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無職は今日も今日とて迷宮に潜る【3巻下巻12/25出ます!】【1巻重版決定!】  作者: ハマ
3.ダンジョン31階〜

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百七十日目〜百七十二日目

 朝から料理をする。

 シチューにスープにご飯にパンにサラダ、他にも作って収納空間に入れていく。水は多めに用意しておき、インスタントコーヒーもついでに入れておく。


 今日は、午後から泊まり掛けでダンジョンに挑むつもりだ。午前中は、先日の探索者パーティと待ち合わせをしているので、朝からは潜れない。

 まあ、ダンジョンは逃げないので焦る必要はないのだが、泊まりで潜ると決めると、まるで遠足に行く子供のように気持ちが高揚して仕方ない。昨日の夜、眠れなかった……ような気がする。


 収納空間にぽいぽいと荷物を放り込むと家を出る。

 約束の時間が近付いており、急がないといけない。別に待たせても良いのだが、一応社会人として働いていた手前、時間はきっちりと守りたいのだ。


 え?愛さん?

 ……さあ、知らないなぁ。


 電車に揺られてダンジョン最寄駅で降りると、ギルドに向かう。


 ギルドの周辺には多くの探索者が待ち合わせをしており、それぞれが装備に身を固めていた。


 多いな。


 予想はしていたが、俺はここに居る全員を相手にしなければならないのかと気が滅入る。

 昨日の電話でお礼参りすると言っていたが、まさかここまで本気だとは思いもしなかった。メンツを潰された報復がこれか、救いようのない鬼畜な奴だ。


 ギルドは何をしてるんだ?ギルド外でのいざこざは放置か?あくまで建物の中でのトラブルにしか対応しないのか?あれだけ中抜きしといて、助けてもくれないのか?


 腐った組織だな、おい。


 俺は草陰に隠れると、こっそりと魔法陣を展開して石の槍を作り出す。

 狙いはギルドの建物。

 使う魔法は、ダンジョンに大穴を開けた魔法だ。これならば、先制攻撃として申し分ないだろう。


 よく狙って、槍を振り絞り、いざ放とうと魔力を送り込む。


 さあ、これが俺からのプレゼントだ。


「あんた、何やってんだい」


 いざ魔法を放とうとすると、俺の首元に、いつの間にか刀が添えられていた。

 そして、その刀を持っているのはギルドのおばちゃんだ。

 俺がおばちゃんの存在を認識したのは、刀を添えられるのと同時だった。空間把握のスキルは、しっかりと働いているのにだ。


 恐ろしいババアだ。


 そう思っていたら、蹴られて前に倒れてしまう。

 フゲッと無様な声を上げた豚は、おばちゃんに踏まれて動けなくなった。


「誰がババアだ!」


 おっと、またしても口にしていたようだ。


「それで、あんたは何してたんだい?」


 おばちゃんは俺を踏んづけた状態で、再度問いかけて来る。

 これが若い姉ちゃんなら嬉しかったかも知れないが、こんな干からびたおばちゃんにされても嬉しくない。


 チャキと刀が鳴り、横目で見ていた俺の顔に突き付けられる。早く答えろという事なのだろう。



 待ってくれおばちゃん、俺は被害者だ。

 あそこには俺を狙う悪い奴らがいるんだ。そいつらを誘き寄せる為に、魔法を使うフリをしたんだ。本当だ、信じてくれ、実際に使うつもりは無かったんだ。

 別に面白そうだなぁとか、どんな事になるのかなぁとか、興味がほんの少しはあっただけで悪意はないんだ。


 だから刺さないでもらって良いっすか?


 刀の先端が俺の頬に触れており、少し動かすだけで傷を負うだろう。

 せっかく説明しているのに、話す度に刀を持つ手に力を込めている気がする。流石にないとは思うが、このまま突き刺したりとかしないよね?


 ……しないよね?


