百七十四日目
朝から昼までは、明日の探索の準備をして過ごした。
本日昼に鎧を受け取る予定で、調整がてら明日から泊まりで探索に挑む予定だ。
泊まりと言っても、流石に年末年始まで潜るつもりはなく、二日間の探索で終わるようにしている。
そんな計画を頭の中で立てていると、スマホが鳴った。
画面を見ると、愛さんからの電話だ。
はいもしもし、はい、はい、元気してます。
報告?
ああ、マッピングールのやつですね。はい忘れてないです。はい、明日から休み?
じゃあ、報告は年明けで良いんですね。分かりました。
物件も見つけている?なんの……ああ!忘れてた!
すんません。マジあざっす!
部屋のことを完全に忘れていた。
愛さんに相談していて良かった。このままじゃ、来年の春には住む所を失っていたな。
流石は愛さんだ。サス愛だ。愛さんは嫌がっていたが、俺はこれからも言い続けよう。
時刻もいい頃合いになったので、アパートを出て武器屋に向かう。
最近では、もうこっちに引っ越した方がいいんじゃないかと思うほど頻繁に、てか毎日来ている。
今住んでる所は家賃が安くて選んだが、そろそろ立地で選んでも良いかもしれない。
不動産屋の前を通ると、賃貸の値段が貼り出されている。
う〜ん、高い。
今払っているやつの倍以上だ。
最近、地価が上がってきているのは知っていたが、こんなに早く影響が出るものなのか。
払えない事はないが、これまでが安くて勿体無いと思ってしまう。
まあ、物件選びにしても、愛さんからの紹介を見てからだな。
これから手合わせ?
武器屋に到着して、鎧を受け取ろうとしたのだが、武器屋の店主が約束通り、今から手合わせしろと言ってきた。
いきなりだなと思いながら、どこでやるのかと尋ねると。
「そりゃダンジョンしかないだろう」
やる気満々の様子の店主に、俺は落ち着けと制止して、鎧が本当に出来上がっているのか確認させろとお願いする。
血気盛んなのは良い事だが、少しは歳を考えろと忠告したい。
先に鎧を見せろと言う俺に、仕方ないなといった様子の店主は何故かドヤ顔だ。
店主がカウンターの奥に消え、台車を押してやって来る。その台車の上には守護獣の鎧が乗っており、俺が付けた傷や斬った痕跡はどこにも見当たらなかった。まるで新品のような鎧がそこにはあった。
うーん、カッコいい。
甲冑ホブゴブリンの戦う姿を見て分かってはいたが、修繕され整備された鎧は一層厨二心に突き刺さる。
しかも左腕の手甲には、見慣れた小盾、魔鏡の鎧に付いていた小盾が取り付けられている。
まさかこれは……といったリアクションをしていると、店主がドヤ顔でその通りだと頷いている。
また余計な事して俺の金使いやがったな!
「そんな事しとらんわ!」
店主はそう言うが、前科があるせいで、どうしても怪しく見えてしまう。
本当かなぁ?本当ぉに金取ってないよなぁ?
俺の疑いの眼差しに、店主は顔を真っ赤にして否定する。
「この鎧はな、採算度外視で修繕と改造をやったんだぞ! 本来なら三千万貰っても足りんわ!分かったか小僧!」
そうか、そこまで言うなら信じよう。
で、誰が改造しろと言った。
ダンジョン31階
あれから目の泳いだ店主は、無料だからええやろなどと宣ったが、ここは責めどきだと思った俺は責めるに責めた。
他人の物を勝手に改造して良いと思ってんのか?
店としてどうなんだよ。
これ弁護士頼んだら逆に金取れるんじゃね?
弁償ってしてもらえるんですかねぇ?
人の気持ち踏み躙った自覚はあるんか?
