れば半数が死ぬじゃろう。森の外に行ける者となると、生き残るのはほんの一握りじゃ』
一体何の話だと、遠くにある大きな木を眺める。
気のせいかも知れないが、あの木から視線というか意識を向けられている気がする。
『皆が、この地を守る為に戦っておる。世界樹を守るのは勿論、ここに住む大切な仲間の為に、皆が戦っておるのじゃ。だがな、皆が必死に頑張っても守れないんじゃよ、この地のモンスターは強過ぎる……』
ふーん、それで、何が言いたいんだ?
『別に何にもありゃせん、ただの独り言じゃ。この地は、我らにとって過酷だというな』
はあとため息を吐いたニールの背中は、見た目以上に小さく見えた。
下らない話をしたなとニールは言うと、今度は普通の雑談に移った。
最近の人気の装備だとか、美味い店だとか、ギャンブルだとか、人気の役者だとか、歌だとか、とかとか、色々な話をしてくれた。
明らかに、地上よりも進んだ文明のはずなのに、話している内容が地上と殆ど変わらない。何とも不思議な感覚である。
話の尽きないニール。
そんなに事情通のニールに、一つ尋ねる事にする。
それは、ヒナタ達を知らないかという内容だ。
『白い翼のある子供と首の長い爬虫類。あとは権兵衛よりブサイクな奴か……心当たりがない訳じゃないが、最後のはまったく心当たりが無いな』
ヒナタ達の特徴を伝えると、何やら知っているらしい。
しかし、残念なことに二号の事は知らないようだ。
とにかく、ヒナタ達に繋がる情報なら何でも良いので、教えてくれと助けを求めると、一枚のカードを懐から取り出し、何か操作し始めた。
『ほれ、これ持ってけ。目的地は登録しとる。それが権兵衛の望む場所へ連れて行ってくれるだろう』
渡されたカードには、この地の地図があり、指先で操作すると立体的な地図が表示された。そこには、浮島の地形や施設も載っており、これがあれば、まず迷う事はないだろう。
こんな便利な物があったら、マッピングールの出番がなくなってしまう。
俺が収納空間から取り出した機器を、興味深そうに見るニール。
また独り言で『どこも似たような物を作る』と呟いていた。
『それは、都ユグドラシルでしか使えんからな』
ニールの忠告に、どうやらマッピングールの出番はまだあるようだと安心する。
それなりに長く使っているので、かなり愛着が湧いてしまった。にしても、結構な期間使っているのに壊れないって凄いと思う。
…………あれ?マッピングールって誰に貰ったっけ?
やばい、結構な期間ダンジョンにいるせいで、地上での関係を忘れているような気がする。
親族や友人関係は覚えているが、それ以外が曖昧だ。
住んでた場所は、自信はないが覚えている。
つーか、長い事行方不明になっていたら、失踪届けやら、死亡届けも出されている可能性すらある。
地上に戻ったら戻ったで面倒そうだな。
腕を組んで悩んでいると、ニールが言っていた良い所に到着したようで、おいと背中を叩かれる。
到着した場所は、オークモドキが水を飲む為にある場所らしく、ニールの鞭によってオークモドキが行儀良く並んでいた。
これはあれだろうか。
ニールはここで殺して欲しいのだろうか?
『おい!早とちりするんじゃない⁉︎ 落ち着け、その魔力を引っ込めろ!!』
大量の汗をかいて、落ち着けと宣うニール。
何をそんなに怯えているのだろうか、どうせ一瞬で終わるのだから、何をやっても変わらないというのに。
『違うからな!別に権兵衛を馬鹿にしている訳じゃないからな!』
じゃあ何だというのだろう。
オークモドキが並んでいる、俺をオークモドキと間違えたニールが良い所に連れて行くと言ったのだ。
俺をオークモドキとして扱っているも同然ではないか。
右腕に魔力を込めていき、バチバチと音を立て始める。
まるで、俺の怒りを表しているかのようだ。
『待て!?これを見ろ!』
焦った様子のニールは、近くにあったレバーを倒す。
すると、その水を溜める場所に、女王蟻の蜜が流れ出て来たのだ。
「フゴッ!フゴッ!」
その蟻蜜を舐めるや否や、興奮した様子のオークモドキ達。蟻蜜をガブガブの飲んでいき、オークモドキ達はその体を更に肥大化させて行く。
何だこれは、これじゃあまるで◯と千◯の神隠しの親みたいじゃないか。
『ほれ』
その光景に慄いていると、ニールが蟻蜜の入ったコップを手渡して来た。
差し出されたコップを一口飲み込むと、クィーと喉から鳴る。間違いなく女王蟻の蜜だ。
まさかとは思うが、こうやって太らせて食べる気なのだろうか。オークモドキと呼んでいるが、実は元は……。
なんて恐ろしい妄想をしてしまうが、ニールが自らも蜜の入ったコップを持ち。
『この蜜が飲めるのは、ここだけだからな。皆んなには内緒じゃぞ』
クィー!生き返るわい、これが若さを保つ秘訣よい。そんな事を言って本ドワーフも女王蟻の蜜を飲み干しているので、それは無さそうだ。
だが、今の言葉で気になる事が出て来た。
ここの住人は、女王蟻の蜜は飲めないのかという疑問だ。
女王蟻の蜜は森の中を通っており、誰でも飲める物のような気がするのだが、今の言葉だとそうでもなさそうだ。
『この生命蜜を飲めるのは、成人した時と子を宿した時に限られる。それ以上の摂取は意味ないからの、摂り過ぎても依存するだけじゃて』
そう言いながらも女王蟻の蜜を飲むニール。
こいつは、既に蟻蜜中毒に陥っているのではないだろうか。
『それにな、これは世界樹様が己の為に生み出した蜜だからのう、普通の者が飲み過ぎると弊害が起こってしまうんじゃ』
何ですと?
クイーンビックアント。
それは、世界樹がビックアントを改良して作り出したモンスターであり、世界樹へ栄養を運ぶ為に存在する。
世界樹の力により、各階のダンジョンに送り込まれたクイーンビックアントは、あらゆる手段を使ってダンジョンからエネルギーを吸い取り、蜜を生み出しているそうな。
クイーンビックアントの蜜は世界樹の為の蜜であり、それ以外の者には栄養があり過ぎるのだとか。
『余り飲み過ぎるとな……太るんじゃ』
そんなん分かっとるわい!
真面目に聞いて損したと思い、蟻蜜を飲む。
女王蟻の蜜は、色々と使われているようで、世界樹の栄養の他に、都ユグドラシルのエネルギーとして使われたり、結界の維持に使われているらしい。
ふーんと聞いていると、空が段々と明るくなって来ていた。
どうやら夜が明けるようだ。
それと同時に、強烈な雷が空を駆け抜け、それから逃れるように高速でフウマが飛んで行く。
何やってんだあいつ?
『なんじゃ!?』
急激な変化に驚いたニールが声を上げる。
そんなニールに、もう行くわと別れを告げて空に浮かぶ。
『ちゃんと行くんじゃぞー!』
そんなニールの言葉を背に、俺はフウマを追いかけた。
『……まったく、嵐のような奴じゃ。それにしても、今のはミューレか……何やっとんじゃ彼奴は』
オークモドキ達と取り残されたニールは、ため息を吐いて蟻蜜を飲む。
そして、近くの木に触れると、その姿をエメラルド色の髪を持つエルフの少女へと姿を変えた。




