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無職は今日も今日とて迷宮に潜る【3巻下巻12/25出ます!】【1巻重版決定!】  作者: ハマ
3.ダンジョン31階〜

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百八十七日目〜③


 廃墟の町を発見してから二日間を使って町の探索を行ったが、何も成果は得られなかった。

 町での探索は諦めると、キャンプ地をこの町に固定して四方に向かって探索を行う。

 天闘鶏を積極的に狩り進んでいると、運の良いことに34階に繋がる階段を発見した。


 早く次の階に行きたいところだが、天闘鶏を狩る為にこの階に止まっている。当然、次の階にも天闘鶏はいるのだが、八丁さんから聞いた情報だと、食用に使うのは難しいという事だった。


 昇竜の戦輪が幻のホブゴブリンに向かって飛翔する。

 風の刃を纏った戦輪の切れ味は恐ろしく、そこに実体があれば、ホブゴブリンは碌に抵抗も出来ずに両断されただろう。しかしそれは空を切り、フウマの元に戻って行く。


 こりゃいつまで経っても終わらんなとやれやれして、石の杭で幻惑大蛇を串刺しにした。


 フウマは相変わらず幻惑大蛇の幻に苦戦しているが、天闘鶏に対する恐怖は完全に克服したようで、涎を垂らしながら率先して狩りに勤しんでいる。

 食に対するフウマの欲望は、止まることを知らないようだ。


 天闘鶏の狩りを開始して五日目に、探索者パーティと遭遇する。

 そのパーティは四人で結成されており、これまで見てきたパーティの中でも少人数だ。

 男性二人に女性二人。ポッタクルーを連れて探索をしており、四人共かなりの実力者である事が伺える。


 どうもと話し掛けると、あちらも挨拶を返してくれた。

 敵意は感じず、笑顔で接してくれるので問題なさそうだなと思い自己紹介をする。


 四人組のリーダーは一ノ瀬梨香子(いちのせりかこ)と名乗る女性で、武器は片手剣と小盾を持ち、軽装の鎧を装備している。

 他の三人とも自己紹介をするのだが、四人の年齢はバラバラでどういう経緯でパーティを組んだのか想像が付かなかった。

 四十代くらいの男性が一人、二十代の男女、一ノ瀬さんは分からないが、三十代には届いていないだろう。

 年齢の離れたパーティがいない訳ではないが、ここまで離れているのも珍しい。

 特に一番年若い女性は、堂々と治癒師と名乗っており、何かトラブルに巻き込まれるんじゃないかと心配になる。

 もしかしたら、彼女を守る為に集ったパーティなのかも知れない。



 まあ、何はともあれ普通に会話をして別れようと思うのだが、空が暗くなり始めており、俺達がキャンプしている所に同伴させてもらえないかという話になった。


 いつもなら断るところだが、長期間、人と触れ合っていなかったからか許可を出してしまう。


 その日のキャンプはいろいろと雑談して、何事も無く終わった。


 フウマが召喚獣という話をすると驚いていたが、四人とも好意的に接してくれた。フウマも頭を撫でられてご満悦そうだった。

 雑談の内容は、いつまで探索をするのかとか、仲間の有無や得意な戦い方の話をした記憶がある。彼女達は話し上手で聞き上手だったので、少し余計な話をしたが、まあ問題ないだろう。


 他は何もない。

 一ノ瀬さんを間近で見たとき、目尻に小皺を発見したくらいで、特に何も無かった。


「私の顔になにか?」


 いえ、何でもないです。


 翌朝になり、一ノ瀬さん達と別れになる。

 彼女達は、これから地上に戻るそうだ。何やら目的があったらしく、それも昨日達成したからだと言っていた。


 それで別れ際に、


「田中さん、誤解があったと聞き及んでいます。ですが、信じて欲しいのです。我々は決して貴方を害そうとは思っておりません。世樹も反省しておりますので、一度我が家にお越し下さい」


