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フレッド・ミラーの家の中に入って早々、驚きながら家の中を見渡した。
あちこちに画材が置かれており、壁にはぎっしりと見事に描かれた風景画ばかりが並べられていた。
……これは、彼が描いたものなのか?
どれも素晴らしいものばかりだ。どの絵画からもエネルギーが感じられる。全て魂を込めて描いたものだということがわかる。
「ギル様、どこ行っていたんですか!」
リラの言葉に俺がハッと我に返ると、使い古され、絵の具が飛び散っている四人掛けのテーブルにフレッド・ミラーだと思われる老人とリラが向かい合うように座っていた。
ベティとベラはリラの後ろに立っている。
老人は俺に背を向けて座っていたが、リラの反応で俺が来たことを察してその場に立ち上がる。ゆっくりと振り向く彼に俺はフードを取って近づく。
背中は丸く曲がっており、かなり高齢だ。顔と手の皺、そして髪の白さが老いを物語っていた。目も開いているのかどうか分からないほどだった。
「ギルバート・イシス。この国の第二王子だ」
俺がそう名乗ると、彼は急に瞳に光を宿した。背筋を伸ばし、両足の踵をくっつけ、「殿下」と確かな声を発して頭を下げた。
年老いてもなお劣らぬその動きにリラや双子たちは思わず目を瞬かせる。俺は老人を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「少し話をしよう」
フレッド・ミラーと対面するように座った。俺の右隣にはリラも座っている。
どうやら彼は王族がこの町に来ているということが信じられず、リラを詐欺師だと勘違いしていたようだ。
「だから、言ったじゃないですか~、本当に王子が来ているって」
リラはまだ疑われたことを若干根に持っているのか、口を尖らせる。これ以上フレッドを責めるなという意を込めて、テーブルの下で俺はリラの足を軽く踏んだ。リラは「いっ」っと小さな声を出して、口を閉ざした。
疑って当たり前だ。なんの連絡もなく突如王家の者がシュレス町に来たといっても誰も信じないだろう。老人だと思って騙そうとしているのか、と怒りを買ってもしかたがない。
フレッドは俺のことは見たことはなかったらしいが、存在は把握していたらしい。王族の特徴的な俺の容姿を見て、すぐに第二王子だと理解したようだ。
圧倒的品格の違い、幼くして放たれている威厳、などと言っていたが、それはよく分からない。
フレッドに家族はいない。
両親はとっくに他界しており、妻はいたそうだが、結婚してすぐに流行り病で亡くなったそうだ。その後、自分の身をこの国に捧げようと心に誓い、王都へとやってきて王宮騎士団に見事入団。生涯のほとんどを騎士団で過ごし、引退後は僅かの間だったが、かつて妻と過ごしたこの小さな家に戻ってきた。
シュレス町で生涯を終えようと思ったそうだ。
空気が澄んでいて、王都よりずっといいです、とフレッドはくしゃくしゃの柔らかい笑みを浮かべた。




