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現世堂の奇書鑑定  作者: 長埜 恵
エピローグ
92/99

4 その夜の話

「お願いですー! 別にいいじゃないですか、一緒に寝ても!」

「ダメったらダメ! それにこういうのは君が卒業するまで無しって言ったろ!」

「今時そんなことしてる人います!? オレの周りの大学生で恋人いる人、ほとんど同棲してアレコレやってますよ!」

「よそはよそ! うちはうち!」

「でも檜山さんだってオレのことすごく好きじゃないですか! 昼間も草津の湯が何とか言って」

「やめてそれ今になって恥ずかしいからほんとやめて!」

「とにかくもっとイチャイチャしたいです! どうかよろしくお願いします!」

「綺麗な土下座だねー! でもダメ!」

「ケチ! ヘタレ!」

「もしもし、慎太郎君のお母様ですか? お宅の息子さんを強制送還したく……」

「わああああそれだけはーっ!」


 檜山さんに飛びつき説得し、ギリギリ強制送還だけは免れることになった。親と恋人の繋がりが深いとこういうのあるよね。辛い。

 そのあとちょっと話し合った結果、寝る前に十五分だけ抱っこしてもらうことで妥協案となった。いや抱っこって。オレ二十歳だよね? 二歳じゃないよね?

 不満は残るが、仕方ない。オレも丹波さんと同じで、あんまり急ぎすぎちゃいけないのかもしれないからだ。檜山さんは平気だと言ってるけど、彼は長く辛い思いをしてきた人である。オレ相手なら大丈夫だと何度でも伝えたいけど、それだって彼の負担になっていてもおかしくない。


「……そんなことないよ」


 けれど思っていたことを全部吐いたところ、後ろからオレを抱きしめた檜山さんはそう言ってくれた。


「煮えきらない態度を取ってる僕に、君が変わらず同じ感情を向けてくれるのは嬉しく思ってる。……満足に応えられなくて、申し訳ないとも」

「そうですか?」

「うん。……でも」


 体に回された腕に、力がこもる。檜山さんの頭が、オレの肩のところにコトンと落ちてきた。


「……手を出したら、一気に転げ落ちていきそうで怖い」

「別にいいのに」

「良くない、僕は君が大事だ。それに僕、そうなったら多分慎太郎君が嫌がってもやめないよ?」

「わあー」

「うん、極端なんだろうな。これはあまり良くないと思う」


 ……そうかな。そんなことも無いと思うけど。オレは落ち込んだ檜山さんを慰めたくて、ふわふわした髪に手を置いた。

 感触が心地よくて、二、三度撫でてみる。そのまま、口を開いた。


「ねぇ檜山さん。ぶっちゃけ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」

「……そうかな」

「はい。だって檜山さんが不安になってることって、オレ全部普通のことだと思いますもん」

「普通?」

「ええ。間違えるのも、傷つけるのも、傷つくのも。いくら好きな人と付き合えても、そういうことが起こるのって普通だと思います。でも、相手のことが好きだから何とか対処して、また一緒にいようとするんじゃないかなって」

「……」

「だからオレも、檜山さんとそうできたらいいなと思います。檜山さんはどうですか?」


 そう言って彼の髪に頬を寄せると、オレと同じシャンプーの匂いがした。だけどその一方で檜山さんの匂いも混ざってて、ドキリとしてしまう。なのにどこか安心してしまうのは、子供の頃の記憶と結びついているからだろうか。


「……そっか。僕が、普通か」


 そうして答えてくれた檜山さんの声は、どことなく嬉しそうに聞こえた。


「そうだね。今の僕はだいぶ臆病なんだろうな。君の言う通り、もっと踏み出してもいいのかもしれない」

「! はい!」

「相談に乗ってくれてありがとう。君の望みを叶えられるよう、もう少し努力してみる」

「はい、お願いします! あ、もしよかったらぜひこのまま……」

「あ、もう十五分経ったね。よし抱っこ終了。解散」

「檜山さーん!」


 あんまりである。やっと進展するかと思ったのに。

 でもオレがぶーぶー言いながら未練がましく檜山さんに抱きついていると、ふと前髪をかき上げられた。そのまま、そこに何か柔らかいものが触れる。数秒何をされたか分からなかったオレだったけど、ようやく彼の行為に思い至った瞬間ぶわっと顔が真っ赤になった。


「ほわああああっ! キス! キス!」

「あ、バレた」

「キス!? 今キスしてくれました!?」

「うん、ちょっとだけど手を出してみた」

「ほあっ! ほああああっ!」

「そ、そこまで慌てる? おでこにキスしただけだよ?」


 そうだ、おでこにキスされただけだ。不思議そうな顔をする檜山さんであるが、実は一番びっくりしているのはオレだった。

 心臓は口から出そうだし、顔は熱いし。何? オレおでこにチューされただけでこうなんの? ならこれ以上のことされたらどうなんの?


 死ぬの?


 やだ死にたくない。せっかく檜山さんの恋人になれたんだから長生きしたい。添い遂げたい。


「……ふはっ」


 だけどそうやってオレがもだもだしていると、檜山さんが吹き出した。


「慎太郎君、面白いね。おでこにキスでそうなるんだったら、君も僕といい勝負じゃないか」

「な、何の勝負ですか!?」

「あんまりぐいぐい来られると困るんじゃない?」

「そそそそそんなことは!」

「無い? ほんと?」


 檜山さんの顔が近づく。首筋に彼の指先が触れ、そのままゆっくりと這う。檜山さんの温かさと、匂いと、息遣いが、耳のすぐそばにあって。


「……じゃあ、もう少し先のことをしてみ」

「なーーーーっ!!!!」


 パニックに陥ったオレは、思いっきり檜山さんを突き飛ばしてしまった。

 呆気無くひっくり返った檜山さんに、でもオレはオレでひたすらに混乱していて、持ってきたマイ枕を胸に抱えて後ずさりした。


「こっ、ここここっ、今回はこれぐらいにしてあげます! ですが今に見てろよ! 次はギャフンと言わせてやりますから!」

「なんで敵役みたいなこと言ってるの?」

「おおおおおおやすみなさい! 檜山さん大好き!」

「うん、僕も」


 こうなってしまうともうまともに檜山さんの顔も見られなくて、オレはドタドタと階段を駆け上がった。そして部屋に戻るなり、安心安全と名高いお布団に頭から突っ込んだ。


「……うううー」


 枕をぎゅっと抱きしめて、檜山さんにキスされたおでこを押さえる。思い出すだけでドキドキするし、何故か涙も出てきた。


「ヘタレなのは、オレの方じゃんかぁ……!」


 情けなくてみっともなくて、早く寝て忘れてしまおうと布団をかぶり直す。でも目をつぶると檜山さんの顔が浮かんでしまって、しばらくは何度も寝返りを打ってうめいていたのだった。

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