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≪第零の二章—少年、出会う—≫

 その日もホープは羊の世話をしていた。


「おばあちゃん!日課も終わったしそろそろ町へ行くよ!」

「はい、はい、行ってらっしゃい」


 餌をやり、掃除をし、水飲み場の水を替え、羊の乳を絞る。何も変わらぬ普段通りの一日。

 あとは前日に作っておいたチーズと、今絞った羊のミルクを持って町に行きそれを売る。

 小さい頃に両親をなくし、それ以降おばあちゃんとこうして二人暮らしをしながら羊の世話の手伝いをしている。

 これと言って変わったことはない平凡な毎日だが、毎日変わらない朝を迎えられることがノートにとって何よりの幸せだった。

 それに最近はそれだけではなくなった。

 最近町で出会った同じくらいの年の女の子——ルインと他愛のない話をすることもまた毎日の楽しみの一つになっている。

 だからホープは何一つ望んでなんていない。強いて言うなら、変わらない毎日がこのままずっと続けばいい、それが彼のたった一つの望みだった。


「ん?なんだろう、あれ」


 遠くの空が光った。

 その光はどんどん大きくなっていく。

 いや、大きくなっていると言うよりもむしろ——。


「こ、こっちに飛んできてる!?」


 ホープは一目散にその場から立ち去ろうとした。でも両腕にミルクの入った瓶とチーズが入った鍋とを持ったホープは上手く走れない。


「う、うわぁぁぁっ!」


 光の弾がホープの足元辺りに落ちた。

 その衝撃でホープは吹き飛ばされてしまった。彼の両手からは抱えていた今日の売り物が飛び散ってしまう。


「わわわわわ、ど、どうしよう……!こ、これじゃあ……!」

「いつつつつつ」


 慌てふためくホープをよそに、光の弾が落ちた場所には見慣れない人影があった。


「なるほど。ここが『異世界』か。確かにどことないファンタジー臭がプンプンするな。それに随分と年も若返ってる」


 彼はタナカ・ユウイチロウ。この世界とは別の理を持つ世界からの来訪者。


「ん?あれはここの住人かな?丁度いいや、おーい、そこの人ー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど今はいいかな?」


 自分の落ちてきた衝撃によって彼が悲劇に見舞われた。なんて夢にも思っていない彼は、ホープに軽い調子でそんな声をかけた。

 しかしホープはそんな彼に答えているところではない。「どうしよう、今日の夜ご飯が……」とただ頭を抱えながら半泣きになっている。


「あー、その、なんだ、どうかしたのか?」

「どうかしたのかだって!?これを見なよ!今日は町でお祭りがあるんだ!だからチーズだって少し多めに作ってみんなにも頑張ってもらって!おばあちゃんにいい夜ご飯を作ってあげようと決めていたのに!いきなり空から落ちてきた光のせいで……!これじゃあ……」

「あぁ、空から落ちてきた光、ねぇ」


 それだけで、ユウイチロウは彼に何が起こったのかを理解した。

 と同時にある一つの決心をもしていた。


「さっきの変な奴の言うことが本当なら多分こんな風に……」



 ———彼の異なる世界での一生は、唐突にその幕を下ろした。

 それなりに幸せな生活、それなりに幸せな家庭、それなりに幸せな収入。

 そんな彼の家に殺人犯が飛び込んできた。

 殺人犯はその場で彼の妻と娘を殺し、彼をも殺そうとしていた。しかし彼はせめてもの反抗と近くにあった壺を彼に投げつけると、それが幸か不幸か殺人犯の頭に命中。殺人犯はその場で頭から血を流して卒倒した。彼は即座に凶器を遠くへ捨てようとしていた。

 タイミングが悪かったとしか言いようがない。丁度その時警察隊が扉を蹴破って部屋に侵入した。警察の目に飛び込んできたのは無惨な姿で倒れる彼の妻子と、血を流す殺人犯。そして殺人犯から凶器を奪い取った瞬間の彼。

 彼はその場で警官に撃たれて死んだ。


 世界に神がいるのかどうか、それはわからない。ただ何らかの意思は彼にこう言った。


「私はあなたを見ていました。あなたの命の終わりはあまりにもあなたに対して残酷だ」


 彼は死んだ。銃に撃たれた。でも意識がある自分に違和感を覚えたがそれ以上にその一言に怒りを覚えた。


「……っ!……!?」


 でも声がでない。怒りは無限に沸いてくるのに、それが言葉にならない。


「あなたの怒りももっともだ。あなたの不幸を他者に同調などされたくもないでしょうから」


 それがわかっていながらなぜ哀れむのか、さっさと殺してくれ、そう願った。


「そんなあなたにだから頼みたいことがある」


 今さら誰かの頼みなんて聞いていられるか、そう思っていた。しかし意思は尚も続ける。


「こことは違う世界に、あなたと同じような境遇に立たされようとしている者がいます。その者を救ってほしい」


 どうしてこうなった俺が誰かを救わなきゃならない。そんなのは真っ平ごめんだ。誰も俺を救ってくれなかったのに。彼にあったのは世界への怒りだけ。


「その気持ちを持ったあなたなら、わたしの授ける力をきっと正しいことに使ってくれる」


 授ける?そんなことせずにお前が自分でやればいいだけだろう。


「私には肉体がない、力がない。できるのは見守ることと授けることだけ」


 随分他人任せなんだな、あんたは。


「私はあなたの世界で言うところの神ではないし、もちろん仏でもない。故にあなたの言うとおり他人任せで自分勝手だ。だからあなたにお願いしたい」


 それをやって俺に何か利点は?と、もう思えば伝わるのを理解した彼は思う。


「そうですね、強いて言うならあなたと同じ境遇の誰かを救うことであなた自身を救える、と言ったところでしょうか」


 ……良いだろう。お前の願いを聞いてやる。彼は何かの物言いに、何となくのってやっていいか、と感じた。


「あなたに与えるのは世界を救う力、誰かの願いを叶える力。ただし叶えられるのは人を傷つけない願いのみ」


 それで誰かとやらを救えるのか?


「あなたがそれを望むなら」



「———あー、なんだ、そのミルクとチーズが元通りに戻ったら嬉しいかな?」

「当たり前だろう……?でも、そんなこと」


 と、涙を浮かべるホープの目の前で信じられないことが起こった。

 彼の願ったとおりにミルクとチーズが瓶と鍋に戻っていく。


「あ、あぁぁぁ……」

「その、なんか、悪かったな。ただもしよかったら——」

「ありがとう!これでおばあちゃんも喜ばせてあげられるよ!」


 こうしてユウイチロウの異世界生活が始まった。

 彼はこの後ホープの家で居候をすることになるのだがそれはまた別の話。


ご一読ありがとうございました。

これからも定期的に上げられるように頑張ります。

もしよければブクマとページ下部、応援ポイントをお願い致します。励みになります。


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