奈落①
目を覚ますと、そこは草原のど真ん中だった。
洞窟の崩落に巻き込まれて、暗く深い闇に落ちたはずなのに、ダンジョン31階で見ていた光景と変わらない長閑な風景が広がっていた。
ここは何処だと疑問が浮かぶが、ここで待っていても何も分からないので、とにかく動こうと右手を地面に突く。すると、右手にブニッとした感触があり、そちらを見るとフウマが寝ていた。
おい起きろと体を揺さぶるが、歯軋りを始めてかなり五月蝿い。
面倒になり、さっさと起きんかいと、尻を叩いて無理矢理起床させる。だが、思ったよりも強く叩いたようで、ヒヒーンと嘶いて起き上がった。
フウマは起きると同時に立ち上がり、辺りを警戒して顔を彼方此方に向けている。
先程まで戦っていたのだ。何が起きたのか確認しているのだろう。
そして俺を見付けると、トコトコと近寄り俺の尻に蹴りを見舞って来た。
ぐぶっと倒れる俺。
フウマの蹴りが強烈で、尻を押さえてぐぉーと呻いてしまう。
こいつ何すんじゃとフウマに詰め寄ると、お前が先にやったんだろと自身の尻に付いた手形を見せて来る。
なかなかに見事な紅葉である。
おいおい、それの何処に俺がやった証拠になるんだよ?
ただの跡だろ?寝てる間に、どっかにぶつけたんじゃないのか?
違う?そんなに寝相は悪くないって?
おまっ!?どの口が言ってんだよ!
俺がどれだけ蹴られてきたと思ってんだ!?
これまでのキャンプでは、毎夜毎夜フウマに蹴られて起こされていた。毎度縛って動けなくしているのだが、最近は寝ながらも魔法を使ってロープを切るのだ。
おかげで、この探索期間中の半分は寝不足になっていた。
その事をフウマに伝えると、それはこっちのセリフだと言う。
なに?どう言う事だと尋ねると、どうやら俺も殴り飛ばしていたらしい。
……仲良くしようか。
一応の和解をした俺達は、ここが何処か分からないので探索を開始する。
辺り一面緑が広がっており、地平線の彼方まで緑に見える。草の高さは足首くらいで、地面は柔らかく歩き易い。
フウマの背に跨り探索を開始する。
俺とフウマの体重が掛かったからか、地面が蹄に凹んでいる。もう少しダイエットしないとなと思いながら地平線を眺めていると、まだ遠いが、地平線の一部が盛り上がり何かが飛び出した。
それは地平線に突如と現れた高層ビルのように見えた。
景色と余りにもマッチしておらず違和感を覚える。それが巨大なモンスターだと気付いたのは、少しずつ折れ曲がり、再び地面に潜って行くのを見たからだ。
遅れて伝わる音と振動。
地面が揺れ、重低音が鳴り響く。
まるで災害のようなモンスター。
震えているのは、何も地面だけではない。
フウマも余りにも巨大過ぎるモンスターを見て震えていた。落ち着かせようと、フウマの首元を撫でるが、俺の手ももしかしたら震えていたかも知れない。
俺達は振動が止むのを待つと、向かう方向を変えて探索を再開する。
あんなのとは戦えない。
幾らモンスターでも限度がある。
見れば分かる。あのモンスターは大きいだけでなく、膨大な量の魔力を発していた。
俺が水溜まり程度の魔力量だとしたら、あれは海くらいの量を持っている。肉体も見た目通り頑丈なら、今の俺に勝ち目はない。
戦うだけ無駄だ。無駄に命を落とすだけだ。
早くこの階から出よう。
この階は余りにも恐ろしい。
若干足の速くなったフウマを抑えて、進んで行く。
いつ、あのモンスターが通るかも知れない。気が気ではないのは分かるが、駆け足のペースで走り続けると、体力の限界が来てしまう。
落ち着かせてフウマにペースを取り戻させると、空間把握の範囲にある植物全てが突然、俺達を絡め取ろうと動き始めた。
急激に伸びる草。
不屈の大剣を薙いで切り裂き、風属性魔法で草刈りの如く風の刃を飛ばす。
フウマも風属性魔法で応戦しようとするが、足を絡め取られた瞬間に魔力が操れなくなり崩れ落ちる。
フウマ!?