 心配になっておばちゃんを見ると、フンッと鼻を鳴らして俺の上から足を退ける。そして顎をクイッとして、立ちなと合図をして来る。

 俺はその指示に従い立ち上がると、両手を上げて無抵抗をアピールする。


 おばちゃんが悪い奴らってのは何だい?と尋ねて来るので、先日あった出来事を説明すると、呆れた様子で馬鹿たれと怒られた。

 どうやら、件の探索者パーティは既にギルドの一室を借りて待っており、お礼の準備をしているようだ。


 お礼って、お礼参りじゃなかったのか。


 そう呟くと、おばちゃんはいつの時代の話だと馬鹿にしてくる。


 ババアに言われたくねーよ。


 そして蹴られた。

 今度は口に出していなかったのに理不尽だ。

 何も言ってないだろうがと抗議すると、態度があからさまだよと額に血管が浮いた状態で詰め寄られる。

 これ以上怒らせるのはまずいなと思い、俺は話題を変えた。



 それにしても、よく俺の魔法に気付いたな。

 少なくとも、おばちゃんは近くに居なかっただろ?

 え?気付く?それだけの魔力出してたら、誰だって気付くと。

 ……ギルドの中は混乱してたのか。



 どうやら、おばちゃんの話では、俺が魔法の準備に取り掛かると同時に、膨大な魔力を察した探索者が武器を手に構えていたらしい。

 一気に殺気立った探索者達は、感じ取れなかった探索者達に襲撃が来るぞ!と声を上げたそうな。


 ……なんかごめん。


 考えてみれば俺も魔力を感じ取れるので、他の探索者が察知するのも当然だった。

 ギルドの前に居る探索者達は、ノーリアクションだったので感じ取れないのだと勘違いしていた。


 そこまで話して、おばちゃんから


「敵を炙り出す為に使ったんじゃないのかい?」


 と突っ込まれる。


 ……せやな。


 おばちゃんからの説教が続いたのは言うまでもない。




 ダンジョン31階


 ギルドで探索者パーティと会ったのだが、終始感謝されて居心地が悪かった。

 リーダーである女性、八丁奏はっちょうかなでさんから代表して感謝の言葉をもらったのだが、その内容が甲冑ホブゴブリンから助けられたというものだった。


 何で居心地が悪かったのかと言うと、甲冑ホブゴブリンは俺が探していた相手であり標的だった。だからあいつと戦うのは当然で、八丁さん達を助ける意図など、まったく無かったのだ。

