七人は一人を待たず
モースコゥヴの王都の中央には、三角形の形をした広大な敷地に王宮がそびえたっている。それぞれ三つの頂点に位置する箇所に、塔が建てられており、騎士の塔、錬金術師の塔、魔術師の塔と呼称されている。
敷地の中心には荘厳な宮殿が建ち、そこは王族の暮らす高貴なる場所として、通常は入ることを許されない。
しかし、そんな宮殿の一室にて、魔術師第二部署の部長を務めているアントンは、紅のドレスに身を包んだ国が誇る姫君の前で背筋を張っていた。
「多目的共同開発部隊、ですか」
アントンは、アナスタシア姫の天空に輝く北極星にも負けぬアクアマリンの瞳に見据えられ、言葉を繰り返した。
「そうです。あなたにその指揮を任せたく思います」
凛とした態度のアナスタシアは、齢十五の乙女とは思えぬ気配を醸し出していた。流石に王族だと、アントンは灰色の瞳を真っすぐに向けて、感情を表には出さない顔で思っていた。普段はずぼらで、襟も閉めず、無精髭も生やしているようなアントンだが、此度の呼び出しの折り、ベラに厳しくチェックされてパリパリのシャツに艶やかなローブを着込み、つるりとした顎でこの場に臨んでいた。
一体どんな叱責を受けるのだろうかと覚悟の上でやってきたのだが、聞かされた言葉は、思いも寄らない昇進の勅命である。
「あぁ、えー、その。ご無礼をお許し頂けますと幸いですが」
と、一言断り、アントンはどこか抜けた声をできる限り真摯な態度に聞こえるように取り繕いながら訊ねた。
「なぜ、私なのでしょうか」
その言葉に、姫ではなく、後ろに控えていた親衛隊の騎士がぴくりと反応しアントンを見据えていた。
若い騎士だ。親衛隊のホープと話題の多いユーリである。金色の眼光はまるで狼のようにアントンを突き刺している。一片の油断を赦さない気配は、一級品の騎士が生み出すものだとアントンにも分かる。
無礼な質問であるとは承知の上で、どうしても尋ねたくなってしまう。なぜならば、自分の他にも適任者はいるだろうと思えたからだ。
クス、とアナスタシアが笑った。
「私が任命を言い渡すと、そんな風に言葉を返す決まり事でもあるのでしょうか?」
アントンは姫の気分を害したか、と少し首をひっこめそうになったが、どうも違うようだ。面白そうに笑うアナスタシアの声は、アントンではなく後ろの若い騎士に投げかけられていた。
すると、真紅のマントを羽織るユーリの厳格な気配が一瞬にして緩んだ。表情を見ると、参ったような顔をしているのが分かる。
「質問にお答えします。アントン隊長。先日錬金術師たちからの報告があった、空気清浄魔器の開発は非常に見事でした。あれを国の医療機関に送らせたところ、各地より喜びの声を届けられています。あれを発明させたのは、あなたの部下だったと聞いていますよ」
「は。光栄であります」
「あなたもご存じの通り、我が国は魔法技術の発展に、今は尽力しています。ですが、残念なことに魔法の技術がどれほど発展されようと、使い手たる国民の感情と理解が伴わなければ、魔器も単なる芥でしょう?」
「おっしゃる通りです」
微動だにせず、アントンは肯定した。事実、まだまだこの国の魔法に対する理解は乏しい。妖魔がやって来て、寿命を吸い取るなどと、実しやかに噂されるほどなのだ。王都であればこそ、随分と理解は深まり魔器の普及が広まりつつあれど、広い国土を持つ、この国の辺境では魔法使いは差別され日陰に追いやられることがざらにある。アントンとて、そう言った経験がある。
「ですから、国民に寄り添った魔器の開発は重要であると考えております。まずは、国民の暮らしを改善できるような魔器を開発し、周辺に提供できるような組織を運営したく思い、私が推し出していこうと企画しました」
「世論戦をやれとおっしゃるのですね」
「はい。より良い魔法化社会を作り出すため、あなたに協力を仰ぎたく思います」
