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Part25 Epilogueー少女と棺桶の行先



 一夜明けた後、人々はビスクさんの破壊した建物よりも、まずはお祭り騒ぎを楽しむ事を優先させた。三日間のカーニバルは賑わいを見せ、街には歌とお菓子が溢れる。


 最初に起きた出来事は、マシューさんについてだった。街への全体放送で盛大に悪役を演じたが、厄介だったのは実際にクロミツの名前で嘘をついていた、という事実である。

 演技でも何でもなく、正真正銘の悪役で間違いない。


「擁護? いらないよ。僕はこのままこの街を出て、どこか小さな田舎で死霊術を使って生活するつもりさ。魔術協会に雇ってもらうって言うのも悪くない。より取り見取りだよ」


 そんな言葉が嘘だと言うのは、誰の目にも明らかだった。しかし街からは苦情が殺到しており、マシューさんは逃げるように街を後にしようとしたのだ。が、それは失敗に終わる。観光客に紛れて出ていこうとしたのだが、正門前で街の人に見つかってしまったのだ。

 騒ぎが大きくなり、集団暴行まで心配された時。コレットがやってきてマシューさんに指を突きつけた。


「とうとう見つけましたの! マシュー・マーロウ!」


 そして、その手には私から借りた死霊術百科を掲げ、街の人の怒りを代弁するかのように先頭で声を上げる。


「死霊術百科について、権威ある学者たちによる検分を改めて行いましたの! あなた、何てものを! ……本当に、何てものを書いてますの……? こんなもので学んだクレアにもあなたにも、ちょっと常識を疑いますの……」


 後半は声が小さくなっていたが、とにかくそうやって本を掲げると、大勢の前で高らかに宣言した。


「この本の内容は、全て真実でしたの!」


 その言葉の意味が浸透するまで、少しの間が必要だった。どよめきが広がっていく。


「まぁ、内容が内容なだけに閲覧禁止は免れませんが……。いえ、そうではなく! なんですの、これは! 未発見の理論までありましたの!」


 そしてコレットはマシューさんに詰め寄ると、全員の前で怒ってみせた。


「あ、な、た! ネクロノミコンになりたくなくて、本当の事に嘘をついてましたのね!」


 この嘘つきマシューめ! とコレットは鋭い視線を向ける。


「あ、いや……」


 マシューさんは少しだけ、迷って、それから得意技を放った。


「そ……その、通り! 僕は名誉や名声なんか欲しくない! せっかくクロミツ君のマネまでしたのに、こんな所でバレてしまうとは思ってなかったよ! あーあ! 気ままな暮らしもここまでかー!」

「きぃー! 皆さん! この男を捕まえて、無理やり研究所の学者にしてやりますの! 死霊術の発展のため、やってしまいますの!」

「そうはいくものか! ここで捕まる僕ではないぞ! 自由な暮らしのために、いざ!」


 とんだ茶番劇だったのだが、すったもんだの末にマシューさんがわざと転んだので、マシューさんは捕まってしまう。恐らく、多分わざと転んだのだと思う。マシューさんの嘘を見抜く自信がついてきた最近だが、この転倒だけは迫真の演技だった。

これからはスパイダーリリーにある研究所で、正式な学者として従事するらしい。


 マシューさんの様子を見届けた後、その騒ぎの遥か上空を少女が飛行して行った様子を見たのは、私だけだった。


「魔術協会に戻るよ。で、何もかも今まで通り」


 ミントは、別れ際に私と少しだけ話をしてくれた。


「死霊術は嫌いだよ。だって、死んだ人を無理やり道具にするなんて、少なくとも私の性にはあってない。誰かに頼ったりしない。私は私の足で歩くんだ」


 皮肉げな笑みで、ブーツを石畳に叩きつける。


「魔術の力も、私の身から出た力だ。私は私の力で立ってるんだよ」


 彼女なら、魔法の力などなくても立って歩いたに違いない。自分の力で歩くというのは、足があればそれで出来る事でもないし、足などなくても出来る人には出来る事なのだ。


「今度はパイセンらに騙されない。実力で、この街に呼ばれるメンバーになるよ。それで、目いっぱい死霊術師に頭を下げさせて、これでもかってくらい御馳走を食べてやる。……いや待って、御馳走はちょっと心配。この街の御馳走って私の思ってるのと違いそう。それはなしで」


 苦笑を浮かべてからミントは手荷物一つだけ抱えて、ふわりと舞い上がった。


「また何かあったら、訪ねてきたって良いよ。あんたなら一回くらいは助けてあげる。一回だけだよ? あんた、厚かましいから」

「わ、わかってますよ! あと私は厚かましくありません。慎み深いです」

「あははは! 最後にとびきりのジョークを聞けたよ!」

「は? 全然笑う所じゃないんですけど」


 しかし最後に、私はミントがどんな顔をして笑うのか初めて見る事が出来た。


「じゃあね!」


 手を振るミントは、マシューさんが捕まっている隙に悠々と飛び立って行く。騒ぎを起こした魔術師の一人となると、あまり見られない方が良いだろうとの事だった。ミントは自分からそう言い、コレットの用意したお別れパーティを無視して出発してしまった。確かにあのパーティは大げさだった。ミントじゃなくても辞退しただろう。


