表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/25

Part23 想いを束ねる方法



 タワーを使った巨大ゴーレムは、バランスを取るのが難しいのか、それとも骨組だけでは歩けないのか、私たちを踏み潰そうとはしなかった。その代わり、街中の死霊がこの一角に集まっているため、その猛攻は熾烈を極めた。


「ブッた斬れろォ!」


 ミントの放つ魔法は死霊を切り裂き、武装したゾンビを寄せ付けもしなかった。


「あはははは!」


 わざわざ密集している群体に飛び込んだマーファさんは、暴力の嵐と化している。


「頼もしい……が、さすがにこれは……」


 走りながら、マシューさんは声を漏らした。魔眼などない私も何となく感じていた。体力や魔力など無限にあるものではない。この快進撃も、そう長く続くものではない。


「マシュー・マーロウ!」


 ミントは地面から飛び出したスケルトンを空中から真っ二つに切り裂くと、声を上げた。


「ビスク先輩の所まで行けたとして、勝算はあるの!」

「……ある、と言えばある」


 そう。実はある。上手くいく可能性は低いのだが、残っていた六時間を使ってできる限りの準備をしてある。


「でも恐らく、失敗する。できればこのまま皆でコレット嬢を救出して、そのまま逃げたい。コレット嬢を失ったゴーレムは、やがて機能を停止するはずだ」


 そう告げると、ミントはそれ以上何も言っては来なかった。


「あっはっはっは!」


 マーファさんは楽しそうだったが、私たちは足を止める事なく走り続け、やがてタワーに辿り着く。入口は変形して地面に接していない。ゴーレムの足からよじ登るのは困難に思えた。


 ミントとマーファさんはアイコンタクトを送りあうと、それぞれ行動を開始する。マーファさんが入口の前に立ち、次から次へと追走してくる死霊を迎撃し始めた。ミントは私の腰に手を回すと、抱えて飛行。ふわっと重力が消えるのを感じて、私はタワーの入口まで運ばれた。


「ここは……」


 内部は死霊がひしめき合っている上、元の構造とは大きく異なっていた。


「うおっ! すごい数じゃないか!」


 遅れてミントに運ばれてきたマシューさんは、死霊の数に驚いて声を上げた。しかし、どの死霊もこちらを襲ってくるような素振りは見せない。


「ゴーレムの維持に力を使っているんだろう。ニトクリス現象下でここまで死霊を制御するなんて、コレット嬢の力は大したもんだ」


 それから、マシューさんは歩き出す。屋内なのでミントも飛行を避け、床からわずかばかり浮遊してついてきた。


「そのニトクリス現象なんだけどさ……。ビスク先輩から聞いてた話と、ここで聞いた話がちょっと違うんだよね」


 ミントがぽつりと言うと、マシューさんが答えた。


「あぁ。名前の由来からしてそうなんだけど、昔からある意味は、死霊の凶暴化じゃないんだ。本来この言葉が指すのは、異界……つまり冥界とかあの世だね。これと現世の境が曖昧になる事をそう呼んでいる。死霊が凶暴になるのは、その副次的なものに過ぎない」

「どっちでも良いよ。細かい分類なんて素人には興味のない話だし」

「ニトクリス現象は道具や儀式で、人為的に起こす事が出来るんだ。その事を書いたら発禁処分にされちゃったけどね」


「そりゃこんな大事件を気軽に起こせるとなれば、ね……」

「違うよ、そうじゃない。ニトクリス現象下において特定の条件が揃うと、異界の存在がこっち側に来れるんだ。それこそが本来の意味で、僕が発禁処分を受けた最大の理由だね。他にも問題のある事は書いたけど、多分これが一番の問題だった」


 大昔、ニトクリスさんが発見したその事実が名前の由来である。


「異界の存在なんて、人間の理解できるものじゃないからね。誰でも気軽に触って良いものじゃない。そいつの持つ万能細胞は人間の願望を実現すると言われているし、捉え方によっては事実だ。でも少なくともそれは……」


 そこで、マシューさんは何かに気付いたような顔でミントを見た。ミントも血の気の失せた顔でマシューさんを見ている。


「その……何でもお願いを叶えてくれるモンスターみたいな奴が出て来る、特定条件って?」

「ニトクリス現象下で、捧げた供物と同質量サイズの扉が作れる。その扉から、ソレを呼び出す事ができる。……で、でも大丈夫さ。当然だけど供物は何でも良いわけじゃない。多くの人間が、供物として認めるに足る価値あるものだ。黄金や宝石、人の命までを含んだ、簡単に入手できるものでは成立しない」