「……私よりも適任者が居ると思われますが」
「あなたの素性を知っています。灰色の魔術師として名を馳せた実力を発揮していただきたいのです」
なんとも擽ったい呼び名である。アントンは背中をボリボリとかきたくなってしまったが、必死に堪えてみせた。確かに、随分と昔に百年に一人の逸材などともてはやされたことはある。しかしその才能はとっくに錆びついているとも自覚していた。
魔法開発は年寄りが行うべき仕事ではないのだ。とは言え、断るだけの正当な言い訳など見つからない。アントンは、姫に敬礼をして、多目的共同開発隊の隊長に就任することを承諾するのであった。
「では、今後、多目的共同開発部隊隊長として、奮闘したく思います」
「よしなに」
「計画などは、騎士や錬金術師の代表も交え、近々会議を行うので出席をするようにお願いします」
「畏まりました」
姫に続いて、今後の説明を続けたのはユーリであった。
彼の説明では、今後魔術師班第二部署を一度解体し、そのまま多目的共同開発隊に編入させるというものである。これまで魔術師だけで動かしてきていた中に、騎士や錬金術師も加え、国土を駆け回り、そこに住まう住人の声に耳を傾け、生活基盤の水準を上げるような開発計画を行っていくことを命じられた。
思った以上に大きな話であり、アントンは流石に昼行燈なままではいられなかった。つらつらと計画を語るユーリに、脳を回転させて、できること、できないこと、必要なもの、不要なものを伝えていく。
ふと、アントンは姫とユーリを見ていて、その若々しさに思考を止めた。
アントンは今年三十になる。そんな彼から、姫やユーリを見てみると、眩くもあり、鮮やかでもある。とても真っすぐに見ていられないのだ。先へ進もうという強い意思。活力に満ちた体と瞳。アントンが手放したものを彼らは解き放っている。
時代は若者が作るものだと、アントンは考えた。自分にはそんなことはできない。しようと思わないのだ。彼らの方針に乗っ取って、こちらが開発の軌道修正を行うという仕事の関係性は悪くないかもしれない。
「アントン殿、どうされました?」
ユーリの怪訝な顔がこちらを見ていた。
「ああ、いや。これは大掛かりな仕事になりますな。我々、第二部署は今まで王宮で働き詰めの毎日でしたから、王都を離れて活動するとなると、中には仕事を辞退する者も出て来るやもしれない」
そんな言葉で誤魔化した。だが、ユーリには、その言葉はかなり衝撃的だったようだ。ピクリ、と彼の動きが止まった。今度はアントンがユーリに声をかけることになった。
「ユーリ殿?」
「あ――、いや、なんでもありません」
「無理強いはしません。王都を離れたくないものも中に入るでしょう。そういった方々は魔術師第一部署に異動させてるように取り計らいましょう」
アントンとユーリのやり取りを聞いていたアナスタシアが、提案する。
「痛み入ります」
と、アントンは頭を下げた。やりがいのある仕事ではあるが、果たしてどれだけの人間がこの開発計画に乗って来てくれるのか。アントンは顎を撫でながら、無償髭のないつるつるした手触りに違和感しか感じなかった――。
**********
昼を過ぎた時刻、レイラは『念話』の魔法をどうにか形にするべく、普段は手にしないような魔法書を読みふけっていた。モースコゥヴはどうしても魔法技術がまだまだ他の国に劣る。そのため、他国の呪文書ならば念話のヒントを獲得できるのではないかと、他国の書物を読みこんでいるところであった。
魔法の技術は専門的な知識を必要とするため、自国の魔法書ですら読み解いていくのは難解だ。それが、他国のものとなれば殊更頭を抱える場面に出くわすことが増えた。そのため、レイラは翻訳書も用意して、分厚い眼鏡を構えて挑む。
「……レイラさん、そんな本まで手を出し始めたのかい?」
相棒のレオンの声にレイラは顔を上げた。と、その拍子に眼鏡がかくんとズレたので、指で支えなおした。
