Part20 ゴーレム
マーファさんは動かなかった。この間に縛ってしまおうと誰かが言ったのだが、残念ながらマーファさんを拘束できる素材を用意できそうにはなかった。鉄の手枷をはめても壊しそうな気がする、というのは誰もが思う所だった。
どこに閉じ込めておけば、あれで縛れば、と様々な意見が出た。誰もがマーファさんに背を向けて、コレットの雄姿を称えたり、私が本当の何の役にも立っていない事を話したりしていたのだ。
そのため、音もなく立ち上がるマーファさんには誰も気が付いていなかった。
「ぅあはははは!」
突如として響き渡る大怪笑。振り返った時には、長い髪を振り乱して立ち上がっていた。
「頭が、ぐるぐるする……。やりゃーがったな、おまえらぁぁぁ!」
果たして、マーファさんはその精神まで人外のそれだったのか、魔術で心を守ったのか、はたまたマーファさんが過去に食べたらしい何とかの肉とやらの作用か。何が原因かまではわからなかった。しかし、マーファさんは立ち上がった。
「ぶっころしてやる」
ゆらゆらと上体を揺らす様は、とても戦えるようには見えなかった。だが、この場に彼女を侮る者は一人もいない。コレットは満身創痍の体を起こし、拳銃を構えようとするが、その腕は震えるばかりで持ち上がらない。
「ちょっとばかし、ピンチですの……」
苦し紛れ、といった笑顔を浮かべるコレット。誰もが盾になろうと構えた。その時、私は見えたソレに思わず声を発した。
「マーファさん! 危ない!」
「んえ?」
彼女の背後には、高級なスーツを着崩した男性がいたのだ。その手に持っていたのは、大振りのダガーナイフ。
「お前やりすぎ。死んどけ」
陽光を反射させ輝く刃が、マーファさんの背中に突き立った。
「ぐぁっ!」
普段のマーファさんなら避けただろう。特殊な技術も肉体も使わない、単なる一刺しを受けたマーファさんは、背からナイフを生やしたまま倒れた。
「あ、あなたは……」
頭の中で火花がぱちぱちと散るような、脳が焼け付く頭痛が走り、言葉を続けられない。あの男性を、私は知っている。
「おら、どいたどいた。庶民の皆さんがお姫さまに群がるな」
腰から大量に下がったポーチを三つほど取り出すと、それを地面に放り投げる。中からは黄土色の金属塊が転がり落ち、しかしそれは即座に展開される。
「オレイカルコス製のゴーレムだ。売ったら高くつくぞぉ」
どのように圧縮されていたのか、それは見上げるような金属の巨人に変形する。二階の窓に手が届きそうな巨人が、三体も現れた。
「ほら、どけどけ」
ナイフ一本で止まるとは思えなかったマーファさんは、倒れて動かない。そんな彼女の脇腹に鋭い蹴りを放つと、男性は堂々と道の真ん中を歩いてやってくる。人々が武器を握りしめる音が鳴る中、巨人が威嚇するように腕を振り上げ、いつでも襲い掛かれる用意をした。
「迎えにきたぜ。あんたが最後のパーツだ」
男性はコレットの前に立つと、その手を差し出した。が、コレットは鼻で笑う。
「迎えに? ふん、鏡を見て出直しますの」
「そうかい。言い残す言葉は選んだ方が良いと思うがね」
ジャケットの袖口から、しゅるりと蛇が飛び出した。否、その蛇も金属製だ。
金属の蛇はコレットに向けて、勢いよく霧状の何かを吐きつける。口がスプレーの役割を果たしているらしい。成す術もなく、コレットの意識が失われる。
「じゃ、もらってくから」
軽々とコレットを担ぐ。それから巨人に守られながら、悠々と背中を見せて去ろうとし、私は駆けだした。
「ま、待ちなさい!」
「なにか?」
ずきずきと痛む頭を無視して、私は彼の顔をしっかりと見た。
そして記憶が戻るのと同時に、棺桶の蓋から金属塊が三つとも落ちるのを感じた。
