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Part22 スパイダーリリー防衛戦



 私は携帯電話を取り出して時間を確認した。液晶画面が輝き、夜の暗さと相まって目が眩む。


「時間です」


 呟いてみると、隣に立つマシューさんが頷いた。できる限りの準備をしたが、肝心のビスkさんの居場所に関しては見つからなかった。


「シェルターへの避難は済んでいるそうだよ。後はアレを各ご家庭に一つずつ配ってきた。クレアちゃんは?」

「コレットの名前で買い漁り、用意できた物は全て配り終えました」

「結構。警備隊の方には概ねの作戦内容を伝えてある。……ちょっと嘘も混ぜたけどね。いずれにせよ彼らのやる事は変わらない」


 私たちは、街の全景が見える、高台にある石造りの塔に立っていた。観光スポットの一つで、古くは死霊術専門の書庫や学校として機能してきた歴史がある。夜間は立ち入り禁止だが、クロミツの名前で特別に入れてもらった。

 その塔の上から、私は街に溢れる異様な霊気を感じて時計を再度確認。


「始まりましたね」


午前零時。スパイダーリリー防衛戦が開始された。

これから朝まで、ノンストップで凶暴化した死霊が街を暴れまわる。複数の死霊が同時に放つ強力なポルターガイストは、施設や家屋の倒壊すら引き起こす。無差別に攻撃を仕掛けて回る死霊に対し、警備隊は重要施設を中心として、交代しながら朝まで防衛戦を行う事になる。

 霊視などしなくても、街の至る所から白い霧が発生しているのが見える。あれらは全て、死霊だ。誰も呼び出していないのに、勝手に実体化して暴れる悪霊である。


「ゾンビも動いていると思った方が良い。暴走に備えて拘束しておくよう通達はしてあるけど、どこまで効果があるかはわからないからね。単純作業用のゾンビやスケルトンでも、その辺の人間よりは力が強い」


 静かであった街に、呻き声のような音が木霊し始めた。建物に反響し、じわじわとその範囲が拡大していく。死霊たちの凶暴化を引き起こす、ニトクリス現象だ。


「ビスクくんが死霊の暴走を何かに利用するなら、必ず死霊の動きに変化がある。街ごと覆う大規模なものを狙ってる以上、ここから見て必ずわかるはずだ」


 私たちの狙いは、ニトクリス現象が発生したその後にあった。ビスクさんの狙いが死霊であるなら、街全体を視野に収めて見張る事で、ビスクさんの居場所を見つけられるはずだ。

 街を覆うように死霊が溢れ出す中、あちこちで警備隊が戦っている音が聴こえてくる。


「……私も、皆さんを手伝いに行った方が……」

「キミは強力な助っ人になるだろうけど、一人増えたくらいで変わるものじゃないよ。本当に危なくなったら警備隊も避難する事になってる。建物なんか壊されたって、また建てれば良いんだ。それよりもコレット嬢に代わりなんていないんだから、霊視に集中しておくれ」

「……はい」


 マシューさんは左目を緑色に発光させ、魔力を探している。私はその間、霊視で死霊の様子を俯瞰する。

 数十分もそうしていただろうか。もう死霊が街を覆い尽くした頃になってから、私は死霊の群れが風に吹かれるように動いていくのを見た。好き放題に暴れていた死霊が、一方向に流れていく。霧が晴れるように、街中の死霊が移動を開始した。


「マシューさん!」

「あぁ……これは、やっちまったね……」


 死霊の向かう方向には、とある建物がある。マシューさんは両目をいつも通りに戻すと、それを睨みつけて苦々し気に言った。


「金属のたくさんある場所、か。なるほどね……。だからって、そう来るとは思ってなかったよ。考えられる限り最悪じゃないかい?」


 街の一角に死霊が集合していく。そこは、魔術師と死霊術師の因縁浅からぬ歴史資料館。この街の電波塔も兼ねた、鉄骨で組み上げられたタワーであった。


 タワーは私たちの見ている中、今にも倒壊しそうな奇妙な音を発しながら、その形を徐々に変形させていく。組まれた鉄骨はねじ曲がり、固定ボルトを弾き飛ばしながら自由を求めてくねる。タワーは巨大な、巨大すぎるほど巨大な、人の骨格へと変形していく。

