奈落38(迷いの森25)
どうしてだ!?どうして傷が開くんだ!?
獅子のモンスターを倒し、二号の治療を行っているが、治したはずの傷がまた開いてしまう。元凶であるモンスターを倒せば治ると思っていたが、そうではなかった。
死体も残っており、収納空間に入っている以上、確実に死んでいるはずだ。
仮に体を切り離し生き延びているとすれば、奴の気配を感じ取れない俺では、奴を探し出すことはできない。
つまり、ここで何とかしないと、二号の命は無い。
焦る気持ちを押さえてトレースで探ると、獅子の魔力がまだ流れていた。しかも、魔力の同化が進んでおり、より引き離すのは不可能になっている。
治癒魔法を使い続け、延命させる事は可能だ。だが、俺とフウマ、ヒナタの三人で治癒魔法を使い続けるのは現実的ではない。
何より、状況がそれを許してくれない。
辺りの気温が急激に下がり、近くを冷気の光線が通り過ぎる。
光線の通ったあとは全てが凍り、ガラスが破れるように粉々に砕け散った。
今の光線は、俺達に向けたものではない。
光線を撃ったであろう青い龍は、俺達の存在には気付いているだろうが、こちらを気にする余裕はなさそうだ。
てっきりゴーレムは氷漬けにされて終わりだと思っていたのだが、どうやらしぶとく生き延びており、未だに戦い続けているようだ。
「ゴホッ!?」
そんな状況のなかで、二号が血を吐き出して目を覚ました。
おい!大丈夫か!?
「私は一体……どうして、治癒魔法を私に?」
よく聞け、お前の体には何らかの魔法が掛けられている。掛けた奴は始末した、はずだ。だが、お前に掛けられた魔法は消えなかった。その魔法のせいで、治癒魔法を止めると傷が開いてしまう。
「そうですか……じゃあ、私自身が掛け続ければいいんですね」
二号、お前は今、魔法が使えるか?
「え? ……魔力が使えない?」
何を言っているのか分からないといった様子だったが、問い掛けに応えるように、魔法を使おうとして失敗していた。
それを見て、やはりと呟いてしまう。
二号の魔力に、獅子のモンスターの魔力が混ざってしまったせいで、魔力を操れていなかった。既に、二号の魔力は別ものに変質しているのだ。
この状況に似たものを、俺はよく知っている。
俺自身が敢えて招いて、作り変えたのだから当然なのだが、質の変わった魔力を操る方法なら良く知っている。
二号、魔力に意識を集中しろ。そして、深く深く魔力を探るんだ。その中に、自分のモノじゃない魔力を感じるはずだ。それを取り込め、制御しろ。お前が助かる可能性はこれしかない!
「私のものではない魔力?」
そうだ。肉を食ったときに魔力の高まりを感じたはずだ。あれに似た物が、お前の中に入り込んでいる。
「…………すいません、分からないです」
……そうか、直ぐじゃなくていい、俺達がいる間は何とかなるからな。
魔力を探ったようだが、何も掴めなかったようで、悔しそうな顔をしている。
考えてみれば、俺も感じ取れるようになったのは最近だ。実力を見ても、奈落で生き残れるほど強くない二号では、感じ取れる可能性は低かった。
だからこそ、時間を掛けて習得する必要があるのだが、この地はそれを許してくれないらしい。
「グルガァァァーーーーッ!!!」
森に、獣の断末魔が鳴り響き、大きな魔力が一つ消えた。
その消えた魔力は、青い龍の物だった。
予感はあった。最初は優勢だった青い龍だが、ゴーレムが凍らされてから魔力が変化したのを感じ取っていた。
これまでは、無機質なイメージの魔力だったのだが、凍らされてから、荒々しく暴れ回るような魔力に変化したのだ。
何がどうなって変化したのかは分からないが、少なくとも、青い龍を倒すほどの強さを持っているのだろう。
空から何かが飛来し、屋敷だった瓦礫の山に落ちた。
ゴロゴロと転がったそれは、青い龍の頭部であり、目は潰されて顔の半分は焼け爛れていた。切られたであろう首の切り口は鋭く、一太刀で落とした形跡がある。
ゴーレムが火属性の魔法を使っているのを見ている。だから、青い龍の頭部を見たとき、ゴーレムに負けたのだと思っていた。だが、あの切り口をゴーレムがやったとは考えられなかった。
あの鈍重な体でどうやって……。
その答えは直ぐに分かった。
飛来した首を追ってきたであろう、ゴーレムが空から舞い降り、青い龍の頭部を踏み潰したのだ。
派手な登場をしたゴーレムは、俺が見た姿形から面影もないほど変化していた。
無骨な四角形を組み合わせただけの姿から、リアルロボットのようにスタイリッシュに変わっていた。両腕からは、地面に届きそうなほどの鋭い刃が伸びており、背中から頭部にかけてスパイクのような太い棘が付いている。足の部分は、自重を支える為に太くなっており、全身を装甲が覆っている。色も赤銅色だったものから、より熱を持ったように赤くなっており、反対に刃からは、熱を感じられないほどに白く冷たい印象を受けた。
