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現世堂の奇書鑑定  作者: 長埜 恵
第3章 新百鬼夢語
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11 再会

 強烈な一撃に地面に倒れ伏した紫戸だったが、すぐにつかさの存在に気づいた。振り返り、カッターを強く握り直す。


「お前っ……! つかさぁぁっ! どこまで俺の邪魔を!!」


 しかし紫戸が起き上がる隙を、待機していた警察官らが見逃すはずがなかった。

 あっという間に取り押さえられ、拘束される。こうして、傷害事件及び誘拐未遂事件は無事犯人逮捕と相成ったのだ。


「つかさ……!」


 そして思わぬ登場に、度肝を抜かれたのは大和である。喚き散らす紫戸を冷ややかに見つめるつかさに、彼は走り寄った。


「なんでここに……! おばさんから聞いたのか!?」

「いや? 簡単な推理だよ。前々から、コイツが大和君を狙っている事は勘づいてたからね。俺を排除した後は、すぐ君に手を出すと思ったんだ。だから紫戸んちに行こうとしたんだけど、どこかで待ち合わせる可能性も考慮に入れてさ。念の為、二人の家の中間地点の公園に寄った」

「あ、ああ……」

「結果、ドンピシャ。しかも大和君が大ピンチときた。まったく、おちおち昼寝もできないな」


 そう言うと、つかさはフンと鼻を鳴らした。……担任教師が自分を殺そうとしていたのならば、少しはダメージを受けても良さそうなものだが。心臓には剛毛が生え、セコイアの木よりも太い神経を持つ彼には、些末ごとに近いレベルのようだ。

 ちなみに、つかさの母から檜山の元に来たメッセージには『つかさが脱走しました。恐らくそちらに向かっています。とっ捕まえといて』とあった。後ほど彼は、母から山ほど説教をくらうだろう。


「つーか、檜山がもっとしっかりしてりゃ良かったんだよ」


 が、今は存分にふんぞり返るつかさである。


「殺人指南書だか何だか知らねぇけど、そこまで知ってたんならもっと紫戸に対して手を打てただろ。ふつーに話してるから反撃されんだよ。来るなり落とし穴に落としゃよかったのに」

「今回の目的は、あくまで自発的に罪を認めてもらうことだったからね。それに公園は落とし穴を掘れる場所じゃないし。難しいかな」

「何正論かましてんだよ、ムカつく。……ところで」


 つかさは、キョロキョロと辺りを見回した。


「兄さんは? 見当たんないけど」

「あれ、君に付き添ってたんじゃなかった?」

「いや、目が覚めた時は母さんしかいなかったよ」

「……おかしいな。じゃあ、家に帰ってる?」


 慎太郎からメッセージが来ていないか確認する為、檜山はスマートフォンを取り出そうとする。だがその時、またしてもズキリとこめかみが痛んだ。

 同時に妙な胸騒ぎがぶわりと膨れ上がる。冷や汗が流れ、檜山の心臓を揺さぶる。次第に速くなる鼓動の中、ふいに一つの疑問が彼の頭に浮かんだ。


 ――いやに、簡単過ぎやしなかったか?


「……檜山? どうした?」


 不思議そうな顔をして覗き込んでくるつかさに、檜山は答えられなかった。頭の中を目まぐるしく駆ける推測に追われ、それどころではなかったのだ。

 ――今までの事件に比べて、この事件はあまりにも簡単過ぎた。そもそも自分が話を覚えていたのも、内容にトリックらしいトリックが殆ど無かったからである。

 ならば、何故本の持ち主はこの事件を紫戸に起こさせた? 単なるVICTIMSの話数合わせか? それとも――。


 ――本当の狙いは、別にあった?


「……っ!」


 手が震えてくる。何度確かめても、スマートフォンにはつかさの母以外からの着信履歴は無い。


「おい、檜山。どうしたんだよ。兄さんに何かあったのか?」


 彼の名前のついた番号に、電話をかける。コール音が始まる。だけど、出ない。何度鳴らしても、何度鳴らしても、出ない。

 出ない。


「檜山!」


 たまりかねたようにつかさが叫んだ。だが、檜山に答える余裕など既に無かった。

 檜山は走り出していた。後ろでつかさと大和が声を張り上げていたが、無視をした。

 走る。公道のタクシーを荒く止めて、殆ど怒鳴るようにして住所を伝える。驚いた運転手を急かし、自宅へと向かう。

 じりじりとしていた。焦っていた。車内でずっと彼はこめかみの痛みに耐えながら、必死で最悪の予感を押し殺していた。

 そして到着するなり、一万円札を叩きつけて外に出る。現世堂のシャッターの隙間からは、明かりが漏れていた。だが、それは今の彼にとって全く安心できない光景だった。

 ――中にいるなら、何故自分の電話に出ないんだ。

 勝手口に回る。ドアの鍵は空いていた。舌打ちをして、勢いよく開ける。


「慎太郎君……!」


 見慣れた和室。見慣れた自宅。しかしくつろいでいたのは、いつもそこにいるはずの青年ではなかった。


「――や、どうも」


 一目見た瞬間、総毛立った。


 目が見えぬほどに伸びた前髪。耳や頬、唇に開いたピアス。痩せぎすの長身。脳裏に蘇るのは、鮮血と、悲鳴と、肉を切り込む嫌な感触。

 ――忘れるものか。忘れるわけない。檜山は拳を握り、表情を険しくした。


「……帆沼君……!」

「ええ。ご無沙汰してます、檜山サン」


 帆沼は薄く笑って、身を起こす。


「やっと、会えましたね」


 親しげな声に、檜山のこめかみは一層激しくズキズキと酷く痛んでいた。

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