 俺は薄ら寒いものを感じながら、一ノ瀬さん達の後ろ姿を見送った。




 ダンジョン34階


 彼女達と別れて、俺は急いで34階を目指した。

 これまでに狩れた天闘鶏は全部で二十体。まだ欲しいところではあったが、諦めて先に進む。

 本来なら天闘鶏は34階でも出現するし、焦る必要はないのだが、もしかしたら取れない可能性がある。それは実際に狩るまで分からないが、期待はしない方が良いだろう。


 それにしても、まさかダンジョンまで追って来るとは思わなかった。

 それ程までに俺に、俺の治癒魔法に価値を見出しているという事なのだろう。

 まったく迷惑な話だ。



 草原から一本の氷の矢が飛来する。

 俺は乗馬した状態で大剣を払い、氷の矢を砕き散らす。

 次は多くの氷の矢が放たれ、一直線に俺に向かって突き進む。


 その全てを大剣で斬るのは面倒なので、フウマの腹を蹴り、走る速度を上げるよう指示を出す。

 走り出したフウマを追うように氷の矢は軌道を変えるが、それでもフウマの速度には付いて来れていない。

 そして、少しずつ氷の矢の出所と距離を詰めて行き、空間把握で反応を捉えた瞬間に、石の杭で貫き、その核を破壊する。


 アクアスライム。

 濃い青色のスライムで、水属性の魔法を得意とするモンスター。体はグリーンスライムほど強くはなく、物理攻撃も滅多に仕掛けて来ない。

 この階から出現するアクアスライムは、その多くは水辺に生息しているので、川に近付くときは注意が必要である。また、水を飲んだモンスターの中に潜んでおり、モンスターを倒しても油断は禁物である。



 石の杭に貫かれたアクアスライムは青く艶があり美しい見た目をしているが、その実、寄生虫のような特性を持っている。

 34階から36階で出現するモンスターは、その体内にアクアスライムを飼っている可能性があり、解体するにしても危険で命懸けになってしまう。


 ただでさえモンスターとの戦いに命を賭けないといけないのに、それ以外では極力避けたい。まあ宝箱は別だがな。



 34階の風景はこれまでと変わらず長閑だ。

 草原の中に道が走り、木が生え、森があり、山が聳え立っている。気温も一定で暑くもなく寒くもない、丁度いい気温だ。最もそれは、フウマが付けている常春のスカーフの能力のおかげというのもある。

 常春のスカーフの効果範囲から外れると、若干肌寒く感じる程度で、戦闘をすると丁度良い気温だ。


 緊張感も薄れていき、ふあっと欠伸をして、貫通と速度上昇の魔法陣を展開して上空にいる天闘鶏に向けて、石の槍を射る。


 狙い違わず飛翔した石の槍は、天闘鶏を貫いてどこかに行ってしまった。


 まるでひき逃げされたような天闘鶏は、体に風穴を開けて落下する。

 離れた場所に落ちたので、フウマを駆け足で向かわせて、さあどうだろうかと天闘鶏の解体を開始した。


 結果として、思っていた以上にアクアスライムが巣食っている。血抜きの最中に二匹、肉の解体中に三体現れ、解体が終わり収納空間に入れようとしたら入らなかった。


 収納空間には生物は入らない。

 それに例外はなく、死んだはずの天闘鶏の肉には、収納空間が生物と判定するモノが混ざっているという事になる。

 一体、何が混ざっているのかと肉を更に細かく解体すると、所々にアクアスライムの小さな核が埋まっていた。


 これは流石に食えないなと破棄を決めると、フウマが食べるから焼いてくれと主張して来る。


 こんなところで、勿体ない精神出さなくていいんだよ!

 食べて腹壊したらどうするんだ!?


