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Part21 六時間の猶予



 メインストリートで倒れた警備隊は、速やかに病院へと搬送された。しかし、その実行犯であるマーファさんは裏通りにある花屋の一室に寝かせるよう、マシューさんが提案した。


「彼女の場合は時間さえあれば治るよ。妙な魔法ナイフで刺されて意識を失くしているけど、彼女の肉体は僕の知識だと殺したくらいじゃ死なないから大丈夫だ。医者も要らない」


 むしろ目覚めないのは、コレットの放った死霊による影響が大きいようだ。


「で、あとはこの子なんだけど……応急処置しか出来なかったんだ。頭を打ってる」


 花屋にて、マーファさんを運び込んだ後にマシューさんが連れてきたのは、車椅子に座らされたミントだった。


「ミント! 無事でしたか!」


 ぐったりと頭を垂れ、頭に巻いた布から血が滲んでいる。だがそれでも、浅く呼吸をしている。マーファさん同様に意識がないらしいが、生きている事は間違いなかった。


「あぁ、あいつが襲ってきたから、ミントちゃんが死んだように見せてきたよ。建物ごと外からブッ壊してきたんだぜ? 死ぬかと思ったけど、そっくりの死体だけ用意して僕らは瓦礫の下に隠れたのさ」

「そっくりの死体って……その場ですぐに用意できるものなんですか……?」


 簡単に言っているが、私にはどうやったのか見当もつかない。死霊術百科にそれらしい記載はあったが、何も用意していない土壇場で、建物の崩壊に巻き込まれながら出来る事ではない。


 今までマシューさんは私と別れた後、ミントと死競場に残っていたらしい。そこへビスクさんが現れ、二人の殺害を狙ったそうだ。マーファさんが狙われている事を悟ったミントは、頭を打ってから気絶するまでの僅かな時間で例の見えなくなる魔法をかけた。

 マシューさんは意識を失ったミントを車椅子に乗せ、裏通りまでやって来るとタイミングを見ていたと言う。


「コレット嬢を奪い返すタイミングがないものかと思っていたら、キミがあんな事するんだもの。あの魔法は急に動くと効果が消えるんだから。まったく、何て事をしてくれるんだい?」

「た、確かにそれはすいません……。つい、カッとなって……」

「そんな理由で出して良いもんじゃないでしょうに……」


 これには私も反省するばかりである。

 ミントは今、マーファさんの隣に用意した簡易ベッドに眠っている。彼女が殺害されたと聞いて、私は黙っていられなかったのだ。仕方ないと言う気はないが、マシューさんがいなければミントは本当に殺されていたのだろう。それを思うと、ビスクさんには未だに怒りを覚える。

 マシューさんが花屋の店主からもらった新品の包帯や薬を当てた事で、今は静かに眠っている。近隣の女性の方々が貸してくれた服に替えてやり、泥と埃を拭ったのは私だ。


 現在、スパイダーリリー中のお菓子がかき集められ分配されている。これによって警備隊による避難誘導と、凶暴化した死霊の群れを少しでも抑え込める見込みだ。外ではバタバタと人が行きかう音が聴こえる。裏通りでこれなのだから、メインストリート近辺では大騒ぎだろう。


「で、だ。ここからが問題になってくる」


 マシューさんはちらりと壁に掛けてある時計を見て、眉を寄せた。夕日が差し込み、そろそろ夜が来る頃合いである。ビスクさんがコレットを連れ去って、既に数時間が経過している。


「彼がコレット嬢を連れて行った理由がわからない。一応、僕の独断でコレット嬢の誘拐について上層部以外には伏せるようお願いして回った。この忙しい時に、余計な騒ぎはごめんだからね。スパイダーリリーの代表の方々も納得してくれたよ」


 クロミツのネームバリューはこういった所でも活躍するらしい。


「ついでに、さっきビスク君について魔術師協会に問い合わせてもみたんだけど……。ちょっと思ってたのと違う事がわかったんだ」


 マシューさんが問い合わせた結果、ビスクさんは既に協会を除名されている事がわかったそうだ。ミントは籍があるらしいが、マーファさんも除名されているらしい。


「除名の理由は、傷害事件の容疑者……というか、もう加害者だと確認はとれてるみたい」


 ビスクさんとマーファさんは、スパイダーリリーに来る予定だった本来のメンバーを、まとめて病院送りにしたそうだ。死なずに済んだのは、それこそ歴戦のベテラン魔術師だったからだと言う。二人はその後、スパイダーリリーに向かう魔術師として堂々とこの街に向かったのである。