 余りにも感謝されるので、正直に話すことも出来ず、はいはいと相槌を打つ事しか出来なかった。


 なんだか、逆に申し訳ない気持ちになった。


 慰謝料は感謝の意味を込めて十倍払うと言われたが、それは幾ら何でも受け取れない。

 なので、当初の約束していた金額を貰うと、俺は急いでその場を後にしたのだ。


 怒られるより、感謝される方が辛いって何なんだよ。


 そんな事を思いながらダンジョンを歩く。

 相変わらず長閑な風景の31階。

 森を抜けて、甲冑ホブゴブリンと戦った場所に行くが、そこは元通りの草原になっていた。

 それなりに激しい戦いをした認識はあり、魔法もバンバン使って攻め立てたので、それなりに穴が空いていたりしたはずなのだが、その痕跡は無くなっていた。


 ダンジョンは不思議だ。

 11階で採掘していた時も思ったが数日、いや、一晩あればダンジョン内の損害は元通りになってしまう。


 21階からは数の減らないオークや薬草なども生えており、地上に土を持ち帰ると野菜の成長に役立つそうだ。

 減らない資源、命のリスクはあっても永遠に取れるダンジョンは、世界から見ても魅力的だろう。

 その事で、過去に問題も起こったそうだが、今は解決しているようなので大丈夫なはずだ。

 まあ、難しい話は国のお偉いさんがどうにかするだろう。



 この道を一日歩けば、32階に繋がる階段にたどり着くと、八丁さんが言っていた。

 出発が遅くなったので、今日だけでは辿り着かないかも知れない。てか、そんなに歩くのなら、遠くに見える山の麓辺りにあるのではないだろうか。


 遠過ぎる。


 意気揚々と朝から準備をしていたが、あそこまで遠いと気が滅入る。

 止めようかな……いやいや、これまで何日間も探索して来たじゃないか。今更だ。これまで通りやればいい、目的地に向かって行くだけだ。


 でもなー、一階一階がこんなに遠いときついな。

 八丁さん達の話を聞く限り、32階は片道二日は掛かると言っていた。それも寄り道をしないでだ。

 探索して次の階段を見つけるのにも時間が必要になる。40階に到達するのに、一体どれだけ時間が掛かるのだろうか。


 目の前に現れたホブゴブリンを、地属性魔法で倒して先に向かう。一応、モンスター除けも購入しているが、可能ならテントで寝るときに使いたい。

 テントにモンスター除けの効果も付与されているが、それだけでは心許ない。

 30階までは、空間把握の範囲外から遠距離攻撃をしてくるモンスターはいなかったが、ホブゴブリンの魔法と矢はその外から届く。

 寝ている時に襲われるのは、めんどくさい。

 だから、寝る前に周囲に配置するつもりでいる。

 無用な行為かもしれないが、見張りを立てれない俺は、これくらいしないと安眠出来ないのだ。


 ぶらぶらと歩き進んで行くと、空が段々と暗くなる。

 そろそろキャンプする場所を探さないとなと考えていると、正面に建物が見えた。

 どうやら、また廃村のようで、建物の半数は倒壊しており、残っている物も劣化が激しく、とても人が住める場所ではなかった。


 建物と建物の間にテントを張ると、食事の準備に取り掛かる。

 ダンジョンではシチューと俺の中で定番化しつつあるが、一応ソースや具材は変化させている。今回はコーンクリームを採用しており、ぐつぐつと温めて皿によそう。


 うん、美味い。


 食品会社の企業努力の恩恵を受けつつ、パンと一緒に口に運んでいく。具材は小さめにカットし過ぎたせいで、素材の味が活かされていないが、それでも美味いのは間違いない。

 市販のルーを使っている限り、少々調理を失敗しても、食べられないくらい不味くなる事はないだろう。


 食品会社がある限り、我が国の胃袋はハードルが上がり続けるのではないだろうか。

 つまり、俺達の胃袋は食品会社に握られているのだ。


 恐ろしいな、まるで生殺与奪権を握られた気分だ。


 まあ、馬鹿な考えはこれくらいにして、モンスター除けを少し離れた場所に配置する。

 効果は数時間だが、その間だけでも安眠できれば御の字だ。



 そして深夜、テントの中で大の字になっていた俺は、飛び起きて側に置いていた不屈の大剣を取ると同時に、テントを収納空間にしまう。


 そして迫る大きな火球に向けて、大剣を振り下ろした。


 霧散する火球。

 そして土壁を作り、飛来する矢を防ぐ。

 風属性の魔法で刃を作ると、壁の両側に向けて飛ばす。すると、壁を迂回して来たホブゴブリンを切り裂き、一体は絶命させた。しかし、もう一体はギリギリ反応して避け、軽傷ですんでいる。


