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Part24 ハロウィン・カーニバル



 棺桶の中は暗く、そしてほんのりと暖かい空間だった。


「コレット! どこですか!」


 何も見えない暗黒が、無限に広がっている。その中を私は漂い、しかし確かに感じていた。コレットがどこかにいる、と。


「返事をしてください!」


 手に持ったネオンスティックが、唯一の灯りとなって先を照らしている。


 万能の願望成就生物、ショゴス。

 無制限に人の想いに呼応し、願いを叶える。だがその願いは曲解される事も多く、また力の制御も人間には困難である。

 ゾンビに埋め込み、そのゾンビを制御する手順を踏んで、ようやく単純な言葉を理解する程だ。ただ身を守る事だけを願っても、術者にとっての脅威を排除するまでそれは撤回されない。


 強い、一人のものではない大勢の想いと願いが揃って、初めて完全な制御が成る。


「束ねたものがどんな気持ちであろうと、それは力です。例えそれが怒りの感情であっても、マシュー先生が集めてくれた、人の想いです! それを無駄にはできません!」


 コレットの姿を探す。あちこちにいるようで、どこにもいないような不思議な感覚。


「こ、この……! コレットの所まで、連れていきなさい!」


 虚空に怒鳴ると、何かに引き寄せられる感覚。暗闇の中をふわふわと回転するような、眠りに落ちる時に似た感覚の後、そこには背を向けたコレットがいた。


「コレット!」

「クレア……? どうしてここに……?」


 コレットは驚いたような顔で振り返る。その姿は優雅な青いドレスで、髪も巻いてある。


「迎えに来ました。帰りましょう、みんな待っています」

「私は、私は……帰りませんの……」


 スカートの裾を握った手は震えていた。


「どうしてですか? どこか具合でも悪いんですか……?」


コレットは俯いて言葉を紡ぐ。


「帰れば、私はお姫さまですの……。カーニバルが終われば、当然この街から帰る事になりますの……。もう、お姫さまは嫌なんですの……」


 その気持ちは、恐らく共感のできないものだった。私には理解のできないものだった。しかし、コレットがどんな気持ちでいるのかくらい、私にもわかった。


「私だって、私だって! 普通の、みんなのように遊んで、笑って、つらい時には支え合って、そうやって生きたいんですの!」


 怒ったように言い切ると、めそめそと顔を覆う。


「友達が、欲しいんですの……」


 私はコレットの体を抱きしめて、暗闇に身を任せた。


「コレット……。聞いて下さい」


 無限に広がる空間を漂う私たちは、しかし孤独とは無縁だった。


「コレットは、全然お姫さまなんかじゃないんです。高慢ちきで高飛車で偉そうで、お金に厳しくて、なのに金銭感覚はおかしくて。それから庶民をバカにする癖に、その庶民が大好きな変な奴です。私はそんなコレットが嫌いで、大好きで、愛おしくて、大切に思っています」


 だから、と私は続けた。


「コレットは、とっくに私のお友達だったのです」


「私がですの……? でも私、あなたには……」

「えぇ。えらい言い様で言ってくれました。でも、友達です。ミントも、マシューさんも、もしかしたらマーファさんも。コレットがそう呼んでくれるなら、友達です」

「私……」

「だって、そうでもなきゃ……こんな所まで来ませんよ」


 コレットは俯くのをやめて、私を見た。


「……クレア。あなたは図々しくて厚かましくて、ちょっと常識を疑うような人間ですの。挙句に死競場でお金を全部使ってしまうし、なのに食事だけはきっちり満腹まで食べます」

「え、えぇ……?」

「でも、あなたは私の友達ですの」


 コレットの手が、私の手を強く握った。


「あぁ、何だかすっきりしましたの。ダメな所があっても、友達は作れたんですのね。完璧じゃなくても、お姫さまでも、そうじゃなくても、許し合っていける。そういう事も、あったんですの」

「おや? 今頃そんな事に気が付いたんですか?」


 ここがどこなのかも、一時忘れて私たちは笑った。

 どこが下で、上で、落ちているのか上っているのかもわからない。無限に広がる空間と世界で、私たちは時間を忘れて語り合う時間を得た。ちょっとした事が嬉しくて、いつまでそうして話していただろう。