魔法書に夢中になっていたせいで、傍らから魔法書を覗き込むようにして来た小太りの魔法使いである先輩のレオンに少々驚いたのだ。
「コーヒーを持ってきたけど、いる?」
見れば、レオンの両手にはカップが握られていて、湯気が立ち上っている。コーヒーの思考をほぐしてくれるような香りに、レイラは素直にレオンからカップを受け取って礼を述べた。
「ありがとうございます」
「頑張ってるねぇ」
「どうしても、実現したくて」
「念話の魔法だよね。なんでもアントン部長が昔開発しようとしたのに、とん挫したって話だよ?」
「らしい、ですね。アントン部長が少しだけヒントをくれたりもしたんですが、でも全然で……」
「ちょっとできてるところまで見せてくれない?」
そう言って、机にカップを置くと、レイラの前に転がっていた試作型魔器を手に取った。
試作型の魔器は薄い鉄板だった。レオンが、符呪されている作成途中の念話魔法の構築呪文を眺めた。そして、やはり渋い顔をする。
『魔法』は『呪文』を構築し、発動させる。『呪文』は血流に含まれる魔力を媒介にして発現させる言語だ。言語は言霊として、物に張り付けることができる。こうして呪文を張り付けられた道具を魔器、魔道具などと呼称する。
レオンはレイラが用意した試作用の魔器に符呪されている呪文を読み解き、唸った。
「ううーん。これは厳しいね」
念話魔法は、遠く離れた相手に、言葉を送受信する魔法だ。レイラが制作した呪文では、『言葉』を送れるようなものまで到達できておらず、『音』を出すか、出さないか、くらいのものにしかなっていない。
送信者が発した『魔法』は単音となって、無感情に、『ジー』と耳障りな雑音を相手側に届ける程度の出来だった。
「どうしたら、声を届けられるんでしょうか……?」
「分からない。アントン部長ですら匙を投げたんだもん、僕には無理難題だよ」
そんな風に言われると、レイラも自信がなくなってくる。レイラはこの魔術師班第二部署で一番の新米だ。先輩であるレオンからは色々な呪文を教わった。それを見るたび、自分はまだまだ実力不足だなと思い知るのに、レオンもお手上げでアントンすら開発を投げ出した魔法の完成なんてレイラにできるとは思えなくなってしまうではないか。
「……でも、そんな外国の魔法書まで持ち出して研究を進めるくらいだもん。レイラさんならいつか作り出せるんじゃないかな?」
ふくよかな頬を持ち上げて、人懐こい笑みを浮かべるレオンにレイラは、曖昧な笑顔を返すしかできない。
「おうい、みんな集合ー」
がちゃりと、開発室の扉が開くと共に、アントンが魔術師第二部署の面々に声をかけた。普段の間延びした声に緊迫感はなく、なにかの雑用でも振られるのだろうかと第二部署の面々はのっそりと顔を向けた。
「えー。魔術師班第二部署は、本日をもって解散します」
「…………」
あまりにも飄々と、台本を読み上げられたかのように告げられたので、言葉の内容がその場の誰もすぐに浸透しなかった。
「え?」
「第二部署は、今日で閉鎖だ。みんな今日までお勤めご苦労様」
「ええええええええええッ!?」
大絶叫の悲鳴が上がった。どういうことだ。なぜ首なのだ。意味が分からないと慌てふためく面々に、アントンはぼりぼりと頭をかきながら、眠たそうな顔をして笑う。
「それで、明日からウチは『多目的共同開発隊』として新生します」
「…………」
また沈黙がやってきた。今度はその単語の意味が分からなくて、誰もが言葉を失った。
やがて、ベラが引きつった笑顔を浮かべて、アントンに詰め寄った。
「きちんと説明をしてくださいっ!」
首でも絞めるような勢いのベラに、アントンはやはり、抑揚のない喋り方でつらつらと説明をするのであった。
――多目的共同開発部隊。