「コレットを離して下さい。ビスクさん」
「あー……。やるだけ無駄だけどな」
私は棺桶の蓋を開けると、中から素早くゾンビを取り出す。手に当たる感触を頼りに、二体のゾンビを引きずり出した。
「チョッパー! ハガー! コレットを取り返しなさい!」
全身から肉厚の刃を突き出し、背丈ほどもある鋏を持った大男のチョッパー。六本の伸縮する腕と、瞬間接着効果のある粘液を持つ小男のハガー。二体のゾンビに命じると、両者ともにビスクさんに突進した。
「やっぱりな。お前さぁ、勘違いしてるんだよ」
ビスクさんはコレットを肩に担いだまま、こちらを見向きもしないで巨人にゾンビの撃退を命じる。金属の体には刃が通らず、地面に固定した腕は土ごと持ち上げられた。
「お前、ゾンビ職人としては並なんだよ」
「ま、まだまだ! もっと強いゾンビだって……」
「いねーよ。いたら今出してるだろ。どうせこの出来損ないが戦闘用の主力なんだろ? 話になんねぇし、今必要なのはバトルじゃねぇんだよ」
その言葉の意味はすぐに理解できた。ビスクさんは何故か、コレットを連れ去ろうとしている。その意図はともかく、目的を達成するだけなら私に構う必要などないのだ。ゴーレムが適当に時間を稼いでいる間、立ち去ってしまうだけで良い。
「お前の奥の手だって、もうわかってるんだよ。蟲毒だろ」
退屈そうに言うと、倒れたマーファさんを踏みつけにして歩いて行く。
「無限空間に山ほど死霊を詰め込んで、食い合わせ続けて最強のモンスターを作った、ってな所だろ? あらゆる死霊の特製と、パワーを加算したチートゾンビ。強すぎて制御できないから、自動で防御するだけの簡単な契約で縛ってる。そうだろ?」
私は棺桶からソレを出す事を躊躇した。ビスクさんはカマをかけているだけだ。
「動揺したな? 蟲毒で作った死霊の集合体、とわかれば対応策も見えてくる。気の毒だが、スパイダーリリーは今日で終わりだ」
去ろうとする背中に私は大声をぶつける。
「待ちなさい! 逃げる気ですか! 何が目的で、こんな事を……! マーファさんだって、仲間じゃないんですか!」
「いやいやいや。逃げるっつーの。バカじゃねーの? マーファなんか普通に考えて仲間にできるわけねーよ。お前もこいつが頭おかしいの知ってるだろ」
確かにマーファさんは心底どうしようもないと私も思うが、だからって後ろから刺されて足蹴にされて良い人ではない。それも、ビスクさんは仲間だったはずなのに。
「ミントに、どう言い訳するつもりですか……。彼女は、こんな事を認める人じゃありませんよ!」
「ミント?」
ビスクさんはそこで足を止めると、半笑いで答えた。
「あれも殺してきたから、気にする事ぁねーよ」
「うあああああ!」
噴き上げたのが、私自身の絶叫だと気付いたのは後からだった。私は棺桶の蓋を全開にすると、ビスクさんに向ける。
「テケ……」
「クレアちゃんストップ!」
ソレを唱えようとした所で、棺桶に向かってマシューさんが飛びついてきた。いつの間に、どこから現れたのだろう。私の隣に突然出現したように見えた。
「な、何を! 離して下さい!」
「冷静になれ! 今やるとみんな死ぬぞ!」
その言葉に私は周囲を見て、棺桶の蓋を閉じた。ここには大勢の人がいる。巻き込んだ場合、というか確実に全ての人を巻き込んで、大変な事になってしまう。
「何だかわかんねーが、お前生きてたのか。本物のクロミツみたいじゃねーか、すげーな」
「生憎と、嘘は得意でね……」
それだけのやり取りの後、ビスクさんの姿は消失した。姿と音を遮る魔術だろう。ミントが得意な魔術だが、ゴーレム職人にも使えるらしい。
「こ、この! 卑怯者ー!」
私には罵る事が精いっぱいだった。