 時間の感覚も曖昧で、恐らく時の流れも違うだろうここで。私たちは幼い少女のように、互いの事を離し続けた。

 そして、そろそろ他の人にも加わって欲しくなったのだ。だから私はコレットに告げる。コレットもまた、同じ気持ちを抱いたらしい。


「そろそろ帰りましょうか。コレット」

「えぇ。帰りますの」


 ネオンスティックが何かに引っ張られるように動き、私はそれをしっかりと握る。どこかに向かって進む感覚のあと、柔らかい光が見えた。

温かい何かが私の腕を掴み、私を棺桶から引き上げた。




 最初に感じたのは、床の硬さだった。そして、むせ返るような大気。


「んっ! ぐぇ、ごっは! うぇっほ!」


 床に手をついた私は、無様にも盛大に咳き込んだ。長い事呼吸をしていなかったような、肺が突然の空気に驚いたような、胸の痛くなる感覚だった。


「よし! 平気かい? 目は見えているかい?」


 顔の前でマシューさんが手を振っている。


「こ、これっとは……?」


 何とか声を出すと、マシューさんは安堵したように息を吐き、私の隣を指した。コレットが、私の手を握って座っていたのだ。何故か青いドレスを着ていて、体に怪我はないように見える。


「クレア……。助かりましたの」

「良かった……」

「お、お迎え御苦労ですの!」


 目を真っ赤にしたコレットは、どうやら私の手をずっと握っていたらしい。そんな事聞かなくてもわかる。


「すっご……。本当にお姫さま助けちゃったんだ……」


 ミントが驚いた様子で言う。私はどれだけ寝ていたのだろう。


「死んだかと思いましたの! 棺桶でショゴスを飼うなんて、何を考えてますの!」

「で、でもそれでコレットを助けられたので……」

「結果オーライなわけありませんの! こんな棺桶、すぐに捨てますのー!」


 もちろん棺桶を捨てる気はないが、コレットが元気そうで良かった。私はマシューさんとミントに視線を送ると、二人が頷いた。


「二人とも。とっとと脱出しましょう」


 コレットという核を失ったゴーレムは、もう長くない。いずれ機能を停止し、そうなれば形状を保てずに崩壊するだろう。


「だと思った。行くよ」


 ミントが壁を切断し、私たちを抱える。飛行魔法を使うと、一気に外へと飛び出した。


「このまま朝まで逃げ切ってやろう。それでおしまいだ」


 月光が輝く夜空に飛び出した私たちは、ゴーレムとなったタワーから少し離れて着地。ぎいぎいと金属が軋み、ゴーレムは苦しむような動作で体をくねらせている。着地した場所はメインストリートから外れた広場で、死霊もゾンビも見当たらない。

 しばしゴーレムを見ていると、がさがさと広場付近の植栽が揺れてマーファさんが現れた。


「いやー……。十回は死んだアルよ」


 その姿はぼろぼろで、ジャージには至る所に穴が開いて、切り裂かれている。激戦を物語るように、顔には疲労の色が見えた。


「で、目的達成? あンのやろう、ぶっころしてきた?」


 そこまではしていない、と答えようとしてコレットが声を上げた。


「あ! そうですの! 私、あの男がショゴスを呼び出そうとしていると捕まっている時に聞きましたの! このまま逃げては、洒落になりませんの!」

「いやまぁ確かに、彼の野望を挫いたわけじゃないんだけど……。でも彼がショゴスを扱えるとは思えないし、あとは放っておいて……」

「ダメですの!」


 コレットが言うと、近くの放送スピーカーから声が聞こえた。


「そうとも」


 ビスクさんの声だった。思わず身構えると、ゴーレムがこちらの広場を目指して、一歩踏み出すのが見えた。轟音と衝撃で、ここまで地鳴りが届いた。


「逃げる? させねぇ。ショゴスを呼び出す前にゴーレムが崩れちゃ困るんだよ。こちとら、内部で儀式やってんだよ」


 さらに一歩、ゴーレムは付近の死霊を纏ったまま進む。


「機能停止まで逃げ切る? そうだな。逃げられたらこのゴーレムじゃ追いきれねぇ。だが、こっちはお姫さまを取り返すぜ。逃げたって良いが、その時にはこの街なんか跡形も残らねぇと思え。結界シェルターがこのゴーレムの攻撃に耐えられるか、テストしてみようぜ」