即座に飛び降りると、地属性魔法を使ってフウマに絡みついている草を切断する。
更に、辺り一帯の土を操り草を切り取るが、草は次々と生え変わり俺達に襲いかかって来た。
「リミットブレイク!」
フウマを抱えて、片手で大剣を操り、見切り、並列思考で風属性魔法を操り、全ての草を排除する。
それでも、草は無くならない。
どれだけ切っても生えて来るなら、先に限界が来てしまう。
ならばと、逆に地面を圧縮して根本から潰そうと効果範囲を最大限に広げて、地属性魔法で圧し潰す。
すると、伸びていた草は一度硬直すると、萎びて枯れていき、辺り一面から草が無くなった。
何だったんだと、収納空間から水を取り出して一息吐く。
リミットブレイクを解除してフウマを地面に降ろすと、もぞもぞとフウマが動き出した。
まるで酷い目に遭ったと、体を震わせてハアと吐き出す姿は、まるで仕事に疲れた中年のようだった。
フウマが草に捕まった時、魔力が乱れて急に倒れた。
もしかしたら、あの草のモンスターには麻痺させる能力があるのかも知れない。
そう考えるとかなり恐ろしい。
フウマを見る限り、草から切り離しても直ぐに復活しなかった。どちらか片方だけ捕まるならまだ良いが、俺達が同時に捕まると、恐らく助からない。
更に言うと、一面草原の世界で、何処に草のモンスターがいるのか分からない。先程も草が動き出すまで、普通の草だと思っていたのだ。見た目で判別するのは不可能だ。
途端に、目の前の光景が恐ろしくなる。
緑の世界。
この中には草のモンスターもおり、馬鹿みたいに巨大なモンスターもいる。
もしかしたら見える全てがモンスターかも知れない。
次の瞬間には巨大なモンスターが襲って来るかも知れない。
これまでとは一線を画す難易度の高さに目眩がする。
何だかんだで、一人でも圧倒出来るモンスターとの戦闘が殆どだったので、命の危険という意識が低下していた。
怯える心に体が引き摺られそうになると、ヒヒーンと喝が入る。
まるで、俺もいるだろうと主張して来る鳴き声はフウマの魂の叫びにも聞こえた。
そうか、そうだなとフウマを見て俺は力を貰う。
そうだ。
こんなに小さくて、どうしようもないくらい食い意地の張った馬だが、アホで、デブで、漫画読んで、俺の睡眠を妨害する上、危害を加えてくる奴だが、だが…………一人の方が生存率上がらないか?
途端に不安になるが、一人よりはマシだと言い聞かせてフウマの背に跨った。
風属性魔法で草を刈り、道を作って進んで行く。
草のモンスターの対処法が思い付かなかったので、ひたすらに草を刈るしかなく、魔力を大量に消費している。
しかし、この対処法が正解かもしれない。
普通の草は一度刈るとそれで終わりなのだが、草のモンスターは切られた先から再生するのだ。
再生した瞬間から戦闘開始なのだが、それでも奇襲を受けるのと、事前に準備をして対処するのとでは雲泥の差である。
まあ、それでも、戦い易くなるからといって、倒し方は変わらないのだが。
半径20m〜30mを地属性魔法で地面を圧縮して潰し、草を根から根絶しなければ、草は幾らでも再生してしまうのだ。
魔力消費が半端ない。
魔力循環を意識して魔力回復を図っているが、消費量に追い付いていない。
一応、草のモンスターを倒した後で休憩は取っているが、暗くなる前に道を見つけておきたいので、休憩も最低限で済ませている。
何度目かの草モンスターを倒して、水を飲んで再出発しようとすると、フウマが腹が減ったから飯食おうぜと潤んだ目で訴えかけて来る。
目を覚まして時間も経っており、一旦落ち着こうと食事の準備に取り掛かる。
収納空間から天闘鶏の肉を取り出し、薄切りにしてささっと焼き、レタスと一緒にパンに挟んで完成である。
満腹になって動けないという状況は避けたいので、軽食で済ませておく。ガッツリ食うなら安全な所を探してからだ。
フウマもそれを分かっているのか、この状況では文句も言わずに従ってくれる……はずもなく、焼いた肉を皿に盛り付けろと訴えて来る。