 そんな俺の忠告を押し除けて、お願いだから焼いてくれとすり寄って来る。


 お、おう、なかなか気持ち悪いじゃねーか。


 二本足で立ち上がり、上目遣いで俺に寄り掛かって来る姿は中々に恐ろしく、悍ましい何かに見えた。


 フウマのリクエストに応えるため、肉を焼いていくのだが、たまに何かが破れる音がして、肉から青い何かが垂れる。

 可能な限り、アクアスライムの核を取り除いたつもりだが、全てを取り除く事は出来なかったようだ。


 青い液体がフライパンに焼かれて、辺りに匂いが立ち込めた。その匂いは、とても清々しく、ミントに似た香りが清涼感をもたらしてくれる。

 これはもしや美味しいのではないか、そんな期待をしてしまう。肉とミントが合うとは思えないが、もしかしたらがある。

 毒味役のフウマに食わせて、問題無さそうなら俺も食べてみよう。

 そう決めて皿によそい、フウマの前に置く。


 顔を輝かせたフウマは、一口で全ての肉を口に含み咀嚼して、全てを吐き出した。そして、余りにも不味かったのか、のたうち回り、メ〜と泣いている。


 まあ、そうだよなと思いながら、使ったフライパンや食器を洗う。

 33階で手に入れた水を生み出す花瓶は、思いのほか活躍してくれている。傾けて魔力を込めると、蛇口のように水を流せて使い勝手が良いのだ。魔力消費も、魔法陣を使って水を生み出すより少なくすむのは地味にありがたい。

 収納空間には、まだ大量の水が残っているが、水を生み出す花瓶がある間は使わないかも知れない。


 ん?なに?水が欲しいって?


 子鹿のような足取りで、フウマは俺の足に縋り付き、口を開けて水を流してくれと訴えて来る。

 優しい俺は、今後は俺の忠告を聞けよと花瓶を傾けて水を流す。それなりの量を出しているのだが、フウマには少ないらしく、ほぼひっくり返すようにして、口目掛けて流して行く。

 それでも足りないようで、一定の量で込めていた魔力を、更に多くの魔力を込める。すると、花瓶から出る水に変化が起こった。


 水が光を帯びて流れ出したのだ。


 フウマの口から外れた光る水は、地面に落ち染み渡ると、そこから草が生え、急速に成長を始めた。

 それは、あっという間にフウマの背丈を超え、フウマを覆い隠してしまう。


 これは何だと驚いて水を止めると、草の成長は止まった。


 急に生えてきた草に触れて確かめると、それは普通の草だった。少しだけ魔力が含まれているようだが、数秒後にはその魔力も霧散してしまう。

 これはもしかして、花瓶の水には治癒魔法に似た、生命力を与える能力があるのではないかと推察する。


 試しに指先をナイフで切って、キラキラと光を浴びた水を掛けてみる。しかし、その傷口に変化は無く、傷口が沁みるだけだった。

 治癒魔法で傷を治して、水が落ちた地面を見れば、そこには先程と同じように成長した草の姿がある。

 これはどういう事だろうかと、草むらから出て来たフウマを見るが、変化は特に無い。寧ろもっと水をくれと主張してくるぐらいだ。

 水に害は無いのは分かったが、光る水の効力が何なのか判明しないので、余り使わない方がいいだろう。



 花瓶の能力は、地上に戻った時に調べてもらうとして探索に戻る。

 34階ではこれまでと変わらず、モンスターと戦い探索範囲を広げて行くが、33階までの探索と比べて、得られる物は格段に少なくなった。


 それはアクアスライムのせいであり、モンスターが倒れても戦いを終わりと判断できなくなっていた。


 モンスターを倒して、さあ次だと移動しようにも、モンスターの亡骸からアクアスライムが現れて魔法で攻撃して来るのだ。特にホブゴブリンでは死んだと同時に、体を突き破って氷の矢が放たれる事があり、倒した後も一切油断が許されなくなっていた。