 更に衝撃音。歩くだけで周囲を破壊している。


「野郎……! どこまで!」


 とうとうミントが悪態をついて地面を蹴った。私はどうするべきか視線を彷徨わせると、コレットがゴーレムを見上げるように立った。


「クレア! あの男に、何を敵にしたのか教えてやりますの!」

「え、えぇ?」

「あんな不細工で芸術性を感じられない出来損ないなど、この街に似合いませんの! スクラップにしますの!」


 どすん、とコレットが叩いたのは、私の背負う棺桶だった。


「い、良いんですか……? というより、もうあのネオンスティックは力を失ってまして、もう一度やった場合は暴走する危険性もあって……」


 マーファさんに力を向けた際、マシューさんが私を止めた理由がこれだ。破壊を願った場合、その対象がどこなのか、周囲の誰に影響するかわからないのだ。


「あら。そんな事ですの?」


 コレットは意外そうな顔で言うと、マシューさんに何事か耳打ち。最初は驚いていたマシューさんだが、少し考えてから頷いた。


「多分……その方法なら大丈夫だ。暴走はしない」

「だ、そうですの」


 そして私の手をとるコレット。その目に迷いはない。


「このままでは、あいつに良いようにやられておしまいですの。選択肢などありませんし、逃げるのも癪ですの。あなた、私の友達なら期待に応えて見せますの!」


 不安はあったが、マシューさんは安全だと告げる。


「大丈夫だ。あのゴーレムをしっかり見据えて、壊してやる事だけに集中して。僕がサポートするから、安心すると良いよ」


 さすがにこのタイミングで嘘をつくとも思えなかった私は、棺桶を置いた。そして蓋を開く。


「どうなっても知りませんからね!」


 中に手を入れると、波紋が広がった。いつも通り、触れるものは何もない。


「破壊、破壊、破壊……」


 今ここであのゴーレムを停めるとしたら、この方法しかない事は自覚している。だが、果たして私に制御できるだろうか。その自信はない。


「大丈夫ですのクレア。この私、コレット・ケーキがついてますのよ?」


 私はぐっと手に力を込める。


「行きます……! もう一度、私の言う事を聞きなさい! あなたが万能と願望を司るなら、その力を見せなさい!」


 何かが私の手に当たり、思い切り握りしめた。


「テケリ・リテケリ!」


 そして棺桶から引き抜く。黒い棒状の何かが、棺桶から現れた。


「我が敵を滅ぼせ!」


 手に握ったそれは、手ごろなサイズの棒に思えたのだが、私の叫びに反応し、その形を変質、変容させる。何の重さも感じないそれは、泡立ちながら膨張し、天まで伸びる巨大な剣へと姿を変えた。


「え、すっご……」


 漆黒の剣は、しかしぐにゃぐにゃと形を安定しない。


「クレア!」


 コレットの声に気付き、私は自分の腕を見て驚く。握っている手から黒い触手が伸び、私の腕に巻きついているのだ。何の痛みもないが、皮膚の中に潜り込むソレは私の腕を侵食していた。このままでは、良くない事が起きると直感できた。


「こ、このぉ……!」


 ゴーレムに向けて振り下ろそうとして、しかし私の腕は動かなかった。


「こ、コレット! 腕が動きません!」


 瞬間、コレットが私の横に素早く立った。そして私の手に自分の手を重ねた。


「ご存じ? 私は、素材として見た時。あのゴーレムを一人で動かすくらいには、最高級の逸品ですのよ?」


 コレットの手にも触手が伸びる。それと同じだけ、私の腕から触手が縮み、抜けていく。


「こんな! ダメですコレット!」


 次第に動くようになる指。しかしそれだけ、コレットにかかる負担は大きいはずである。


「なら、微力ながら手を貸そうかな?」


 横合いから、マシューさんの手が伸びてきた。また少し、私の腕が動くようになる。


「あーもう……。ここで手を貸さないと悪者みたいじゃん」


 ミントが更に負担を引き受けてくれた。


「先輩! 不死身なんですから手伝って下さいよ!」

「んえー?」


 マーファさんに取りつく触手はコレットと同じくらい多い。


「やりなさい! クレア!」

「はい!」


 私がゴーレムを睨むと、ぐにゃぐにゃと定まらなかった刃が硬質化するのを感じた。


「あああああああ!」


 夜空ごと切り裂くように、強い願いを込めて腕を振るう。

 漆黒の刃が、流星の煌めきを残しながらゴーレムへと迫り、闇を食い潰すように光が迸る。そこには何の抵抗もなく、地上にまで聞こえる破壊音は悲鳴のようですらあった。


 腕を振り切ると、手のひらサイズまで縮小する黒色の棒と、真っ二つに裂けて崩壊するゴーレムの姿が見えた。


「……あ!」


 斬られたゴーレムの体は、ぱらぱらと何かをまき散らしながら崩れて行く。それはタワーを構成していた建材かと思えたが、よくよく見るとそうではない。それは徐々に広がり、ゴーレムを構成している物質そのものが変化しているのだと判別できた。


「これで、死霊の暴走も収まるね」


 マシューさんは見上げて言った。ゴーレムの巨体は、その全てが色とりどり、様々なお菓子となって崩れていった。


「あ、えと……」


 重力を無視して、雪のように降ってくるチョコレートやキャンディ、ビスケットといった光景に思わず目を奪われ、それから一つだけ空中で掴まえた。小さなチョコレートを私はコレットに渡す。


「コレット、ハッピーハロウィーンです」


 とりあえず告げた言葉だったが、これでようやくカーニバルが始められる、とだけ私は空を見上げた。

 

空からたくさんのお菓子が降っている。初めて見る光景だった。


 カーニバルが、始まった。



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