 マシューさんは、自分で言いながら気が付いたらしい。ミントも、私ですら気づいてしまう。


「多くの人間が供物として認めていて、今この街で入手困難なものって……」


 要は、たくさんお菓子があれば良いらしい。そしてビスクさんがそれを用意できないとは、到底思えなかった。


「じょ、冗談じゃない! あいつ、ショゴスを召喚するつもりか!」


 マシューさんは駆け出した。私とミントも走り出す。それがどれだけ危険なのか、ビスクさんは理解しているのだろうか。


「どんな願いも叶えるなんて、僕だって言わないような大嘘を本気で信じてるのか!」


 ソレはどんな願いでも叶える。それは間違っていない。間違っていないのだが、真実でもない。望んだ形で願いが叶うのは、稀と言って良い。

 私は背負う棺桶から、ずっしりとした重さを感じながら走った。


 コレットの姿を見つけるまで、どれだけ進んだだろう。変形した廊下はまともな状態ではなく、ミントの飛行魔法に何度も助けられた。時には切断魔法で強引に壁を突破する事もあった。ビスクさんが操っているだろうスケルトンも徘徊していたが、私とミントの敵ではなかった。

 幾つもの通路と階段を抜けたその先で、コレットの姿をようやく見つけた。


「コレット!」


 そこは変形した影響で歪んでいるが、放送設備が整う部屋だった。マシューさんは機材に電気が通っているのを見て、小さく頷いている。


「ある程度、予想はしていましたが……。マシューさん、これは……」


 コレットの様子は、何と表現したら良いのか、壁そのものと融合していた。上半身が壁からせり出し、腕と下半身は壁と肉が混じり合っている状態だ。


「こ、これ……大丈夫だよね? 治るんだよね?」


 ミントが狼狽した声を上げる。しかし私とマシューさんが言うまでもなく、ミントはもうコレットを助けられない事を理解していた。


「無理に引き抜くには、肩と腰から先を切断するしかないだろうね。あるいは……」


 マシューさんが言いかけると、どこからともなく一体のスケルトンが現れて笑い出した。


「俺が解除? しねェーよ!」


 ビスクさんだ。どこかに隠れて、このスケルトンだけ送り込んできたのだろう。激昂したのはミントだった。


「先輩……。いいや、ビスク・クラッカー! この卑怯者の外道!」

「あーはいはい。生きてたのね。解除して欲しかったら、そんな悪口を言っていいのかァ? 俺のご機嫌取りの方が先だろうが?」


 マシューさんは何も言わずに、放送機器に向かった。私も鬼火の手榴弾だけ取り出すと、スケルトンに放り投げる。ぼん、と軽い音がしてその頭蓋骨が消し飛んだ。


「うるさいです、と何度言ったらわかりますか?」


 すると、コレットの体が壁の内側に向かって急速に沈み込む。やがてその姿が見えなくなると、ミントは慌てて壁にすがる。それから私を見た。


「く、クレア! あいつを下手に怒らせるから! あいつに解除させなきゃ……」

「何言ってるんですか、解除なんてする訳ありませんよ。たとえ捕まえて拷問したって、いざとなったらコレットを人質にされるだけです」


 私は棺桶を床に置き、その蓋を開いた。マシューさんが私にマイクを渡し、それを受け取る。


「ミント。ビスクさんがコレットを部品扱いしていた時から、マシューさんとはこの展開を想定していました。さすがに放送施設があるタワーをゴーレムにされたのは想定外でしたが、どうにかここまで来られました。……成功率は低いのですが、やるだけやってみます」


 マシューさんは先ほどミントに、多分失敗すると言っていた。しかし、やるしかないのだ。


「あ、あー」


 マイクに声を吹き込む。マシューさんは黙って頷いている。私の声は、今スパイダーリリーの全域に放送されているはずだ。災害時などに使う緊急放送にしているので、シェルターに避難していても聞こえているだろう。


「私は、クレア・エイク。ゾンビ職人です。皆さんに、お願いがあります」


 どうか、この言葉が真実として届くよう切に祈る。


「今、コレットがこの事件に巻き込まれ、私はそれを助けようとしています。コレット・ケーキです。この街の、皆さんが知っているコレットです」


 日中の内にマシューさんと私は街中で、霊的な繋がりを発生させる道具を配り歩いた。カーニバルで使うネオンライトスティックが大量に余っていたので、それに仕掛けを施した物だ。コレットの指示で配っているもので、夜間は必ず携帯するよう命じられている、と嘘までついた。これらは全て、私の持っている一本に繋がっている。


「皆さんの気持ちを、一つにする事が必要です。それでコレットを助けます。どうか、皆さんの力を貸して下さい。コレットを助けようと、願って下さい」


 死霊術の道具は、多くの人の想いによって成立する事が多い。そうあれ、と大勢の人に願われ、期待された物がその力を持つのだ。力が先にあるのではない。想いが先にあるのだ。

 だから私は、ここに街中の全ての想いを集め、この何の変哲もないネオンスティックを一度だけ強力な呪具に変える。全員が共通の意思を持った時、私はその想いを束ねてコレットの救出を願うのだ。