 そんな探索を始めて四日目、33階にある町以上の廃墟を発見した。


 フウマの足を止めて、おおっと感嘆の息を漏らし町の中央にある建築物を眺める。


 壁は所々崩れており、元の色が何色なのか分からないほどに劣化しているが、それは間違いなく城だった。

 壊れた壁に囲まれた町、その中心には西洋の城が聳え立っている。

 遠目で見る限り高さは100m以上あり、その隣には城よりも一回り小さい四角い建築物まである。


 町の探索は後回しにして、俺達は城へと向かう。

 モンスターを排除しながら進み、城門に辿り着くと、より一層その迫力に圧倒される。


 城門の片側は壊れてそこにはもう無いが、もう片方は頑丈に閉じられており、今も城を守っている。

 壊れた城門から見える庭園は、植物で覆われておりモンスターの姿も見える。

 それでも、その先にある城の入り口は、色は剥がれ落ちていても形は綺麗に残っており、その近くには多くの石像が並んでいた。


 城門から中に入り、襲ってくるモンスターを返り討ちにして先に進む。

 入り口に近付くと、石像の殆どが壊れているのが分かる。その中でも、まともに残っているのはドラゴンっぽい石像だけだった。


 ぽいというのは、そのドラゴンには壊されたのか手は無く、二対の翼に目が一つしかなかった。

 正直、ドラゴンと呼ぶには微妙で、異形の何かと呼んだ方が良いのかも知れない。


 その石像達を通り過ぎて中に入ると、そこは瓦礫の山だった。


 外側は立派に残っていたので、中も当然残っているのだろうと思っていた。しかし、実態は壁には大きな穴が空き、床は抉れ、上階に繋がる階段は全て落ちていた。

 それでも、瓦礫の山を登り、二階の部屋に何とか入ると、その部屋には額縁だけが飾られていた。

 中に収められるはずの絵はどこにも無く、ただ虚しく四角い縁が壁に磔になっていただけだった。


 俺はその額縁を手に取ると、ひっくり返したりして調べてみる。すると、以前、村で見た文字に似たものが記されていた。

 それが何を意味するのか分からないが、俺は額縁を収納空間に入れて持ち帰ろうと思う。

 誰か研究している人に出会えたら、渡すのも良いかも知れない。



 それからも城内を彷徨き、探索して行くのだが、目新しい物は何も無く時間を浪費しただけだった。


 ……そう思っていた。


 違和感を覚えたのは、黒いモンスターを発見した時だった。

 そのモンスターは、この階にいるはずのないモンスターで、34階に出現するには余りにも弱過ぎるモンスターでもある。


 ビックアント。

 ビックアントはダンジョン11階から16階まで出現するモンスターのはずだ。そのはずなのに、何故かここにいる。

 ビックアントの数は一匹で、俺達を見るとチョロチョロと逃げ出してしまった。

 このまま見逃しても良いのだが、少し気になったので追跡を開始する。


 ビックアントは城を出て、隣にある四角い建物に向かって走って行く。途中で他のモンスターに攻撃されそうになっていたが、風属性魔法でささっと片付ける。

 四角い建物に入って行くビックアントを見送り、どうしてここにいるのか少しだけ考えてみた。


 考えられるのは、元々この階に生息していたというものと、モンスターをテイムするスキル保持者がビックアントを斥候に出している可能性だ。

 前者は餌という役割以外でその存在価値はないだろう、後者は、まあ無いな。テイムするにしても、もっと強いモンスターを選ぶだろうし、斥候に使うなら29階で出現する疾風イタチの方が適任だ。

 この階に来て、ビックアントを使う必要はない。


 どちらにしろ、考えても答えは出ないので、四角い建物に入りビックアントの跡を追おう。


 四角い建物は、半分から上の部分は骨組みだけしか残っていない。

 入り口は瓦礫で埋まっており、ビックアントが入れる程度の隙間はあるが、人が通れるような大きさはなかった。なので、俺はフウマに跨ると腹を蹴って合図を出す。すると、フウマは竜巻を発生させて、ゆっくりと上空に上がり建物の骨組みの上に降り立つ。


 すると、何処からか甘い匂いが漂ってきて、その匂いに釣られたフウマが骨組みから飛び降り、走り出してしまった。

 本来なら勝手に動くフウマを制止しなければいけないのだが、この匂いには俺も覚えがあり、それどころではなかった。


 やっと見つけた!


 甘い匂い、これは前にも嗅いだ経験がある。嗅いだどころか飲んだ経験も沢山ある。


 そう、漂って来る匂いは、恋焦がれて仕方なかった女王蟻の蜜の匂いだ。

 

 これまで何度も何度も嗅ぎ味わい、この身に刻んだ衝撃を俺が間違えるはずがない。

 俺はフウマの跡を追って飛び降り走り出す。

 絶対に手に入れると決意して、途中で現れたモンスターを瞬殺して走り抜けた。



 辿り着いたのは、地下から更に降りた巨大な洞窟。

 そこまで続く狭い階段があり、まるで隠し通路のようになっていた。床が劣化して壊れていなければ、あの階段は分からなかっただろう。


 この巨大な洞窟は、地下にあるというのに明るい。壁を見ると、発光している石があり、僅かに魔力を発しているのを感じとる。

 こんな時でなければ、採掘して持って帰りたいのだが、今はもっと大事なモノが待っている。


 匂いを辿り到着すると、そこにはフウマが佇んでおり、道の終わりから下を見下ろして唸っていた。


 フウマの元に辿り着くと、そこは崖のようになっており、下を覗くと多くのビックアントが軍を成して動いていた。その数は千では効かず、万は超えている。身の毛もよだつような光景を見て、後退りする。