食事を済ませて、さあ探索を再開しようと立ち上がり、背後に向かって石の槍を放った。
硬質な物に衝突する音が響き、石の槍が防がれたのを察する。
空間把握に突如として現れた反応は、地面から起き上がったように感じた。
俺は振り返ると同時に、不屈の大剣を防御に回して突如現れたモンスターの攻撃を受け止める。
そして強烈な衝撃と共に、力任せに弾き飛ばされた。
かなりの距離を飛ばされ、何度かバウンドすると、着地と同時にリミットブレイクを使い突貫する。
俺を弾き飛ばしたモンスターは、3mくらいある巨大な鎧のモンスターだ。鎧と言っても、その色は土色をしており、まるで土人形のようにも見える。
鎧の土人形が持つ武器は、これまた大きな棍で、まるで人が使うように振り回しフウマを追い詰めている。
フウマも風属性魔法の機動力で回避しているが、鎧の土人形の動きが恐ろしく速く、ギリギリの状態だ。これで、チャクラムが通じれば、まだ余裕はあったのだろうが、切り裂いたそばから修復されては意味がない。
凶悪な棍がフウマを押し潰さんと振り下ろされる。
フウマも避けようとしているが、間に合わない。
俺は地属性魔法で地面を操り、自身を砲弾のように打ち出した。
軌道修正不可能な特攻は、的確に土人形の体を捉え、お返しとばかりに不屈の大剣を突き立てる。
そして破壊すると強く意識を持ち、魔力を込めて、鎧の土人形の胴体を破壊した。
上半身と下半身が別れ、倒れる鎧の土人形。
その体の中は空洞で何も入っていない。
これで終わりかとホッと一息吐くと、倒れたはずの鎧の土人形が再生していく。
上半身と下半身、それぞれが再生し、今度は二体の鎧の土人形が俺達の前に立ちはだかる。
鎧の土人形は強かった。
3mの巨体が操る武器は洗練されており、少しの油断が命取りになる。
一体でも大変なモンスターが二体に増えて、更に俺達を追い詰める。
一体をフウマが引き付けてくれてる間に、もう一体を破壊しようと、武器を重ね、魔法で攻撃して削り取るが、直ぐに修復されてしまう。
力は彼方が上で、技術は俺が優っている。
攻撃は通じる。
それでも倒し切れない。
武器屋との手合わせで得た技術で、何とか上回っているが、このまま修復されていては、勝ち目はない。
繰り出された棍を紙一重で避け、距離を詰めて腕を斬り飛ばす。切られた先から再生が始まり、逆再生するように腕が元に戻ろうとする。
俺は背後に回り込み、足の部分を切り離すと、鎧の土人形に触れてトレースを使用する。
コイツらの弱点を調べるためだ。
何かを探られているのに気付いたのか、フウマを標的にしていた鎧の土人形が向きを変え、俺に向けて棍を投擲して来る。
直ぐさま飛び退き、フウマ!と呼んで地属性魔法で大量の土を掴むと、風属性魔法で空へと舞い上がる。
トレースで見えたのは二つ。
一つは鎧の土人形に弱点は無いという事。
もう一つは、地中深くに土人形と繋がっている何かがあるという事だ。
魔法陣を展開する。
貫通、速度上昇、爆発の魔法陣を展開して、いつもより大きく、固い石の槍を作り上げる。
そして感じ取った物へと狙いを定め、撃ち放った。
音を置き去りにして放たれた槍は、妨害しようとした土人形を貫き、地面を貫き、深く深く突き進み、鎧の土人形の核に突き刺さり、爆発して破壊する。
地面が激しく揺れ、貫いた箇所から周辺が大きく陥没した。
どれだけ傷付けて、切り離しても再生していた鎧の土人形が音も立てずに崩れていき、何も残さずに消え去った。
地面に降りた俺とフウマは、一息吐くと直ぐに移動を開始する。
この階はヤバい。
モンスターが強すぎる。
ビックアントの女王の攻撃で暗闇に落ちてしまったのは覚えている。そして気付けばここに居た。
見た目は31階からの景色に似ていても、まるで違う。
あの暗闇が転移させるトラップだとしたら、もしかしたら階を飛び越えて飛ばされた可能性もある。てか、それしか考えられない。
一刻も早く、階段を探してポータルに辿り着くのだ。
そうしないと俺の身が保たない。