「ミントはどこから来たんですか……?」

「ミントちゃんは知らなかったみたいだね。彼が招待状を偽造して、ミントちゃんを参加させたみたい。要は、ビスク君とマーファちゃんはお尋ね者って事だ。協会としては二人の足取りを掴めていなかったらしいけど、スパイダーリリーにいると知った事で事件の全容が明らかになったんだね」


 マシューさんは続ける。


「つまり、魔術師協会からの今すぐの援軍は期待できない。近所に住むすぐに派遣できる魔術師が、たまたまビスクくんに匹敵する魔術師だったなんて、そんな都合の良い話はない。本拠地から来るにしてもプライベートジェットで一晩はかかる」

「コレットは私たちで助ける、って事ですか……」

「もう捜索隊は組織されて、死霊も総動員で探しているけどね。まぁ、あの隠れんぼ魔法がある限りはそうそう見つからないと思うよ。街の出入り口に検問を用意してはいるけど、魔術師を相手にどこまで意味があるか……」


 街の外にまで出られたらアウトだ。コレットはお金持ちなので、身代金が目的の誘拐かも知れない。お尋ね者という事は、逃亡資金を必要としているだろう。


「せめてビスクくんの目的がわかれば良いんだけどね」


 ふと、マシューさんはミントに視線を向けた。


「どうかな? 眠り姫の役もそろそろ飽きたんじゃないかい? 僕らの仲間になってくれよ」


 すると、小さな舌打ちが一つ聞こえた。ゆっくりとミントの両目が開く。


「本当はもっと前から起きていたよね? 狸寝入りから目覚めた気分は如何かな?」

「最悪」

「それは結構」

「ミント!」


 私は思わずベッドに駆け寄った。


「痛い所はありませんか? お腹は減っていませんか? 今どんなきもちですか?」

「うわ……顔近い。最悪」

「マシューさん! ミントは具合が悪いようです! お薬をここに!」

「うん。ちょっと今はキミのナンセンス天然ボケに構っている時間も惜しいんだ」

「……マシューって? あんたクロミツじゃないの? それってどういう……?」

「うん。その説明も後からするから、まず話を進めよう。本当に時間が惜しい」


 マシューさんはミントが上体を起こすのを手伝うと、正対して続けた。


「話は聞いていたろう? ビスク君がコレット嬢を連れ去った。でもキミたちに指示していたお菓子の破棄に関しては全くの無視。どのお菓子店も無事で、順調にお菓子の配布が進んでいる。このまま行けば、ニトクリス現象が起きても何とかなりそうだ。……とすると、彼の目的は一体なんだい?」

「……身代金では? お尋ね者ですし、逃亡資金が……」

「クレアちゃん、場を和ませるジョークをありがとう。一応言っておくと、こんな大騒ぎを起こしてそれはないからね。その気になればもっと早くチャンスはあったじゃないか。どうして今なのか、そこを考えておくれよ」


そしてマシューさんが再びミントに問い直した。するとミントは、窓から沈む夕日を眺めて口を開く。


「私、切り捨てられたのか……。それとも先輩は最初から一人でやるつもりだったのかな。死者の魂を成仏させる、大義のために正義を成す、そういう言葉は……嘘だったのかな」

「……残念ながら、ね。大規模なニトクリス現象を起こしても、それで霊魂が成仏する事はない。供物は霊を縛り付けるためじゃなく、鎮魂と感謝のためにあるんだ。信じられないだろうけど、キミが聞かされていた話は全くの嘘だと、学者として断言するよ」


 ミントは沈黙した。何か考えているような眼差しで外を眺め続け、それから自分の足に目をやった。ブーツはまだマシューさんが持っている。


「ビスク先輩の目的は……多分、供物を全て破棄する事じゃない。ニトクリス現象が発生する程度にまで街の供物を制限できれば、それで充分なんだと思う。それに、まだ街にいるよ。夜になるのを待ってる」