これはもう、別物だと言われた方が納得する程の変化だが、このロボットのような存在から感じる魔力は、確かにあのゴーレムと同じ物だった。
ゴーレムが動きを止め、カシューと音が鳴ると同時に、体に篭った熱を逃すように熱い空気を吐き出す。そして、潰した青い龍の頭部を掴むと、腹の部分が開いて取り込んでしまった。
ゴーレムからゴキゴキという音が鳴り響き、青い龍を食べているのだと分かる。
青い龍の頭部に残った魔力を取り込み、エネルギーに変換している。恐らく、体の方も取り込まれて、もう何も残っていないだろう。
可能なら、今はもう戦いたくない。
二号に治癒魔法を掛ける必要があり、ヒナタの魔力も残り少なくなっている。フウマがいれば、まだ保つだろうが、戦いになれば余波を防ぐ為に力を割かなくてはならない。
治癒魔法を使いながらやるにしても、限界はある。
しかも、地形を変えるレベルの戦闘だ。
フウマ一頭で、無事に守り切れるとは、とてもではないが思えない。
だから、満足したなら早くどこかに行ってくれ。
そんな俺の願いは、当たり前のように叶わない。
獅子のモンスターより、更に大きなゴーレムが、腕の刃を光らせて迫る。
その動きは遅くはないが、獅子のモンスターに比べるとかなり遅い。
姿形が変わり、機動力は上がったのだろうが物足りない。その上、動き出しが分かりやすく、対策を取ることは簡単だった。
杖で大量の植物を操り、ゴーレムを絡め取り動きを封じ込める。当然だが、そんな物でゴーレムの動きを止めるのは不可能だ。
だから、魔法陣を展開して、高火力の魔法で一気に決着を付けようと魔力を操る。
可能ならアマダチで破壊してやりたいが、リミットブレイクと同時に使えない上、杖の能力を解除してしまうので、それは出来ない。
それでも、この火力の魔法ならば大丈夫だという自信はある。
植物に絡め取られ動きの止まるゴーレム。
狙う必要もないほど近い距離、破壊の魔法を放とうと魔力を操る。
危険を悟ったであろうゴーレムが、即座に植物を切り裂き脱出しようとする。
だが、もう遅い。
放たれた破壊の魔法はゴーレムへと向かい、切り離された腕の部分を消し去り、先にある紅葉の森に擦り、空へと消えていった。
避けられた。
この至近距離で、動きを止めていたはずなのに、一瞬で植物を切り刻まれ、片腕を起爆剤に利用し、爆発の運動でゴーレムの体が横にズレ避けられたのだ。
あの一瞬で、そこまで動けるのかと驚愕する。
今の動きに一切の無駄がなく、最小の動きで最大の結果を出した。感情の無いゴーレムだから出来るのか、体の一部を切り離すのに一切の躊躇が無かった。
そのゴーレムは、魔法を放ち終わり、動きの止まった俺に急接近する。熱く鋭い一閃は俺の心臓を狙っており、人の弱い所をよく分かっているようなアプローチだった。
だが、その思いに応えられるはずもなく、杖で受け止め体を低くして逸らしてやり過ごす。
そんな俺の態度が気に食わなかったのか、失った腕の部分から冷気を纏った龍の顎を生やし、凍えるブレスを吐き出した。
そんな不満を俺にぶつけられても困るので、杖で地面を叩き向かって来るブレスを無効化する。しかし、そのブレスの効果範囲は広く、俺を避けて後方にある湖を凍らせていく。
よかった。
植物を操りゴーレムを捉えると同時に、フウマ達を移動させておいて。そうでなければ、全て受け止めなければいけなかった。こんな冷たい態度を取られたら、俺の心臓は凍えて死んでしまっただろう。
まあ、冗談はさておき、このゴーレムが取り入れたモンスターの力を使えるのは分かった。
それでも、この程度ならば、どうとでもなる。
これまでのモノクロから現れたモンスターと比べても、遜色なく強力な敵ではあるが、その範囲から出ることはない。
これまでのモンスターは、再生能力がデフォルトで備わっており、そうでないのは数えるくらいしかいなかった。
それぞれが、何かしらの能力に特化し、とても強力なモンスター達。
このゴーレムも例に漏れないが、青い龍よりも劣る印象を受ける。恐らく、相性が良く勝利したのだと思われる。
ゴーレムの次の太刀を避けて背後に回る。
大きな体のゴーレムでは、即座に反転は難しいだろうと背中を狙い、細く威力を凝縮した竜巻を向かわせた。
今度の魔法を避けるのは不可能、そう確信して、当たり前のように期待を裏切られる。
青い半透明の結界がゴーレムを覆い、魔法を防いだのだ。
これも青い龍が使っていた能力。
その結界が消えると同時に、背中に付いた無数のスパイクが発射され、一直線に飛んでくる。
これはまずいと全力で回避行動を取る。