 遠くから見ても、頭蓋骨を模しているのだとわかる頭部が出来上がった時にマシューさんは口を開いた。


「電波塔そのものを、ゴーレム化したんだ」

「そんな……」


 集まり、群がる死霊は鋼鉄の巨大骸骨に集合する。下の方から出来上がっていく様子は、そのゴーレムの目指す形を表していた。


「鉄骨は骨、死霊は肉って事か。正しく、魔術と死霊術の融合だね」


 マシューさんは魔眼と霊視を何度も繰り返しながら観察している。


「まるで巨大ロボットだ。軍隊がミサイルを撃ち込んでくれないかな……。あぁ、それを避けるために街の中にいるのかな?」


 それからくるりと身を翻した。


「クレアちゃん。わかってるね?」

「えぇ……。コレットはあの中です」

「そうだ。そしてさすがに巨大ロボットは想定外だ。残念だけど、とっとと逃げ……」

「コレット奪還作戦、開始ですね」

「そう。逃げ……。待って、逃げよう。これはダメだ。普通に逃げよう」

「えぇ? ビスクさんの場所がわかったら作戦開始って……」

「うん。そうだけど、違うから。無理なのはわかってるだろ? よく見てよ。あれ、動いてるんだぜ? これから一晩かけてスーパー死霊ロボになるんだぜ? 僕はてっきり、キミとビスク君が激闘の再戦を繰り広げるはずだから、そこまでの案内役くらいに思っていたよ。勝つ気かい? バカじゃないの? えいやっと踏み潰されて終わりだよ?」

「踏み潰されて? 何を言ってるんですか、まったく」


 どうやらマシューさんは忘れているらしい。


「さぁ行きますよ。あの人がこれを見逃すとは、私には到底思えません。敵ではなく味方なら、こんなにも頼もしいなんて」


 私はマシューさんを引きずるように、街へと降りた。




 街に降りると、死霊はほとんど見当たらなかった。それもそうだろう。どういう仕組みなのか、ニトクリス現象の影響を受けた死霊はあのタワーに吸い寄せられているのだ。

 この期に負傷者の救護や、部隊の立て直しを図る警備隊があちこちにいる。だが皆あの巨人と化したタワーを見て、戦意を失っている様子だ。


 メインストリートを抜けて少し行くと、タワーまで一直線の広い道がある。街頭と月明かりだけが照らすその道に立つ。車道の真ん中に立つと、集まる死霊とタワーがよく見えた。


「コレットを迎えに行きましょう」


 あの醜悪な金属と死霊の集合体に、部品としてコレットが組み込まれているはずだ。


「どうやって行こうか。のこのこ歩いて行ったら踏み潰されちゃうぜ?」

「それは……」


 言いかけると、石畳が盛り上がった。中からは、一体のスケルトンが現れた。街で労働力として使われているスケルトンは、動物の骨などで作られている。石畳の中に潜み、それを割って登場する頑強さはないはずだ。


「……いいや、よく見てごらん。ゴーレム化してあるらしい」


 スケルトンの頭部に奇妙な溝が彫ってあるのを指して、マシューさんが教えてくれる。するとスケルトンは、カチカチと骨を鳴らして話し出した。


「よォー! たまんねェな! こいつは!」


 ビスクさんの声だ。


「こんなでっけぇ物を動かしたのは初めてだ! 魔力酔いなんてガキの頃以来だよ!」

「魔力酔いを起こしているね。……とはいえ、個人でこんな巨大ゴーレムを創り出す魔力を出せるとは思えない。……何をしたんだい?」

「お、あぁっ? わかんねぇか?」


 スケルトンはぐらりと一歩後退すると、持ち直した。まるでそこにビスクさんがいて、乗り移っているように見える。


「あんた、魔眼持ちだろ? 看破の魔眼。うらやましいぃーよ! そのレアスキルで見たらわかんねぇか? それとも、こいつは特別製だからな。見えねぇのか?」


 マシューさんは片目を隠すと、左目を発光させる。才能がないなどと言っていたが、ビスクさんの言い方だとそうは聞こえない。マシューさんは自分の能力を低く言う傾向があるが、そんな嘘は誰が得をするのだろう。


「本当は破魔とか封魔の魔眼が欲しかったんだけどね」

「欲張りさんかよ! そんな物持ってたら協会の幹部になれるぜ!」

「あぁ、それも悪くないね。……で、試しに今見てあげたけど。ふざけてるのかい?」

「うははは! 見ての通り、お姫さまならエンジンルームだ!」


 やはりコレットはあの中にいるのだろう。と、マシューさんを見るとこめかみに青筋を浮き立たせていた。穏やかな表情を浮かべているが、沸騰したように体から霊気が迸っている。抑えきれない程の激情、怒りが私にはわかった。


「エンジン? あのねぇ……。どうやらキミは最低らしい。謝ったって許さねぇからな。首洗って待ってろクズ野郎」


 そして躊躇なくコートから拳銃を取り出すと、スケルトンの額に弾丸を放った。実銃である。


「ぎゃははは!」


 わざとらしい笑い声。スケルトンは穴の開いた頭部に何の痛痒も感じていない様子だ。


「クレアちゃん。落ち着いて聞いておくれ」


 前置くと、マシューさんは教えてくれた。


「言いたくないけどコレット嬢は、あくまで死霊術の素材として見た時、血筋も潜在霊力も最高のものだ。ついでに皆の象徴としての意味まで兼ね備えている。マーファちゃんと戦った時に、皆に支持されてしまった。人の想いを集めて束ねる、というのがどれだけ大きい意味を持つかはわかるだろう?」