その概要を聞かされ、自分たち第二部署の魔術師がそこに配属になることを知らされた面々は、ぽかんと間抜けな顔をそろえていた。
何せ、いきなりすぎる話だ。
これからは、国土開発のための部署に変更となり、遠征に出て、各地の住民の声に耳を傾ける。そして生活水準を上げていくような魔器開発を志して活動していくと言われても、これまで雑用係をしていた自分たちにとっては仕事の内容が違い過ぎるのだから。
「あ、勿論、お給金も大幅にあがります。やったねー」
棒読みとも呼べる喋り方で、アントンがブイサインをちょきちょきとさせた。
要するに、これまでの功績が認められて、昇進になるということだ。だが、その分、仕事の内容はハードになるらしい。これまでのように、この王宮に赴き魔術師の塔で仕事をするのではなく、遠い辺境まで遠征に行き、見知らぬ土地で魔法開発を行うのだという。しかも、これまでのように魔術師だけではなく、騎士や錬金術師も交えての活動に変化していくとの話だった。
誰もが不安を抱く話に、一同は沈黙した。
「驚いていると思うけれども、決定事項でね。これは姫様が発案された部署になるのよ」
「アナ姫様のッ!?」
がたん、と椅子を倒して立ち上がったのはレオンだ。彼は熱狂的なアナスタシア姫のファンである。今も時折仕事を抜けてはアナスタシア姫を覗き見に行ったりすることもある。そんな彼がその情報に食いつかないはずがない。
茫然としていたレオンは途端にギラギラと瞳を輝かせ始めた。
「仕事柄、どうしても長期間王都を離れることになる。事情があってこの部署に参加できない者もいると思う。そう言った人は、あとで私に報告に来なさい。きちんと姫が第一部署への異動も考慮してくれるから」
それで面々はざわつくことになった。魔術師班第一部署は、魔法使いなら誰もが関わりたいと願う魔術師のエリート部署だ。様々な魔法の知識を活かして日夜大魔法を組み立てている。
第一部署は基本的に、この王都の魔法技術を担っている部署であるから、勤務地が遠く離れるようなこともない。だが、第一部署のエリート思考に辟易している者が多数いるのが、この第二部署のメンバーだ。彼らはこちらを落ちこぼれと称して嫌がらせを行ってくることが多い。
最近はそれも減ってきているが、過去の記憶が第一部署への異動という言葉に、足踏みをさせた。
そんなざわつく部署の中、レイラは黙りこくって悩み苦しんでいた。
――異動――。第一部署へ……。エリートへの異動。
はたまた、新しい部署になる『多目的開発隊』への参加――。
(多目的開発部隊に参加したら、遠くに長期間遠征に出るんだ……。そしたらユーリと逢えなくなる……)
自分の取るべき道は、第一部署への異動のように思えた。しかし――。第一部署へ異動して、上手くやっていけるだろうか? 以前、レイラも第一部署の魔術師たちから嫌がらせを受けた経験がある。あまり良い環境ではないと知っている。
「実はね、以前我々が提案した空気洗浄機の魔器があっただろう? あれを姫が高く評価してくれてね。それでうちらを多目的開発隊として運用したいと言ってくれた」
「うおおおおおっ、姫様ぁぁッ」
レオンは大喜びの様子だ。他のメンバーもその声に、自分たちの仕事がきちんと評価されての昇進なのだと気持ちが『多目的開発隊』に動いていた。
レイラだってそうだ。そもそも、空気洗浄魔器はレイラの案が発端で開発が進んだ魔器だ。要するに、レイラの発案が認められたということに他ならない。
気持ちは『多目的開発部隊』に向いていた。だが、王都を離れての遠征――。長期間、ユーリに逢えなくなるという事実が、『多目的開発部隊』に参加する意義を踏みつぶしてしまう。
魔術師のエリートの道に入り、ユーリの傍に居続けるか。
それとも、自分の実力を評価してくれた部署で今後も切磋琢磨していくのか。レイラには直ぐに答えを出すことができない選択が突き付けられることになるのであった――。