俺とあのホブゴブリンの思い出を台無しにしやがって。
などなどと嫌みったらしく責めたのだが、急に店主が鎧を元に戻すと言い出し、ハンマーを振り上げた時は流石に焦った。
冗談冗談と言ってその場を収めたが、店主の目には殺意が芽生えていた。
そして、ダンジョン31階で手合わせをするのだが、やはりその目には殺意が宿っている。
まずいな、揶揄い過ぎたかもしれん。
ちょっとだけ反省すると、不屈の大剣を構えた。
俺はまだ鎧を使用していない。
今回は手合わせということもあり、昨日も使っていた壊れかけのプロテクターだ。足には神鳥の靴を装備しているが、腕と足に防具があるくらいで、体の方はスカスカだったりする。
まあ死ぬような事をする訳でもないし、大丈夫だろうと思っていたのだが……。
怒りに満ちた店主の表情を見るに、殺しに来るかも知れない。
ましてや30階のポータルに飛んだのだ、相応の実力を持っている事が窺える。
店主の武器は一本の槍。
色は鉄のような鉛色で、穂先から石突まで同色だ。体は動きやすさ重視の、軽装の装備で身を守っている。俺の記憶が正しければ、ビックアントの素材で作られた初心者用の防具のはずだ。
他には、腰には魔銃用のホルスターを付けており、五発の魔銃用の銃弾が収まっている。しかし、魔銃自体は無く弾だけである。手合わせの邪魔になるだけとは思うが、外す気は無いようだ。
店主が左足を前に出し腰を落とすと槍を構えた。
その構えは流れるように行われた。まるで一種の芸術作品のような構え。その姿は、どれ程の鍛錬を積んで来たら出来るのか、俺には想像も付かなかった。
店主の纏う雰囲気が変わる。
武人。
一言で表すならば、正にそれである。
これまでにも、武人コボルトや甲冑ホブゴブリンのように武に精通したモンスターと戦い、人であれば新島アキラと戦った。
それらと比べても分かる。
武器屋の店主は、別格の存在だという事を。
「……リミットブレイク」
これは手合わせだ。殺し合いではない。
しかし、油断すると殺されるんじゃないかという緊張感が俺を襲っていた。
互いに構えて睨み合う。
それなりに離れているのに、妙に距離が近く感じる。
はっはっと息を吐き出し、さあ行こうとすると、視覚にある情報と、空間把握と見切りで感じ取った情報の齟齬に混乱する。
店主は構えて立っているはずなのに、スキルでは近付いて来ていると認識していた。
そして、視覚情報が間違いだと気付いたのは、店主が槍を突き出す動作をした時だった。
焦りながらも大剣で受け、後方に大きく飛んで槍の間合いから逃れる。
スキルは確かに働いていた。
それでも、そのスキルを信じきれなかった俺の落ち度だ。
俺は再び不屈の大剣を構えると、集中して店主を見据えた。
うん、無理。
この店主、黒一よりも強いかもしれない。
武器の技量においては、比べるのも烏滸がましいほどの差があり、スキルでカバーして何とか攻撃を凌ぐので精一杯だった。
ならば魔法でと、死角から殺すつもりで魔法を使ったのだが、背後に目でも付いているのか、当たり前のように対処されてしまった。
それでもとトレースと見切り、空間把握、並列思考を使い店主の動きを学んでいったのだが、学んで即座に真似るのは不可能なように、対処するのにも限界があり、段々と攻撃を受けてしまう。
こりゃあかんと、岩壁で店主を囲って急いで離れた後、俺が使える最大級の威力を誇る魔法を使用した。
爆発、分裂、速度上昇の魔法陣を展開して石の槍を作り出す。そして、岩壁が砕かれると同時に放ったのだが、掛け声と共に下から上に薙いだ槍に誘導されるように、上空へ上がって行き爆散してしまった。
何したんだよ、このジジイは……。
理解不能で、もう唖然とするしかなかった。
再び武器による攻防に移ったのだが、今度は俺から来いと手でクイッとやられて挑発されてしまう。
俺はそれに応えるように、不屈の大剣に魔力を込めて、横一文字に剣閃を飛ばす。更に追いかけるように、風属性魔法で不可視の刃を無数に向かわせる。
それらが店主に向かって着弾すると同時に、俺は走り出す。
砂埃が舞い視界が遮られているが、空間把握は店主の位置をしっかりと捉えており問題は無い。
石の杭を店主の正面から出して攻撃すると、背後から強襲する。
魔法の杭を斬り払った店主は、振り返ると同時に俺の振り下ろしを長剣で受け止められた。
そう、長剣で受け止めたのだ。
先程まで持っていた鉛色の槍は無く、穂先から持ち手の部分まで鉛色の長剣に変わっていた。
そんな物持っていなかったはずだと、一瞬混乱するが、やる事は変わらんと攻め立てた。
何度も何度も大剣を操り、注意を逸らすために背後から、横から、足元から魔法で攻撃するが、その全てが無駄に終わる。
そして、大剣を振り下ろして鍔迫り合いに持ち込み、苦し紛れに神鳥の靴に鉤爪を生やして蹴りを放つのだが、これがいけなかった。
店主の持つ長剣の質量が減ると同時に、もう一本の剣が生まれた。
やばいと思った時にはもう遅く、神鳥の靴を斬り飛ばされてしまう。
靴が斬り飛ばされるとは読んで字の通りで、つまりは俺の足も土踏まずの辺りから失われてしまったのだ。
店主はしまったという顔をしているが、俺はそれどころではない。
風属性魔法で、俺と店主の間に突風を巻き起こすと、大きく背後に跳んだ。
地面に着地すると同時に、斬られた足元から血が噴き出る。だがそんな事はどうでもいい。そんなもの治癒魔法で治す事が出来る。
だが、神鳥の靴はどうだ?
斬られた右足の部分に魔力を送るが、まったくの無反応。更に言えば、無傷の左の方に送っても鉤爪が出てこなくなっていた。
これはどういう事だ?
これは手合わせではないのか?
確かに殺すつもりで攻め立てたりはしたが、それは俺の攻撃が届かないと、なんとなく察していたからだ。
店主は俺なんかよりも遥か高みにいる。
そう理解していたから、俺は容赦なく攻めたのだ。
店主もそれに応えるようにしていたし、今の俺の蹴りも下がれば避けれたはずだ。
じゃあ何で斬り飛ばされたんだ?
これ一千万円超えのアイテムだぞ?
俺は神鳥の靴を脱いで裸足になると、力の限り責め立てた。
18時幕間投稿