 俺は初めてビックアントと対峙した頃と比べて圧倒的に強くなった。それでも、この数のモンスターを見てしまうと、恐ろしと感じるのは仕方ないだろう。


 そんなビックアントの波の中から、一際大きな個体を発見する。


 ビックアントの女王様。

 腹は前回見た個体より小さいが、あの大きさは間違いなく女王蟻だ。


 この時の俺は冷静ではなかったのだろう。

 終わりを考えるなら、ここで引くべきだった。

 女王蟻の魔力を感じ取り、危険だと理解していた。しかし、以前も倒しており、その驕りがチャンスを逃してしまった。


 危険だと感じていても、引かなかったのは俺の落ち度だ。

 判断を誤った上に、行動も遅かった。逃げるべきだったと後で後悔しても遅い。



 俺は不屈の大剣を手に取り、リミットブレイクと呟いて準備をする。


 そして、フウマを掴んで前方に飛ぶ。

 瞬間、先程までいた場所が爆発した。


 何がとは言わない、リミットブレイクと呟いた瞬間に女王蟻がこちらを見たのだ。明らかに女王蟻からの攻撃。奴はこちらに気付いており、先制攻撃を仕掛けたに過ぎない。


 ビックアントの半数が羽を広げて飛び上がる。

 11階でも見覚えのある羽付きのビックアントだが、その体の色はやや赤み掛かっており、感じる圧力も普通のビックアントよりも強い。ビックアントの上位種だろう。


 フウマは落下する中で、チャクラムに風の刃を纏わせて操り、周辺のビックアントを一掃する。

 俺も負けていられないと、地属性魔法で地面を操り砂に変え、落下地点にいるビックアントを飲み込んで固める。


 着地すると同時に襲って来たビックアントを不屈の大剣で横薙ぎに払い、背後にいるフウマが規模の小さい竜巻で、飛翔するビックアントを遠ざけた。


 流石に、いつもの竜巻を発生させるのは危険だと理解しているのだろう。フウマも使う魔法は選んでいるようだ。

 だが、選ばない存在もいる。


 そう、ビックアントの女王様だ。


 女王蟻は幾つもの魔法陣を展開し、洞窟内だというのに強力な魔法を使用する。

 魔法陣の数だけ火球が生み出され、赤から青に変わり、白い炎へと変化する。ギィッという鳴き声と共に打ち出された白炎の火球は、軌道上のビックアントを飲み込み、地面を壁を焼いて迫って来る。


 仲間ごとやるのかと驚くが、あの威力の魔法を食らって無事ではすまないと気持ちを切り替える。

 魔法陣には魔法陣だろうと、分裂、強度上昇の魔法陣を展開し、地属性魔法で大きな丸い岩石を作り出す。狙う時間は無く、スキル見切りに任せて白炎球に向けて発射した。


 八つの白炎球と倍以上の岩石が衝突する。

 途端に爆発が起こり、土煙が舞い、衝撃が俺達を襲う。


 衝撃で足元がふらつくが、なんとか踏ん張り、不屈の大剣に魔力を流し上段に構える。


 土煙の中から一個の白炎球が飛び出す。

 そう、岩石では全ての白炎球を落とせなかったのだ。

 不屈の大剣を振り下ろし、剣閃を飛ばして、残った白炎球を切り裂き近くで爆発が巻き起こる。


 俺がフウマを呼ぶと、俺の意を汲んでくれたのかフウマは走って向かって来てくれた。俺はフウマの速度を落とさないように飛び乗ると、手綱を持ち、腹を蹴って土煙の中を疾走する。