バックステップで背後に飛び、反転して森の中に逃げ込む。
あれはダメだ。無効化できない。
そもそも、あれは魔法ではない。
あの発射された物から魔力を感じ取れなかった。
魔力を利用しないで作られた兵器。
核などの例外を除いて、現代兵器と変わらない威力ならば問題ないのだが、アレから感じる圧力はそんなレベルではない。
紅葉に染まる森を走り逃走する。
飛来する兵器が木に衝突して消えるのを期待したのだが、兵器は木々を避けて追尾して来る。
ならばと石の弾丸を作り、試しに兵器を撃ち抜くと、撃ち抜かれた兵器から数mの空間が圧縮して消滅してしまった。しかも、その範囲にあった兵器は無傷である。
ふざけてんのかと苦情を言いたくなる兵器だ。
それでも、石の弾丸で打ち抜けば良いのなら、対応は可能だ。
移動しながら幾つもの石の弾丸を作り出し、魔法陣の増加で数を更に増やして放つ。
これで全てを撃ち抜けたら良かったのだが、話はそう上手くは進まない。一つを撃ち抜けば即座に発動し、その範囲に入った魔法も消滅させられてしまう。なのに、兵器は無事という結果に終わってしまったのだ。
しかもだ、その中をゴーレムが追って来ていた。
ゴーレムの下半身が四足歩行に変形しており、先程よりも格段に動きが速くなっている。
姿がまた変化している。
どうとでもなると思っていたが、簡単に勝てる相手ではないかも知れない。
とにかく、兵器の数を減らす為に、再び石の弾丸を放つ。
兵器と衝突して、今度は大きく数を減らすことに成功する。しかも、巻き込まれた多くの木々が倒れ、ゴーレムの行く手を阻む。
これはチャンスだと、見えなくなったゴーレムの位置を空間把握で正確に捉え、魔法を振り絞る。
石の槍に竜巻を纏わせ、速度上昇、増加、破壊、追尾の魔法陣を展開して放つ。
大量の魔力を注ぎ込んだ上、杖により強化された魔法は、兵器を避けて進み、邪魔な倒木を両断して現れたゴーレムに衝突する。
青い結界に阻まれるが、破壊に特化した魔法の勢いを止める事は出来ずに砕け散り、守られていたゴーレムを貫いて破壊した。
少なくとも俺の目には、そう映っていた。
残った兵器を全て弾丸で貫いて無効化し、新たに現れたゴーレムに目を向ける。
空間把握で見た景色は、魔法を放った瞬間にゴーレムが二つに分離しているのを見ていた。
一体は倒木を切り、一体は大きく回避する。
その動きは、まるで俺の行動が分かっていたかのようだった。
ゴーレムの体は、分離したからか小さくなっており、破壊され地に落ちた破片を吸収して、少しでも元の大きさに戻ろうとしている。
しかし、破壊の魔法で消滅した分を元に戻すことは出来ず、前よりも一回り小さい体になっていた。
これは、少しずつ消滅させなければならないのだろうか?
もしそうなら、くっそ面倒くさい!
魔力は十分にあるから、やろうと思えば可能だ。だが、分離するようなモンスター相手に、消耗戦を仕掛けるなんて正気の沙汰ではない。
もしも、本体がどこかに隠れて、エネルギーを補充するような行動を取られたら、永遠に戦い続けるハメになるだろう。どこかに核のような物があれば良いのだが、分離した所をみるに、核自体が存在してない可能性がある。
愚痴を言ったところで状況が変わるはずもなく、吸収を終えたゴーレムが動き出す。
その動きは更に速くなっており、ゴーレムの脚がまた変化していた。四本脚から六本脚へ、それでもまだ足りないと八本脚へと変わる。
脚を増やしても邪魔じゃないのかと思うが、下半身が長くなっており、全体の姿を見ても細くなっている。
まるで、速度特化の体に作り変えているようだ。
だとしたら、その選択は間違いだ。
スキル見切りと空間把握が、ゴーレムの動きを正確に読み取る。地属性魔法を使って大地を操り、並列思考を使い植物を操り、ゴーレムを捕らえに掛かる。
最短で迫るのが不可能と判断したのか、ゴーレムは迂回しようとするが、その先でも魔法が待機している。
もう、この地全てが俺の支配下にあり、ゴーレムを圧倒するのは容易かった。
ゴーレムの速度など関係なく、その全てを包み込み捕える。魔力をかなり消費してしまうが、これで一気に消滅させられるなら問題ない。
一度、赤熱し炎を纏ったゴーレムが植物を切り裂き、大地を粉砕して見せるが、更に魔力を込めて強化すれば、その動きは止められる。
さあ、今度は分離出来ないようにして、大量に消滅させてやろうと魔法を構える。
あと一歩というところだった。
この魔法を放てば、ゴーレムを消滅させられるはずだった。
それなのに、俺は黒い魔法に貫かれて、激しく吹き飛ばされてしまう。
あー何だよちくしょうと負傷しながらも目を動かすと、上空で黒い鳥と思っていたモンスターが、手を翳してこちらを見下ろしていた。