「あぁ、そういう事ですか」

「そうだね。コレット嬢は、あのゴーレムの心臓にされている。街中の死霊を束ねて支配する力として、申し分ない素材だ」


 普段ならこんな事は出来ないが、誰にも縛られていない大量の死霊が発生するこの時を狙っていた、という事なのだろう。


「そしてこのゴーレムはカーニバルが終わっても、中にコレット嬢がいる限り存在を保つ事ができる。コレット嬢がどんな状態か、キミなら言わなくてもわかるだろう?」

「わかりました。これはそうですね。ちょっとばかし急いでコレットを迎えに行きましょう」


 頷くと、スケルトンが腹を抱えて笑い出した。


「うははは! 無理だよ! 無理、無理!」

「うるさいですね……。黙らないと吹き飛ばしますよ」


 私は苛立ちと共に言葉を吐いた。こんな奴に構っている暇はないのだ。


「いいとも! あのお姫さまは返してやるよ! 俺の所まで来れたらなァ!」


 私は鬼火の手榴弾を取り出すと、スケルトンに放り投げた。衝撃音と共にその上半身は吹き飛び、ぐらぐら揺れた後に崩れ落ちた。


「二度は言いませんよ」


 すると、タワーに集まっていた死霊が方向を変え、私たちに向かって飛来してくるのが見えた。物陰から複数のゾンビが武器を構えて歩いて来る様子も見てとれる。


「一度撤退して、作戦を立て直そう。それから……」

「いいえ。丁度いいです。このままあの人にお任せしましょう」

「あの人?」


 私は確信を持って言えた。あの人がこんな状況を見逃す訳がない。それだけが理由で、あれだけの事をした人なのだ。絶対に来る。

 飛来する死霊も、走りくるゾンビも敵ではない。


「さぁ! こんなに面白い事になりましたよ! カーニバルの始まりです!」


「いーやっ、はぁー!」


 空から落ちてきた一撃は、雷の如く轟音と共に周辺のゾンビや死霊を蹴散らした。


「きましたね? こんなお祭り騒ぎ、絶対に見逃さないと思いましたよ」


 青い閃光が煌めき、さらに多くの死霊が吹き飛んでいく。


「んー?」


 どういう仕組みなのか、素手を振り回すだけで離れた死霊を破裂させてしまう。その手をこちらに向け、握ったり開いたりして笑顔を浮かべた。


「にーはおー」


 マーファさんだ。


「話は聞いてましたか? 私たちは、あの死霊タワーの心臓までコレットを迎えに行きます」

「めーうぇんてぃー」


 見た感じだと、刺された傷も、コレットに撃たれた後遺症もないように見える。ゆったりと親指を立てると、柔軟体操を始めた。


「いーよー? 後ろからついておいでー。あいつ、あたしを刺しやがった。マジゆるさん。しっかし、これだけの死霊、ゾンビ、あとはゴーレム化したスケルトンと、呪いトラップみたいなのもあるかな? ほとんど遊園地じゃないかっ」


 実に楽しそうにカラカラと笑っている。


「マーファちゃん……。安静にしてなきゃダメじゃないか。いくらキミでもあのナイフは良くないよ。ミントちゃんは止めなかったのかい?」

「ミント? 止めないよ」


 マーファさんが答えると、ちらりと上を見る。マーファさんが上から落ちて来た理由がそこにはあった。赤い金属製のロングブーツが、月光を赤く反射している。


「パイセン、早すぎですよ。置いて行かないで下さい」


 ふわふわと羽のように時間をかけて降り立つと、マシューさんをちらりと見て、溜息。


「ここは引き受けますよ。死霊術師に見せつけてあげます。魔術師の力って奴を」


 そしてマーファさんと並び立つ。腕を組んで仁王立ちである。マーファさんは静かに腰を落とすと、拳を構えた。


「パイセン、何でもキモい妖怪を食ったらしいですね。木星の肉、太歳でしたっけ?」

「そだよー。あれから死ななくてね。暇だから仙道を練習してたら、ここまできちゃった。長生きはするもんじゃのう……」

「急にババアぶらないで下さい。精神の成長も止まってるらしいじゃないですか。……見せてやりましょうよ。ロボットでも幽霊でもゾンビでも、何を持ってきても無駄だって。こっちにいるのは、災害とまで謳われた不死仙人マーファです」


 そしてマシューさんに敵意のある視線を向けてから、不適に笑う。


「そして私こそ、最年少公認魔術師、ミント・バブルガムです。マシュー・マーロウ。天才はあなただけじゃないと教えてあげます」


 ミントとマーファさんは目の前に迫る死霊たちに狙いを定め、脚と拳が閃いた。


「この永き生に、せめて面白あれかし」

「この力にかけて、友に幸あらん事を」


 殺到する死霊の群体が、その一撃で吹き飛ぶ。大きく後退した大群を前に、二人は飛び出した。


「行きましょう! マシューさん!」


 私とマシューさんは、二人の切り開く道を駆け出した。


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