「では、私も荷物はまとめておきましょうか……」


 カーニバルの最終日に、私は出立の準備を始めた。



 最終日まで捜索されたが、ビスクさんはお菓子になったゴーレムから発見されなかったし、街のどこにも見当たらなかった。ゴーレムと一緒にお菓子になってしまったのでは、と恐ろし気な意見もあったが、その真実はわからない。


 マーファさんから聞いた話では、ビスクさんはやはり願い事を叶えようとしていたらしい。その内容まで定かではないが、ミントには心当たりがあるようだった。マシューさんは聞きたがっていて、何やら色々と長い会話をしていたのを私は見た。ビスクさんにも複雑な生い立ちがあるようだったが、私には興味がなかった。いずれにせよ、彼が目的を達する事はないのだろうから。


「……本当に、行ってしまいますの……?」

「はい。飛行機の時間もありますし、本当にお世話になりました」


 最終日はコレットのスピーチが最後に残っている。にも関わらず、時間ギリギリまで私を見送ってくれた。赤くて禍々しい正門は、夕日を浴びて鮮血のよう色を帯びている。


「私は、あなたに行って欲しくありませんの。……そ、そうですの、我が家に客人として滞在したら良いですの! 部屋くらい余ってますし、カーニバルが終わったら私と一緒に……」


 正直、グッとくる提案だった。だが、私はこれを断らなければならないだろう。


「すみません。それは出来ません」

「どうしてですの! あれだけ図々しく振る舞っておいて、今さら遠慮なんか……!」

「遠慮じゃありませんよ。あと私は図々しくありません。気づかいの出来る女です」

「こんな時にまで、つまらない冗談ですのね……あなたらしいですの……」

「は? 冗談じゃないんですけど」


 なんだか泣き笑いのような顔をしているが、私としてあらぬ疑いをかけられたようで心外である。まるで私が図々しくて厚かましい奴みたいではないか。


「お嬢様。そろそろお時間です」


 ふと、コレットの隣にサングラスをかけた長身の女性がやってきた。髪だけはまとめたようで、支給されたパンツスーツも似合ってはいる。しかし、どうしても違和感だけは拭えなかった。神妙な顔で立っているが、こっちの方が冗談めいている。


「……マーファさん、最高に似合ってませんね……」

「んえー! こういう感じじゃないのー?」


 マーファさんは結局、やらかした事が事だったので、どうにもならなかった。ビスクさんに利用されていた事にしようとか、最後に活躍した功績でチャラにしようとか、色々な意見が出たのだが、この人自身が警備隊や街の人を勢いよくブン投げて大暴れしたので、擁護も何もあったものではなかったのだ。


 しかしそれではかわいそうだと言い出したのは、なんとコレットである。マーファさんは身分を隠して、コレットの専属護衛として雇用する事になった。


「きょーかいの偉い人はみんなブッ飛ばしたから、今さら戻れないしねぇ」


 ぼやくマーファさんを放置した場合、無秩序な暴力を振りまく存在となって世界を放浪しかねなかったというのも、コレットが雇った要因である。手元にあった方がまだ安全、との判断だ。私も全面的に正しいと思う。


「マーファさんはコレットのお家に住むんですか?」

「そだよー! おいしい食べ物が楽しみだねぇ……。お姫さまの部屋とかご飯とか、どうなってるんだろうね?」

「マーファ……あなたが済むのは使用人の部屋ですの……。食事も私と同じではありませんの」

「んなぁっ!」

「まずはその立ち居振る舞いから正す必要がありますの。あなたは年相応の落ち着きを……。……いえ、そう言えば……あなたの精神はどこで成長が止まってますの……?」


 そう言えばミントが、マーファさんは不死になる過程で精神年齢の成長が止まったと言っていたのを思い出す。見た感じだと大人の女性の体をしているので、止まったとはいえ見た目通りなのではないだろうか。


「あー……。あの肉を食ったのはいつだったかなー? 何歳の時だったかなんて、そんな昔の事いちいち覚えてないよー」

「……この見た目と力で、もし中身が十歳くらいだったらゾっとしますの……」


 言動だけならもっと幼いくらいだと私は思ったが、マーファさんが忘れたと言うので特に言及はしない事にした。いつかミントに聞いてみよう。


「マーファ、あなたは先に行ってますの。私もすぐに行きますの」

「あいよー」


 マーファさんが歩くと、いかにもクールで有能な美人警護、という感じがするのは実に不思議だ。誰もが思わず振り向いてしまう。スーツなら私の方がクールで有能な見た目だと思うのだが、何故か並んで歩こうとは思えない。