「お願いします……。コレットを、助けさせて下さい!」


 心からの言葉をマイクに放つ。しかし、私の手元に集まった感触は微々たるものだった。


「ど……どうしてですか! コレットを助ける事に、何の疑問が……」


 コレットは街の人に嫌われていただろうか。否、裏通りの出来事はすぐに広まった。コレットがその身を懸けて戦った事は誰もが知っている。そうでなくとも、誰かを助けるのに何の理由が必要だろうか。ただ、それを願うだけで良いのに。


「……やっぱりね」


 マシューさんが言った。


「そりゃそうさ。どこの誰とも知らない女の子が急に言って、それで意思統一なんて……。上手くいきっこないと、最初から思ってたよ……」

「そんな……。じゃ、じゃあコレットは? 助からないんですか? ま、待って下さい! 他に方法は用意していないんです!」


 ネオンスティックは何の変化も起こさない。ミントは俯くと、奥を目指して歩き出した。


「ど、どこへ……?」

「先輩をブッた斬る。あの世で後悔させてやる」

「そんな、コレットは……」

「コレットは!」


 どん、とブーツが床を蹴った。


「コレットは、もう助からない……」

「う、あ……い、嫌です!」

「嫌もクソもあるか! 誰もあんたの話を信じてない! もうこれ以上は時間の無駄なんだよ! 現実を見ろ!」


 ミントが吠え、私はマイクを握ったまま、しかし次の言葉を口に出せなかった。もはや、誰に何を言えば良いのか、私にはわからないのだ。


「はあー……! しかたねぇーなあ!」


 これ見よがしな、大きな溜め息が背後から聞こえた。マシューさんは、どこか観念したような表情を浮かべている。


「わかった。わかったよ。僕が全部を引き受けるよ。……子供を見捨てて、大人が生き残るなんて、格好悪いからね」

「な、なにを……?」

「ミントちゃん、少し待ってくれ。僕がやる」

「また得意技?」

「そ、得意技。……でも、これが最後になると思うんだ。そうなったら魔術師協会で雇ってくれないかい? 僕は魔眼持ちだぜ?」


 その言葉の意図は読めなったが、私からマイクを受け取ったマシューさんは私に背を向けた。そして、マイクに向かって話し出す。静かに、ゆっくりと。


「代わりました。この街に滞在しているクロミツです」


 マシューさんは、街のあちこちでクロミツとして歓迎されている。その声だけで、誰の心にも安堵が広がったのがネオンスティックを通して伝わってきた。しかし、それだけではまだ数が足りない。


「この街が、僕は好きです。皆さんから温かい歓迎を受け、誰もが僕に優しくしてくれた」


 ここ数日の事を思い出し、噛みしめているようだった。


「僕は、これからこの街を出ようと考えています。だから、最後に皆さんへ感謝を伝えたい」


 マシューさんの言葉に、ミントが眉を寄せる。


「何それ。人気者の自分が帰っちゃう寂しさで意識をまとめるつもり?」


どんな想いや気持ちであっても、要は一つになれば力は発揮される。確かに、誰もが同じく寂しいと思ったなら目的は達成されるのだが、そう簡単に行くとは思えない。


 だが、マシューさんの言葉はそうではなかった。


「皆さん、今までありがとう。おかげで……」


 マシューさんの肩が震えていた。一拍の後、勢いよく放送機器に足を叩きつけるように乗せた。その膝に肘をかけ、大声で言いきった。


「僕は、大儲けだ! この事件のおかげで、逃げるにも困らないよ!」


 マイクに響く大笑い。


「僕はクロミツ! なぁんて、本当に信じたのかい? バぁーカ! おいおい、よく聞け、愚民ども! 栄えある天才の名前を教えてやる!」


 ネオンスティックがチカチカと明滅をはじめ、私の手のひらを温める。


「僕こそが! 死霊術による世界征服の方法、国すら滅ぼす禁忌の外法、そして数多の邪悪を記す禁書を書いた男! 世が世なら、ネクロノミコンに選ばれたはずの天才! お前らが嘘つきマシューなどと呼ぶ、マシュー・マーロウだ!」


 叫び終えると、同時に手元のネオンスティックは煌々と輝きだした。はちきれんばかりの力を感じる。


「これで、みんなの気持ちは一つになった……。どうだい? 僕の人気も大したものだろ?」

「マシュー先生……」

「さぁ、行くんだ。今ならそいつは言う事を聞く」

「はい!」


 私は棺桶の中が、暗く波打っているのを見てネオンスティックを握りしめた。

 そして灰色の腕を思い描き、ソレを呼ぶ。


「テケリ・リテケリ!」


 唱えて、私は棺桶の縁に足をかける。


「コレットを、助けて!」


 そして棺桶の中に飛び込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