 石の弾丸を連射するが、この程度の魔法は効かないとばかりに、剣で弾かれてしまう。

 30階までは活躍していた魔法も、31階からは威力が足りないようだ。


 モンスターの剣が俺に迫る。

 下がりながら一合二合と剣を合わせ、残りの数を把握する。

 残りは目の前の奴と合わせて三体、剣士と魔法使い、弓使いだ。

 俺は三合目でホブゴブリンの剣を上に跳ね上がると、ガラ空きとなった胴体を横薙ぎに斬り払った。

 そして幾つもの風の刃を作り出し、今度はこちらの番だと、壁を迂回させて二体のホブゴブリンに向けて飛ばした。


 ギャッと小さな悲鳴が聞こえると同時に、残っていた二体が倒れるのを空間把握で感知した。


 ふうと息を吐いて、収納空間から水を取り出して口に含む。

 就寝中の襲撃は初めてではないが、今回は久しぶりだったせいで、かなり焦ってしまった。


 まだ辺りは暗いが、上を見ると段々と明るくなって来ているのが分かる。収納空間から取り出した目覚まし時計を確認すると、五時間が経過していた。

 寝る前に十二時に合わせているので、間違いないだろう。


 目覚めが刺激的だったせいで、朝からどっと疲れたが、蜂蜜でも食べて朝のルーティンを熟すとしよう。


 くぃ……。


 脳髄に届くような刺激は無いが、とても美味な蜂蜜だ。

 悪くはない、悪くはない……。悪いのは俺の肥えた舌なのだ。


 あの蜜が恋しい……。

 また11階で探そう、きっと何処かにあの大きなお腹の女王蟻がいるはずだ。


 そう決心すると、明るくなった空?を見上げて32階を目指した。



 ダンジョン32階


 八丁さんが言っていた通り、階段はあった。

 そして俺が予想した通り、山の麓にあった。

 もうね、遠い、遠過ぎる。

 こんなに遠いと、これから先が思いやられる。

 一人でぶらぶらと歩くのはまだ良いが、変わり映えしない景色はどうにかならないものか。

 森や川、廃村などはあるのだが、全体的に緑が多過ぎる。

 横を見れば、一面緑の草原が広がり、その反対側も同じく緑で染まっている。


 こういう景色は、心が荒んでいる時に見ると落ち着くのだろうが、余裕がある時に見ると眠くなってしまう。

 そのせいか、ふあっと欠伸をして下を見ると、蛇の目がこちらを見ていた。


 緑の草原から体を起こす、大きな緑色の蛇。

 体長10mを超える巨大な蛇。


 幻惑大蛇。

 口にはワニのような鋭い牙を持ち、体を周囲の色彩と同化して身を隠し、獲物が前を通ると幻を見せ背後から襲い掛かる恐ろしいモンスター。

 その肉体も大きいだけあり頑丈で、上手くはないが木属性魔法を使う。


 そのモンスターが魔法を使う。

 足元からツタが伸び、俺を捕まえようと周囲を覆う。しかし、前述した通り魔法は上手くない。

 ツタの動きが遅いのだ。


 サクッとツタを切り払い、牙を剥き出しにして真上から襲って来る幻惑大蛇を避けて、足元にいる3mくらいの大蛇の頭に大剣を突き刺した。


 すると、10mはあった幻惑大蛇は姿を消し、その場には俺が突き刺した大蛇だけが残る。


 32階で出現するモンスターの詳細は、八丁さんに話は聞いていたが、中々に面白いモンスターだ。

 目の合った敵に幻覚を見せて注意を引き付けると、背後から毒の牙で襲う。10mの幻惑大蛇も、最初に目が合った幻惑大蛇が見せた幻だ。

 幻の種類も多くあるようで、大勢のホブゴブリンだったり空から岩が降って来たり、下半身が地面に埋まっていたりするらしい。


 幻惑大蛇が見せる幻は、言ってしまえばただの幻なのだが、視覚による情報は馬鹿にできるものではなく、幻と分かっていても反応してしまう。それに、稀に本物のホブゴブリンが混じっているらしく、油断ならないモンスターでもある。


 俺は幸いな事に、空間把握のスキルのおかげで、幻と本物の区別が付くので問題ない。

 目が合った幻惑大蛇が、背後に回っているのにも気付いていたし、幻がどんなものか見る余裕も出来ていた。

 八丁さん曰く、ホブゴブリンよりも強敵だと言っていたが、俺とは相性が良いようだ。


 幻惑大蛇の皮もそこそこの値段で買い取ってくれるらしく、肉も食用に使え、淡白な味をしているそうだ。


 まるでアンコウのように、捨てる所の無い素晴らしいモンスターでもある。


 幻惑大蛇を解体して収納空間に入れると、探索を再開する。


 暫く歩いていると、道端でまた幻惑大蛇と目が合った。

 そして現れる宝箱。


 分かってる。

 幻なのは分かってる。


 それでも期待を込めて飛び付くのは、人の性でないだろうか。


 そして当然の如く噛まれた。


 怒りのままに叩き斬ったのは言うまでもない。

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おもしろい(´・ω・`)
[良い点] もうお約束の主人公のボケだけどバリエーション豊かで楽しいです。
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