 疾走して向かう先は女王蟻。

 魔法を得意とする女王蟻を魔法で圧倒するのは困難だ。それに、高威力の魔法でも仕留めてしまうと、腹の中にある蜜が手に入らない。

 更に言えば、ここは洞窟で崩落する危険すらある。

 これ以上の高威力の魔法の使用は、避けたいのだ。


 だから接近戦を挑み、女王蟻にこれ以上の高威力の魔法は使わせないようにしたい。


 とはいえ、女王蟻との距離はまだある。


 なので目眩しになればと、地属性魔法で舞い上がった土埃を操り、女王蟻に向かって飛ばす。

 しかし、その効果は無かったようで、今度は全てを吹き飛ばすような突風が洞窟内を一掃する。


 突風を受けて体が宙に浮きそうになるが、風属性魔法で風を受け流すように軌道を変えてやり、無効化に成功する。


 突風を受けても変わらない俺達を見て、女王蟻は攻撃の手はより過激な物に変わった。


 女王蟻の魔力が大きく動き、三つの魔法陣が展開される。

 俺にはその魔法陣が、どのような効果を及ぼすのか理解も予測も出来ない。だから、守護獣の鎧に取り付けられた魔鏡の盾に魔力を込めて、いつでも対処できるようにしておく。


 嫌な予感がした。


 即座にフウマから飛び降り、フウマを抱えて背後にやり盾を構える。


 次の瞬間、女王蟻はギィッ!!と大きな声で鳴き、それは衝撃波となって洞窟内を駆け抜けた。


 その被害は凄まじく、女王蟻より前方にいたビックアントは全て破裂し、洞窟の天井だけでなく壁や地面までも崩れ始めたのだ。

 魔鏡の盾のおかげで難を逃れた俺達は、まだまだと駆け抜ける。途中で洞窟の崩落に巻き込まれそうになるが、それでも引く事はない。


 何故なら、目の前にある蜜を諦め切れないから。


 あの味を知ってしまったら、もう戻れない。

 たとえ手足がもがれても、俺は何度でも生やして立ち上がるだろう。それほど、あの蜜は魅力的なのだから。

 女王蟻の蜜に命を賭けろと言われたら、俺はダース単位で自分の命を差し出すだろう。それほど、あの蜜に心を奪われたのだから。


 だから蜜を寄越せ!!

 

 うおおおーーっ!!と絶叫しながら迫る豚に恐怖したのか、女王蟻が後退る。


 もう彼我の距離は迫っており、今更逃げ出そうとしても、もう遅い。


 フウマがチャクラムを使い、女王蟻に向けて攻撃を仕掛ける。これまで同様に風の刃が付与されているが、今回のは威力高めである。

 俺もそれに続くようにフウマから飛び降り、不屈の大剣に魔力を込める。女王蟻が魔法で透明な膜を張っているが、そんなの知ったことではない。

 膜を破壊する為、剣閃を飛ばす。

 少しの拮抗の後、膜にヒビが入り、それは全体に広がって行った。

 そして、ガラスが割れたような音が鳴り響き渡り、女王蟻が展開した膜が崩れて消えて行く。


 それと同時に、風の刃を纏ったチャクラムが女王蟻の足を切り落とし、女王蟻の体は地面に落ちた。


 足を無くした女王蟻は苦しみ叫び、まるで助けを求めるようにギィギィと鳴き続ける。


 その様子を見て、せめて苦しまないようにしようと、首を落とすため不屈の大剣を構える。


 すまないな、そう呟いて女王様の首に大剣を振り下ろそうとして、凄まじい勢いで壁に叩き付けられた。




 何が起こった?

 俺は血を吐き出しながら、自身に治癒魔法を使う。

 そして顔を上げて、衝撃を受けた方向を見れば、そこには他の探索者がいた。

 五人組の探索者で、男が三人、女が二人の編成だ。

 この攻撃も奴らからなのだろう。だが、魔力を感じなかった。どうやって攻撃されたのか、分からなかった。


 奴らが何か喋っている。

 どうやら俺が生きている事に驚いているようだ。


 こいつらは何だ?盗賊なのか?この階に来ても盗賊の類が存在するのか?こいつらの目的は何だ?


