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現世堂の奇書鑑定  作者: 長埜 恵
第3章 新百鬼夢語
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番外編 檜山とつかさ

 よく晴れた午後の日差しとは対照的な、薄暗い和室。いつもなら古本の詰まった棚を見にまばらに人が訪れようものだが、シャッターが閉じた今ではそれも無い。しかし店の主は気にした様子も無く、なお本の山に埋もれていた。

 静かな部屋に、紙を捲る音だけが落ちていく。だが、その静寂もここまでだった。


「檜山コラーーーーッ!!!!」


 雄叫びと共に勝手口を開け放ったのは、頭に包帯を巻いた高校生。つかさは靴を脱いで丁寧に揃えると、ずかずかと家に上がり込んできた。


「丹波さんって刑事から聞いたぞ! 兄さんが拐われたんだってな! ふっざけんなよ檜山コラ!」

「……」

「オラ何黙ってんだ! 立てコラ! 喋れオラ!」

「……育ちの良さのせいで罵倒の語彙が極端に少ないんだから、無理はしないほうがいいと思う」

「喧嘩売ってんのか!!」


 檜山に敵対心を燃やしているとはいえ、結局つかさは慎太郎の弟である。同じ親の教育からは逃れられない。

 そうしてしばらく仁王立ちになって檜山を睨み付けていたつかさだったが、彼が全く本から顔を上げないと知ると諦めてそこに座り込んだ。


「……まだ、兄さんの場所はわかんねぇのか」

「うん、ごめん」

「いや普通に許さんけど。謝る暇があったら早く探せよ」

「うん」

「……」

「……」


 沈黙が訪れる。つかさは立ち上がると、その辺に転がっていた炊飯器に目をつけ、邪魔にならない所へと寄せた。

 それから檜山を振り返る。相変わらず本を読み耽るその姿に、つかさはふぅと息を吐いた。


「ねぇ、お前ちゃんと食ってんの」

「……」

「檜山」

「……ん? タケノコご飯?」

「腹ペコじゃねぇかよ。何か食えよ」


 仕方ないので、つかさは冷蔵庫を漁り出した。兄と違って何か作れるわけではないが、ソーセージなら火を通さなくとも食べられることぐらい知っている。彼は大雑把にパッケージを剥がしてやると、檜山の口元に持っていった。


「食え」

「……」

「食えって檜山。食べとかないと先に体が参るぞ」


 檜山の口がパカッと開く。が、二、三度咀嚼した時点でゲホゲホとむせた。喉に詰まらせたらしい。慌ててつかさはコップに水を入れてきてやり、檜山の口にあてがった。


「水も飲んでなかったのかよ。バカじゃねぇの」

「め、面目無い」

「頼りねぇな。そんなんで本当に兄さん見つけられんの?」

「うん」


 檜山は荒っぽく袖で口を拭うと、眼鏡を直した。


「見つける」


 瞬間漂った言い知れぬ気迫に、つかさはたじろぐ。だがそれを認めるのも癪で、とりあえずもう一本ソーセージを持ってきて檜山の口に突っ込んだ。


「じゃあもっと頑張れよ。せっかく燃料入れたんだ、その分アクセル踏め」

「そうする。ありがとう」

「別にお前の為にやってねぇし。兄さんの為だし」

「分かってる。でも僕の様子を見にわざわざ来てくれたんだろ? 感謝してる」

「そうやってご丁寧に言うとこがマジでムカつくんだよ。まったく、兄さんもなんでお前なんかがいいんだか……」

「ほんとにねぇ」

「ムカつく」


 檜山としては、何故慎太郎が望んで自分と暮らしてくれているのだろうぐらいのニュアンスだったのだが、つかさはそう受け取らなかった。ただの惚気として捉えた。


「とにかく! 俺は兄さんの為ならいくらでも時間取るからな! 何か分かったらすぐ連絡しろよ!」

「ありがとう。あ、でも連絡先……」

「はぁー? ンなもんパパッと俺が今から入れてやりますけど? おいスマホ寄越せや」

「助かる」

「お前の為じゃないですしぃー。兄ちゃんの為ですしぃー」

「分かってる分かってる」

「二回言うなムカつく」


 悪態をつきながらも、つかさは適当な水筒に水道水を入れてやり、ついでにソーセージを添えて檜山に出してやった。雑なお供えみたいになったが、今の檜山には十分だろうとつかさは断じる。

 ……本当なら、もっと具体的なことで兄の力になりたかったのだが。それでも、犯人が檜山正樹という男に向けて手掛かりを残したのであれば、今は彼に任せるしかない。

 歯痒くて、不服な事実には変わりないけれど。


「……兄さんに何かあったら、俺真っ先にお前の息の根を止めるからな」

「頼む」

「頼むのかよ。じゃあ死ぬ気でやれよ」

「うん」

「……また来るから」

「うん」


 檜山の生返事に、つかさはわざとらしく嘆息する。しかし、書に没頭する彼に届くはずもなく。


(やっぱ俺、コイツ嫌いだわ)


 拗ねた子供のような心持ちで、つかさは現世堂を後にしたのであった。

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