「ねぇ、クレア」


 スピーチの時間が差し迫っていた。もう広場には檀上が用意されているのだ。


「泣いて縋れば、少しくらい出発を遅らせてくれますの?」


今にも泣きそうな顔で、コレットは何かを我慢するように言った。だから私は、コレットが言って欲しくないだろう言葉を告げた。


「でもコレットは、そんな事をしないでしょう?」

「……えぇ。当然ですの」


 泣いたら言う事を聞いてあげるなんて、コレットに失礼だ。


「あなたに見せる最後が、無様な姿であるなんて、私には耐えられませんの」


 誇り高い彼女は、それだけ言って目をこすった。こすっただけだ。彼女はコレット。涙など流すわけがない。

 彼女は別れる最後まで立派な姿であるはずだ。


「コレット。また、会いましょう」

「えぇ……。また」


 どちらともなく、私たちは握手を交わした。


 正門を抜けて、しばらく私は歩く。もうこの時間からでは、丁度良い時間のバスがないのだ。石畳が終わり、コンクリートに舗装された道が続く。

 遠くから、コレットがマイクで話すスピーチが風に乗って聴こえて来た。


「今日で、楽しいハロウィンのパーティも終わりですの」


 その通りである。私は足を止め、近くにあったベンチに腰掛ける。虫の声が聞こえた。


「始まれば終わり、出会えば別れるのは当然ですの」


 夕日が沈んで行くのが見える。


「でも、別れるために出会うのではない。それもまた、当然ですの」


 良い出会いも、悪い出会いも、あの街では大勢の人に出会った。


「楽しい思い出を、ありがとう。そして、こんな私を友達だと言ってくれた、あなたに……」


と、そこで私の前に、ふと数人の男性が道の先を塞ぐように現れた。


「はぁ……。来ましたね? スパイダーリリーは特別自治区ですから、来るなら街を出た後だと思っていました。良いですか? あなたたちのせいで、私はゴージャスな暮らしを諦める事になったんですよ?」


 文句を言いながら、私ベンチから立ち上がる。コレットのスピーチが聞けない。最悪である。


「余裕だな……。だが、ここまでだ……! 滅国の魔女!」

「魔女じゃなくて死霊術師です」


 口々に、私のしょうもない悪口を言う彼らには嫌気がさす。


「暗黒の申し子、邪悪なる棺桶、闇よりの使者、丸顔の悪魔。……好きなように呼んでやるぞ」

「どうでも良いです。ただ私は丸顔じゃありません。美女とかに変えて下さい」


 手に手に、ナイフや拳銃を所持しているのが見える。他にも色々持っているだろう。


「前々から気になってたんですが、どうして私を追いかけてくるんですか?」


 純粋な疑問として聞いてみると、ぎらりとナイフの輝きを返された。


「お前が滅ぼした国を忘れたとは言わせない! たとえ地獄の果てでも、逃がしてたまるか!」

「あー……あれですか……。だから、アレは私のせいじゃないって何回言わせるんですか……」


 彼らは死霊術に反対する地方の人間である。つまり、私の地元の人だ。私の棺桶がよほど気に食わないらしく、行く先々で襲ってくる。


「ショゴスを捕まえるのには色々必要だったんです。別に大した人が死んだわけでもないのに、国がどうとか……大げさなんですよ」


 しかも彼らは、様々な組織に依頼して人を送り込んでくる。錬金術師だの、魔術師だの、暗殺者だの、本当に勘弁してほしい。過去に出会った彼らとも、話せば友人になれたかも知れないと言うのに。

私は棺桶からゾンビを引き抜く。彼らを相手にショゴスを取り出しては、それこそ大げさである。


「ビスクさんにけしかけたゾンビとはモノが違いますからね。死んじゃったり大怪我するのが嫌なら、尻尾巻いて逃げて下さい。手足の何本か失くしても知りませんからね。そしてもう二度と構わないで下さい」


 ちょっとコレットの前では出しづらいゾンビを五体ほど呼び出した。


「行くぞ! 魔女!」

「お断りです! そのゾンビはあげるので来ないで下さい!」


 私は飛んできたナイフをショゴスの腕が自動的に弾くのを見つつ、背を向けて走り出した。


「逃げるのか!」

「逃げますよ、何言ってるんですか!」


 来た道を逆戻りである。スパイダーリリーの正門前を駆け抜けると、コレットのスピーチの続きが聞こえた。


「彼女のおかげで、世界のどこにいたって、もう私は一人ではありませんの。あなたは間違いなく、私にとって世界一の死霊術師でしたの」


 私は走りながら、次の行先に頭を巡らせた。


「まだ見ぬ死霊術の深淵へ、いざ! ですよ!」


 それは闇を塗り込めたような空だった。実に幸先良いスタートである。



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