 俺の疑問をよそに、男の一人がこちらに手を伸ばす。

 次の瞬間、再び壁に叩き付けられ、凄まじい圧力が俺の体を押し潰そうとする。

 リミットブレイクを使用していなければ、俺はこの攻撃で死んでいたかも知れない。これはつまり、奴らには俺を殺す意志があるという事だ。


 力を込めて圧力に抵抗して、不屈の大剣で薙ぎ払う。

 圧力の正体が何か分からないが、何かを切った感触があり、手を伸ばしていた男の手から血が噴き出した。


 仲間の男が負傷して驚いている様子だが、そっちがその気なら、俺も容赦するつもりはない。

 奴らもそれは同じようで、武器を手にこちらを警戒している。


 見た限り、かなりの実力者なのは間違いない。

 ここまで来ているのだ、間違いなくプロの探索者だろう。だが、奴らから感じる圧力は新島兄弟と同等クラスのものだ。つまりは、そこらのプロ探索者よりは上の実力者だ。


 油断は出来ない。

 だが、負ける気もしない。


 それに、俺は一人ではないのだ。


 強烈な竜巻が発生し、奴らを巻き込んで天井へと叩き付ける。


 フウマの魔法だ。

 奴らは俺に気を取られていて、フウマを意識していなかった。若しくは、力の無い召喚獣だと認識していたのかもしれない。


 天井から落下する奴らは無傷ではないが、動けなくなるほど負傷した者もいない。ダンジョンで鍛えられ、丈夫になった体は、あれくらいの攻撃には耐えれてしまう。


 奴らの前衛の二名は地面に着地すると同時にこちらに駆け出し、後衛の魔法使いはフウマを狙い魔法陣を展開する。


 前衛の二人。一人は長剣を持ち、目が痛くなるような赤い鎧を装備した中年の男。もう一人は、大斧を担ぎ、赤いプロテクターを装備した三十代前後の女。

 二人の動きは早く、一直線に向かって来る。

 その足取りを止めようと石の槍で牽制するが、切り払われてしまい意味をなさなかった。


 なので、俺も魔法陣を使い攻撃する。

 狙いは前衛ではなく、後衛の魔法使い。

 後衛の魔法使いは魔法陣に集中しており、こちらを注意していない。一応、タンクだろう俺を謎の力で押さえていた男はいるが、構わずに放つ。


 こちらに駆けて来ていた前衛が後衛に向けて叫ぶが、関係ない。


 展開した魔法陣は貫通と速度上昇。

 二本の石の槍を作り出し、奴らを倒さんと発射する。


 大斧を持った女がそれに合わせて振るが、空振りに終わり、男は一気に加速すると、連撃で斬りかかって来る。

 それを不屈の大剣で迎え打ち、三合四合と剣を合わせると、もういいやと一気に薙ぎ払った。

 奴らは強い。それでも武器屋の店主に比べたら、圧倒的に弱い。


 俺の一撃を受けた男は大きく後退し、代わりに大斧を持った女が技術も何もなく、掛け声と共に力任せの一撃を叩き込んでくる。


 その一撃は地面を砕き、威力の高さを教えてくれる。

 明らかに対モンスター用の攻撃。対人を想定していないような攻撃に、違和感を覚えた。

 無様な一撃を横に跳んで避けると、お返しに喉元を切り裂こうとして、更に大きく避けた。


 魔力が唸り、大斧から炎が噴き出したのだ。


 その炎によって跳ね上がった大斧は、ドンッとした音を上げて小爆発すると、俺目掛けて加速する。

 なんじゃそりゃと思いながら大剣で受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。それは彼方も願ったりだったようで、女はニヤリと笑った。


 そして、大斧から炎が噴射し、その熱が鎧の中にある俺の体を焼く。


 炎に炙られながらも不屈の大剣に魔力を込め、女の腹に蹴りをお見舞いして怯ませると、下がりながら剣閃を長剣の男に飛ばした。

 男は剣閃に驚きはするが、即座に反応して避けて見せる。そして、風を纏ったチャクラムを避けきれずに、体を切り裂かれた。


 女が男の名前を呼ぶ。

 俺は何をよそ見したんだと、女に向けて魔法を放とうと魔力を操る。

 だが、それが魔法になる前に妨害を受ける。


 また、不可視の圧力に押されて吹き飛ばされた。


 くそっと悪態を吐き、風属性の魔法で勢いを殺して地面に着地する。追加で治癒魔法を使い、火傷を癒しながら奴らを見ると五人が集結しているところだった。


 仕切り直しかとうんざりすると、足元にいるフウマと顔を見合わせて、仕方ないなと諦める。


 フウマは俺が後衛に魔法で攻撃を加えたあと、こちらに移動を開始していた。

 あのとき放った俺の槍は、寸分違わず二人の魔法使いに向かって飛んだのだが、タンクである男に一本の槍を止められ、もう一本は魔法使いの足を貫いていた。

 