「どうしてだい? 夜になったら何が……」

「最強のゴーレムを作ろうとしてる」


 ミントは私たちに言う。


「先輩は、どう作るつもりか知らないけど最強のゴーレムを作ろうとしてる。そのために死霊の暴走が必要な話をしていた。コレットは……多分、先輩が言ったならそうするんだと思う」


 コレットの事をビスクさんは、パーツだと言っていた。


「そんなものを一体何のために……。子供のオモチャじゃないんだぞ。そんな事……」


 素直な感想として言いかけ、マシューさんは言葉を切った。私も同じ思いだった。あるいは、死霊術師や魔術師といった問題ではなく、人の性なのかも知れない。業と言っても良いだろう。

 作れるから作ってみたい。そんな一方的なわがままで、私も数多のゾンビを作った。その過程で、棺桶の中に抱えた物もある。


「僕も……まぁ、似たような理由で書いた本があるんだけどさ……」


 私の視線を察したマシューさんは、照れたように笑って見せた。


「でも、誰かを踏みつけにしてまで作るものに価値なんかないよ」


 言い切る。ミントはその言葉に頷き、話を続けた。


「先輩はニトクリス現象が起きるまで隠れて出てこない。でも、その時になれば絶対に出てくるはず。……あと、あんたらには悪いんだけどさ。最強ゴーレムなんて頭の悪そうなものが本命だとは思えないね。あの人が創作に熱心な研究者だなんて、一度も思った事ない。もっと何か、ふざけた理由があるに決まってる」

 

そして続ける。


「ゴーレム職人としての腕前は優秀だけど、使える魔術が偏ってるんだ。金属しか扱えないから、石畳とレンガ造りの街には先輩も困ってるはず。どこか、製鉄所みたいな大量の金属がある場所はない? そこを守った方が良い」


 マシューさんは首を捻る。私も考えてみるが、そんな大規模な金属の製造所はこの街にはない。お菓子の生産工場ならば機械がたくさんあるので、金属が多いと言えるかも知れない。


「一応……呪具や死霊術の道具には金属を使用した物も多い。その辺は気を付けておこう」


 言ってから、マシューさんは大きく息を吐く。それから部屋を出ると、街の観光用ガイドブックを手に戻ってきた。ミントのベッドに広げると、そこには大雑把ながらスパイダーリリーの地図が載っている。


「今から日付が変わるまで、およそ六時間。普段なら今夜は前夜祭だけど、本来は日付が変わった瞬間からカーニバルの夜は始まっている。つまりニトクリス現象の発生まで残った時間、僕らが自由に使える時間はあと六時間だ」


 そして地図に懐から出したボールペンで印をつけていく。警備隊の配置位置と、結界シェルターの位置だ。


「ミントちゃんがくれた情報は、恐らく信用されない。僕が伝えたとしても、その根拠は知識によるものじゃないから、必然的にビスク君から情報を得た理由が必要になる。適当な嘘でごまかしても良いけど、この辺の人には僕がマーファちゃんとミントちゃんを確保した事をもう知られている」

「正直に、ミントからビスクさんの事を聞いた……じゃダメなんですか?」

「それがミントちゃんによる欺瞞情報だと疑われたら、僕は覆す事ができない。それにミントちゃんを信じたいと思うのは、むしろ僕らくらいだろうね」


 そしてマシューさんは続ける。


「だから、僕らの手でやるしかない。六時間で、死霊から街を守ってコレット嬢を救い出す作戦を立てて、その準備をするんだ」


 そんな無茶な、とは口に出さなかった。代わりに疑問を口にする。


「いの一番に逃げると思っていたんですが、どうしたんですか? もしかして急に正義に目覚めたんですか?」


 マシューさんは一瞬だけ驚いたような顔をして、それから顔の前で手を振る。


「冗談だろう? 僕がどうしてこの街を守りたいかなんて、決まってるじゃないか」


 それは単純明快な理由だった。しかし、恐らく嘘をついているだろうと私は思った。


「この街がなくなったら、一体僕はどこで稼いだら良いんだい? 理由なんてそれだけさ」


 そして、少し間を置いてから言葉を続ける。


「それに……。ここ数日の事だけどね。僕はキミやコレット嬢と、見捨てて逃げない程度には仲が良いつもりだぜ? 僕らはもう友達だろう?」

「それだけは本当だと信じてあげます」


 カーニバルまで、あと六時間。


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