焦る気持ちを抑えて、並列思考を意識して使用し、魔力循環で魔力を回復させつつ、風属性魔法で草を刈る。更に空間把握を意識して、地面も感じ取れるように集中する。
フウマがいてくれて良かった。
こんな状態では移動する事もままならないから。
新たな土人形と遭遇し、草のモンスターとも対峙する。
次に現れた土人形は鎧ではなかった。
その姿は獅子を模しており、その爪と牙はかなり凶悪で、その巨体もまた脅威だ。
そして、その核となる物は、離れた場所にあり、草のモンスターの下に埋まっていた。
また同じように石の槍で破壊しようとしたのだが、その槍は草のモンスターに止められてしまう。
地面の圧縮には耐えられないのに、一点突破の槍は集合した草に受け止められ爆発した。
どんな性質だとツッコミたくなるが、事実そうなっているからどうしようもない。
今の魔法で、標的を俺に絞った獅子の土人形はフウマを無視して襲って来る。
草のモンスターは何重にも折り重なり、まるでドームのような形で鉄壁の盾を作り、俺の攻撃から核を守っている。
獅子の土人形の動きは素早く、鎧の土人形よりも更に上である。リミットブレイクを使って動いているのに瞬く間に追いつかれ、前足の振り下ろしを避け切れずに大剣で受け止める。
大質量の土人形の攻撃は、たとえ受け止めても体に衝撃が走り、全身から血が吹き出す程の威力を持っていた。
ガハッと血を吐き出し、押し潰されそうになるのを必死に耐える。
獅子の土人形は鎧の土人形と比べものにならないほど強い。いや、単に相性の問題なのかも知れないが、少なくとも核が守られている以上、どうにか打開策を考えなければならない。
まあ、それも目の前の獅子をどうにかしてからの話だが。
治癒魔法を使って体を治療しているが、今の状態では次の攻撃に耐え切れない。
獅子の土人形の手が離れ、凶悪な牙が迫る。
動いて避けたいが、傷付いた体では大剣を構えられない。
眼前の脅威に死が頭を過ぎる。
また俺の魔力が大量に消費される。
突如、小型の竜巻が幾つも発生し、獅子の土人形を削り切断する。
フウマだ。
フウマの魔法で獅子の土人形は崩れ落ちた。
しかし、それも少しの間。
落ちた土人形は再生を始めており、直ぐにでも元通りになるだろう。
俺は何とかしようと魔力を操ろうとするが、既に魔力が底を突きかけており、治癒魔法もままならなくなっていた。
フウマが駆け寄って来ると、心配そうに俺を見た。
いつもの反抗的なものとの違いに笑いそうになる。
何だよと頭をわしわしと撫でると一言。
「逃げるぞ」
そう告げると同時に、俺達は空高く舞い上がった。
ーーー
キラープラント(草のモンスター)
半径10m〜50mの範囲に生えている草型のモンスター。草の一本一本を刃に変えたり、対象を捕らえて締め上げる。草に触れた存在の魔力を狂わせ麻痺させる。移動速度は遅く、一時間で10m程度。
倒す方法は一度に全ての根を潰すか、焼き払うしかない。
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田中 ハルト(24)
レベル 29
《スキル》
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破 解体 魔力循環 消費軽減(体力) 風属性魔法 呪耐性
《装備》
不屈の大剣 守護獣の鎧(改)
《状態》
デブ(各能力増強)
《召喚獣》
フウマ
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フウマ(召喚獣)
《スキル》
風属性魔法 頑丈 魔力操作 身体強化 消費軽減(体力)
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モンスターの名前は適当に付けています。
https://37667.mitemin.net/i737393/
トコノマ様よりファンアートを頂きました。