 負傷した魔法使いの治療で、他の二人は動けなくなっていた。その間に前衛を戦闘不能にしておきたかったのだが、そうは上手くはいかない。


 フウマのチャクラムに切り裂かれた男も、ポーションを飲んで回復に集中しており、直ぐにでも戦闘に復帰するだろう。つまりは戦闘不能に追い込めたのは、足を貫いた魔法使いの男だけだ。


 可能ならタンクの男を優先的に戦闘不能に追い込みたいが、それは奴らも警戒しているので難しいだろう。

 空間把握にも反応しない能力。

 実に厄介だ。


 俺達は睨み合う。

 奴らは一人減ったとはいえ、四人は健在である。

 こちらもフウマと二人で、人数は負けていても、戦力で引けは取っていない。


 いつでも、斬り倒せるように集中する。


 だからだろうか、目の前のことに集中し過ぎて、肝心な存在を忘れていた。


 そうビックアントの女王蟻だ。


 女王蟻は俺達が争っている間に、魔法の準備をしていた。

 その魔法の向け先は、俺達人間であり、更には女王様を追い込んだ俺である。


 目の前の奴らに集中していた俺は、反応が遅れてしまった。


 暴力的な魔力の動きに、その場から飛び退こうとするが、逃れる事は叶わず急激な上からの圧力に押し潰される。

 目の前の奴らからではない、この膨大な魔力は女王蟻のものだ。


 奴らも何が起こっているのか気付いたようで、俺達から大きく距離を取る。


 俺と一緒に押し潰されているフウマが悲鳴も上げれずに小さく唸る。

 タンクの不可視の攻撃よりも圧倒的な圧力に抵抗出来ない。魔鏡の盾を出して無効化を試みるが、範囲が小盾だけで効果が無い。


 今、奴らから攻撃を受けたら終わりだ。

 身動きの取れない俺達は、いい的だろう。だが、攻撃を受ける事はなかった。奴らには多くのビックアントが襲い掛かっていたのだ。


 今のうちに何とかしようとするが、更に圧力が増して地面にめり込む。


 そして地面が割れた。


 正確には洞窟の崩落が始まった。

 これまでの戦闘と、女王蟻の高火力の魔法で洞窟が限界に達してしまったのだ。


 崩落が始まっても、俺達に掛かる圧力は変わらずにあり続ける。

 その圧力は俺だけでなく地面にも掛かっており、ついに地面が崩壊した。


 崩壊に巻き込まれて落下する俺とフウマ。

 洞窟の下には闇が広がっており、なす術もなく俺達は闇へと落ちて行った。



---


聖流の花瓶


魔力を流すと一定量の水を生み出す花瓶。より魔力を込めると、水が光を帯びる。光を帯びた水には植物を成長させる能力があり、微弱だが魔を払う聖水の効果がある。


買取価格 四百万円


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田中 ハルト(24)

レベル 28

《スキル》

地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破 解体 魔力循環 消費軽減(体力) 風属性魔法 呪耐性

《装備》 

不屈の大剣 守護獣の鎧(改)

《状態》 

デブ(各能力増強)

《召喚獣》

フウマ


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フウマ(召喚獣)

《スキル》

風属性魔法 頑丈 魔力操作 身体強化 消費軽減(体力)


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書き溜め終わり次第投稿します。

次は主人公強化回になるので、戦闘がメインになる予定です。前話の夢の内容とは関係ないです。

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― 新着の感想 ―
農家垂涎のアイテム
おもしろい(´・ω・`)
[一言] ダンジョンの壁や床を破壊して向こう側に行くと奈落に落ちるなら、 11階層でビックアントの女王を探して壁の向こう側に行こうとしたときの嫌な予感もそういうことだったのか。
感想一覧
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